四十二 新たな自衛隊。関西弁と厄介事。
九月十三日。午後。
痴女を追い払って残りのドラム缶の回収を終えた後、日陰でカップラーメンを食べる。柔らかな風が秋の訪れを感じさせるが、日なたはまだ少し暑い。
三人にも食べるか聞いてみたが、若葉さんと桜花は避難生活で食べ飽きたと。エリーはちょっと悩んで何味が尋ねてくる。
「シーフードとカレーがあるよ。俺はどっちでも良いけど、どうする?」
「じゃあ、カレー味にする!」
了解。桜花に収納して貰っていた片手鍋を受け取り、水魔法からの火魔法でお湯を沸かす。コンロ要らずのリッチー超便利。
桜木親子はチョコクッキーを若葉さんは無糖のストレートティーで。桜花はミルクティーで、それぞれティータイムを楽しんでいる。もちろんペットボトルの紅茶だが。
俺とエリーがずぞぞぞっ……と麺をすする傍らで、午後のティータイムを楽しむ母娘は端から見てどんな印象なのだろうか?
食べ終えて水筒の麦茶を飲む。……考えてみればペットボトルの飲料は有り余っているし、わざわざパックで煮出して麦茶を作る必要は無いよな?
「確かに電気の無駄遣いかしら?」
ですよね。水筒を洗うのも水を使うし、主婦の節約意識がゾンビ世界では逆に資源の無駄遣いになってしまっている。帰ったら母さんに進言しなければ。
「だったら紙のお皿に紙コップ、割り箸になっちゃうけど?」
「む……。それじゃあ食事が味気無くなっちゃうな」
「水なんぞ余がいくらでも出してやるぞ。電気は難しいが、そうケチケチしてもしょうが無いじゃろ」
それもそうだな。電気はソーラーパネルからバッテリーに充電出来るように改造するか?
ねねなら『こんな事も有ろうかと、動画で勉強しておいたよ!』とか言いそうだ。
桜花は『人化』していなくてもクッキーを食べる事が出来る。しかし若葉さんの『通常体』は霊体なので食事が出来ない。
なので現在の若葉さんは『人化』した状態だ。
種族による弊害と言えばそれまでなのだろうが、やはり思うところがある。
家族として迎え入れた以上は種族の垣根を越えて……
「あたし達アンデッドは食事の必要が無いのは……分かってるわよね?」
分かってる。分かっているけど晩酌を理由につまみを要求するあきらさんと祭さんについて、若葉さんの意見が欲しいかな。
「もちろん、あたしも参加させて貰います」
若葉さんも酒好きでしたか。いや、そういう話では無く……
「ご主人様! 誰か来たよ!」
三人に緊張が走る。エリーが前衛、後衛に若葉さんと桜花が俺を守る形で配置についた。
深緑色のトラックが敷地内に入ってきた。荷台に幌を張った、自衛隊所有の汎用トラックだ。また自衛隊かよ。
「初めまして。私は陸上自衛隊大宮駐屯地所属、明日葉 勝正二等陸尉です」
責任者と思われる長身の爽やかイケメン野郎が丁寧な挨拶を繰り出してきた。見た目と雰囲気で分かる。コイツはリア充だ! 陰キャで身長165センチの俺の対極に位置する存在だ!
エリー達が警戒する中、リア充は言葉を続ける。
「君達の情報は習志野駐屯地から伺っています。獣人のエリーさんに、昨日覚醒したばかりの桜木若葉さんと桜花ちゃん。そして抗体者の蘭堂朝春君だね?」
だったら何だよ? 情報元は間違いなく乱悟さんだ。それは問題無い。
問題はコイツの目的だ! どうせそのイケメン面を一枚剥がせば俺を侮蔑する嫌みったらしいニヤけたツラが出てくるんだろう!? そうに決まってる!
「主殿、卑屈になりすぎじゃ。ちょっと落ち着かんか」
「ボク達に何の用だ! ご主人様に敵対するなら容赦しないぞ!」
「せやな。イケメンに手加減してやる義理は無いで?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私は君達に敵対するつもりは無いんだ!
だから警戒するのはやめてくれないかな?」
「ならば隠しておる上位種を紹介するのが先じゃ。違うか?」
確かに人間だけでうろつくのは自殺行為だ。上位種を連れているのはちょっと考えれば分かるか。
「う……しょうがないか。ただ、彼は戦闘力が無いから待機して貰っていただけなんだ。決して隠していた訳では……」
「じゃかあしぃ!! グダグダ言っとらんとさっさと連れて来ぃや! こんボケがぁ!!」
「わ、若葉さん、落ち着いて! まだ敵認定は早いですよ!」
「朝春っ!! あの手のイケメンリア充に隙見せたらあかんで!
散々利用されて、仕舞いにゃ道頓堀に捨てられるんがオチや! ウチはもう騙されへんからなぁっ!!」
あんたイケメンが地雷なの!? 明日葉! いいから上位種連れて来い!
ほーら、若葉さん。落ち着いてー。深呼吸しましょうねー。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。
「ヒッヒッフー……って、妊婦の呼吸法やんか!」
さすが若葉さん。ノリツッコミも標準装備なんだね!
桜花とエリーにも手伝って貰ってなんとか落ち着かせる事に成功した。やはりイケメンリア充は存在自体が害悪だ。
無自覚で他人のトラウマスイッチをONにするヤツらに、生きる資格など無い。
「ようやく落ち着いてくれたかな?」
カチン!
「ご主人様! 収集つかなくなるから落ち着いて!」
「ママ! 話が進まないから落ち着いて!」
ちっ! エリーと桜花に免じて勘弁してやる! さっさとその……少年……? 少女? いや、彼って言ってたよね?
桜花と同じくらいの歳の、黒髪ポニーテールの人物がリア充に連れられて来た。
「あ、あ、あの……ぼ、ぼ、僕……」
「じれったいわーー!! しゃんと話しぃやぁぁーー!!」
遂に若葉さんが爆発した。彼……だよな? 一見するとポニーテールの美少女に見える。
いわゆる『男の娘』ってやつか? 知らんけど。……コホン。
普段の若葉さんなら彼? の可愛さに歓喜していたのではなかろうか。
しかし、イケメンに荒ぶる若葉さんに怯えて自己紹介も満足に出来ない彼? に若葉さんのイライラが爆発した。
「解説の桜花さん、そこの所如何でしょうか?」
「うむ。まず母上は子供に興味は無い。任侠映画とかの強面の渋いおっさんが好みじゃ。
……ああ、今は主殿が一番のようじゃから心配するで無いぞ。じゃが、後半のイライラ云々はその通りじゃろう」
「これはまた、若葉さんの新しい一面が明かされましたね。
以上、解説の桜花さんでした。続いて実況のエリーさん? 現場の状況は……」
「誰か突っ込めやぁ!! ボケ倒しのコントなんておもん無いで……って、ウチのツッコミ待ちやったんか!?
もぅ~、朝春さんたらぁ、そんならそうと早く言ってやぁ。相変わらずいけずなんやからぁ~」
暴走する若葉さんに対抗してボケてみたが……成功? したものの、自衛隊と上位種の少年? はドン引きだ。
何だか申し訳無くなってきた。
ちなみにエリーはネタが披露できなくてちょっといじけている。話が進まないんじゃ無かったのか?
「それはそれ、これはこれだよ!」
そうですか。
荒ぶる若葉さんの口をタオルで封印してから奥にやって場を仕切り直す。……今更感が半端ない。
「むー! むー!」
話が進まないから黙ってて下さいね。
「ぼ、僕は有原 次郎です! 十歳です!
で、殿下! ぼ、僕と付き合って下さい!」
言って彼? は桜花に突然の告白。
一体何なの? みんな話を進める気が無いのか? 同時多発ゾンビ発生事件以来、ここまでグダグダだった事があっただろうか? いや、無い!
やれやれ、自衛隊に関わるとろくな事が起きないな。
ていうか時間的にそろそろ帰らないとマズいんですけど?
「余は既にこちらの蘭堂朝春の伴侶となった身じゃ。諦めるが良い」
事実? なんだけど……いや、伴侶じゃなくて契約者だよ! 明日葉! 顔をしかめるな!
「そんな平凡な男の何処が良いんだ! 僕は君に一目惚れしたんだ! 世界中の誰より君を大事にするし優しくする!
何より歳が近い方がきっと上手くいくよ!」
……こいつもガキのクセにイケメンリア充か? いや、男の娘リア充?
「ハッ! 笑わせるで無い! 一般階級の……そもそも貴様、種族は何じゃ?」
「種族なんかどうでも良いじゃないか! 大事なのは愛する心だよ!」
「いいから話せ。貴様の種族は何じゃ?」
桜花が圧力を掛ける。周囲の気温がやや下がって、エリーの緊張感が高まった。……若葉さんは相変わらずだ。
「むー! むー!」
はいはい。大人しくしててくれたら、すぐ終わりますからねー?
「わ、分かったよ。愛する女性に隠し事はいけないよね。……僕の本当の姿を見ても、驚かないでね?」
このガキ、話の通じ無さでは朝日奈ひなたと良い勝負だな。
!! つまりコイツは中二病……じゃないな。どちらかと言うと頭の中お花畑か?
と言う事は中二病イコールお花畑だと? うーむ……我ながら興味深い考察だ。
そして有原次郎の体が徐々に変化して……なんか溶けていってるんですけど!?
「ご主人様! グロいよぉ!」
「……」
「むー! むー!」
う、うむ。緑色で半透明の上半身らしき物体に、下半身はドロドロの塊がぬるぬると蠢いている。……確かにエリーが言う通りキモいしグロい。
「スライムの上位種か」
「よく分かったね。アンタみたいなオタクはどうでもいいんだけど、ロリコンじゃないんだったら彼女を解放してあげるべきだと思うよ?」
カチンと来た! コイツ明日葉よりクズだな!? 俺はロリコンでは無い! 俺はおっぱいスキーだ!
「ご主人様? 話が、進まないって、さっきから! 言ってる、でしょ!?」
「待てエリー。ソレを言ったのは君じゃないぞ? だからその爪を引っ込めてくれないか?」
笑顔のエリーが逆に怖い。
「どちらでも良い。とにかく明日葉とやら。貴様の要件を話せ」
有原次郎の種族が判明したから満足したようだ。
「え? えっと……」
さすがに有原次郎を無視して話を進めるのに戸惑い、口ごもる明日葉。
「構わぬから話せ。そこの雑魚スライムが邪魔なら、余が消し去ってやるぞ?」
「ま、待って! 僕の話を……!」
「スライム風情が余の邪魔をするな!」
「ひぃ!」
桜花の威圧が高まり、赤い瞳が輝きを増した。自衛隊連中は冷や汗をかき、威圧の対象では無いエリーも尻尾の毛を逆立てる。若葉さんは相変わらずだ。
「むー! むー!」
「……大人しくしてくれるなら、タオル外してあげますけど?」
コクコク!
大丈夫かな……? 不安だが、喋れないのは可哀想なので、タオルを外す。
「……!! あー……コホン。大丈夫。ホンマ。いえ、んっ! んんっ! 大丈夫です。あたしは落ち着いていますよ?」
最早標準語を喋る若葉さんに違和感しか感じない。
「わ、分かったよ。私達はある人物を追ってきたんだ。ちょっと前……しばらく前までここで君達と接触していたと思うんだけど、中二病のバニーガールに覚えはあるかい?」
「ありません。知りません。分かりません。
だから俺達は帰ります。さようなら。ごきげんよう。二度と会う事は無いでしょうけど、また会う日まで」
「朝春さん、いくら何でもさすがにそれは……」
「ご主人様、イケメンが気に入らないのは分かる……らないけど、話くらいは良いんじゃないの?」
甘いな二人とも。痴女の話は単なる切っ掛けに過ぎない。
本命の、厄介なお話が有るんだろ? こちらは上位種三人、内二人は『王階級』と『貴族階級』だ。下手に俺達を突けば怪我では済まない。
それほどのリスクを背負う理由がアンタには有るんじゃないのか? 明日葉さんよ?
ドラム缶の代金が痴女と厄介な頼み事か……釣り合いは取れているのか?




