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四十一 緊急時の行動。中二病に処方せんは無い。

 九月十三日。昼過ぎ。


 突如現れた何者かの手によって、俺は人質にされた。右腕を背中側で掴まれ、左腕は身体の前で掴まれている。


 背中になにか、大きくて柔らかい感触を感じる。大きくて、柔らかい、なにかだ!


「お前達は何者だ! 白昼堂々とドラム缶を盗むとは見上げた根性だが、この私に見付かった以上、タダでは済まないと思え!」


 抵抗するフリをして身をよじり、背中の柔らかいなにかの感触を最大限に堪能する。


 三人の様子がおかしい。突然の出来事に固まってしまうのはしょうが無いにしても、エリーまで反応出来ないというのはどういう事だ?


「お前! 何者だ! 何で上位種なのに抗体者なんだ!!」


 はい?


「問うているのは私の方だ! 気は進まないが、この少年を痛めつける事もやぶさかではないぞ!」


 そうだ! 俺は人質に取られているんだぞ! もっとこう、犯人を刺激しないように説得しないと!


 抵抗するフリをして以下略。「大人しくしていろ!」とか「ん……! う、動くんじゃない!」など。存分にその柔らかさを堪能する。

 ぽよんぽよん……とか、むにむに……とか。ああ、なんと素晴らしきは豊かなる双丘か!


「とりあえず、話しをしよか? 色々と誤解があるみたいやからな」


 若葉さんがあきれた顔で提案するが……もうちょっと緊張感を持とうよ。


「誤解も六階も無い! そこの幼じょ……少女が不思議な能力でドラム缶を盗んでいた! 私は見た! そして聞いた!」


 だから何だという気がしてきた。散々、柔らかなおっぱいを堪能したので、ちょっぴり理性が戻ってきた。

 しかし幼女はいくら何でも可哀想だろう。


「……俺、人質だよね? 皆何でそんなに落ち着いてるの? 俺の事なんてどうでもいいの?」


「「「……」」」


 なんで黙る!?


「なぁ、ウチらは生きてく為にドラム缶が必要なんや。ウチらだってこんな盗人(ぬすっと)みたいなマネはしたぁ無い。

 やけど持ち主がいーひんかったら、黙って持っていくしかあれへんやろ?」


 三人のテンションがおかしい気がする。特に桜花が目をキラキラさせて、後ろの人物に注目しているのが一番不安だ。


「もっともらしい事を言うな! お前達は上位種だろうが! 上位種が何故ドラム缶を必要とする! 説明してみろ!」


 そう言えばさっきエリーが『上位種なのに抗体者』なんて言ってたな。何とかして誤解を解いて情報を引き出さねば……引き出さ……この大きさ、柔らかさにはあらがい難い。俺の抵抗する気力を奪うとは、やるな!


 若葉さんが関西弁で説明する。これまでに様々なメディアで関西弁キャラが活躍した結果、標準語に次ぐ市民権を得たと言っても過言ではあるまい。


 これが地方のガチ方言だったら、話の文脈から意味を推測する事もままならない筈だ。


 俺達はガソリンを保存する為にドラム缶を拝借しに来た。所有者不在の為、無断で拝借する。謎の女性は関係者でも警察でもない。


 口出しされる理由は無いね。文句があるなら力尽くで……結果が人質の俺か。さもありなん。いや、ホントにアンタ。何がしたいの?


「私は悪が許せないだけだ! 確かに私は関係者でも警察でも無いが、しかし犯罪を見過ごす事は出来ない! 私に流れる正義の血が! それを許さないのだ!」


 コイツも中二病患者かよ。医者はどこだ。


 しかし、そう考えると彼女の行動における矛盾点が解決する。彼女はただ、正義の味方ごっこがしたいだけなんだろう。迷惑な話だ。


 正義の味方が人質を取るとか、ガソリン保管の為にドラム缶を回収しに来てこのご時世で盗人扱いとか。設定がぐだぐだ過ぎる。


 そういう意味では桜花より重症だな。


「俺は蘭堂(らんどう)朝春(ともはる)だ。アンタの主張に反論が有るんだが、聞いて貰えるかな?」


「ほう? この状況で抗体者とは言え、一般人の少年が見上げた度胸だな? 分かった! 弁明の言葉を聞こう!」


 俺は先程の考えを嫌みったらしく説明した。トッピングに『正義って押し付けるモノなんですか?』とか『必要な物資が回収できないと命に関わるんですけど、俺に死ねって言うんですか?』等と加えてやった。


「朝春さん……言い過ぎや……」


「主殿……容赦無いのぉ……」


「ご主人様ってMっ気ある割にはSだよね?」


 エリー、後で個別面談な。


 女性は衝撃を受けて俺の拘束を解き、ヨロヨロと後ずさる。その段階でようやく彼女の全身があらわになった。


「「「痴女だーー!!」」」


 展開早すぎじゃね? 言われて振り返ると、そこにはバニーガールが居た。



 黒髪長髪に網タイツに黒いハイヒール。黒いバニースーツはあろう事かキツメのハイレグタイプで、かつて無い程の存在感を主張している。俺はついさっきまで、この身体と密着していたのか。


 胸はあきらさん程ではないが、祭さんと良い勝負かな? 中々の巨乳だ。


 よくよく観察してみれば、バニースーツはいわゆるコスプレ用の安い作りでは無く、コルセットタイプの肩紐が要らない、高価な造りだ。


 オタク男子高校生のバニーガールに対する情熱をなめるなよ? この程度の分析は朝飯前だ。


 首元は白襟に黒い蝶ネクタイ、手首にカフス。ウサ耳は……黒髪から白いふさふさのソレが……獣感満載のソレがぴょこんと、頭上に有った。


 ウサ耳は恐らく自前だと思われる。つまり彼女はウサギの獣人か。


「あの、貴女の名前を聞かせて頂けますか?」


「……私の名前は朝比奈(あさひな)ひなた。

 悪の組織によって改造人間にされてしまった哀れな女だ。だがしかし! 私の中の正義を愛する、熱き血潮が失われる事は無かった! 正義を愛する心があれば、決して悪に屈する事は無いのだ!」


 ちょっと待って。いや、ストップ! ストップー!! 撮影止めてー!!


「私の体は改造されてしまったが、正義を愛する心がある限り! この力を平和の為に役立てるのだと誓ったのだ!!」


 ああ……重症もいいとこだ。集中治療室にぶち込みたい。彼女に比べたら桜花は『ちょっとした微熱』だったんだな。


 かつての上位種達は俺の知らない情報を知っていて当たり前とばかりに、俺を情報過多に(おとしい)れようとしたが、この朝比奈ひなたは別の意味で俺を混乱させようとしているのでは無いか?


「だから少年よ。複数の上位種を従える君は、悪の組織の一員。いや、幹部クラスとみた!」


 どっから『だから』が出て来た!

 彼女の欲求はつまり、自身の『正義』の名の下に『悪人』を懲らしめたいだけ……なんだろうな。


「俺達は『悪の組織』とは全く、何も、一切、関係ありません。名誉毀損で訴えますよ?」


「ははは! 三人も上位種を従えておいて良くも言う! ドラム缶の件は見逃してやるが、やはり君達は危険な存在だと、私の本能が告げているぞ!」


 ウザい。ウザ過ぎる。本能って何だよ! 見た目エロいねーちゃんだとしても、中二病重症患者はウザ過ぎてお断りだ!


「ちなみに朝比奈さんは抗体者と契約したんですか?」


「私は誰からも縛られる事が無い、自由の戦士! 他人と血の契約などしない!」


 会話が成立しねぇ。さっきから桜花の不吉な目がやたらとキラキラ輝いている事も不安でしか無いと言うのに。

 桜花の中二病が悪化しなければ良いんだけど……


「ご主人様、この人もしかして人造抗体者なのかも。改造されたとか言ってるし」


 いつの間にか隣に立つエリーの言葉に、朝日奈ひなたの言葉を思い返す。


 多大な努力を伴って、意味がありそうなキーワードをピックアップすると、


 悪の組織

 改造


 ピックアップするまでも無かった。


「そこの少女が言う人造抗体者は確かに私の事だ」


 おお、やはりか。

 確か人造抗体者は俺みたいな天然物とは違ってゾンビに『襲われる』し、『感染する』んだったっけ。上位種と契約出来る事しかメリットが無いっていう。


 しかし、貴重な人造抗体者を感染させるなんて間抜けはしない筈だから……


「意図的に上位種にさせられた?」


「ふむ。さすが幹部クラスと言ったところか。それなりに頭が回るようだな」


 ゾンビワクチンとかどうでも良いから中二病治療薬を開発してくれないかな。


「朝日奈さん、あたしは桜木(さくらぎ)若葉(わかば)と申します。貴女はゾンビに襲われたのでは無く、『改造』されて上位種になったのですか?」


「あ、ご丁寧にどうも……そ、そうだ! ……正直に言うと、人造抗体者になった後、精密検査と称して全身麻酔を打たれたんだ。そして気が付いたらこの体になっていたんだ!」


 人造抗体者の次は人造上位種か。しかもハイブリッドとは恐れ入る。

 パンデミック発生から四十数日。素人の俺でもここまでの結果が出るには早すぎるという事は分かる。

 やはり人体実験もどき……いや、人体実験そのものが行われたと考えるのが自然なのだろうが……さすがにそこまでは聞けないか。


「悪の組織ってもしかして自衛隊ですか?」


「違う! 自衛隊は命を賭けて日本を守り、ゾンビ共から日本を取り戻す為に今も戦っているんだ! 彼等の勇敢な魂を侮辱する事は許さんぞ!」


「だったらアンタも自衛隊に加わればいいじゃないか。なんだったら紹介してやるぞ?」


「う、うるさいうるさい! 黙れーー!! そうやって私を懐柔するつもりだな!

 さすがは幹部、ひとまずは褒めてやろう。だがしかし! 私の正義を愛する、熱き魂は全てのウソを見抜く! やはり少年よ。貴様は危険な存在だ! 今日のところは見逃してやるが、月明かりの無い夜道は背後に気を付けろよ!」


「夜は寝てるけど?」


「黙れ! 今日のところは顔合わせという事でこの辺りで勘弁してやる! 次に合った時が貴様等の命日だと知れ!」


 言ってカッカッカッ! と、ハイヒールを鳴らして走り去る彼女の尻――Tバックと言うか、殆ど丸出しだな――には、白いふわふわな丸い尻尾が揺れていた。

 はたしてアレはバニースーツに備え付けの尻尾か、はたまたウサギの獣人たる彼女の自前の尻尾か……


 !!


「ご主人様!?」


「どした!?」


「お兄ちゃん!?」


「何でバニーガールなのか、聞くのを忘れていた……」


「確かにあの格好で出歩くのはボクには理解出来ないけど……ご主人様はえっちな事しか頭に無いの?」


「そうねぇ、朝春さんが望むんだったらあたしももっと頑張らないといけないのかしら」


「母上にバニーガールはさすがに無理があると思う。精々、裸エプロンが関の山では無いのか?」


「桜花? 今、何ぞ、言うてん?」


「は、母上はどんな衣装でも良くお似合いで、主殿を悩殺する事間違い無しなのじゃ! いやー、主殿は果報者じゃのう!」


 リッチーを威圧するスペクターなんて初めて見た。お年頃(・・・)の若葉さんは地雷がたっぷりだから言葉には気を付けないといけないな。



 意味不明なトラブルに見舞われたものの、何とか無事に……


「っていうか君達、俺が人質に取られた時に何で助けてくれなかったの!?」


「? あの変態から殺気を感じなかったからだよ?」


「そうねぇ。何か威勢のいい事ばかり言ってたけどあの子、実戦経験無いんじゃないかしら?」


 若葉さんも無いでしょ……


「あの者は上位種としては一般階級じゃろうな。余の威圧に怯む様子が無かったのは人造抗体者とのハイブリッドが故か?

 ともかく自分の実力を(わきま)えているのなら、上位種三人を前にして強気な態度など取れんし、話の流れとは言え自ら人質を手放すなど、自殺行為も良いところじゃ。

 ま、あの女は露出狂の阿呆(あほう)じゃったようじゃし、それもやむなしかの?」


 散々な言い様だな。朝日奈さんの評価に関しては全面的に同意だけど。彼女――朝日奈ひなた――は人造抗体者で人造上位種。ほぼ間違いなくウサギの獣人。

 そして『改造』された組織――除く、自衛隊――を恨む。だけど自衛隊には加わらない、と。


 俺達への敵意が中二病由来だからこそ、対処に困るな……


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