四十 銭湯とドラム缶。ジャズを背後にどちらか選べ。
蘭堂家のミニバンと所有者不在の軽自動車でホームセンターを目指す。以前大根さん達とばったり会った所とは反対方向のホームセンターだ。
うちのミニバンは若葉さんに運転を任せて助手席に桜花。後部座席に俺とエリー。
目的地はカーナビに入力してあるので、今日はゆっくりさせて貰うつもりだ。エリーにセクハラを……すると運転手が暴走しそうなので我慢しよう。
軽自動車チームはホームセンター……ホムセンまではあきらさんが運転。駐車場内で軽く練習を行ってから、ねねが帰りを運転する流れだ。
他人には厳しいあきらさんだが、ねねも家族認定されているので大丈夫だろう。
「ご主人様、ドラム缶ってホームセンターで売ってるの?」
売ってる。……ところもある。としか言いようが無い。いや、エリーが何を言いたいのかは分かっている。
「ドラム缶にガソリンを入れるんなら、たくさん用意しないといけないんじゃないの?」
「エリー。その程度の事、主殿が気付かぬ筈が無かろう。意見を述べるのも大切じゃが、もうちょっと頭を働かせんか」
「は! はい! スミマセンでしたぁ!」
「いや、大丈夫だから。エリーはいつも通りで良いよ。桜花はプライベートなんだからエリーを威圧するんじゃない」
「えー! 威圧してないもん!」
はいはい。
「中古ドラム缶の販売会社は見付かったんだけど、場所が埼玉県なんだよ。
高速使えば片道一時間半くらいで行けると思うんだけど道路状況次第だし、敵対する人間や上位種がいるかも知れない。
こっちの戦力は申し分ないけど、準備をしっかりしてからが良いのかどうか……決めあぐねているんだ」
「でもガソリンは腐るから今すぐにでも回収した方が良いんでしょ? だったらこの後で向かうべきじゃないかしら?」
ホムセンで用事を済まして埼玉へ向かう。何のトラブルも無ければ夕飯までには帰れるか?
いや、こんな事を考えてる時点でフラグ成立だ! 絶対面倒な事態になる!
でもまぁ、若葉さんの言う通り早いに超した事は無いか。
今日中に帰れるかな? 場合によっては何処かで一泊も視野に……うん。後で考えよう。
ホムセン到着後、桜花の威圧でゾンビを遠ざける。店内のゾンビは面倒なので放置だ。上位種が側に付いていれば問題無いらしい。
あきらさんとねねの二人にドラム缶調達の件を伝えて、鶏小屋制作に必要そうな材料を桜花に片っ端から『収納』してもらう。いちいち運ばなくていいから超便利なんですけど!
容量無限なので明らかに不要なもの以外は片っ端から収納して貰う。これでこのホムセンの利用価値は無くなった。
もうお前に用はねぇよ。
ヒドい! ドラム缶が無かっただけであたしを捨てるの!? あたしとは遊びだったの!?
ペット用品しか残ってないお前に何の価値があるんだ?
あなたのせいよ! あたしは止めてって言ったのにあなたが無理矢理するから! だから責任とってよ!
知らねぇよ。じゃあな。
う……うぅぅ……ペットフードだって……いつか必要になるかも知れないじゃ無い。……あたし待ってる。あなたが帰ってきてくれる日まで……いつまでも……
「ご主人様?」
!? いかんいかん。妄想も大概にしなければ。
「朝春。工事に必要な分と補修材料はゲット出来たから。あたしとあきらさんは帰るわよ」
壁を撤去したので、その跡を綺麗に処理したいそうだ。お任せするけど鶏小屋の図面も忘れるなよ?
「分かってるって。全てあたしに任せなさい!」
門作成の実績があるので調子に乗っているな。だがねねは図面や電気工事など、外に出れない分頭脳労働で努力していたんだろう。
それが実を結んで門は完成された。次は電気工事と鶏小屋だ。
ありがとう、ねね。お前は無くてはならない、重要な存在に成りつつある。
ヒロインでは無く、お助けメンバー的な位置で。
幼馴染みがヒロインになるシナリオは回避されたんだ!
俺を主人公としたこの世界でのヒロインは……初心なあきらさんか……犬属性のエリーか……祭さんと若葉さんはお色気要員で被ってるけどお姉さんと人妻でジャンルが違う……十歳の桜花はさすがに守備範囲外だし……そもそも何で皆、俺に好意を寄せてくれているんだ?
血の契約を交わしたから? 当初のあきらさんは割と素っ気なかったけど? エリーも友好的ではあったけど首輪事件まではそんなでも無かったと思う……?
そういう意味では最初から好感度が高かったのは祭さんと若葉さんか。まぁ、敢えて聞くのも野暮だし好かれてるなら問題無いな! このままハーレム路線を突っ走るぞ!
ホムセンの駐車場でねねの運転をしばし見学する。ノロノロと進む車がガクンッと急停車。ブレーキを強く踏みすぎたな。少しの沈黙の後、急発進からの急停車へ流れるようなコンボ。
「ご主人様と同じだね!」
あそこまで酷く無かったハズだぞ。
それでも何とか公道を走れるレベルに至ったようだが、助手席のあきらさんの体調が心配される。
ねねが「じゃーねー!」と笑顔で手を振り、助手席のあきらさんは青い顔でひらひらと手を振った。走り去る軽自動車を見送る俺達に出来る事は、彼女達の無事な帰宅を祈るだけだ。アーメン。
高速道路から埼玉県を目指す。意外な事に放置車両は殆ど無く、ゾンビも居ない。
ETCのバーが邪魔なので有人――今は無人だが――の料金所を通過。車内には父さんの趣味のジャズのCDが何枚か積んであったので、BGMとして流す。
不意の事態に備えて時速六十キロで、車内には軽快なジャズが流れる。
流れる風景を眺めて、今この時だけはかつての日常を……
「主殿ー! ジャズつまんないー!」
「ボク、洋楽がいいなー」
「ジャズ以外無いよ。あ、クラシック発見。どっちがいい?」
「なんじゃ、つまらんのう。流行のアイドルとか男性グループとかのは無いのか?」
だからねぇって。
「桜花、エリーちゃん。ドライブの音楽はハンバーグの添え物みたいな物なのよ? 会話を彩るBGMなんだから。皆で会話を楽しみ……」
「母上! ストップー!!」
急ブレーキにタイヤが悲鳴を上げる。ホントにキキー! ってなるんだな。
「桜花! いきなりなんやぁ! 危ないやろが!」
ああ……若葉さん、落ち着いて。貴女は清楚で優しいキャラなんだから。
「あそこに銭湯があるよ! 広いお風呂でゆっくり出来るんじゃ無い!?」
確かに長い煙突の銭湯が確認できた。広い湯船は魅力的だが、桜花さんよ。君は何でここに居るのか理解しているのかな?
「分かってるよー! でも広いお風呂も大事でしょー?」
「あぁん? 銭湯? どうせ死体だらけでズルズルのグデグデやろ。行く価値あらへんわ」
若葉さんの言う通りだ。銭湯イベントも捨てがたいが、これ以上の寄り道は危険なんだ。
現在午前十一時。余程スムーズにいっても帰宅時間は午後三時頃の予定。銭湯に寄ったら一泊決定してしまう。昼、夜、朝と三食続けてカップラーメンなんてイヤだぞ。
「で、殿下。銭湯は後日、余裕がある時にしたら如何でしょう? その方がゆっくり出来ますよ」
「むー、しょうが無いの。余はわがままを言わない良い子じゃからな! エリーの説得に応じてやろうぞ」
まったくこのお子様は……。
「朝春さんもエリーちゃんも、桜花がわがまま言ってごめんなさいね? この子一人っ子だからちょっと甘やかしちゃったみたいなのよ」
「わがままじゃ無いもん!」
「じゃかぁしい! ごちゃごちゃ言っとらんで、さっさと行くで!」
桜花が頬を膨らませて「ママったら、もう!」とご機嫌斜めだ。
「近いうちにスーパー銭湯に連れてってやるから。な?」
「ほんと!?」
ぱっと笑顔になる。
「ああ。いや、一ヶ月以上放置された銭湯はマズいか?」
「お湯……っていうかお水、腐ってるんじゃないのかな?」
桜花の顔が段々曇っていった。
「いっその事、温泉に行くのはどうかしら? 源泉掛け流しだったらちょっと掃除すれば大丈夫かも知れないわよ?」
再び笑顔になる桜花。
「それだと移住先の下見も兼ねたいですし、候補地探しや準備で時間が掛かりますね」
「それならマンションの近くの銭湯を整備した方が早いんじゃないの?」
え? 良いの? 悪いの? どっち? 桜花がオロオロし始めた。
「じゃあ近くの銭湯を整備するって事で。ゾンビに手伝わせた方が楽か?」
経験の有るエリーに訊く。
「うーん、現場を見てみないと何とも言えないかな? でもブラシで掃除する位なら出来ると思うよ?」
「お湯は余に任せるが良い! 余の極大魔法で一発ドカンじゃ!」
ドカンはやめて。……そうか、桜花が居ればお湯を沸かす必要が無いのか。そもそも水道が死んでても問題無いのか。それならハードルは低いな。じゃあ、その方向で進めようか。
まだ見ぬ銭湯で盛り上がる中、そろそろ目的地に到着だ。周囲のゾンビは桜花の威圧で余所に行って頂く。
「あっ! エロいゾンビ発見! 若葉さん、停めて停めて! 車を停めてぇ~~……」
無視された。エリーと桜花の目が冷たい。運転中の若葉さんからは何やら冷気が漂う。
ゾンビ溢れるこの世界で、セクハラもままならないなんて悲し過ぎる。俺の熱く滾るこの情熱を、一体何処に向ければいいと言うんだ?
今度乱悟さんを言いくるめて護衛にしよう。二人で美人ゾンビを探す旅に出るんだ。何だったら色街も連れて行ってやってもいいな。やっぱりこういうのは男同士じゃないと盛り上がらないしね!
車内の冷気が強まる。ちょっと冷房効かせすぎじゃない?
「朝春さん? 声に出てるで?」
「主殿、面白そうだから余も連れて行くが良い」
「二人とも、落ち着いて。ご主人様は口先だけのヘタレ野郎だから何も出来ないよ?」
ちょっとエリー!? ヘタレって何だ!? 俺が手を出さないのは家族同然の君達の気持ちを考えてだな……
「せやなぁ。……朝春さんは奥手ですし、あんまりこちらからアピールしても恥ずかしさが勝ってしまうんでしょうねぇ」
冷静に分析しないで!?
「主殿、こじらせておるのぅ」
お前程じゃねぇよ!!
俺がヘタレだという風評被害が広まっている。これはいけない。改善しなければならない案件だ。
「到着したわよー」
ドラム缶販売会社に到着した。ドラム缶が山のように積まれて……いない。倉庫の中かな?
周囲に人の気配は無い。ゾンビも居ない。ついでに死体も無い。倉庫らしき建物の扉――鍵は開いていた――を開いて中に入る。
眼前に広がるドラム缶の山が……無い。いや、それなりには有るんだ。多分百か二百は有る。しかし、倉庫の規模を考えるとこの在庫量は……
「誰かが持ち出したんでしょうね」
やっぱりそうだよね。ま、有るだけマシか。
「桜花、収納お願いー」
「うむ。余に任せるのじゃ!」
ドラム缶が消えていく。さすがトラック要らずだ。
桜花の『亜空間収納』に改めて感心しつつ、終わったらカップラーメン食べようかな……と、ぼんやり考える。
周囲に人影は無く、ゾンビもいない。それでも若葉さんとエリーが警戒してくれているので、俺がだらけていても問題無い。
そもそも抗体者だからといって、特別な能力など何も無いのだ。ゾンビに襲われない。ゾンビにならない。それだけの普通の人間だ。
だから気が付いたら人質になっていたとしても、俺は悪くないよね!?




