三十九 部屋を繋げろ。女とホラーと電気工事。
九月十三日。晴れ。午前九時。
住人全員が駐車場に集合して、これから作業を始めようという前に、昨夜のねねの悲鳴の説明及び若葉さんと桜花の紹介をする。……したいと思います。
二人の不吉な姿を見せても良いのかと判断に苦しむが……まぁ、既に悲鳴は聞いているので問題無いだろう。
『人化』状態の二人を紹介してから、ホラー状態の二人を見ますか? と、皆に尋ねる。
半数以上が否と答える中で「桜花ちゃん!」と興奮する少女がいた。知り合いかな? 知り合いなんだろうな。会話を省いてもいい? 駄目? めんどく……友人との再会は喜ばしい事だと思います!
彼女は三○六号室の花菱 火華。十歳。桜花のクラスメイトだそうだ。かつては飢餓状態で生死の境を彷徨っていたが、無事回復したようで何よりだ。
しかし桜花のクラスメイトか。思うところは有るだろうけど、そこんところどうよ?
「火華と桜花ちゃんはクラスメイトだったんだけど、あんまり話した事は無いし……知り合い? 顔見知り? だと思うの」
「うむ。余の高潔なる雰囲気に気後れしてしまったのであろう? 余は人ではなくなってしまったが魂の在り方は何も変わってはおらぬ。
今後顔を合わせる機会も多いじゃろう、気兼ねなく声を掛けるが良いぞ?」
学校でもその口調だったのかよ……桜花の学校生活を想像して少し、不憫に思う。桜花も中二病に罹患しなければもっと楽しい日々を送れていただろうに……
「う、うん……ワカッタヨ。桜花ちゃん……」
彼女は単にクラスメイトの安否が確認出来たのが嬉しかっただけなのでは? 今後二人の間に友情が芽生える事をお祈りします。
「じゃあ二人の変化は見たい人だけって事で。それ以外の人は後ろを向いて下さい」
男性陣が全員後ろを向いた。根性無し共め。女性で後ろを向いたのは火華ちゃんの姉の華火ちゃんだけか。
ねね、エリー。君達まで何故後ろを向く? 昨日見たよね? まあ良い。無理強いはするまい。それじゃあお願いします!
「凄い! リアル幽霊じゃん!」
「桜花ちゃん格好いいー!」
「うぅ……鳥肌が……」
「お、お、思っていた程、こ、怖く無いですねっ!」
「幽霊って明るい所だとあんまり怖く無いんですね」
あからさまにやせ我慢しているのが一人居るが、少なくともねねやエリーよりは肝が据わっているようだ。
市役所という避難所よりも将来性の無いマンションを選んだ時点で変わり者……偏屈? 何処かしらクセのある人達だ。
見世物状態の二人には悪いが、これも交流だと思って諦めてくれ。
「うわぁ、綺麗な目~」
女性陣の反応で問題無いと判断したのか、いつの間にかこちらを向いた姉の華火ちゃんが桜花の目を褒める。君もいい性格してるね?
「うむ! 『闇夜に浮かぶ紅い月』じゃ! 格好いいじゃろ?」
その呼び名、定着させる気か?
その後男性陣も観念したのか、全員が二人の姿を見るが悲鳴を上げる者は居らず、やや引きつった笑顔で受け入れてくれた。
彼等に比べてねねとエリーは……
「あたし達は予備知識無しでいきなりだったんだからしょうが無いでしょ!?」
「そうだよ! あらかじめ丁寧に細かく慎重に説明してくれてたら大丈夫だったんだから!」
はいはい。ソウデスネ。
「「もー!!」」
「でしたら普段からこの姿でいても良いですか?」
若葉さんの言葉に二人が固まる。大丈夫なんじゃないの?
「も、もちろん大丈夫に決まってるでしょ? 大丈夫! 全然大丈夫なんだからね!」
「なら安心ですね。実は人間の姿を長時間維持し続けるのって、ちょっと疲れるのよ。祭さんは特にそうでしょう?」
「えぇ。私は基本の姿、『通常体』じゃ立つ事も移動もままならないから。水棲生物は不便なのよね~」
覚醒直後の姿が自然な姿『通常体』で、『完全変化』や『人化』は程度の差があるものの、身体への負担があるらしい。
「じゃあ祭さんは日常的にかなりの負担があると?」
「負担って言うほど深刻なモノじゃないのよ。リラックス出来ない位の負担だし、尻尾だけの変化でもかなり楽だから~」
何とかしてあげたいが『通常体』の姿が下半身二メートルだからな。機会と場所を見て解放出来るように取り計らわねば。
「エリーはケモ耳と尻尾だろ? あきらさんはどうなの? 吸血鬼っぽい印象があんまり無いけど?」
「ぐ……確かにそうですが。自分の『通常体』の姿で吸血鬼要素は牙だけです。変化らしい変化は昨日見せた翼……ですかね?」
水蒸気爆発から俺とあえかを守ってくれた、あの翼だ。飛行能力があるようだが、少量の荷物しか運べないらしい。
しかし、上位種個人の能力に優劣を付けるのは間違っていると理解している俺が、あえて言おう!
「ついに俺達にも空を飛べる仲間が出来た!」
習志野駐屯地め、ざまぁ見ろ!
「二人の紹介が終わったところで今日の作業の説明をします。その前に屋内の電気工事が出来る人、居ますか?」
隣の部屋と繋げるにあたって、壁内の電気関係のケーブルを弄らなければならないからだ。
正確に言うならコンセントの位置を変更し、それに伴って電気やネット用のLANケーブルを延長させる必要がある。
電気とネットがいつまで使えるかは自衛隊次第だが、この二つの施設は彼等が死守してくれるだろう。
それに電気に限れば、このマンションは屋上に太陽光発電設備があるので何とかなる。蓄電設備が無いので夜や雨天時は使えないのが面倒だが。
……何やらねねが手を挙げているが多分気のせいだろう。蝶々でも捕まえたいのかな?
「はい! はい! はぁーい!!」
「ねね、お前の役に立ちたいという気持ちは分かったから……」
「確かに経験は無いけど! こんな事もあろうかと動画観て頑張って勉強したんだから! 大丈夫! まーかせて!」
中指を突き立ててニカッっと笑うねね。……君、平成生まれだよね?
そこまで言うなら任せてみるか? 他に適任者も居ないし。
「じゃあ今日の作業はバリケードの続きと一階の部屋の片付けって事で。
畑は? 特に無し? 了解。責任者は……祭さんとあえかと母さん、よろしく」
俺達はホームセンターに行くので今日の作業には加わりませんと付け加えておいた。地道な作業は面倒だし、外で行動していた方が楽しいからに決まっている。
一応、皆さんのために行動してますよ。という建前があるので文句は有るまい。HAHAHA!
母さん以外は不満そうだが、祭さんとあえかは昨日活躍して貰ったので今日はマンション側の作業だ。
あきらさんが役立たずだったワケじゃ無いから! だから落ち込まないで!
「あ、近日中に鶏を探してくるので鶏小屋の制作もお願いすることになると思います。そのつもりでいて下さい」
おお~。と、控えめな歓声が上がる。卵が失われてから日が浅いため、まだ『しばらく卵はいいや』状態なのだろう。
俺は何だかんだ言って、住人のために働いてしまっているな。まあ、それも移住するまでだ。
水問題が絶望的なこの地に留まる必要は無い。全ては予行練習なのだ。
「主殿? 水問題なら……」
「桜花にはこれからうちのリフォームを手伝って貰うぞ! これは桜花にしか任せられないから頑張ってくれ!!」
「そうか!? 余でなければ駄目か! しょうがないのぉ~。カハハ!」
住人に聞かれないよう、何とか誤魔化せたかな? そうか。桜花が居れば水問題解決か。チート過ぎない?
しかし、何でも桜花頼りでは万が一の時に生活が破綻してしまう。
上位種各人の、桜花の能力は確かに便利だが、補助程度に考えないといけないな。何年で復興出来るか先が見えない今は、一人の能力に頼るのは危険すぎる。
一人の能力に頼りすぎて倒産した企業が何件もあると『実録! ブラック企業の綱渡り』で学んだ俺に死角は無い!
母さんとあえか、祭さんを残して家に戻る。最近強面ゾンビ達はエントランス付近の警備なので顔を合わせていない。ちょっと寂しいが会おうと思えばいつでも会えるし、そもそも会おうとは思わないので何も問題無い。
突然だが、ここで蘭堂家の間取りを簡単に説明しよう。玄関から廊下が真っ直ぐ奥に続く。右手に洋室が二部屋。左に洋室が一部屋。
左洋室の先にトイレ、洗面&浴室だ。
廊下奥の扉を開けるとキッチンとリビング&ダイニング。キッチンはカウンター型で右側に配置されている。
隣の五○二号室は左右対称な造りなので、我が家のリビング&ダイニングと隣のソレが、壁一枚で隔たれているのだ。
ちなみに角部屋の我が家と違い、五○二号室には窓の無い和室が存在する。
窓が無い部屋は建築許可が下りないらしいが、和室にして一部をフスマにすると許可が下りるらしい。
フスマは壁と見なさないので、隣の窓付きの部屋と同室扱いになるとか……それで良いのか?
とにかく、リビングの壁が綺麗さっぱり消え去るのならば、左右の端にキッチンを備えた広いスペースが確保できる。
加えて玄関を経由しなくて済む分、往き来も楽になる筈だ。主に母さんとあえかとねねが。
ついでにベランダの『非常時の際はここを突き破って……』も撤去しよう。何だかリビング・ダイニングを共有スペースとした寮生活みたいだな。なんだったら五○三号室まで繋げてもいいかも?
「各家三部屋ずつだから……一人一部屋になるじゃない! 五○三まで繋げるべき……? う~ん……そんなに急がなくても良いかな?」
そうなんだ? おや?
「ねねは個室じゃ寂しいって事?」
「は、はぁ!? そんなワケ無いし! 元々あたしは一人部屋だったんだからね! 他人と一緒の部屋で寝るのもいい加減窮屈になってきた所よ!」
「え……? ねねはボクの事ウザかったの……?」
エリーが悲しげに問う。
「そうじゃないわよ! モノの例えなんだから!」
若干涙目のエリーにねねは「プライベートな時間も必要でしょ?」と、説いている。結局どっちなんだ?
確かに五○三までぶち抜けば一人一部屋が確保出来るが……取り敢えずは二部屋で様子を見るか。
必要なのは屋内電気工事に関する材料と工具。リストアップはねねが担当すると言い張っている。
壁の撤去に関する作業は桜花が……なんか桜花に頼ってばっかりだな。「電気ケーブル以外の壁を消去してやるぞ」と言う彼女の言葉に、この世界がゲームだったと仮定した場合。
バランス調整って知ってる? と、制作者である神様に問いたい。
壁際の家具をどかして桜花達が作業している中、今日の予定を詰める。
電気工事に必要な材料と工具をリストアップ。ねねが今やっている。
鶏小屋作成に必要な木材などの調達。
鶏小屋の図面作成。ねね担当。
電気工事。ねね担当。
ドラム缶入手。
鶏捜索……は小屋が出来てからだな。
各種消耗品の調達。
ねねを先に帰して担当作業をして貰おう。
「護衛はあきらさん、お願いします」
「はい。お任せ下さい」
「朝春、ついでにあたしも車の運転してみたいんだけど良いかな?」
工具やケーブル類だけなら荷物は多くないだろう。帰りの道中で頑張ってくれ。
「やったあ! あたし大型トラックの運転やってみたかったのよねー」
「待て待て! 最初は軽自動車からに決まってるだろが!」
「えー」
「そうですよねねさん。最初は小回りのきく軽から始めて段々と慣らしていくべきです」
「そうよ。事故を起こして怪我しても病院はやってないんだから……」
桜花を見る。まさかこのお子様、回復魔法まで使えるとか言い出さない……よね?
「うむ。使えんぞ?」
そこまでチートじゃ無かったか。いや、回復魔法があれば死亡率が格段に下がるから悲しむべきか。ちくしょう。
桜花にばかり頼るクセが付きつつある自分に気が付いて反省する。もっと他の人達にも頼らないとね!
ていうかねねが外出する事に何のためらいも無く許可を出す、俺もあきらさん達も慣れたというか油断しているというか……




