閑話 雨の日の食卓は普段より賑やか。
エリー加入後、祭さん加入前の話です。
具体的には二十三話の翌日。
九月三日。午後。雨。
「雨、止みませんね」
昼食後のまったりとした時間。雨音をBGMにしてあえかが呟いた。
平時でもゾンビが溢れていようとも。こんな日は家で家族と共にゆっくり過ごすに限る。
……今この瞬間、生き残った人類が雨の中、コンビニやスーパーに食料を求めて向かっているのかも知れない。
ゾンビは雨の日は建物から出ないからだ。歩く死体のクセに妙なところで人間らしさが残っている彼等はコンビニやスーパー、或いはドラッグストア等で『雨宿り』をしている。
決死の覚悟で外へ出て、ようやく辿り着いた先に待っているのは雨宿り中のゾンビ達。
生存者達の幸運を祈る。
「あたし達は引き籠もるのにも慣れちゃったから良いんだけどさー。それでもやっぱり同じような毎日が続くのは正直しんどいのよ。
朝春達は今日は予定が無いんでしょ? たまには皆で何かして遊ぼうよー」
ねねの意見は分からないでも無いが、残された時間が不明な今は可能な限りの情報を仕入れておきたい。
「外出しなくとも移住先の選定とか農作業、狩猟や水質調査とか……
ネットが生きているうちに調べる事は山ほどあるんだけど?」
「それはあたし達が普段調べてるんだから、いーでしょ? ねー、遊ぼーよー!」
うっとうしいから騒ぐんじゃない! まったく、子供かよ。
「ねねちゃんの言う通りよ。トモは気軽に外出できるから気にならないんだろうけど、母さん達は天気に関係無く外出できないんだからね?」
「昨日公園に行ったじゃん」
「何か言った?」
ナンデモナイデス。
「確かに巴さんの言う事にも一理ありますね。しかし、何かするにしても外は雨ですし……トランプでもやりますか?」
「トランプかぁ。六人だとババ抜き? 大富豪? それとも何か賭けてポーカー?」
「う……、ボクはお金持ってないんだけど……」
じゃあ脱衣式で。最終的には全裸までいくぞ! 俺も脱ぐから、君達も脱ぐんだぞ!
「エリーさん、賭けるのはお金ではありませんよ」
既に現金には何の価値も無い。そして兄の頭は値千金の価値がある。
だからツッコミは手加減するように。具体的に言うとグーは禁止だ。痛いんだってば……
「賭けるのはコロッケです。」
はぁ? なんでコロッケ? 食べたくなったから? 何だそれは。
「順位に応じてコロッケの量が変わるの?」
コロッケは好きだけど、あんまり大量に食べるのはイヤだな……
「私もせいぜい二個までです。ですから量では無く、中身で勝負です。
各自が作った変わり種コロッケをロシアンルーレット方式で、順位に応じた順番で食べるというのはどうでしょうか?」
それなら有り……かな? 非常識にならない位の食材なら問題無いか……な?
「そうね。各自が考えた食材を隠したままで作りましょう。形を同じにすれば中身は分からなくなるわよね」
「あ、ジャガイモ無いけど、どうやって作るの?」
「冷凍のフライドポテトと挽肉があるから問題無いわよ。卵は無いけどマヨネーズで代用出来るから大丈夫!」
種目はババ抜きや七並べ等の多人数で遊べるものを選択。
順位をそのままポイントにして、最終的にポイントが少ない者から、出来上がったコロッケを選ぶ。
そんな感じのルールになった。
仮にだが、鷹の爪たっぷりの激辛コロッケを作ったとして、場合によっては自分でそれを選んでしまう可能性もある。
ていうかあえかやねねが悪ふざけしそうで怖いんですけど?
単純でありがちなネタだが、たまにはこういった気分転換も良いだろう。……ほのぼのと終わるか、誰かが地獄をみるか、全てはコロッケ次第だが……
初手、ババ抜き。
ちょっとしたレクリエーションの筈なのに、あえかとねねが異常な程に真剣だ。アイツら、やっぱり激辛とかヤバい系コロッケを作るつもりだな……
一位になったら最初に選ばなければならない。かと言って後半に選ぶのもどうか。そこは各自の戦略によるが、三人の思惑に気付いた母さんとあきらさんの真剣さも上がっていく。
「兄さんの番ですよ! ボーっとしないで下さい!」
「そうだよ朝春! 遊びだって真剣にやらないと面白くないんだからね!」
もう順番決めるの、くじ引きで良くね?
殺伐とした雰囲気の中で進むゲームの上下するポイントに一喜一憂する女性陣だが、俺は何を具材にしようか?
既に半分の確率でヤバいコロッケに当たる予想だが、自分が食べる事を考えると……無難に行くべきか? むむむ。
使える食材の幅が狭いのが難点だが、例えば枝豆。……食感が芋と被るかな?
じゃあ……ウズラの玉子(水煮)。悪くない。あ、水煮だったらタケノコを細かく刻んで……下味を付けなきゃ駄目だな。却下。レトルトカレー……は王道過ぎるか?
漬物を細かく刻んで……沢庵で作ったら……美味いのかなぁ?
そろそろコロッケの制作準備をしようといった時間でゲームを終える。俺の考えはまだまとまっていない……
一位から順番にあえか・俺。あきらさん・母さん・ねね・エリーの順となった。
具材を考えながら適当に流していたのでどうでも良いが、あえかとねねは「どうしてこうなった……!」と、頭を抱えている。
二人の狙っていた順位は逆だったようだが、不正目的じゃ無ければ運勝負だし、順位は関係ないと思うけど?
冷凍ポテトをレンジで加熱し、塩胡椒で味付けして炒めた挽肉と一緒に混ぜる。タマネギのみじん切り……は諦めた。
その間にご飯や味噌汁、揚げ物の準備をして、タネを仕込むあいだは本人以外はキッチンから離れる。
コロッケは俵型。
芋と挽肉のタネは一個八十グラム。
同じ具材で一人二個作る。
健康を損なう恐れのある食材禁止。
悪ふざけは自分で完食出来る範囲で。
最後に母さんが形を整えて揚げる。
以上がルールだ。ジャガイモは比較的色々な食材に合うので、極端にマズい仕上がりにはならない。……そう、願う。
各人の作業が終わり、時間もいい頃合いなのでそのまま夕食の準備に取り掛かる。
普段料理をしない――俺とあきらさんとエリー――連中は食材をコロッケのタネで包んで……といった作業でも手こずったが、ちょっと料理をした気分を味わう事が出来てご満悦だ。
「ついに俺もコロッケを作れるまでに成長したか。実は料理の才能有るんじゃないかな? ハハハ」
「自分も料理は久しぶりですが、あの食材はちょっと自信がありますよ」
「ボクもだよ。いつもはコロッケじゃなくて茹でたジャガイモと……ひ、秘密だった! ご主人様に食べて貰えたら嬉しいな!」
そんな会話を聞きながらニヤニヤするあえか。……お前何を仕込んだ?
準備が整った食卓の中央、大皿に乗った十二個のコロッケ。各人の前にはご飯と味噌汁と漬物。
副菜が欲しいところだが、コロッケに時間が掛かってしまったのでやむを得まい。これでも保存食に比べれば十分すぎる程に豪華な食事だ。
「じゃあ、あえかからどうぞ」
一位のあえかが悩む。迷い箸はお行儀が悪いぞ? ていうか見た目はどれも一緒なんだから、どれでも良いのでは?
「それでも悩むんです。兄さんは黙っていて下さい」
はいはい。
「『はい』は一回!」
はーい。
「二人とも遊んでるんじゃないの! 冷めちゃうでしょ!」
「「はーい……」」
あえかが一つ選んで皿へ移す。一人一つ選んでから、もう一巡するのだ。
しかし、本当に見た目じゃ判断出来ないな。……迷っても意味が無いので、手前のコロッケを一つ。
全員の皿に二個のコロッケが行き渡り、ようやく食事が始まる。
いただきます。
最初はソースを掛けないで、恐る恐るかじり付く。何やらトロリとした物が……これはチーズか! ハンバーグではよくあるが、コロッケでも美味いな。
「チーズコロッケは自分が作りました」
「おお、あきらさんか。無難っちゃ無難だけど美味しいよ」
「ありがとうございます。自分のコロッケは厚切りのベーコンに胡椒が効いていて、これも美味しいです」
「そうねー。これはビールに合いそうね。あきらちゃん、一杯どう?」
いつの間にかビールとグラスを用意した母さんとあきらさんは美味しそうに、俺が作ったコロッケをつまみにビールを飲む。
ジャーマンポテトをイメージ……というか、そのままコロッケにしたような物だ。失敗する道理は無い。
奇抜な組み合わせで失敗するよりは、安全な道に逃げた。ヘタレと言われても良い。マズいと言われてショックを受けるよりは遙かにマシだ。
「「辛いーー!!」」
あえかとねねが辛さに悶える。どうせあえかの自爆だろう。激辛は鉄板ネタだが、本当に作るとは……。いや、だからこそヤル! の精神か? その気持ちは理解出来なくは無いが、さすがにこの場で発揮して良い精神では無いだろう……
マヨネーズを付けると辛さが和らぐぞ。
さすがに食べられない程では無かったようだが、それでも辛いコロッケにマヨネーズを付けて食べる二人。……助言しておいて何だが、カロリーが凄そうだ。
「うぅ……甘い……」
甘い!? エリーのコロッケは砂糖でも入っているのか?
「それあたしー。チョコ入れてみたの!」
「意外と美味しいけどおかずにはならないよ……」
「あ、それもそうか。じゃあデザートで食べてね!」
無責任なねねの言葉に、食べかけのチョココロッケを置いてもう一つのコロッケを怖々とかじるエリー。両方ともチョコだったら……なんて考えが一瞬よぎるが……
「ん? ちょっとピリ辛で……美味しいー!」
「母さんが作った麻婆豆腐コロッケよ。豆腐は入ってないけどね」
麻婆豆腐の素を仕込んだようだ。何ソレ、美味しそうなんだけど!?
チーズコロッケを食べ終えて、二個目のコロッケをかじると口の中に酸味とこってりした味が広がった。
強めの酸味に遅れて、まろやかと言うか、油分を伴ったコクがポテトのややパサパサした食感を補いつつ、とがった酸味を包み込む。
「あら? これって梅干しかしら?」
母さんも同じコロッケだったようだが、そうか。梅干しか。意外な食材だがこれは美味い。
「ボクが作ったんだよ! 梅干しとバターを入れてみたの!」
エリーの家では『ジャガイモの梅肉和え』なる料理がよく出てきたらしい。バターだったりめんつゆだったりと、加える調味料のバリエーションも豊富で副菜に丁度良いと。
あきらさんは麻婆コロッケ。ねねはチーズを引き当てて美味しそうに食べている。
ねねの二個目がチョコだったらあえかと共に、双方自爆でめでたし、めでたし。だったのに。運の良い奴め。しかし、あえかのコロッケは必然的に……
「甘いーー!!」
激辛コロッケなんか作るからだ。
エリーが少々被害を受けたが、悪ふざけをした二人に正当な罰が下った。ねねは……
「ポテチにチョコつけた奴あるじゃない? だからコロッケにも合うハズよ!」
と。悪ふざけでは無く、天然だったのか……。コロッケとポテチを同列に置くんじゃない!
何やかやあったが、結果的には穏やかに済んだ本日の夕食。緊張感をスパイスにして、こんな夕食もたまには良いかな?
「冗談じゃありません! ロシアンコロッケは禁止です!」
今日の食卓は、普段より賑やかだ。
それぞれが作ったコロッケ。
朝春・ベーコン&ブラックペッパー
あえか・激辛――主に鷹の爪――
巴・麻婆
ねね・チョコ
あきら・チーズ
エリー・梅干し&バター




