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三十八 終わりの手前でゾンビと踊れ。

 あきらさんの心理状態を考慮して、早速『亜空間収納』を活用する。

 桜花が触れただけで目の前のトラックが一瞬にして消えたのには素直に驚いた。


 いわゆる『アイテムボックス』と呼ばれる、異世界転生系のラノベでよく登場するスキルや魔法だが、それをゾンビパンデミックの世界で拝めるとは。

 ……ここ日本だよね? 知らない間に異世界になってたりしてないよね?


「どう? 凄いでしょ!」

 確かに凄い。そしてドヤ顔も凄い。


 実際のところゾンビよりもファンタジー要素が強くなっているような……いや、気のせいだ。ケルベロスとの戦闘があったから勘違いしているだけだ。

 俺は、俺達はスローライフを目指してその為の準備を進めている筈なのに何でケルベロスが出て来たんだ?


 そうだ。乱悟さんが切っ掛けだった。あの男が余計な事を言わなければ今日も畑作業を……おかげで若葉さんと桜花に出会えたから許してやるか。



 何事も無くマンションに到着。ゾンビ犬による追跡も無さそうで何より。


 桜花がワゴン車を収納して若葉さんが霊化、門をすり抜ける。すみっこに設置した人間用の扉の鍵を開けてもらって中に入る。

 駐車場にワゴン車とトラックを置いて、回収してきた物資のみを桜花が再び収納……何これ便利すぎるんですけど!? ポンコツスキルなんて言って悪かった! ――思っただけだが――ヤバい。収納スキル……魔法? これ無しじゃ生きていけない予感がする!


「そうじゃろう、そうじゃろう。もっと余を褒め讃えるのじゃ!」


 あんまり褒めると調子に乗りそうだ。

 ゾンビ達に手伝わせれば問題無いのだが、俺――抗体者――以外の人間が居るとゾンビ達が落ち着かないみたいだしな。時間節約にもなるし……一度楽を覚えると元に戻れないのは理解しているが……ま、使える能力を使わない理由は無いか。




 時刻はそろそろ十六時。母さん達には二人の事を事前に連絡してあるが、紹介と説明がすんなり終わるとは思えない。今日は昼食を食べていないので早めに夕食にしたいんだけど……無理かなぁ?


「食卓のセッティングはお願いしてあるから大丈夫なんじゃないですか?」


 階段を上りながらあえかが言う。問題はそこじゃ無いんだよ?


 ちなみにエレベーターはメンテンスが不可能なので使用禁止にした。前回のメンテがいつだったか覚えていないし『まだ大丈夫』の精神で事故っては堪らないからだ。

 六階・七階に住む人達には申し訳なかったが、低層階への引越を提案したら拒否されたので問題無い。

 俺も今更引越なんて面倒でご免だ。これも運動だと思って我慢する。



 女性陣が――特に若葉さん・桜花・祭さんが――シャワーを強く希望するので……どうしよう? うちと隣の五○二号室で二人ずつ使えば短時間で済むかな? あえか以外で誰か俺と一緒にシャワーを……


 あえかにみぞおちを殴られた。ソコはいけない……


「ちょうど殴りやすい位置にあったので」


 ぐぬぬ。凶暴性が増したんじゃ無いのか?


「では自分と祭さんとあえかちゃんが先に。待っている間にお二人を紹介して頂くというのはどうでしょうか?」


「それが良いわね。じゃあジャンケンで勝った人が一人で使うって事で~」


 あきらさんが勝利したので、あえかと祭さんが先に五○二号室に入る。ここも既に我が家のようなものなので、タオルや各自の着替えなどは既に準備してある。問題は母さん達の反応だ。


 インターホンを押して帰宅を告げると程なくしてドアが開いた。


「「「お帰りなさーい」」」


 母さんとねね、エリーの三人が出迎える。まずは簡単に紹介を終え、あきらさんが浴室に向かった。俺の戦いはこれからだ。


 事の顛末を説明している最中、エリーはガチガチに緊張していたが「プライベートでは普通でいいよ」との言葉を賜り、ほんの少しだけ安堵したようだ。


 桜花も初対面相手に気を使ってか中二病的な台詞は控えているようだし、伝一郎さんに見殺しにされた二人に母さん達は同情的だ。


 当時の状況を考えると伝一郎さんがどんなに頑張っても二人のゾンビ化は防げなかったと思うが……結果よりも『見殺し』の事実が重要か。


「あの! 変化した姿を見せて貰っても良いですか?」


 やめとけー、ねねー。


「でも怖いよりも不吉な感じなんでしょ? 実際見てみないとよく分かんないよ」


 そこまで言うならしょうがない。

 母さんは無言で後ろを向いた。ねねの反応で判断しようとするあたり、さすがは俺の母親だ。

 じゃあ、二人ともお願いします。


 イヤァァァァァァ!!!


 ……言わんこっちゃ無い。気絶しなかっただけまだマシか?


「ねねちゃん!? 大丈夫!?」


 ねねを介抱したいが若葉さんと桜花の姿が視界に入ってしまうのが怖いのか、母さんは動けないし、動かない。

 エリーはテーブルに突っ伏して動かない。肩を揺さぶってみるが反応が無い。上位種とは言えまだ十七歳だ。気絶もやむなしか。


 スマホが震えてメッセージが入る。さっきのねねの悲鳴について、早速住人からの問い合わせが何件も入ってきた。明日説明するから心配しなくて良いと返信……母さんはどうする?


「だ、大丈夫! これから一緒に暮らすし、怖がってちゃ失礼よね!」


 普段は人間の姿だから問題無いと思うけど?

 若葉さんと桜花はやっぱりちょっと傷付いた様子。あえかが平然としていたのは……まぁ、あえかだから。としか言い様が無いな。


 母さんが意を決して二人を見る。

 無表情で動かない母さん。……母さん?


「す……」


 す?


「すごーい! 母さん、幽霊なんて初めて見たわ! ホントに透けてるのね! あ、失礼だったかしら?」


「い、いえ。大丈夫です」


 若葉さんが若干引いている。


「桜花ちゃんも何だか凄いわ! 目なんか『闇夜に浮かぶ()い月』って感じね! 素敵よ!」


「そ、そう? ……か? ……ふむ。『闇夜に浮かぶ()い月』か! 良いのう! 気に入ったぞ! 巴殿!」


 桜花の中二病魂をくすぐるんじゃ無い。さりげなく漢字の一文字が変換されて中二度が増してるし。

 ていうか全然怖がってないな。さすが蘭堂家の人間だ。いや、母さんの血を受け継いだからこその俺とあえかか。


 母さんがはしゃいでいると祭さんとあえかが帰ってきたので、二人に任せて俺もシャワーを浴びてこよう。



 本日の夕食は麻婆豆腐と野菜餡かけ豆腐。餃子とご飯と酸辣湯(サンラータン)だ。家族が増えると報告を受けたので張り切ったらしい。母さん、豆腐の消費期限って知ってる?


「お豆腐と言っても高野豆腐よ。乾燥させた保存食品だから半年位は大丈夫なのよ」


「高野豆腐って何?」


「お豆腐を凍らせてから乾燥させるのよ。冷めちゃうから早く食べなさい。お二人もどうぞ?」


 若葉さんと桜花は上位者の例に漏れず食事の必要は無いのだが、歓迎会も兼ねているので召し上がっていただく。


「「美味しー!」」


 気に入って頂けたようで何よりだ。


「高野豆腐がプルプル、ふわふわで麻婆豆腐だけど全然別の料理みたいね」


「うむ。豆腐自体にも味が付いておるな。久しぶりのまともな食事というのもあるが、巴殿は料理上手じゃのう」


 ねねとエリーが桜花の口調に怪訝な顔をするがスルーした。早く慣れて欲しいと切に願う。


「あら、よく分かったわね? お豆腐を戻すのに鶏ガラスープを使ってみたのよ」


 母さんが嬉しそうに答える。美味しいと言って貰える事もだが、細かい工夫に気付いて貰えたのが嬉しいのだろう。


 遅れて俺も一口頬張る。確かに通常の麻婆豆腐とは全く違う。味付けは変わらないのに食感が違うだけでここまで印象が変わるとは驚きだ。

 麻婆豆腐には必須の――だと思う――『花椒(ホアジャオ)』という中国山椒の粉を振りかける。日本の山椒よりも辛さとしびれが強いが、これが麻婆豆腐に良く合う!


「酸辣湯も美味しいですね。ちょっと風味が独特な感じですが自分の好みの味です」


 俺も飲んでみる。酸辣湯とは中華スープに酢とラー油を混ぜたものだ。……確かに醤油とは違った香りと味を感じる。


「お醤油の代わりにナンプラーを使ったのよ。量は抑えたからそんなに気にならないと思うけど……」


 俺を含めた全員が美味だと認める。

 ナンプラーとはタイの魚醤だ。エスニックな風味はそれが由来か。


「本来は溶き卵が入るんだけど、もう卵、無いからね……」


 祭さんと桜木親子を除く全員の表情が陰る。最後の卵を食べてからまだ一週間も経っていないというのに……


「え? お昼に食べただし巻き卵は?」


 俺達は食べてないよ?


「エリー、あれは巴おばさんや早稲田さん、茶畑さん達が作って冷凍しておいたものなの。

 確かに玉子料理だし美味しいんだけど、問題は生の卵が手に入らない事なのよ」


 俺に押し付けられた卵の使い道に困った彼女達が、大量に作って冷凍保存していたようだ。

 料理に難のある世帯で使い切れない卵も回収して、全てだし巻き卵にしたらしい。今度はだし巻き卵が続くのか……。


 一般的には生の状態を『卵』、調理されたものを『玉子』と呼ぶらしい。じゃあ『だし巻き玉子』と表記すべきだろう? 俺もそう思う。

 だが『だし巻きたまご』で検索してみてくれ。最初にだし巻き『卵』って出てくるから。日本語って不思議だね。ちなみにだし巻きに関する卵と玉子の違いは分からなかったよ。皆は分かるかな?


 ねね達は最近畑を作る仕事で外に出るようになってから自宅軟禁状態のストレスが減ったとは言え、食事は日々の喜びの一つだ。

 卵が無くなった事でそのバリエーションが確実に狭まった事実はさすがに無視できない。


「もう、目玉焼きもカツ丼も親子丼もキッシュも玉子かけご飯もチャーハン……はギリいけるか? 目玉焼き丼もオムレツもオムライスもゆで卵もエッグベネティクトもポーチドエッグもお好み焼きも温泉玉子も煮卵もカルボナーラもホットケーキもスクランブルエッグもカニ玉もニラ玉も天津飯もスコッチエッグも目玉焼き乗せハンバーグも玉子サンドもプリンもすき焼き……は好みによるか? 茶碗蒸しもメレンゲクッキーも食べられないんだ!」


 ねねの言葉に三人は事の重大さを理解してくれたようだ。


「いえ……ドン引きしたのはトモ君の魂の叫びが原因……かな~?」


「うむ。さすがの余もちょっとドン引きじゃ」


「トモも良くそれだけ卵料理が出てくるわね……」


「朝春さんったら食いしん坊さんやなぁ。せやけど卵使う料理ってそないにあるん……ですね。びっくりしました」


「揚げ物やフライ関係は卵無くても大丈夫なの?」


「昨日の天ぷらはマヨネーズで代用していましたし、唐揚げなんかは唐揚げ粉を水で溶くだけで良いみたいですよ。フライも卵不使用のレシピが有ります」


「自分達上位種は食事の必要が無いとは言え……美味しい食事は日々の楽しみの一つですからね」


「そうね~。お酒のおつまみは美味しいお料理じゃないとね~」


「じゃあ鶏を捕まえてくれば良いんじゃないの?」


「それだ!」

「「それです!!」」

「「「それよ!!!」」」

「それや!」

「それじゃ!」


 エリーの言葉に皆が気付く。卵はスーパーに有るんじゃ無い。鶏が産むのだ。


 当たり前過ぎる話だが養鶏場が人口過疎地に追いやられて久しい昨今、鶏の存在を忘れていても……はい。ポンコツ揃いでスミマセン。

 問題は鶏が生き残っている可能性が低い事。ダメじゃん。


 一応スマホで養鶏場を調べてみると思っていたより数が多い。しかも十キロ圏内に数カ所あるようだ。人口過疎地にって言ったの誰だよ? 俺か。

 片っ端から調べていけば生き残りが何羽か……難しいかな?

 あきらさんと契約してからすぐに調べに行けば良かったと少し後悔する。――今更過ぎるな。


 あ……ガソリンの回収も急がなきゃいけないんだった。いやいや、五○二号室とうちを繋げるのが先か?

 むむむ、どれから手を付けるか?


「兄さん、一人で背負わないで、私達を頼って下さい」


「そうですよ。人数も増えたんですから、別れて行動しても問題無いでしょう」


 それもそうか。あえかとねねも必要と思われる情報は調べていたようだし、上位種が護衛に付いてれば問題……あっても逃げればいいか。


「ちなみに明日の畑の作業は?」


「畑作業は今日で終わったから、明日はバリケード作りと一階の部屋の片付けだよ」


 駐車場に面する一階のフェンスを取り除いて、一部の部屋を休憩所や昼食用のキッチンとして整備するらしい。


 鶏小屋も作って貰わないとな……あれ? 今やってる作業は俺達が移住した後にやる作業の下調べと予行練習みたいなもんだったよな?

 なんか段々と快適な環境になりつつあるような……いや! 水問題が解決しない限り引っ越し以外の選択肢は無い! 鶏だって飼育実績を積む為だ。捕獲数が多ければ多少連れて行っても問題無い! 俺達で捕獲してきたんだから文句は言わさないぞ!



 そろそろ日が沈む。今夜は桜木親子には五○二号室で休んで貰うことにした。


 濃い一日だった。スローライフを送るための準備がこれ程大変だとは想像していなかったし、準備不足という点ではなんちゃってどころかプレッパー失格だな。ははは。


 だけど世界が終わる、一歩手前の空白期間でようやくスタートラインに立てたような気がする。


 俺は、俺達は。このゾンビだかファンタジーだか、よく分からない世界で生きていく。ゾンビと共に、いつまでもこの世界(舞台)で踊り続ける。家族と共に。


 ゾンビ殲滅? 日本奪還? 自衛隊にお任せします!



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