三十七 帰宅に於ける作法。死者を統べる王の言葉。
九月十二日。快晴。午後二時三十分。
トラックの運転をあきらさんに任せて他の皆はワゴン車に乗った。これはあきらさんを仲間はずれにしている訳では無く、トラックの運転ができるのとテレパシーで情報の共有が出来るからだ。
マンションまでは大した距離では無いが桜木親子……、離婚したんですよね? 名字どうします?
「あたしはどっちでも構いませんけど……朝春さんはどう思います?」
言って彼女は俺にしな垂れかか……ろうとして、透過してバランスを崩す。
ビックリするんで運転中は控えて下さい。
「そうよ。バツイチ子持ちの三十五歳なんだからちょっとは遠慮しなさい」
祭さんが喧嘩を売った。ちょっとやめて!? お色気担当が被ったからって喧嘩売らないで!
「あら? 半端な若さしか取り柄が無いのによく言いますね。ええからガキは引っ込んどれ。朝春さんにはウチの『大人の色気』っちゅーモンを存分に味わってもらうんや」
「あら? 言葉遣いが下品になってるわよ。オ・バ・サ・マ? 大体、霊体でトモ君に触れないクセに何する気よ、クソ幽霊が」
祭さんのガラが悪くなるのは兄限定では無かったようだ。
「なんや!? やる気かぁ!?」
「掛かって来なさい! 半透明!」
「もー! やめてよママ!」
「祭さんもやめて下さい!」
「そうそう。喧嘩するなとは言わないけど二人とも時と場所を選んで下さい」
「「は~い……」」
似た性格の二人はいわゆる同族嫌悪なのか? どうせなら二人掛かりで迫ってきて欲しいものだが。
「兄さん?」
ナンデモアリマセンヨ?
最初に桜木家に向かった。帰り道とは反対方向だが、ついでなので二人の着替えや私物を回収してもらう。
一軒家の桜木家に人の気配は無く、上位種二人に護衛の必要も無いので親子二人に任せて俺達は周囲を警戒しつつ、小休止をとる。
あきらさんが赤面してもぢもぢしている。こちらの様子は過不足無く伝わったたようだ。近距離限定とは言え改めてテレパシー……いや、ゾンビネットワークの便利さを思い知る。
そろそろマンションの住人に嗜好品を配らないとな……などと考えていると二人が出て来た。手ぶらで。
「……荷物は?」
「ふふふ。主殿。余の超絶な能力を説明してやろう」
あ、中二病モードですか。まだ十歳だというのに……幼くして中二病に罹患してしまった桜花を不憫に思う。
「それより『主殿』だったり『主殿』だったりと、ぶれぶれだな?」
「主殿なの! 最初っからそうだったもん!」
はいはい。ソウデスネ。
「お兄ちゃんったら! もう!」
ほっぺたを膨らませる位なら設定をしっかりと固めてからにしてくれ。
……今回は『圧』が無いので本当の意味での茶番らしく、女性陣達が跪く事は無かった。
「茶番じゃないもんっ! ……ふふん。そのような態度も何時まで保つかのぅ」
「前置きはいいから」
「もう! ちゃんと付き合ってよね! お兄ちゃん! ……カハハ。余の力を侮っておるようじゃな!」
あえかの肩が震えだした。あきらさんは直立して……下唇を噛んでいる。祭さんは……無表情で全身が震えている。若葉さんは通常運転だ。……彼女達の心の平穏のために、一刻も早くこの茶番が終わる事を望む。笑いを堪える彼女達の為に。
「聞いて驚け! 余の数ある能力の一つ。『亜空間収納』じゃ!」
上位種三名から盛大な拍手が巻き起こる。いわゆる『アイテムボックス』だろ? 異世界系のラノベじゃ定番のスキルだけど……容量は?
「無限じゃ!」
時間経過は?
「有る!」
時間経過有りか。いや、容量無限ならトラック要らずなので大変有り難い。有り難いのだが……時間経過有りかぁ……。さすがにそこまで甘くは無いか。
生き物の収納は?
「出来ん!」
ポンコツ能力……とは言わないが正直微妙。中が真空状態なら保存性能の点で優れるけど……?
「よく分からん!」
保存性能に期待するのはやめよう。
ファンタジーに疎い女性陣がぽかんとしている中、あえかだけは興奮して詳しい話を聞いている。
しかし、桜花本人がよく分かっていないせいで、彼女の満足のいく結果は得られなかったようだ。
今の桜花と若葉さんをマンションに連れて行くのは――見た目の不吉さが――問題なので祭さんとあきらさんに『普通の人間の姿』に戻るコツを伝授して貰っている。
「兄さんの契約者もこれで五人ですか。美女に囲まれて良かったですね」
うむ。俺はハーレムの為なら嫌みなんて気にしないぞ。
「全員で九人。今でさえギリギリなのに、これ以上は収まりませんよ?」
蘭堂家……と言うか、うちのマンションは一世帯3LDKの間取りだ。男の俺が一部屋占領している現状は申し訳なく思うが、俺の部屋で寝起きを共にする事に同意したエリーと祭さんの意志は封殺されて現在に至るのだ。
俺の部屋に二人入れれば他の部屋に二人入れる。簡単な計算なのに何故それをしない? 何なら若葉さんも加えてもいいぞ?
「兄さん、本気で言ってます?」
ゴメンナサイ。冗談デス。
向こうからは「余の右腕の封印が……」とか「余の邪眼を見てはならん!」といったありがちな台詞が聞こえてくる。真面目にやってんのかな?
「兄さんには言われたくないと思いますが?」
そう? 俺はいつだって真面目だよ?
「確かに九人が生活するには狭いと思う。だけど契約者は家族同然の存在だ。単純に二手に分かれれば良いって話じゃ無いんだよ」
「でも祭さんと若葉さんが一緒に暮らすのは無理があると思いますけど?」
「それは同感だが憎しみあってる訳じゃ無い。二人ともいい大人なんだから互いに気を使えば問題無いと思うんだけど、どうかな?」
「甘いですね。女の喧嘩は静かですが根深いです。第一、自宅で気を使わなければならないなんて、ストレスです」
「隣の家と繋げちゃえば良いんだよ」
少女が言った。黒髪に三つ編みおさげの血色の良い――桜花だ。目も通常の人間と変わりなく、不吉さなど一切感じないが……頭上の冠は相変わらずふよふよと浮いている。
「どうやっても消せないんだよねー。なんかコレ触れないし、邪魔にならないから取り敢えずこのままでいいけどさ」
こぶし大のキラキラした冠は桜花によく似合っていて非常に愛くるしい。
冠は『王階級』とやらの証しだろうか? だとしたら今後冠を掲げた上位種に出会ったら最大限の注意を払わなければならない。
「桜花ちゃん、家を繋げるってどういう意味?」
あえかは初めて出来た妹分にデレデレで。ちゃん付けで呼ぶ事に決めたようだ。
「壁を無くしちゃえばいいんだよ」
壁の中には電気やらLANケーブルやらの配管が通ってるはずだけど?
「通ってない場所を選べば大丈夫だよ! 余には造作も無い事じゃ! カハハ!」
急に中二病に切り替わるな。こっちはまだ慣れて無いんだよ。
やれると言うなら試してみるか。失敗しても空き部屋は大量にある。面倒だが他の部屋に引っ越せば良いだけの話だ。……若葉さんの人化はまだ?
「生前の姿を強くイメージしなさいって、さっきから言ってるでしょ!? 何で出来ないのよ!? 歳食ってる分、覚えも悪いワケ!?」
「じゃかぁしい! ウチだって頑張っとるんや! ヘドロ臭い小娘の教え方が悪いんとちゃうか!?」
やっぱりプールの水は腐っていたか。あんなんでよく水蒸気爆発とか起こせたもんだ。
「ふ、二人とも落ち着いて下さい! 喧嘩しても事態は好転しません!」
中々に難儀しているようだ。人化って難しいの?
「う~ん……祭お姉ちゃんが言ってる通り、生前の姿をイメージして力を抑えて……かな? 一度コツを掴んじゃえば後は楽なんだけどね」
自転車みたいだな。なんにせよ俺からアドバイス出来る事は無いが……今の調子だと時間が掛かりそうだな。
生前の姿か……そうだ。イメージしやすくすれば良いのでは?
騒ぐ二人に近づくと口喧嘩が止む。その代わりに視線で火花を散らす二人の相性は……残念ながら改善されないっぽい。祭さんも若葉さんも見た目色っぽいお姉さん&元人妻だけど性格は強気で譲らないタイプだ。
「若葉さん、足元を見て下さい。その状態で両手も見て……」
「生前の姿に戻すイメージをするのね~!」
「なるほど! 足が有るイメージ、体が透けていないイメージですね!」
理解が早くて助かる。若葉さんは無言で集中……やがて足が姿を現し、体の透過率も低くなっていく。
「どうですか?」
血色を取り戻した彼女に尋ねるといきなり抱きつかれた。ああ……柔らかい。
「めっちゃおおきにな! ……嬉しいです。朝春さん。どこかの海蛇の分かりづらいアドバイスとは大違いですね」
後半は耳元で囁くように。そして全身をくねくねと動かして彼女はその身体をアピールしてくる。ちょ! 俺は嬉しいけど娘さんが見てますよ!?
「カハハ! 構わぬぞ! 主殿を愉しませるのも契約者の務めじゃ! 母上! 押し倒してしまえ!」
お前ホントに十歳か!? 十八歳未満閲覧禁止の書籍とか読んで無いだろうな!?
殿下のお許しが出たので祭さんは邪魔する事が出来ず、あきらさんは相変わらず赤面して手の平で顔を覆っている。……指の隙間からガン見しているのはバレているぞ? 何だかんだで興味はあるんだな。
「何やってるんですかっ!! こんな所でいかがわしいマネはよして下さい!!」
桜花の支配下に無いあえかが邪魔を……助け船を出してくれた。
「あん、もぉ……あえかちゃんはお兄ちゃんが大好きなのね?」
「当たり前です! 兄さんの初めては私って決まってるんですから!」
いつ決まった?
「まぁまぁ。あえかちゃん落ち着いて。皆で仲良く順番で楽しめば良いじゃない~」
あきらさんはしゃがんでぷるぷる震えている。その手は完全に顔を隠しているので、許容量を超えてしまったのだと思われる。……あきらさんって初心な割にむっつりなところがあるよね。
「駄目です! 兄さんのお世話は私がするんです!」
「皆落ち着いて。俺は『家族』とそういう事をするつもりは無いから」
収拾がつかないので、断腸の思いで若葉さんから離れる。彼女の豊かなおっぱいや柔らかな太腿は名残惜しいが、このままだとあえかが暴走して銃を構えかねない。
今更没収出来ないし、銃を渡したのは失敗だったかも……
「それはそうと主殿。母上の種族は何とするのじゃ?」
段々と台詞における中二病の割合が増えてきたように感じるのは気のせいだろうか? 種族ねぇ……あえか?
「はい。若葉さんは幽霊。霊属種で間違い無いと思いますので、これらがリストアップされます」
ひとまずブラコン騒ぎから立ち直ってくれたようだ。……で。
ゴースト。幽霊。浮遊霊?
レイス。ゴーストの上位種。魔法使いの成れの果てとも言われている……
ファントム。さらに上位の霊体。通説では地縛霊とされている事も。
スペクター。最上位の霊属種。霊主であり、『幻覚』の異名を持つとか何とか。
「スペクターしか無いわね~」
「そうじゃな。祭よりやや下じゃが、あきらより上じゃ。能力は余も知らぬが、最上位ならそれで良いじゃろう」
「桜花? 格上だからと言ってもあきらちゃんは先輩で年上でベテランなんだから。ちゃんと言う事を聞かないと駄目よ?」
「わ、分かっておる! ママは一言多いのじゃ!」
おーい、母上じゃないのかー?
先輩で年上でベテランのあきらさんは未だに赤面して地面に『の』の字を書いているが……帰りの運転、大丈夫かな?




