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三十五 犬と処理。父は娘の安寧を。

 あきらさんが破壊した、廊下の壁から戦いの様子をこそこそと伺う。


 祭さんが頭上のやや後方に緑色の濁った水球を浮かべて、そこからこぶし大の水球をプリンに向けて連続で撃ち出している。

 彼女のスカートからは二本の足と、白い鱗の尻尾が見える。頭には珊瑚の如き角を生やして。


「祭さんの変化が人間に媚びてる気がするんだけど?」


「媚び……? こほん。種族本来の姿に近づく程、自分達は力が増すのですが、祭さんは足そのものが尻尾に変化していましたよね。それでは不便なので、足を残す練習をしていたんですよ」


 そのような努力をしていたとは。言ってくれたら協力したのに。非力な抗体者の俺に出来る事はマッサージが関の山だ。

 変化に疲れた彼女の足をマッサージする。うつ伏せになった祭さんの足を、その付け根に……あきらさんとあえかにゲンコツを喰らった。俺を殴ればその場のオチが付くって思ってない?


「兄さん、戦闘中ですよ。真面目にして下さい」


「でも俺に出来る事なんて無いしなぁ……そう言えばあの犬ってどれ位の『格』なの?」


「田楽寺乱悟よりやや上。自分よりやや下くらいでしょうか。祭さんの水球で決着が付けば良いのですが……」


 武器となる水が大量にあったのは幸いだが、地上では力を存分に振るえないのだろう。格上とは言え覚醒から日が浅い彼女がどこまで力を発揮できるかが、ポイントになる。


 そもそもプールの存在は知っていたが、水が張られているかが賭けだった。水を操る力を持つアクアドラゴンなら強力な武器になるだろうと考えて、プリンを外に放り出して貰ったのだ。


「素晴らしい機転です。自分は格闘戦で倒す事ばかりを考えていました」


「あきらさんがプリンを吹き飛ばしてくれたから思いついたんだ」


「あれは炎が危険なので、お二人から遠ざける為にしただけで……」


「それより見て下さい、乱悟さんが全く役に立ってませんね」


 祭さんが撃ち出す水球はピンポン球位の大きさに縮み、代わりにマシンガンの如く大量にプリンを撃っている。

 乱悟さんが手出しをすると同士討ちの危険があるので、見ている事しか出来ないのだろう。


 プリンは水球を避けて、叩き落として、防御して、火球で反撃してと、慌ただしく動いているがそれも段々と鈍ってきた。体に命中する水球の割合が増えていき、やがて何カ所かを水球が貫通。


 たたらを踏むプリンの右足に水刃が迫り、切断した。


「があぁぁっ!!」


 倒れるプリン。


「だからトカゲって言うんじゃねーよ!」


 ? 乱悟さんがいきなり怒鳴り、舌打ちしてプリンに近づく。


「祭さんがテレパシーで何か指示をしたんでしょう」


 いつもゾンビに指示してるアレか。上位者同士でも使えるとは……それって契約した俺とも出来るの? 出来ませんか。残念。


「ま、待てっ! 俺に手ぇ出したら生き残りのおっさんぶっ殺すぞ!!」


 プリンは抗体者のおっさんと契約していないのか?


「おい、お前はそのおっさんと契約を交わしたのか?」


 乱悟さんが尋ねる。


「あぁ゛? 契約ぅ? 何だよソレ?」


「おっさんの血を吸ったのか?」


「テメェに関係ねえだろっ! 誰が教えるか! バァ~カ!」


 ザンッ!

「ぐあぁぁぁ!!」


 今度は左腕が切断された。……アイツは欠損部分の再生が出来ないのか?


「知識として知らないのでは無いですかね? 自分は身体能力の確認中に誤って腕を切断してしまいましたが、再生出来る事に気付いたのは偶然でしたし」


 そんな根拠でエリーの腕を引き千切ったのか。……恐るべし、三郷あきら。

 ていうか抗体者のおっさんの命は!?


「既に対策済みです。問題ありません」


 そうですか。手際がいいですね。


「質問に答えな」


「吸った! 吸ったよ! だから何だってんだっ!?」


「おっさん殺したら、お前も死ぬぞ?」


「あぁ゛? んなワケあるか! ボケがっ! もうちっとマシなウソ吐けよ!」


 そうなの?


「試した事はありませんし、聞いた事もありません。そういう事例が有ったのか、上位種の食料である血が無くなっていずれ死ぬ……という意味なのかも知れませんね」


 まさか検証する訳にもいかないしな。


「ま、信じないならそれでも良い。一応最後に確認するけどよ、お前自衛隊に入る気あるか?」


「ハッ! くたばれ、クソトカゲ!」


 乱悟さんが腕を振るおうとして、勢いよく弾き飛ばされる。


 彼が立っていた場所には三つ首の魔獣。完全変化したケルベロスが、そこに居た。


「チッ! 疲れるからやりたくなかったんだが……お前等全員咬み殺してやる!」


 体高およそ二メートル。青みがかった黒い毛並みのプリン……魔犬……魔獣……プリンのままでいいや。追い詰めた時、ついでに名前も聞いてくれてたら良かったのに。


 即座に祭さんの水球が命中するもダメージを与えるに至らず、水刃も効果が無いようだ。

 祭さんの攻撃が途切れたところで手足を龍のソレに変化させた乱悟さんが襲いかかるも、三つ首から時間差で吐き出される高速の火球に邪魔をされて中々距離を詰められない。


「クソッ!」

「ハハハ! 焼けろ! そして死ね!」


「あきらさん、あれってちょっとヤバいんじゃない?」


「確かに問題ですね。祭さんの水球が効かない以上、こちらに遠距離攻撃の手段は有りませんし……」


「あの、私が銃で撃ってみましょうか?」


 この距離だと当たらないし、当たってもダメージは無いだろう。むしろこっちに火球を放たれたら困るからやめて。


 祭さんが特大の水球を伴ってプリンへと走る。迫り来る火球を水球で防ぎ、そのまま濁った水球をプリンめがけて放つ。


 水球の直径が約一メートルに対して、火球は三十センチ程度しかない。

 数発の火球を巻き込みながら高速で迫る水球にプリンは一応警戒しているのだろう。難なくかわす。


 同時に水球が直角に曲がって左の頭に直撃し、大爆発を起こした。


「危ない!!」

「何だっ!?」

「きゃあっ!」


 咄嗟に庇われたあえかの目に、黒い膜の様なものが映る。

 あきらさんに頭を抱え込まれた俺は石鹸の香りと共に、何度目かの柔らかな感触を顔全体で堪能した。……ちょっと息苦しいです。


 あきらさんの背中にはコウモリの様な翼が生えていて、それで俺とあえかを包んで守ってくれたようだ。

 断腸の思いであきらさんの豊かな胸から離れ、祭さん達の様子を見る。


 えぐれた地面に横たわる、ケルベロスのプリンの左の首と左前足は失われ、ペットボトルの水を刀に変えた祭さんと乱悟さんの爪が残った首にそれぞれ襲い掛かる。


 プリンは気絶しているのか身動きする事無く、二人の刃でその生涯を終えた。



 横たわる巨大な彼の亡骸に、最後まで彼の名前を聞けなかった事を少しだけ悲しく思う。……こういう時のセオリーでは変身が解除されて人間の姿に戻る筈だけど?


「戻りませんね」

「自分が燃やしてきましょうか?」


 あの青い炎か。いや、待て。あきらさん、祭さんと乱悟さんに死体をそのままにしておくように伝えて?


 二人と合流してから俺の思いつきを説明する。


 上位種の死体をグールが食べたらどういった変化をもたらすのか。付近にグールは居ないようだが、何だったらゾンビで試してみても良い。もしかしたら一気に上位種に進化するかも知れない。


「素晴らしい考えですね。是非試してみましょう!」


「やっぱりトモ君は頼りになるわ~。……どっかのダメ玉子と違って」


「お、俺だって完全変化するつもりだったんだよ! それをお前があんな爆発……アレ、どうやったんだ?」


「水蒸気爆発ですよね?」


「あら、あえかちゃんよく分かったわね~」


「授業で習ったので。でも、あんなに凄い爆発だとは思いませんでした」


「砂を混ぜてみたのよ。火球が当たる時になるべく砂が高温になるように位置調整して……」


「おい、朝春。何言ってるか分かるか?」

「ははは。プレッパーに水蒸気爆発は必要ありませんよ」

「カ、カーミラにも必要ありません!」



 抗体者の元へ向かう。場所は既に判明していて、四階の一番奥の教室らしい。


「それにしても、ゾンビの姿が全く見えませんね?」


「抗体者と一緒の教室に詰め込まれてるみたいね。人数は……四十人位かしら~」


 あえかの問いに祭さんが答える。


「抗体者含めて四十三名です。窓際の抗体者を囲むようにゾンビが配置されていますので、先程のプリンが逃がさないようにそうさせたのでしょう」


 配置まで分かるのか。ゾンビネットワーク恐るべし。


 該当の教室に辿り着く。扉の上のプレートには『一年一組』。下級生は毎日四階まで階段を上る。眺めの良い教室で授業を受ければ勉強もはかどるだろう。という『配慮』だそうだ。

 ちなみに二年生は三階。三年生は一階だ。つまりはそういう事である。


 あきらさんがあえかをその背に守り、乱悟さんが扉を開ける。


「邪魔するぜぇー」


 ホント、ガラ悪いな。この人。兄の大根おおねさんは丁寧なのに。……相手によって口調が変わる祭さんは二人の中間かな?


「だ、誰だ? もしかして救助か!? あのヤンキーはどうした!? あいつは危険だ! それよりさっきの爆発音は何だ!? 一体何が起きているんだ!?」


 目隠しをされて椅子に縛られているおっさんが(わめ)く。


「大丈夫だ。アイツは始末したから、おっさんは何一つ心配しなくていい。まず、ゾンビ犬を処理しちまうか」


 ゾンビ達に羽交い締めにされたゾンビ犬三匹。その処理をして祭さんがおっさんの目隠しを外す。


「あら? 課長!?」


 祭さんが声をあげる。知り合い?


「私の上司よ~。課長無事だったんですね」


「田楽寺さんか! 君こそよく無事で……!?」


 祭さんは角と尻尾を出したままだ。


「き、き、君も化け物になってしまったのか!? クッ! 妻と娘に手を出すなっ! 殺すなら俺を殺せ!」


 おっさんのくっころは要りません。


「俺達は貴方を助けに来たんですよ。俺は蘭堂朝春といいます。田楽寺さんも、あちらの男性も、皆貴方の味方です。だから話を聞いて頂けませんか?」


 出来る限り優しい口調で話す。パニックになって暴れられても困るので拘束は外さないまま、抗体者と上位種。そしてプリンとの顛末を話した。

 やはり彼はプリンと契約を交わしたようで。しかし双方は上位種や抗体者に関する知識は皆無だったようだ。


 漏洩しまくっているとは言え、一応国家機密なので野良ケルベロスが知らなかったとしてもしょうが無い。契約は上位種としての本能で行われたのだろう。というのが俺達の見解だ。


 俺の説明におっさん……桜木伝一郎(さくらぎでんいちろう)さんは納得出来ずとも理解は示してくれた。


 おっさん……桜木さんの拘束を外し、ペットボトルの麦茶を渡す。半分ほど飲み干した彼は昨日から飲まず食わずだったようだ。あのプリン頭、何がしたかったんだろうか?


「田楽寺さん。君はゾンビから復活したと言ったね?」


「いえ、復活と言うのは適切な表現ではありませんが……」


「何でも構わない! 妻と娘を助けてやってくれないか!」


 彼の側にたたずむ二人の女性。三十代? と十歳くらいの女の子だ。彼の奥さんと娘さんだそうで……

 助けると言うか、自我と記憶を取り戻すには死体を一定量食べる必要があるわけで。それを彼に説明すると「ふざけるな!」と怒鳴られた。


「死体を食べさせるなんて、どうかしている! 妻と娘にそんな事させられるかっ!」


 桜木さんはまだ『普通』の感性が残っているようだ。


「じゃあ、奥さんと娘さんはずっとこのままですよ? 会話も出来ません。貴方の言葉も理解できません。場合によっては彼女達に殺される可能性も有りますけど?」


 この辺りのゾンビは祭さんの支配下にある。

 直接指示を下しているのはあきらさんだが、とにかく俺達が引っ越したらゾンビは支配から外れる。

 抗体者を襲うも無視するのもゾンビの自由意志らしい。……ゾンビに意志は無いとあきらさん達は言い張っているが、これまでのゾンビの態度を考えると実に疑わしい。


 襲われる可能性は低いようだがゼロではない。ゾンビに噛まれて肉がえぐられた。なんて事態に陥ったらゾンビにならない抗体者は出血多量か、はたまた敗血症か。どちらにしても医療崩壊した日本では助かる道は無いな。


 そんな内容の話を嫌みったらしく説明してあげた。


「あなたのエゴと家族との会話。どっちが大事ですか?」


 と、尋ねたら観念した。興味本位で年齢を聞く。

 桜木伝一郎(さくらぎでんいちろう)四十五歳。妻、若葉(わかば)三十五歳。娘、桜花(おうか)十歳。


 二人も進化させるのか。とりあえず外のプリンの処理だな。駄目なら乱悟さんと自衛隊に丸投げだ。


「いや、自衛隊よりも蘭堂君の方で世話になりたいんだけど……」


「「何でだよ!?」」


 オレと乱悟さんの声が重なる。さすが兄貴だ。


「自衛隊って何だか怖いじゃないか。俺が出来る事は何でもするから。君の拠点に加えて欲しい」


 ぶっちゃけ要らないんだけど。

 抗体者は必要無いし、上位種も間に合っている。一晩放置してもヘタレなおっさんに用は無いんだけど?

 確かに奥さんも娘さんも美人さんだけど。おっさんには如何なる対価を支払わせようか? むむむ。



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