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三十 過去最大の危機の予感。正しい首輪を選べ。

 九月九日。曇り。午前。


 ホームセンターで必要な材料と、野菜の種。肥料。スコップ、手押し車を根こそぎ回収。さあ、出発だ! というタイミングで、エリーが何者かが近づいて来ている事に気付く。


 ゾンビネットワークによると、色街達のようだ。緊張が和らぐが、敵では無いだけで味方でもない。先日のデパ地下高級食材の件でこちらを良く思っていない筈だ。


「ご主人様はトラックの陰に」

 エリーに従い隠れる。腰の拳銃に手を伸ばし、彼等の到着を待つ。


 トラックやワゴン等が五台、駐車場に停車した。ワゴンから降りた大根おおねさんと色街がこちらに近づいてくる。


「止まれ! お前達は何しに来た!」

 エリーが尻尾を逆立てて叫ぶ。


「ホームセンターでする事と言えば、物資や工具の調達に決まっているでしょう?」

 そりゃそうだ。ていうか大根おおねさん、あんた暇なの?


「おお、蘭堂君。先日は弟が世話になったようだね。出来れば入り口付近を譲ってくれると有り難いのだが?」


 こちらの用は済んでいるので大人しくトラックを移動する。このまま走り去りたい……。


 大根おおねさんから話を聞く。先日保護した抗体者の少年二人はそれぞれ習志野と朝霞の駐屯地に送られたようだ。

 一緒に居たので勘違いしていたが、兄弟でも何でも無い、見知らぬ他人だったようで、素直に了承したらしい。女性二人は市役所に残ったようだ。


「田楽寺さん! 木材が殆どありません!」

「スコップと手押し車もです!」

「野菜の種と肥料もです!」


「……また、君達に遅れをとってしまったようだね」


「早い者勝ちです。残りは好きにして下さい」


 彼の額にかすかな青筋が浮かぶ。


「ちなみに、次は何処のホームセンターを狙って居るのかね?」


 さすがに悪いので、次回はちょっと遠いが市役所とは反対側にする。


「そうしてもらえると助かるよ。君達も家庭菜園を始めるようだが、別々の野菜を作って交換しないか?」


「家庭菜園もですけど俺達今、畑作ってるんですよ」


 作業内容を教える。人数の多い市役所なら収穫量も期待できる。自給自足に繋がる情報は共有するべきだろうし、互いにアドバイス出来る点も出てくる筈だ。


「なるほど……。試してみる価値は大きいな」


「力仕事は色街さんが居るし、重機の確保も操縦経験者も問題ないんじゃないですか?」


「ふむ。君の提案に感謝しよう。ところで祭の件だが……」


「拒絶がハンパないですよ。本気か冗談か、貴方を暗殺するとか言ってますし。どんだけ仲悪いんですか?」


「暗殺!? いや、多少厳しく接してきた自覚はあるが祭にしっかりとした人間になって欲しいと思うのは兄として当然だろう?」


「祭さんが『多少厳しく』をどう、感じたかは知りませんが。彼女は貴方と話す気は無いようなので、諦めて下さい」


 まだ何か言いたそうな大根おおねさんを置いてホームセンターを後にした。俺は暇では無いのだ。


 そろそろ昼時だが、一度マンションに帰るか悩む。今の世の中、『ちょっとそこの牛丼屋で』というわけにいかないからだ。……いや、牛丼に限らずうどんも蕎麦もファミレスもラーメンも全滅だけど!

 一応携帯食は持ってきたが……祭さんに電話する。昼食はカレーうどんだと?

 迷わず一時帰還する事にした。


 何て事は無い、適当な野菜と鶏肉がゴロゴロと入ったカレーに麺つゆを加えただけだ。しかし、外で食べる食事は美味い。

 なぜうどんなのか聞いたら「余ってるから」だそうだ。確かに乾麺タイプのうどんが倉庫に山となってたけど。

 ていうか災害時にうどんってどうなの? ……カセットコンロと片手鍋が有るから調理に問題は無い。だけど汁の為に粉末スープか麺つゆが必要だ。むしろ手間が増えるんじゃね?

 ラーメンばかりじゃ飽きるから。という、当時の仕入れ担当者の余計な気配りかも知れないが。


 慣れない肉体労働で腹が減っているのか、かなり多めに茹でたうどんが足りずに、追加の麺を茹でている。俺はもう、お腹いっぱいです。


 砕石の処理はもうすぐ終わるようなので、終わり次第門作成の補助に回って下さいと指示。


 ――鰻はまだか?

「門が完成したら渡します。」

 ――蘭堂君はこれから何処に?

「畑で下準備をしてきます。」

 ――ショベルとダンプは?

「今日はこちらの作業を終わらせて下さい。」

 ――人手は大丈夫?

「問題ありません。では、行ってきます。」


 エリーと共に、今度は畑を目指す。車で数分。小学校の裏手に畑が広がる。

 いや、そこまで広くも無いか? まぁ、必要量は十分確保出来そうだ。


 そして畑の前で整列している三十人程のゾンビ。あきらさんに頼んで集合させて貰っていたのだ。

 何時から集まっていたのかは知らないが、ご苦労様です。お待たせしました。


 エリーが彼等の前を左右に歩いて往復している。時々腕を組んだり、手を振ったり。アンデッド同士が使えるという、テレパシーで訓示でもしているのか?


 二分程度の訓示? が終了したようで、「ご主人様、訓示をお願いします」今終わったところなのでは?

「お願いします」

 にっこり。


「はいはい。えー……、蘭堂朝春です。こんにちは。皆さんには……作業内容の説明した? 「したよー」……んー、じゃあ、実際に俺とエリーでやって見せるんで、見てて下さい」


 盛大な拍手が巻き起こる。所々体が破損した彼等は正しくゾンビであるのだが……あるのだが、彼等のゾンビとしての在りように違和感しか感じない。何だよ、整列して拍手するゾンビって。


 手順をエリーと実演する。どうという事は無い、スコップで土を掬って手押し車に乗せる。山盛りになったら所定の場所に移す。これの繰り返しだ。

 作業範囲を丁寧に教えて全員にスコップを渡す。手押し車は十台だ。作業が終わらなくても暗くなったら道具を放置して帰って良いと伝え、作業が開始される。

 ゾンビにお願いするには複雑だったかと懸念していたが、彼等はスムーズに、そしてパワフルに働いている。

 『人手が足りない? そこにゾンビが居るじゃない』作戦は成功のようだ。


 おじさんゾンビが「ふ~、やれやれ。腰に響くなぁ」的な表情で腰をトントンと叩く。……ビクッ! と驚いた表情で急にこちらに、エリーに敬礼して作業を再開した。


「あの……エリー?」


「うん。腰が痛いと感じるのは生前の習慣から来る錯覚だからね。マジメに働いてね。ってお願いしたんだよ」


 嬉しそうに俺に報告するエリー。

 ……あれは『サボるな! 働け!』に対する『申し訳ありません! サー!』だ。絶対そうだ。アンデッドは縦社会と聞いたが、何故うちはこんなにも軍隊式なんだろうか? あとであきらさん……はどうせ元凶だろうし誤魔化すから、祭さんに聞いてみよう。


 さて。さっきから気になっている後ろの小学校だが、エリーに確認してみたところ生存者は居ないらしい。『生存者』は。

 夏休み中だったから子供達のゾンビで溢れかえっている事も無いだろうが、小学校から得られる有用な何かが有るか考える。むむむ。災害支援物資以外思い付かない。あ、刺股さすまたは……怪力ゾンビ相手じゃ時間稼ぎにもならないか。


 ま、いっか。生存者もグールも居ないなら探索する必要ナシ! 畑は彼等に任せて帰ろうか?


「うんっ。ご主人様!」

 言ってエリーが鋭い目付きでゾンビ達に視線を送った。例の如く直立姿勢で一斉に彼等がエリーに敬礼する。

 エリーが満足げに頷くと、ゾンビ達は作業を再開する。気のせいか、彼等の作業速度が上がったような……?



 現在の時刻はもうじき二時。このまま直帰しても良いが、せっかくなのでエリーに何処か寄りたいところが無いか聞いてみる。


「え? う~ん……あっ! ご主人様! ボク、ペットショップに行きたいな!」


 イヤな予感しかしないが言った手前、近くのペットショップを探す。通信量を気にせず、外でもネットが使い放題なのはゾンビ社会になってからの数少ないメリットだ。……まさかドッグフードが食べたいとか言い出さないよね?


 ちょっと遠回りになるが目的地に到着した。エリーは一体何を望むのか……?


「ご主人様に選んで欲しい物があるんだけど……」


 赤面してもじもじと身をくねらす彼女は俺と同じ十七歳だ。ちょっと艶やかな毛並みのケモ耳と尻尾が生えているだけの美少女だ。

 ぷるぷるとした瑞々しい唇、主張し過ぎない胸の膨らみと確かなくびれが確認出来る腰。控えめなお尻とスラリとした脚線美のどこにでも居る、ありふれた美少女だ。そうだ。そうに違いない。


「ボクの首輪を選んで下さい!」


 それは十七歳男子のキャパシティを超える発言であった……。

 首輪。くびわ……。クビワ……。


「ご……じん……! ご主……様! ご主人様!」


 エリーに揺さぶられて正気を取り戻した。数々の妄想の果てに彼女を……。いや、やめよう。何故か悪寒がしたので危険な妄想を強引に消し去る。


「な、なんで首輪?」

 努めて冷静に。動揺を隠せないまま尋ねる。


「あの。ボクは狼で。群れのリーダーには服従で。……ご主人様はリーダーでご主人様だから……服従の証しに……首輪を……付けて下さい……」

 まっ赤な顔でもじもじくねくね。


「い、いや、あの。エリーさん? そんな無理しなくても良いんだよ!?」


「む、無理じゃないの。ボクに首輪を、付けて下さい。ご主人様……」


 彼女の息づかいが荒い。本来持つ人間の耳までまっ赤にしてエリーがお願いしてくる。彼女は俺の。以前とは違う、新しい扉を開こうとしているのか!?


 今度こそ開こう! 新しい扉を! 開けゴマ! いわばオープン ザ セサミ! ゴゴゴゴゴゴ……!!


「そうじゃないから扉は閉じて! もうっ!」


 そうですか。スミマセン。パタン。


「へ、変な意味じゃなくてね。ご主人様との絆を形にしたいな~って思っただけだから! 全然、別に! 変な意味じゃ無いんだからね!」


 二回言ったので大事な事だというのは理解した。


「そ、それでね。絆の証として指輪はちょっと重たいし、ボクは狼だから首輪がちょうど良いかなぁ……なんて」


 良くねぇよ。何なら指輪より重いから。あらゆる意味で。


「ボクが首輪をしててもご主人様の犬になったって笑われるだけだけど、他の誰にもマネ出来ないでしょ? だからボクには首輪がお似合いだと思うの!」


 ツッコミどころしかない……。むしろ愛が重いよ、エリー。ナイスアイデアでしょ? みたいな顔で尻尾を振らないでくれ。君と俺のテンションはえげつない程に反比例しているんだ。


 エリーの笑顔に負けて、……諦めの境地で、むしろヤケクソで首輪を選ぶ。ショーケースの中の、大型犬用のテカテカした真っ赤な首輪がエリーの黒光りする毛並みに映えるのではと思い、手に取った。

 太さが五センチ程のソレは頑丈な造りで、値札の数字にビックリ。三万って何だよ!? 言っちゃ悪いが犬用の首輪だよね? もしや首輪界の高級ブランド品なのか!?


「ご主人様。それが気に入ったの?」


 う、うん! ソウダネ。コレガイイトオモウヨ!

 手持ちのナイフで値札を切り取り、震える手でエリーに首輪を付ける。……俺は今確実に、後戻りできない何かをしている!


 首輪を付け終わると彼女は変わらず赤面で。静かな店内で、漆黒の尻尾がブンブンと風切り音を奏でていた。



 ああ。こんなにも家に帰りたくないと思った事は十七年の人生で初めてだ。

 言ってみれば単に主従の契約の証しに首輪を送った。……その程度の話だが、先程から助手席のエリーは「ほわぁ……」だの、「うへへへへ」だの。怪しい笑みを浮かべている。コイツは役に立たない。弁明は全て俺がしなければ!



 マンションに帰還すると止める間もなくエリーが首輪自慢に奔走した。ちょ! 待って! エリーィィ……!!



 エリーの首輪に、事態を重く見た蘭堂家と祭、あきら両名の判断で本日の作業は終了。俺とエリーは蘭堂家に拘束されて裁きを迎える身となった。もちろん抗議したが、エリーの首輪に言及されては反論の余地もない。

 だがしかし。それでも俺は無実だ! 弁護士はどこだ! お金が無いから国選弁護人を要求する!




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