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三 現実の訪れ。スマホと跳べ。

 八月三日。昼前。

 ベランダに並んだ俺達の瞳には、先ほどのテレビと同様の光景が眼下に広がって――


 いなかった。

 乗用車が電柱に突っ込んだようだ。やがて後部座席から少年が。次いで助手席からは母親らしき女性が出てくる。二人とも軽傷かな?

 少々ふらついた足取りで駆け寄ったおじさん&おばさんズに近寄る。運転席のドアも開けられ、お父さんを引っ張り出そうとスーツ姿のお兄さんが奮闘中。


 電柱傾いてんだけど。恐くないのかな。パトカー、救急車のサイレンは未だ無い。野次馬のざわめき以外は静かなモノだ。


 キャァァァァァァ!!!


 車から出てきた家族が、それぞれに差し伸べられた手に噛み付く。


 があああぁぁぁぁぁ!!!


 おっさんの野太い叫び。


 ざわつく野次馬連中はスマホ片手に撮影会に興じている。自分は安全だと勘違いしているのかな。


 ベランダの蘭堂家一同(+ねね)は眼下の様子を静かに見守っている。これから起こり得る惨劇が予想出来るのだ。


 叫び声が収まり、事故った家族が救いの手から自身の牙を抜く。(牙なんて生えちゃいないだろうが)


 一瞬の静寂。

 ゴクリと、野次馬達の喉が鳴る。

 ゾンビ(仮)の瞳がキラリと光る。


 六名のゾンビ(仮)が周囲の野次馬達に飛び掛かる! ――なんて生易しい速度では無い。五メートルはあろう距離を刹那の時間で跳躍したのだ!


「ひぃっ!」

 隣で悲鳴。


 跳びやがった!!


 僕らの世界はハードモード確定です。おめでとう。ふざけんな! あの分だとどうせ全力疾走もするんだろ!? どこのクソゲーだ! 苦情受け付け窓口はドコだ!


「兄さん、私たち、これから……」

「みんな、部屋に戻りましょう。……子供が見てはいけないわ」


 あえかの言葉を遮り、母さんが入室を促す。


 遠くに緊急車両のサイレン。いくつかの衝突音。地上からの悲鳴と怒号を背にして、俺達はクーラーの効いた部屋へと戻る。



 父さんが出張で留守にしている今、この場で只一人の男にしてプレッパーたる俺が家族を守らなくては! ついでにオマケも。


「みんな、聞いて……」


「「「ピロリン」」」


 女性陣のスマホからそれぞれの着信音が。ショートメールかな? ――俺のスマホは何で鳴らないの?


「トモ、あえか。お父さんは無事みたいよ」

「うわ~、学校の周りでも騒ぎが起きてるって!」

「兄さん、中学校も駅の周りも大混乱だって……」


 俺のスマホは相変わらず沈黙したままだ。


「取りあえず様子を見るしか無いと思うんだ。アレが何なのか。映画で見るようなゾンビだったとして、周りの野次馬にすごい速さで飛び掛かっていただろ?

 生身の俺達じゃ絶対逃げられない。噛み付かれて皆仲良く仲間入りだ」


 三人は神妙な顔で頷く。


「あ、お母さんにメール送らなきゃ」


 だからお前はつけ麺なんだよ!



 テレビではテロ派とゾンビ派が熱い論戦を交わしている。

 避難所に避難すべきだ! 

 道中でゾンビに襲われたらどうする!

 だからゾンビなんて存在しないんだ! 

 だったら噛み付かれた人間がゾンビ化しているのをどう説明するんだ!

 傷口からウイルス感染しているんだ!

 あんたさっきまでテロリストだって言ってただろ!

 ウイルス感染したテロリストなんだよ!


 コントとして観れば面白いかも。ゾンビはともかくとして、ウイルス感染には賛成だ。感染から発症まで数秒しかないけど。なんだよそれ。ワクチンはどこだ!


「母さん、食料って四人でどれくらい保ちそう?」


「そうねぇ、冷凍食品とかインスタントラーメンとか……素麺ってあとどれくらい残ってたかしら? 一週間保てば良い方かしらねぇ」


「分かった。じゃあ冷凍出来ないヤツから食べていこう」


 クローゼットを開く。


「四人で一ヶ月分の食料があるから、落ち着くまでは何とかなるよ」


 消費期限の長い災害用非常食や乾麺、缶詰・玄米等々。


「兄さんスゴイです!」

「トモ! さすがアタシの息子だわ!」

「あたしはやっぱり家に帰れないんだよね……?」


「ゾンビから逃げられる自信があるなら帰っていいよ」


 ――ちょっとトモ! 女の子に何て事言うの!

 ――そうですよ兄さん! もっといたわってあげないと!

 ――お、おばさん、あえかちゃん。あたしは大丈夫だから……。


 女三人寄れば(かしま)しい。やかましい、うるさいって意味だ。実によく出来た漢字だ。発案者も男一人、女三人の苦境に喘いでいたのだろう。俺みたいに。


 欲を言えば自宅のシェルター化や発電機、それに使用するガソリン。武器防具も揃えておきたかったが高校二年生の財力では不可能だし、そもそも分譲マンションの一室をシェルター化なんて無理が通るハズは無い。

 中古の一軒家を買って改造するのが現実的だ。今更遅いけど。


「母さん。そろそろ昼メシにしない?」


「そうね。そうめんで良いかしら。あとさっきねねちゃんに貰った野菜をサラダにしましょ」


「すみませんおばさん。あたしの分まで」


「いいのよ。落ち着くまで外に出られないんだし遠慮しないでね?」


「そうですよねねさん。いざとなれば兄さんを追い出しますから自分の家だと思ってくつろいで下さい」

 あえか? 今なんつった?


「ありがとう……」


 誰かあえかにツッコミを。



 食事を終え、何故か俺が食器を洗う羽目になり、我が家はひとまずの落ち着きを取り戻した。


「朝春ー、麦茶おかわりー」

 自分でやれ。


「トモー、アタシもー」

「兄さん、私のもお願いします」


 待遇の是正を要求する!


 テレビではテロ派とゾンビ派の乱闘が始まった模様。ゾンビ派がやや優勢のようだ。

 解説の軽井沢さん、どう思いますか?

 んー、やはりテロ派の一部が裏切ったのが大きいでしょう。戦いは数がモノを言いますからねー。

 おっと、劣勢のテロ派! パイプ椅子を持ち出した!

 観客からブーイングが起こる!


 最近のマスコミはバカにしたもんじゃないな。


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