二十七 地下の回廊。龍の身体をお前が支えろ。
祭さんを寄越せと、さっきから乱悟さんがうるさい。特戦群のおっさん達も加わって騒ぐ。
対するこちらはあきらさんとエリーの二人態勢だが、エリーは口喧嘩が苦手なようだ。俺は面倒なので先程から傍観している。
色街、お前はどうなんだ?
「え? 僕はどっちでも構いませんよ。強いて言うなら早く帰りたいなぁと、思っています」
俺も帰りたい。
強面ゾンビ達は上位種が四人もいるので人間に襲いかかる事は無いようだが、祭さんを背後に庇いつつも『早く終わんねぇかな……』と退屈そうな表情だ。
俺もそう思う。
ここである事に気付く。争いの原因を無くしてしまえばいい。グーラーが居なくなれば奴らも諦めるだろう。
こそこそと祭さんに近づく。
さぁ! 僕の血をお吸い! ……語呂が悪いな。
腕を差し出す俺に気付いた祭さんがゆらゆらと歩み寄ってくる。普段は遠ざかるのに、そんなに俺の血が欲しいか。ははは、可愛い奴だ。
抱きしめられて、首元を噛まれた。
差し出した俺の腕がふるふると震える。
今! 密着状態にある彼女の柔らかな身体を、胸の膨らみを堪能する事に意識を集中しているのだ! 腕など知った事か!
背後の喧噪を遠く感じる。今、この世界には俺と祭さんしか居ない。彼女の柔らかささえあればそれで俺は満足だ。
だから彼女の足下から白い鱗の何かがでろんと伸びていても俺は気にしない。
「あーっ! 手前ぇっ! やりやがったな!!」
「良く気付いてくれました! さすが朝春君です!」
何か合図があったっけ?
彼等の声が遠い。祭さんがより強く俺を抱きしめる。ああ、幸せってこんなに近くにあったんだね。
「私、田楽寺祭よ。貴方のお名前を教えてくれる?」
祭さんが耳元でそっと囁く。ナニコレスゴイ! ゾクゾクするんだけど!
「お、お、俺! 蘭堂朝春ッス! よ、ヨロシクお願いします!!」
「じゃあ、トモ君ね。ヨロシク~」
ふふふと優しく笑う彼女。大人の女の色気がヤバい。
「二人とも何をやって……!!」
「……!!」
「お、お前! 祭じゃねぇか!!」
三人がこちらにやって来て驚愕する。
あきらさんは恥ずかしそうに。
エリーは祭さんの下半身に。
乱悟さんは祭さんの存在に。
「あきら、エリー。今までお世話になったわね。こらからも宜しくね?」
「は、はい! 覚醒おめでとう御座います! 祭さん!」
「お、おめでとうございます! 祭お姉様!」
二人が急にかしこまる。……? もしかして祭さんってあきらさんより格上?
「それとクソ兄貴も久しぶりね」
兄妹仲は良くないようだ。
「く……、相変わらず口の悪い! もっと慎みを持てと言っているだろう!」
「あら、格下で口の悪いクソ兄貴には言われたく無いわね。私が慎みを持つのはトモ君だけだからね?」
言って俺のホッペにチュッとキスをする。むはー!!
「と、とにかくお前等一旦離れろ! 盛るのは帰ってからにしろ! ていうかどうやって覚醒した!」
「さぁ? 気が付いたらこの姿だったのよ」
「んなワケ……! あるのか? いや、無い! ゾンビを食ったわけじゃ無いようだし……!? まさか抗体者の血を吸わせたのか!?」
自力で正解に辿り着いたか。しょうが無いから説明しよう。
「そういう事です。牙が生えていれば覚醒すると思いますけど、個人によって覚醒条件が違うかも知れません。あと、覚醒と同時に契約完了状態になってしまいますね」
「チッ! 覚醒しない筈だ! あの野郎、襲われないと分かってても引き籠もるヘタレだからな!」
乱悟さんの契約者は男でヘタレですか。男に血を吸われるのはイヤだな。
「あの、二人ともいつまで抱き合っているのでしょうか……?」
あきらさんが遠慮がちに尋ねてくる。まだまだこれからだよ!
「あら、トモ君と離れるなんて出来ないわ。だって……」
「「「だって……?」」」
「立てないだもん」
祭さんの話を聞いて皆で検討する。現時点での候補は
蛇女のラミア。――覚醒直後なので蛇の下半身を動かす事に慣れていないからだろう。
シーサーペントと呼ばれる巨大な海蛇のような怪物。――特に理由はない。鱗と蛇のような下半身から推測。そもそも海洋生物なので立てる道理が無い。
どれもしっくりこない。やはり側頭部から生える珊瑚のような角に注目すべきではないか。彼女の身体をしっかりと抱きしめながら考える。柔らかい。
角と言えばドラゴニュートである乱悟さんだが……。
「祭さん、手のひら見せてもらえます?」
指の間に水かきだろう、膜がある。
「はい、決まりです! 祭さんは海龍。シードラゴンに決定です!」
ぱちぱちぱち。
あきらさん、エリーと、何故か強面ゾンビが拍手する。……ゾンビって拍手するんだ……。
「格から考えてもそれが妥当ですね」
「くっ、俺だって龍なのに……!」
ドラゴニュートは半龍半人だから純粋な龍種じゃ無いような気がする……。
「あのぉ、シードラゴンってタツノオトシゴの事では?」
色街がまたぶっ込んできた。
皆が静まる。
「ア、アクアドラゴン! 水龍です! アクアドラゴンに決定!」
ぱちぱちぱち!
あきらさんとエリーと以下略。
「アクアドラゴンって何が出来るんですか?」
色街! お前もう黙ってろ!
「そこのオーガ。正座なさい」
祭さんが冷ややかに命令する。
「ひぃっ!」とおののき、急いで正座する色街。
「あなたに命令する位は出来るわよ?」
つまり陸上では殆ど役に立たないと。下半身だけで二メートル位あるんだけど? どうやって家まで運ぼうか?
「それとエリー」
「は、はいぃ!!」
いきなり呼ばれて直立不動のエリー。
「……変身のコツ……教えてもらえるかしら?」
ちょっと恥ずかしそうに、頬を赤らめる彼女が俺の腕から離れていくのも、時間の問題のようだ。
無事人間の足を取り戻した祭さんは裸足であった。下半身が変化した際に靴は吹き飛ばされてしまったらしい。たまたまスカートだったから良かったものの、パンツだったら今頃どうなっていたか。
……ぱんつ? ハッとして彼女を見ると
スカートの裾を押さえてもじもじしている。やはりそうか。
匂いを頼りに探しに行ったエリーが戻って来るとそそくさと空き部屋に入り、ガチャリ! と鍵を掛ける。
変化は腰から足へ。上から下へと、一瞬だが流れるように。下着やストッキング、靴は押し出されるように弾き飛ばされ、それらは後で回収の必要がある。俺はこの事実を心に刻む。しっかりと。
「じゃあ、俺達は帰るからな。祭、迷惑かけんじゃねえぞ」
「黙りなさい。クソ兄貴のトカゲ野郎も精々精進なさい」
「てめ……っ! この……!!」
兄として自重しているのか、格上相手に暴言が吐けないのか。なんとか怒りを抑えて彼は続ける。
「蘭堂。お前も達者でな。次会うまでに死ぬんじゃねぇぞ?」
「縁起でも無い事を言うな。トカゲ野郎」
「早くあっち行け。玉子野郎」
「大根にも宜しく伝えるように。味噌田楽」
辛辣な――特に妹からの――言葉を受けて涙目で帰って行く乱悟さん達と生存者達。抗体者の少年二人が女性に対して何らかのトラウマを抱かなければ良いのだが……。
「あ、蘭堂君。冷凍庫の食材はまだ一杯あるけど、僕たちの分も残しておいて下さいね」
分かった分かった。だからお前も早く行け。
時刻は既に二十二時を回っている。このまま帰るか悩むが、少量でも持ち帰る事にした。狙いは高級食材だ!
母さんにちょっとしたトラブルで遅くなったが問題無し。もう少しかかるので先に寝ててくれとメールする。
即座に返事が帰ってきた。やはり起きていたか。自分達を寝かせたいなら早く帰ってきなさい、と。祭さんの事も事前に知らせておくべきか? いや、深夜に騒ぐのは良くないな。祭さんは今日は五○二号室で休んで貰おう。
冷凍庫に到着。強面達は食材の判別が出来ないので外で見張りだ。扉は緊急時に備えて半開きにしておく。さぁ! 狩りの時間だ!
イクラにフォアグラに霜降り和牛、アワビにフカヒレにウナギ。フグ刺しまであった。実に代表的な高級食材のラインナップだ。庶民には一粒千円のイチゴよりもフカヒレのような判りやすさが大事だよね。
「朝春君! 鰻ですよ! 国産高級鰻です!」
「ご主人様! フォアグラだって! 凄ーい!」
「デパ地下は高級食材がたくさん有るわね~。あ、アワビ発見~」
三人とも、寒さをモノともせずに高級食材をかき集める。
大根さんや坂本のおっさん辺りにぐちぐち言われるかも知れないが、残しておくあいつらが悪い! ……それとも高級食材を回収した残りがこれか? むむむ。まぁ、良い。
ついでに『刺身用』と印字してある魚の柵が入った箱も回収する。スーパーとは違って美味しいんだろうな。きっと。
「帰りは来た道を戻る。あきらさんは手ぶらで先頭。周囲の警戒と非常時の対処。次。エリー、俺、強面、祭さんの順番で全員荷物持ち。祭さんは万一に備えて少なめで。何か質問は?」
「あのぉ~……」
エリーが控えめに手を挙げる。
「今更なんだけど、こんなに沢山の冷凍食品、何処に保管するの?」
九月六日。二十三時。雲の切れ間から月が顔を覗かせる。残暑が厳しいとは言え、この時間はそれなりに涼しい。
俺達はマンション近くのスーパーの冷凍庫に、戦利品を運ぶ。あきらさんの指示で警備係のゾンビ達に手伝わせて、エリーは周囲の警戒。
店内を物色する祭さんに付いて歩く。上位種は睡眠の必要も無いようで――勿論、眠る事は出来る――酒とつまみを中心に回収する彼女は、今夜あきらさんとエリーから情報共有を名目に久方ぶりの酒を楽しむようだ。無論、エリーはジュースだが。
覚醒した順番は三番目の彼女だが、ゾンビ社会は『格』が全てだ。カーミラより格上のアクアドラゴンに意見できるのは現状、俺だけらしい。もっとも、覚醒したての祭さんは上位種歴の長い――数週間だが――あきらさんを立てて一歩退いている。
「トモ君はお姉さん達と一緒に飲まないの?」
超飲みたい! でも今日は性欲より眠気が勝っている……! 『あなたってばいつもそう。今日は疲れたから明日な。って。あたしの気持ちなんか二の次なのね!』……なんていつか見たドラマの夫の気持ちが少し理解できた……かも?
「きょ、今日は流石に眠いので、また後日……」
「じゃあ、その時は二人っきりで飲もうか~?」
祭さんが俺の手に指を絡めて腕を抱く。二の腕に当たる柔らかな感触は高校生には刺激が強すぎます! 遠慮するフリをして腕を動かし、あきらさんには劣るとは言え十分すぎる大きさのソレを堪能する。……素晴らし過ぎる。
「ま、祭さん! と、朝春君を誘惑するのは控えて頂きたいのですが!」
あきらさんが真っ赤な顔で申し出た。
「じゃあ、あきらも一緒に三人で……エリーを仲間はずれにしたら可哀想ね。四人で楽しみましょう?」
「~~~……。はい。了解しました」
アダルトな雰囲気が仲間内での宴会に変わり、反論の言葉を失ったようだ。
作業を終えてマンションへ帰ってきた。今日は長い一日だった。家族に祭さんを何と紹介しようか? 上位種三人を五○二号室に押し込んで帰宅する。
「トモ! 怪我は無い!?」
パジャマ姿の母さんが出迎えてくれた。あえかとねねは寝オチしたらしい。
「ああ。大丈夫。問題無い。明日は十時頃に起こして」
「あきらちゃんとエリーちゃんは?」
「五○二号室で反省会やるって。廊下にゾンビがいるから出ちゃ、駄目、だよ」
眠気に抗いながら最低限の情報を伝えた。
着替えるのも面倒なのでTシャツとトランクスのみでベッドにダイブ。気絶するように眠りにつく。
悲鳴も、サイレンも、車のエンジン音も。もう聞こえない。虫の鳴き声は相変わらずだが、かつての世界に比べたら静か過ぎると言っても過言では無いだろう。
五○二号室から聞こえる、おかしな笑い声が無ければ……




