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二十六 地下探索。龍と玉子と抗体者。

 九月六日。午後八時。曇天。


 二トントラックをあきらさんに運転してもらってデパートに向かう。


 メンバーは俺とあきらさん、エリーに田楽寺祭さん。強面ゾンビが三人だ。


 一階入り口付近にトラックを停めて各員が地上に降り立つ。……強面連中は荷台の中に居るので、扉を開けてやる必要があったが。


 今回台車は使わない。色街達が全ての障害を排除したとは思えないので、ガラガラと音を出すわけにはいかないからだ。


 全員を集めて最終確認をする。


「目的は食料を保管している冷凍倉庫への経路と安全の確保。道中に人間がいた場合、敵対的なら即座に排除。友好的ならその場に留めて後日市役所に送ると言えば良い。

 先頭から順番に、あきらさんが警戒・戦闘。俺が交渉と警戒。エリーが警戒・戦闘・強面達に指示。強面達はエリーの指示に従え。交渉中の人間に襲いかかるなよ?

 祭さんは最後尾で死体の処理に専念。一応背後も警戒してくれ。何か質問は?」


「何だか特殊部隊みたいで胸が高まっています! ドキドキしてます!」


 ならば触診してみようか。……とは言えないのでスルーする。


「ご主人様、冷凍食品が目的じゃ無いの?」


「第一の目的は倉庫への経路と道中の安全の確保だ。余裕があれば食品お持ち帰りもする」


 簡単な作戦会議を終えて俺は武器の最終確認をする。クロスボウよし。拳銃、よし。残弾よし。


 拳銃はこの時の為に周囲の警察官ゾンビを集め、交番に立ち入り銃と弾丸をかき集めたのだ。五発装填のリボルバーで射撃訓練をしていないので、至近距離でなければ跳弾でこちらが怪我する恐れもある。あくまでも威嚇用として、出番が無い事を祈る。


 全員の心の準備が――主に俺だが――整ったところでデパートに侵入した。



 一階は菓子フロアだ。保存期間の長い菓子も魅力的だが、今回は素通りしてエスカレーターから地下一階に進む。……覚悟していた腐敗臭は無く、照明がフロアを明るく照らしている。

 それでもエリーには臭いようで、狼の嗅覚を持った彼女は難儀している。


 一旦エスカレーター脇に退避してあきらさんに索敵をしてもらうと、少なくともフロア内には人間もゾンビも居ないようだ。


 各店のブースには本来であれば惣菜各種が並べられ、近在の奥様達で賑わっている頃だろうが、あるはずの腐った惣菜が無い。あきらさんはここの掃除をゾンビに依頼していなかったらしく、それは生存者達が消費したのだろうか。

 では、彼等は何処にいるのか? 従業員用のバックヤードと呼ばれる事務所や休憩所、倉庫の並ぶエリアだろう。ここまでは想定内だ。俺達は色街達が辿ったであろう道をなぞる。

 彼等に危険を排除させたから。俺はこの道を征くのだ。それでも危険に怯える俺の姿を色街が見たら何と言うだろうか? 怒るだろうか? 笑うだろうか?


 かつて一人でコンビニに向かった時のような、集中している筈なのに余計な思考が溢れてくる。バックヤードを一歩進む毎に、物陰から拳銃で撃ち抜かれるんじゃないだろうかと。

 いっその事、俺もアンデッドになりたい。そうすればこのうるさい鼓動も、止まってくれるんだろ?


「ご主人様。大丈夫?」


 不意に後ろから声を掛けられて我に返る。呼吸は少し荒いが、大丈夫。


「ああ、大丈夫。ありがとう」


 エリーにお礼を言って少し落ち着く。今の俺には仲間が居たんだと思うと心が軽くなった。


「朝春君、落ち着いたところでよろしいですか?」


 俺はまだいっぱいいっぱいだけど何か?


「右の部屋は死体で溢れています。左の部屋は生存者がいます。どうしますか?」


 無論右の部屋から片付ける。表現し難い悪臭が立ち込める部屋に複数の死体が横たわっていた。吐き気を抑えつつ見るとソレは新しいようで、色街達が始末したので間違い無いだろう。祭さんに処理をお願いする。強面達が物欲しそうな顔をするが……、あきらさんに指示を投げた。


 部屋から ばちんっ! だの べしっ! だのといった音が聞こえる。それが収まると祭さんと強面達が出て来た。強面達の満足げな表情については言及しないつもりだ。


 ――ついに祭さんに牙が生えた。


「あきらさん、これって!」


「はい。覚醒準備が整ったようですね。どんな種族になるか分かりませんし、安全な場所に移動してから契約しましょう」


 何だろうな? 空を飛べる系が良いかな。それともサキュバスに色々お世話して貰うのも捨てがたいな。ああ、楽しみだ。


 祭さんは何故か不安げな表情で落ち着かない様子だ。恐らく上位種に進化する事への不安だな。大丈夫。エリーも通った道だよ!

 祭さんが俺から遠ざかる。何で?



 あきらさんに生存者達への最初の接触をお願いする。いきなり攻撃されると、俺では対処出来ないからだ。

 ドアをノック。


「またぁ!? 今度は誰よ!」


 ヒステリックな声と共に扉が開いた。二十代前半位の女性だ。

 警戒心が強いが、色街達と話したのだろう。立て続けの来訪者に苛ついているようだ。


「俺達は……」

「よう! 兄ちゃん! ちょっと待ってくれねぇかぁ!!」


 俺達が侵入してきた道から声が響く!

 あきらさんを見ると信じられない、と言った顔だ。彼女の警戒をすり抜けてここまで近づいて来た彼は考えるまでも無く、上位種だ。

 緊張感が走る。エリーが俺を庇うように前に出る。ついでに強面達にも引っ張られて、祭さんと共に最後尾に押しやられた。彼女を最後の護衛として、他の全員が俺の壁となる。


「貴様、何者だ?」


 あきらさんの問いに男が応える。……ていうか男の姿が見えないって! 俺には奴がどんな姿かを確認する義務が! 報道する義務が!

 祭さんにアゴを掴まれビンタの態勢で睨まれた。……はい。真面目にやります。


「ふぅん。種族はイマイチ判んねぇが俺と互角ってとこか? で、そっちのガキは獣人か。格下は引っ込んでな」


 エリーから殺気が溢れる。


「川井、落ち着け。貴様の尻尾……。鱗のソレはリザードマン……いや、リザードマンに角は無いな。自分と同格だと考えると……。ドラゴニュートか」


 ちなみにリザードマンはトカゲの亜人で、ドラゴニュートは龍の亜人だ。勿論後者が圧倒的に格上である。

 彼女なりに暇を見付けてファンタジーを学んだ結果、多少モンスターの知識が増えたのだろうが、今回は正解だったようだ。


「へぇ。見た目によらず博識じゃねぇか。で? お前の種族は何だよ?」


「お前に教える必要は無い」


「田楽寺さん田楽寺さん、三郷さんはカーミラですよ」


 色街お前居たのかぁぁーー!!


「カーミラ?」


「女吸血鬼だそうです」


 でかい身体を通路で窮屈そうにしてオーガが言う。……既に話した情報だが、君達『報連相』って知ってる? ていうか色街がまたぶちかましてきた! そこの男は田楽寺の一族かっ!


「ねー? あたし達に関係ないなら余所でやってくれない?」


 生存者の女性が面倒臭そうに言う。俺も賛成だ。


「ねーちゃん達も関係あるから。そこで大人しく聞いててくんねぇか?」


 大根おおねさんとは違ってガラが悪いな。


「つーか色街! テメェそういう情報は最優先で教えろや!!」


「ひぃっ! で、でも聞かれませんでしたから……」


 色街も中々の無能っぷりだ。絶対仲間にしたくないタイプだが、彼等が混乱する様は見ていて微笑ましい。


「そう言えば自分達の情報はそこの鬼に話していたな。――それで、貴様達は如何なる用事でこの場に赴いた?」


 あきらさんから不可思議な『圧』を感じる。多分相手を威圧しているのか、殺気を向けているのかだろう。ちらりと見えた彼女の横顔に、金色に輝く瞳がきらめく。爪が伸び、禍々(まがまが)しくもつややかなソレを、なまめかしい舌で一舐めした彼女は既に臨戦態勢なのだろう。


「ま、待て待て! 俺達はそこの抗体者達を保護しに来たんだよ! お前等とは争うつもりはねぇ!!」


「確かにそこの少年二人は抗体者のようだが。そう簡単に……」

「俺達は関係ないんで、お任せします」


「朝春君!?」


 強面達を押しのけて前に出る。俺に話をさせろぉ!


 田楽寺さんの前に立つ。確かに龍人と思しき風貌だ。鱗に覆われた太い尻尾。両の側頭部から生えた太い木の枝の様な角。瞳は縦に細く、爬虫類を想起させる。


「俺がリーダーの蘭堂朝春だ。あんたは?」


「手前ぇが噂の抗体者か。とんでもなく旨そうな匂いだな。――俺は田楽寺乱悟でんがくじらんご大根おおねは知ってるだろ? 俺は弟だ」


 乱悟らんご。……大根おおね。……乱悟。……卵悟。……卵子。……玉子? 彼等の両親はおでんにどれ程の愛着があったのか。是非とも聞いてみたい。


「? 兄貴とは面識があるって聞いたぞ? 今更俺の名字に言いたい事があんのか?」


 乱悟=玉子に辿り着いてしまった俺は不覚にも固まってしまった。本人を前にして笑うのは失礼だし、かといってこの気持ちを誰かと共有したいと思う俺がいる。

 おでんに大根と玉子は必須だよね!


「田楽寺さん。多分蘭堂君は乱悟という名前がツボに入ったんだと思いますよ?」


「あぁ? 俺の名前が何なんだよ?」


「え? だって……」


 空気を読まない鬼が乱悟=玉子だと、丁寧に説明した。せっかく、俺は我慢していたのに。彼の矜持を守ろうとしたのに。俺の努力も虚しく、乱悟さんすら気付かなかった事実が。夜の通路で暴露された。


 先程までの緊張感溢れる空気を置き去りにして、一人を除いた全員に笑顔が溢れる。いや、笑顔というか、大半が涙目で爆笑している。俺を含めて。

 田楽とは豊作祈願を祝う祭事だと聞いた。しかし食事としての田楽はやがて宮中に仕える女房言葉である丁寧語の『お』を付ける事で、田楽、お田楽、おでん……と。やがて現在のおでんを指し示す様になったようだ。


「だ……だ! だ!!」


「誰が玉子だぁーーー!!!!」


 だぁー! だぁー…… ぁー……

 雄叫びが通路に響く。


「えー? だってお兄さんが大根だいこんさんですよね? だったら弟の乱悟さんが玉子なのも納得ですけど……?」


 懲りずに色街がぶっ込む。コイツは空気を読まないのでは無く、進んで煽りにいっているのでは無いだろうか!?


「テメェ、色街!! 喧嘩売ってんのかっ!?」


「ひえぇっ!! 売ってませんよぉ!」


 彼は無自覚に喧嘩を売るオーガ。そして、買われた喧嘩は辞退する。売りっぱなしの彼に幸多からん事を。――絶対いつか、後ろから刺されるから! いや、オーガに刃物が刺さるのか?



 煽りオーガを無視してたまご……乱悟さんがこちらに牙をむく。彼が殺気だっているのはそこのオーガのせいだ。だから俺等に八つ当たりするんじゃ無い!


「テメェらに抗体者は渡さねぇ!! 文句があるなら受けてたつぜぇ!!」


「だから俺達は抗体者に興味は無いと。さっきから言ってますけど?」


「……え? あれ? そうだったっけ?」


「俺達は食料を調達しに来ただけだから。そちらの生存者さん達の世話は宜しくお願いします」ぺこり。


「お、おう。そうか。つーか、お前も一緒に来い。自衛隊の仕事を手伝え」


「お断りします」


 にっこりと返す。

 瞬時に場の空気が冷たく乾く。臨戦態勢のままのあきらさんが俺をその身の後ろにやる。エリーも即応体制に入る。


 乱悟さんの後ろに控えていた自衛隊員? が前に出て来た。


「蘭堂朝春君。君についての報告は聞いている。上位種としての三郷あきら、エリーという名の獣人の少女を含めてだ」


 乱悟さんはあきらさんの情報を知らなかったようだけど?


「ゾンビから日本を取り戻すためには貴方達の協力が不可欠だ。協力願いたい」


 手に銃を、……軽機関銃で威嚇しながらお願いされても……。


 そのような脅しに屈する事無きあきらさんとエリーが、自衛隊員? に立ち塞がる。


「おいおい、MINIMIじゃ勝負になんないって。止めときなー」


 乱悟さんの言葉に自衛隊員? は従い、彼女達の様子を伺う。あきらさんは彼等を見やり、一つの結論に達したようだ。


「自分達相手に特殊作戦群を引きずり出してくるとは。防衛省……いや、政府は余程後が無いようですね」


 特殊作戦群!? マジで!? 自衛隊の超スーパーエリートだよ!? 過酷な訓練に苦痛をトッピングして、理不尽のソースを堪能出来た者しか得る事が出来ないと言われるその称号! 日本はヘタレと思われているかも知れないが、特殊作戦群は日本のエリート部隊だと俺は思うね! ……人間相手であれば。


「君達上位種に日本の未来が掛かっているんだ。お願いする」


「ゾンビは上位種の命令には絶対服従が基本ですが、死ねといった類いの命令は聞きませんよ? それぐらい知ってますよね?」


「ああ、だから君達上位種にはゾンビの掃討を手伝って貰いたい」


「それはアンタ達の仕事だろ? 俺達民間人を巻き込むなよ」

 俺が口を挟む。


「君は基地に居てくれるだけでいいんだ。私は三郷あきらさんと話しているんだから、口を挟まないでくれ」


 いや、アンタ上位種との契約について理解してんの? しててその態度だったら凄いよ? それとも乱悟さんとその契約者は仲が悪いのか?


「自分の契約者は朝春君です。自分は彼の意向に従いますので、当然貴方達に協力する気はありません」


「ボ、ボクも協力しないよ!」


 舌打ちと共に特戦群のおっさんが怒気を込めて言い放つ。


「お前等今がどういう状況か判ってるのか!? いいから我々に従え! それとも国に喧嘩を売るというのか? 自分の身も守れないガキを抱えて!?」


「あー、おっさん。それ言っちゃマズいって」


 たま……乱悟さんがおっさんを宥める。


「お前は上位種について何一つ理解していない」


 言ってあきらさんの身体が、一瞬ブレたように見えた。霧化かな? と思った次の瞬間、二人の特戦群が持っていた軽機関銃が細かく裁断されて、バラバラと床に落ちる。


「上位種、特にカーミラである自分に『夜』に喧嘩を売るなど愚の骨頂だな。もっとも、昼間でもこれ位の芸は難なく出来るがな」


 そういえばあきらさんは吸血鬼だった。昼間普通に出歩いてるから忘れがちだが。

 強力な吸血鬼なので太陽の光も問題ありません。とかいう設定なのかな?


「く……! ば、化け物め!!」


「その化け物に助力を願っておいて、よく言う」


「はいはい。おっさん達も諦めろって」


「たま……田楽寺乱悟と言ったか。お前はどうするんだ?」


「たまごって言うな!! ……俺達の元々の目的はそこの抗体者の保護だ。お前等が仲間に引き込む恐れがあったから急いで来たんだよ。

 ――現状、自衛隊に数人の上位種が加わったところで焼け石に水だ。敵対しないならそれで構わねぇよ」


 それなら問題ない。


「あと、ついでに奥で隠れてるグール……いや、グーラーか? 俺達に譲ってくんねぇか?」


「お断りします」

 再びにっこり。


「なぁ、蘭堂っつったか? お前二人も契約してんだからいいじゃねぇか。な? こっちにもグールが何人か居るけど中々覚醒してくれなくてよぉ」


 抗体者の血を吸わせてみれば……教える義理は無いな。黙っていよう。


「お断りします」

 三度にっこり。


「そう言うなよ。戦力はもう十分だろ? それともマジで国に喧嘩売るつもりか?」


「アンタ等が売ってくるなら買う。俺達は田舎に引っ越してスローライフを送るんだ。強い仲間は多い方が良いだろ?」


「ハッ! スローライフと来たか! そりゃ良いな! ……それもアリか?」


「ちょっ! 田楽寺!」

 おっさんが慌てる。


「冗談だ。ま、お前等自衛隊がだらしないままだったら俺は何時でも抜けるからな」


 暗くなったら寝る生活が続いているから、俺は眠い。コイツらさっさと帰ってくれないかな……。




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