二十四 市役所再び。上位種とマッチョの調べ。
九月五日。午前。残暑が続く今日この頃。天気は快晴。
無事調達してきたマイクロバスとワゴン車に市役所へ避難する十二世帯、二十九人と彼等の荷物を手分けして積み込む。
編成は蘭堂家のミニバンをあきらさんが運転して先導。
次にマイクロバスを俺が運転。……スムーズに運転できるようにはなった……多分。
その後ろのワゴンを住人のおじさんが運転。
最後尾に二十代後半の男性が運転する軽トラ……の、荷台にエリーが立ち、緊急時に即座に対処できるように警戒する。
我が家のミニバンは勿論だが、マイクロバスは今後利用する可能性があるのでマンションに戻す。軽トラは市役所に寄贈。敷地内での荷物の運搬に役立つであろう。
市長代行の田楽寺さんには受け入れ許可とスケジュールを伝えてある。周辺のゾンビが一時的に姿を消すので、近くのコンビニで色々調達したらどうかと提案したら喜んでくれた。
この間のファミレス跡地からと、マンションからの避難民で合わせて五十人程。元々市役所に居た避難民もほぼ同数。合わせて百名……コンビニ一軒程度の物資では取り合い必須か? ま、俺には関係ない。他のコンビニやスーパーは遠いのでゾンビ排除の対象範囲外だ。それもしっかり伝えてあるので無理はしないだろう。
ゆるゆると進み、無事市役所に辿り着くと、思っていたよりも多くの人達から出迎えの歓声を受けた。事前の打ち合わせ通り、我が家のミニバンとマイクロバスをバリケード手前に停める。
既に車が通れる分の隙間が確保されていたので、軽トラは敷地内へ入っていく。
マンションの住人達が荷物を運んでいると大根さんが胡散臭い笑顔を貼り付けてやって来た。
「やあ! 待っていたよ! 道中問題は無かったかね?」
「どうも。問題はありません。受け入れ感謝します」
あきらさんとエリーが音も無く、俺の背後に立つ。
「ははは、相変わらず私は警戒されているようだね。まあ、良い。君は避難を望んでいないようだし、本来行政や国家組織がしなければならない避難民の救助を行ってくれたんだ。感謝しなければならいのは我々の方だよ」
「感謝は不要です。作業が終わり次第俺達は帰ります」
「そう焦らないでくれ。実はコンビニに補給に行った彼等は車で出掛けていてね。そろそろ帰ってくるはずだからそれまで待っていてくれないか?」
「俺に何の関係が?」
「補給部隊には例のファミレスのリーダーをしていた坂本龍次が加わっていてね。君に挨拶がしたいから引き留めておけとお願いされてしまったよ。ああ、一本失礼」
言って田楽寺さんが煙草に火を付ける。
「未成年の君には理解出来無いかも知れないが、市役所敷地内は未だに全面禁煙なんだよ。無論、私の独断で喫煙所を強引に設置したが、この期に及んでゾンビよりも副流煙の方が恐ろしいらしい」
「それはまた……。平和な方達ですね。心中お察しします」
俺とは逆方向に煙を吐く大根さん。
「そうだろう、そうだろう。確かに健康には悪いかも知れんが、手軽なストレス発散にはコレが一番だ。君も一本如何かね?」
未成年に煙草を勧めるな。
「仲間に文句を言われそうなので止めておきます」
「ははは。そうか、仲間か。それは残念だ。……では本題に入ろう。君、我々の仲間になりなさい」
早く帰りたいんですけど?
「なりません。帰ります。さようなら」
「まあ、待て。ここには年頃の美しい女性が何人かいる。望むなら君に宛がうのもやぶさかではないぞ?」
そ、そこまで言うなら無下に断るのも悪いし、実際に会ってから考えても……。
背後の二人が俺の肩を掴む!
ちょっ! 痛いイタイ!!
「え、遠慮します……」
肩が解放された。アザになってないだろうな!?
「そうか。では本命に説得してもらうとしよう」
大根さんが言うと、エンジン音と共にトラックが近づいてきた。コンビニ組が帰ってきたのだろう。バリケード手前で停車すると、助手席から坂本龍次が降りてきた。
「旦那! 久しぶりだな! 姐御もケモ耳の嬢ちゃんも……今日はコスプレしてねぇのか? とにかく元気そうで何よりだ!」
がはは! と笑いながらトラック後部の扉を開ける。
そう、今日のエリーは耳も尻尾も引っ込めて、外見的には普通の少女と何ら変わりは無いのだ。――そうすれば単なるコスプレだと勘違いされるかな。と思って。
「朝春君……! 気を付けて下さい」
そこから降りてきた大男の額に、二本の角が生えていた。
二メートル以上はあるだろう、筋肉溢れるマッチョな大男は額の左右に十センチ程の鋭い角を生やし、厳ついその顔は牙も相まって正しく『鬼』だ。これで別の種族だったら今度こそ神様に苦情を入れる!
「紹介しよう! 彼は色街龍一君! 二十歳! オーガという上位種だが……今の君達には理解できんだろう。後ほど説明しよう」
やはり鬼か! オーガと言えば大鬼の方が正しいのかな? 作品によるかな?
「あ、あの。ご紹介に預かりました色街です。今はこんなですけど、僕、元々はチビで貧弱だったんでケンカは全然ですけど、ここで皆さんの役に立てればと思ってます。宜しくお願いします」
遙か頭上から随分と丁寧な挨拶が降ってきた。それが終わると彼は深々とお辞儀をして、にっこりと笑う。凶悪犯のような顔だが、笑うと幾分か危険度が薄まったように感じる。
「ら、蘭堂朝春、十七歳です。年下なので敬語は不要です」
「いえいえ、蘭堂君のお話は田楽寺さんから伺っていますよ。周辺の皆さんの避難を手伝っている素晴らしい方だとか! おまけに抗体者なんですよね! とても良い匂いです。僕も坂本さんと契約する前だったら蘭堂君と契約していたかも知れませんね。あはは」
「おっさんーー!! アンタ何やっちゃってんの!?」
上位種の連中は俺を情報過多にして混乱させるのが趣味なのか!? 俺が知ってる前提で話すなぁ!!
「ど、どうだね? 蘭堂君。私の部屋で落ち着いて話さないか?」
背後の二人を伺うと了承が得られた。もうヤダ、帰りたい……。
市長室で未開封のペットボトルのお茶が供された。こちらが変な薬を警戒しているのがバレバレだったんだろう。しょうがないから飲んでやる。冷たくて旨くて、何だか負けた気分だ。
あきらさんとエリーはソファに座った俺の背後で待機している。万が一の時には何時でも対応できるようにと、臨戦態勢だ。
「さて、それでは何から説明したものかな」
「そこの。坂本の。おっさんが。なんで。抗体者なんですかねぇ?」
「だ、旦那。顔が怖ぇえよ……」
「あ、僕が説明します。えっとですね、僕、一昨日まで習志野の自衛隊駐屯地でお世話になってたんですよ。
そこには抗体者の人と上位種の契約者さんが居るんですけど、僕と抗体者さんは余り相性が良くないようで契約はしてませんでしたが。
それでですね、こちらに抗体者さんらしき人が居るらしいから、お前ちょっと見てこいって言われて。昨日到着したんです」
「なるほど。それでそこのおっさんが抗体者なのは?」
「はい。……あ、言っちゃって良いのかな? ま、いいか。防衛省は抗体者の血液を他人に輸血する事で、新しい抗体者を作り出す事に成功したみたいです。条件とか成功率が厳しいみたいですけど、坂本さんが成功して良かったですよ!」
またぶっ込んできたよ……! それって普通にガチの国家機密なのでは?
「それってとんでもない事ですよね? 人為的に抗体者が増やせるならもう、ゾンビに怯える必要無いでしょ!?」
「いえ、先程も申し上げた通り、適合条件がかなり厳しいみたいで。それに上手くいっても人造抗体者――あ、防衛省ではこう呼んでるみたいです。彼等はゾンビに襲われますし、噛まれるとゾンビになります。やっぱり量産型はスペックがイマイチみたいですね」
おっさんが項垂れている。じゃあ、人造抗体者のメリットって……?
「上位種と契約出来るだけですね」
おっさんが崩れ落ちた。
「でも僕たち上位種は契約者の血が無いといずれ死んでしまいますから。坂本さんと契約できて良かったですよ」
「……? 習志野の自衛隊は色街さんを手放す事に賛成だったんですか?」
「どうでしょうね? 馬鹿力だけが取り柄の僕でしたし、あのままいたら僕死んでたかもですし。あ、習志野では人造抗体者の適合者が居なかったんですよ。上の考えは知りませんけど、僕はここに来れて良かったです」
言って彼は朗らかに笑う。文字通り化け物じみた怪力である筈だ。重機要らずの彼を手放すのはデメリットしか無い。
「う、うむ。とにかく彼と坂本君については理解できたと思う。それでだな、君も色街君と契約して我々の仲間になる気は無いか?」
人造抗体者の下りは初耳だったんだろう。ショックを受けたようだが、持ち直した大根さんが本来の話に無理矢理軌道修正する。あなたの中では、俺に上位種とか契約の知識はまだ無い筈ですけど?
「え? 無理ですよ、田楽寺さん。僕たち上位種は複数の抗体者と契約出来ないんですよ?」
へー。そうなんだ。でも抗体者は複数の上位種と契約出来る……と。互いの相性も有るみたいだが。
大根さんが「え? 聞いてないよ?」みたいな顔でぽかんとしている中、色街さんが更なる爆弾を放つ!
「それでですね、蘭堂君。そちらの上位種の……ええ。茶髪の。申し訳ありませんがこの一帯のゾンビの命令権を譲って頂けると助かるんですが……」
大根さんが「え? 上位種?」と。色街さんは空気を読まないというか、何と言うか。さっきから彼は『蘭堂君は上位種と契約していない』と思い込んでいた台詞をガンガン飛ばしていたというのに……合掌。
「命令権を譲る事は出来ないが、この二人の下位で良いなら条件付きで受けます」
俺も対抗してささやかな爆弾を大根さんに送る。「え? 二人?」以下略。
「そうですよね。僕も争うつもりはありませんし……良ければ紹介して頂いても良いですか?」
二人に促す。あきらさんは先日ここで大声で自己紹介してるし、自衛隊や防衛省にチクられても今更な話だ。
「自分は『元』防衛大学校二学年所属だった三郷あきらだ。種族はカーミラ。分かり易く言えば女吸血鬼だ。色街龍一といったか。自分とお前の格の違いを感じるか?」
お、『元』がついた。自衛隊から来た彼には思うところがあったのかな?
「は、はい! 戦ったら多分僕じゃあ、何も出来ないままやられてしまうと思います!」
「それだけ理解しているなら良い」
色街さんは冷や汗が凄い。上位種ともなると汗がかけるんだね。凄い!
「ボクはエリー。獣人。ご主人様に手を出したら殺す」
……それで終わり!? ていうか物騒過ぎない!? そんで警戒心半端ないって!
「あ、その。敵対するつもりは無いから出来れば仲良く……」
「必要ない」
バッサリいった。エリー、かつて俺をゴミ虫を見るような目でいた時のような雰囲気だね! あの時君が喋れていたらこんな風だったのかと思うと、開きかけていた俺の新しい扉が……今! ゴゴゴゴゴ……!!
「ご主人様、扉を閉じて。開けたらあの人達に怒られる」
あ、ハイ。ソウデスネ。ぱたん。
「では条件に付いての話を……大根さん大丈夫ですか?」
燃え尽きる寸前だった彼が復帰したので話を詰める。
「マンションの避難民から情報が漏れるんで今更住所は隠しません。国道を境にしてそちら側のゾンビ達が、彼女達の命令に反しない限り色街さんに従うと言うことで良いですか?」
「う、うむ。そうして頂けると助かる」
「そちらが事前連絡無しで、又は無許可で国道を越えた場合、敵対行為と見なします」
「こちらに攻撃すると言うのか!?」
「その時の気分次第です。逆にこちらは事前連絡無し、無許可で国道を越えます」
「それは余りにも不平等過ぎないか?」
「こちら側はスーパーもコンビニも少ないので貴方たちがわざわざ来る甲斐は無いでしょう。逆にそちらは駅周辺の商業施設が充実しています。今後避難民が増えても問題無いでしょうし、……こちらの生存者はたったの十五名ですから。贅沢品をちょっと拝借するくらいですよ」
「ぐ……、むう。その条件を呑めば色街君でも周辺の安全を確保出来るようになるんだな?」
「絶対じゃないですけどね」
余所からやって来たゾンビや隠れた生存者が最悪、銃を持って敵対してくる可能性もある。従順なゾンビを遠ざけて解決する問題では無いのだ。そしてこき使われるのは色街さん。アンデッドとは言え自我がある彼が待遇に不満を感じる日が来るかも知れないよ!
と、ネチっこく説明してあげた。市役所もマンションも変わらない。弱者はいつだって強者に縋る。そうしてもらうのが当たり前だという顔をして。
俺は住人をちょっと脅しただけだったけど、大根さんはこれから頑張ってね!
帰ろうとする俺に彼が泣いて縋ってきた。お願いだから仲間になってくれと……。おっさんの泣き言など無視だ!
市長室には羽交い締めにされた大根さんと、結局再起動する事が無かった坂本さんが佇んでいた。
大根さんは坂本のおっさんで保険をかけて、俺を本命の契約者にしたかったようだが……上位種側の二重契約不可であえなく撃沈。
「そう言えば、俺ってそんなに良い匂いなの?」
「そうですね。自分にとっては甘く、それでいて爽やかな香り。ですかね」
「ボクはカレーとかラーメンとか、美味しそうな匂いだと思うよ!」
よく分からん。おっさんの匂いは?
「「加齢臭?」」
あの場で匂いに言及しなくて本当に良かったと、心から安堵した。




