二十三 公園での一幕。狼とマイクロバス。
九月二日。午前。
付近のゾンビ達を遠ざけ、蘭堂家全員(+ねね)とあきらさん、エリーの計六名で少し離れた公園にやって来た。名目は母さん達のストレス発散だが、あきらさんとエリーの戦力を測る意味もある。
母さん達は一ヶ月ぶりの外出にはしゃぎ、危なっかしさの面では子供と大差ない。――あんまり離れるとゾンビに襲われるかもだよー! ほらほら! トンボを追いかけない! そっち行ったら危ないから! 母さーーん!!
「兄さん、母さんを捕獲しました」
「流石だ、あえか! そのまま捕まえていてくれ!」
「やーだー! もうちょっと遊ぶー!」
母さん、ストレスで幼児化してるのかな?
ねねはベンチに座ってぼけっとしている。――市役所で避難者の名簿のコピーを田楽寺大根さんに貰ったが、ねねの家族、宮湖橋の人間はリストになかった。市役所に向かおうとして何らかのトラブルがあり、別の場所に向かったか……、あるいはゾンビの仲間に加わってしまったか。
判断は出来ない。だからねねに掛ける言葉も見付からない。――そんな状況で今に至るのだ。無論ねねもこの期に及んで連絡の無い今、両親が生きているとは考えていないだろうが。それでも万分の一の可能性に縋って両親を探す彼女を止める理由が何処に在るのか?
エリーの実力はこの間見せて貰ったから、あきらさんがどの程度動けるかが焦点だな。一瞬で相手の目の前に移動して、バールを即座に切断するエリーにあきらさんが何処まで食らい付けるか。種族的には女吸血鬼対狼の獣人なわけで。単純なフィジカル面ではエリーが有利に思われるが。
「じゃあ、まずは軽く流して。怪我には気を付けて」
「はい! お姉様には一撃どころか、多分触れもしないと思うけど、頑張るよ!」
「ええ。手加減してあげますから本気で掛かって来なさい」
軽く流せって。なんか二人の空気、おかしくない?
一呼吸してエリーが消える。一瞬であきらさんの背後に出現した彼女の、獣の様な手に変化したその鋭い爪があきらさんの後頭部に振るわれる!
俺が思考するヒマを与えない速度で振るわれた凶刃は自然体で佇むあきらさんの後頭部を通過して、エリーがバランスを崩して転ぶ。
あきらさんの身体が蜃気楼の様にゆらゆらと霞んで、直後にその姿が落ち着くと立ち上がろうとしたエリーの尻を容赦なく蹴飛ばす! ひでぇ……。
「ひぁっ!!」
叫んで二メートル程吹っ飛ばされたエリーは既に涙目だ。
「朝春君が見ているぞ? あまり無様なマネを晒すな。それと、『本気で来い』と言ったよな? 川井?」
「う……。ううぅぅウウウ!! ウオォォーーン!!」
エリーが吠えた! 顔つきがより狼度を増し、肘から先、膝から先が黒く艶めく獣のソレへと変じる。より獣感が増えてパワーアップ! みたいな?
再びエリーの姿が消え、今度は真っ正面からあきらさんにその爪、その蹴りを放つ。……が、そのことごとくを躱し、受け流すあきらさんは余裕の表情だ。必死の顔のエリーとは対極に。
そしてあきらさんがエリーの右腕をおもむろに掴む。
ボキィッ! というか ブチィッ! というか、そんな音が公園内に響いた。
いつの間にやら見入っていた女性陣の悲鳴をBGMに、捻り切った右腕を放り捨て、青い炎に包まれた腕が瞬く間に灰となり、サラサラと風に流れる。エリーは悲鳴こそ上げなかったが、苦痛に顔を歪めつつも態勢を整えて荒い呼吸で構えをとる。
「待て待てマテーー!!」
呆気にとられていた俺が何とか叫び、場の収集を図るが……!
「な、何やってんだよ! え、え、エリーの腕が! どうすんだよ!?」
「と、朝春君、落ち着いて下さい」
「そうだよ。ご主人様、落ち着いて」
これが落ち着いていられるかぁ!!
う、腕がもげたんだぞ!? なんでそんなに平気な顔してるんだ!?
「川井」
「はい。お姉様」
言ってエリーがむむむ……! と唸り。
ずぽぁっ!! と、不吉な音と共に彼女の右腕が傷口から飛び出してきた。再生されたとかそんな生易しいモノではない。傷口の奥にあらかじめ右腕があって、それが押し出された。そんな印象だ。
どんな宇宙人だよ!? 俺知ってるよ!? 緑色したなんとか星人でしょ!? 何とかボールを集めれば地球のゾンビ問題を解決してくれるの!?
母さんとねねが向こうで横たわっている。多分夏の日射しで体調を崩してしまったのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
それに比べてあえかは。
「凄い! お二人共凄いです!」
と、目をキラキラさせていた。我が妹ながら末恐ろしい……。
母さんとねねを介抱してなだめ、あきらさんとエリーは『ちょっとやり過ぎちゃった! テヘペロ!』みたいな顔でドヤる。その顔、殴りたい……!
「朝春君、自分の実力を理解して頂けましたか?」
あなたが危険人物だと言う事が良く理解できました。
「ご主人様! 腕がもげる位、大した事無いよ?」
俺は君達の常識を疑問視しているんだ。ゾンビパンデミックだったはずがケモ耳ファンタジーに変わり、挙げ句の果てには異次元格闘モノになっちゃったんだよ!? 俺もう付いていけないよ!
「兄さん、まだ大丈夫です! あきらさんとエリーさんは格闘マンガですけど、世界はまだゾンビで溢れていますから!」
訳の分からない慰めだ。……慰めか?
「と、とにかく! 怪我が無かったみたいで何よりだわ! せっかくお弁当作ってきたんだから、皆で頂きましょう!」
無理矢理笑顔を貼り付けて母さんが場を仕切る。リフレッシュのつもりがトラウマになってなければ良いのだが……。
それに怪我が『無かった』のでは無く、『無かった事にした』の間違いだ。
木陰でシートを広げて皆で弁当を囲む。カツサンドに唐揚げにブロッコリー。ウインナーにコロッケに玉子焼き。……やはり玉子か。玉子サンドじゃないだけまだマシか。玉子以外が冷凍食品だとしても(食パンは自宅の冷凍庫で保存されている)、やはり外での食事は一味違う。キャンプ飯とか銘打ってカップラーメンを旨い旨いと言い張る連中の気持ちが少し理解できた。
……祭の屋台で食べる飯が旨いのも同じ理由なのかな? シチュエーションに関係なく外で食べるのが旨いのか? これは要検証案件かも知れない……! 今日の体感では外で食う飯は三割増しで旨い! あくまで個人の感想です。
弁当を堪能して女性陣達は思い思いにくつろぐ。あえかはこちらに興味津々で話を聞いている。
「それで、自分達の実力は理解して頂けましたか?」
「ああ。……ああ、いや。あきらさん達がとんでもなく強いってのは理解出来たつもりだけど。何て言うか。次元が違いすぎて良く分からないよ」
「そうですか。そうなんでしょう。過去の自分の感覚でもそうだと思います。ですが、自分の強さは分かって頂けたでしょうか?」
「……あきらさんの強さ?」
「はい」
エリーの攻撃を避けるまでも無く透過させて、乱舞に等しい攻撃の全てをいなして腕を引きちぎる。正しく化け物だ。
「もしかしてだけど」
「はい?」
「あきらさんは自分の実力を見せつける為だけにエリーの腕を引き千切ったのか?」
「い、いえ! その様な意図が当時の自分にあったかは不明であります! 自分は模擬戦に集中していたので! その! えーと! 集中していたのであります!! なので意図的に川井の腕を引き千切ったというのは間違いなのです!!」
ホントかよ。
「川井にはあらかじめ上位者の身体能力についてレクチャーしておいたので問題はありません! それより、最初の攻撃が自分の身体をすり抜けたのはご覧になっていましたか?」
「ああ、そう言えば。あれは何だったの?」
「フフフ。アレこそカーミラというか、吸血鬼の基本能力の一つ『霧化』です! 今回は自分の身体が視認できるように調整しましたが、例えば扉と壁の間の僅かな隙間から建物に侵入できたりも出来ます」
いつの間にか母さんとねねも俺達の会話に聞き入っている。
霧に物理攻撃が通用しないからこその結果だったと。
「はいはい! じゃあエリーさんが変身? したのも獣人の能力なんですか?」
あえかが問う。
「はい。川井は先日覚醒したばかりで能力に慣れていないでしょう。川井は自分より格が下とは言え、本来であればカーミラより獣人の方が近接格闘に優れている筈です」
「うぅ、面目無い……」
普段のケモ耳姿に戻ったエリーが項垂れる。
「狼の獣人の特徴としては、俊足、獣化によるパワーアップ、聴覚と嗅覚の強化と……そんなところですかね」
「はい、お姉様。もしかしたら他に有るのかも知れないけど、分かっているのはそれだけです」
俊足なんてレベルじゃ無かったけど……。
「怪力と怪我の回復、ゾンビ達への命令権は多分種族に関係無い、共通の能力かと」
「千切れたエリーの腕が燃えたのは?」
「あれは自分の能力です。ゾンビや死体を一瞬にして燃やし、灰にします」
何それエグ過ぎでしょ!
「以前命令下に無いゾンビで試した時は成功しましたが、上位種相手には多分効かないでしょう。今回成功したのは川井から腕が千切れて死体扱いになったからではと考えます」
やっぱりわざとだったのでは?
「と、とにかく! 比較対象が自分と川井だけなので推測に頼る部分が多いですが、人間相手に遅れを取る事などあり得ません! 例え上位種相手でも川井と二人掛かりなら心配も無いでしょう」
あきらさん、それってフラグなのでは……。
「話は変わるけど、市役所に避難を希望した人はどれ位いるの?」
「今朝の時点で、え……と。二十九人だったかな」
「結構いるのねぇ。二回に分けるの?」
「昨日、マイクロバスを見付けたからこの後回収に行ってくるよ」
「兄さん! 今度は私が同行します!」
「いやいや、前回の実績があるあたしが最適でしょ? ねぇ、朝春?」
「母さんも付いて行きたいわぁ」
「いえ、頻繁な外出は危険なのでご遠慮下さい」
あきらさんが即時に却下。
「自分の命令下に入っていないゾンビがいるかも知れませんし、敵対的な人間が襲ってくる可能性もあります。
朝春君は自分が絶対に守りますが、同時に貴方達を守れない事態があるかも知れません」
落胆する三人。
「念のため五階にもゾンビを配置しておきますので、そのようにお願いします」
「「「はぁーい……」」」
命の危険がある以上、こればかりはしょうが無い。アイス見付けてきてやるから。
「あたしファッション雑誌も追加で」
……ファッ……ション? この御時世でそんなモン読んで何になるんだ?
「只の暇つぶしよ! 良いでしょ。それ位?」
ま、まぁ。それならそれで良いけど。
「あ、じゃあ母さんは化粧水とハンドクリームが少なくなってきたからヨロシクね」
「私は特に……あ、兄さん、園芸やアウトドア関連の本があったらお願いします」
この場で意識が高いのはあえかのみか。
昼食を終え、家族を家へと送ると俺達はマイクロバスと物資の調達の為に、ゾンビの蔓延る街へと繰り出す。




