二十二 会議で踊れ。土産は卵。
八月三十日。午前十時。
スマホのメッセージアプリであらかじめ登録しておいた、マンション生存者の各世帯の代表者一名ずつを二階会議室に呼び出す。
飢餓状態にあった三○六号室の姉妹を除いて、蘭堂家を含む十九名全員が集まってくれた。
俺の両隣にはあきらさんとエリー。蘭堂家の代表はもちろん母さんだ。
全員揃ったところで俺が話始める。
「呼びかけに応じてくれて有り難う御座います。改めて、五○一号室の蘭堂朝春です。若輩者ですが、このマンションの生存者である皆さんを取り纏めるリーダーです。以後、よろしくお願いします」
拍手は無い。
「皆さんに何かを強要するつもりはありません。ですが、反抗的な態度をとる方には容赦するつもりもありません。
二、三日前に『何か』を聞いた方もいるでしょう。俺としても『不幸な事故』は本意ではありませんので、どうかその事だけは留意して下さい」
四、五十代の女性が発言する。
「あ、あの。あの時の悲鳴はやはり、反抗的な人で……、その、あなたが……?」
「ああ、『結果的』に『たまたま』近くにいたゾンビにやられてしまったようです。俺は何とか逃げ延びる事が出来ましたが」
室内の空気が重くなった。ウソは言っていないハズだが?
「とにかく、俺から皆さんに要求する事は今のところありません。俺の指示に従ってくれるのなら、マンションの備蓄食料を必要十分なだけ渡します」
今度は三十代位の奥様が。
「でもさー、そこに積んである食料は元々マンションの物なんでしょ? アンタに刃向かうつもりは無いけど、アンタの指示に従えってのはおかしくない?」
「正確に言うなら、この部屋の段ボールは俺と両脇の仲間が市役所から持ち帰った物資です。マンションの所有する物資は隣の倉庫に積んであります」
住人達が、ケモ耳のエリーをじろじろ見る。ライダー姿でナイフガチ装備のあきらさん含めて。
「確かに倉庫の分は住人の皆さんの共有財産なので俺が口を出すのはおかしいという意見は尤もですが……。
バリケード等の対策が一切無いこの建物はいつ、どの階にゾンビが現れるか分かりません。今日だってここまでのゾンビを排除したのは俺達です。
何だったらバリケードを作りますか? 一瞬で五メートル以上跳躍するゾンビを皆で排除して? バリケードの建材は何処から持ってきますか? 空き部屋の家具を利用しますか? 皆で手分けしてゆっくり運んで?」
先程の女性が黙る。
「皆さんが協力してくれるのなら、二階に繋がる階段にバリケードを作る位は何とかなるでしょう」
一転して住人達の顔に光りが溢れる。
「ですがゾンビ達は二階程度の高さなら問題なく侵入できます。バリケードは現実的ではありません」
やっぱりそうか……。といった諦めが場を覆う。
「それとは別で。市役所に避難するか、ここに残るか。皆さんに決断して貰いたいんですよ」
……は? といった表情で住人達が唖然とする。
「市役所までのルートは確保してあります。詳しく教えることは出来ませんが、間違いなく安全にたどり着けます。昨日確認しましたが、物資はこことは比べ物にならない位有り、それなりに統制もとれているようでしたよ」
住人達に戸惑いの表情が溢れる。
「第一便は九月五日です。前日までに俺に伝えて下さい。車で案内しますけど……、住人全員とかだったら流石に一日では無理なので、先着順にします」
今度は飢餓状態の姉妹の面倒を見てもらっている、三○四号室の旦那さんが。
「君にこういう事を尋ねるのはどうかと思うが……、ここと市役所のそれぞれのメリットとデメリットを教えていただけないだろうか?」
分かりました。ところで姉妹の様子は?
「若いだけあってドンドン回復していってるよ」
そうですか。それは何より。
「さて、メリットデメリットですか」
市役所側
物資がとにかく豊富
人数が多い
一般では入らない情報が得れるかも?
優先的に救助される……かも?
今日も卵のお土産があります
労働は必須
自宅じゃ無いので気が休まらない
派閥やイザコザがあるかも
娯楽は多分無い
食料は多分保存食のみ
マンション側
労働は(今のところ)ありません
自宅でのんびり
場合によってはお菓子や酒も
何なら娯楽品の支給もアリ
ていうか卵の消費を手伝って
自宅に軟禁
備蓄食料は少ない
蘭堂家は来春頃には出て行く予定
救助は後回し。ていうか来ない
隣人の助けはありません
こんな感じかな? ホワイトボードに箇条書きにしてみたが、かなりの人数がしかめっ面で悩んでいる。
成人男性の生き残りは少ないようでこの場にいるのは女性が大半だが、救助とプライベートを天秤に掛けているのだろうか?
母さんは既に、俺の意思に従うと表明してくれているのでのほほんとしているが。
「質問!」
はい。どうぞ。
「市役所に行く場合、持って行ける荷物の制限は?」
「貴方が一人で、一度に持ち運べる範囲までです」
「お菓子やお酒の場合によっての基準は?」
「現段階では考えていませんが……週一くらいかな?」
「蘭堂さんが引っ越す時に、残りの住人はどうなるの?」
「現在移住計画を検討している段階ですが……連れて行くにしても数人。残りは強制的に居残りか市役所に連れて行きます。
あ、ちなみにギリギリまでこっちで遊んでそれから市役所に行こうと思ってるんだったら止めた方が良いと思います。
ああいった避難所は後から加わった人ほど配給が少なかったり、重労働を課せられたり……、とにかく待遇が悪くなるようです。過去の災害でもそこに例外は無く、避難所のヒエラルキーの底辺に組み込まれるようですね」
女性達がゾッとする。移住の数人に選ばれなければヒエラルキーの最下層だ。そりゃあ焦るだろう。しかしここに残れば数ヶ月は引き籠もってだらけていられる。天秤がどちらに傾くか。中々に興味深い。
「ここに残るという選択肢はあるんですか?」
「もちろんあります。俺達家族が去った後で、どれだけの物資が残っているかは分かりませんが、残ったソレは全て残留者達の物です」
ここに残って最後まで救助を望むのも、アリだろう。俺達が去った後なら何をどうしても構わない。むしろ暇つぶしにサバイバル技術をレクチャーしてもいいかも? 俺も動画で見ただけだけどな! HAHAHA!
「他に質問はありますか?」
返事が無い。ただの住人のようだ。
「それでは各自検討をお願いします。今日は食料と卵を持って帰って下さい」
先日も卵貰ったんだけどー! と、ブーイングが湧く。
「今有る在庫の卵が終わり次第、今後の配給はありません。良くて数年、悪けりゃ人生最後の卵になる可能性があります。食べられる内にゆっくりじっくりと味わって下さい」
そう言って各人に卵のパックを押し付ける。うちだってもう、うんざりなんだよ! でも勿体ないじゃん!? 卵に飽き飽きしているのに、卵を渇望する未来が容易に想像できる。でも、今は要らない。人間はなんと欲深い生き物だろうか。
取り敢えず生存者達を市役所に行きたくなるように誘導して。各家庭に食料と卵を配布する。期限の九月五日までは今日を含めて六日なのでそれだけの分を渡す。
「ねえ、トモ。あれで本当に良かったの?」
会議室では黙っていた母さんが尋ねてきた。まー、俺の言葉で自分達の未来を決めろっていうお知らせだったからなー。そりゃあ、息子に一言あるか。
「良いも悪いも他に方法は無かったんだ」
マンションの住人が一番楽な案は俺が恒久的に外から物資を調達してくる。
つまり俺が彼等の奴隷になる事だ。
次点で連中を引き連れて新天地で自給自足の生活を送る。――これも俺やあきらさん達の献身が無くては成り立たない。数年も経てば上手く回るのかも知れないが、それでも俺達が生存者を保護する負担が大きすぎる。
結果として市役所に行きたくなるように誘導したのだ。その意図を読んで、それでも俺達と共に新天地に……と言うならばこちらもやぶさかでもない。選択する時間は与えたし、こちらも選ぶ。これからはそんな場面がいくらだってやって来るハズだ。選ぶ時間も選ばれる時間も、そう多い事は無い。瞬時に決断できる判断力を、俺は得ないといけない。誰の為に? もちろん、家族の為にだ。
もちろん、ねねとはキスして無いからなっ! 本当だぞ!




