二十一 収穫と発見。キスと卵。
八月二十九日。午後。ていうか夕方。
ファミレス跡地の連中を市役所に送り終え、あとは我等がマンションへと帰るのみだ。……のみ、なのだが!
市役所で手に入れた物資は蘭堂家のミニバンと坂本のおっさんから譲り受けた軽トラに満載されている。言うまでも無く、二台で帰還しなければならないのだが、当方の運転担当はあきらさん只一人。もう一台を誰が運転するかというと……。満場一致で俺になった。
確かにオートマ車だけれども! あきらさんを除けば俺とねねとエリーは皆同い年だけれども! あぁ! ……グダグダ言ってもしょうが無いか。
あきらさんから簡単なレクチャーを受けて運転席に乗り込む。巻き添えはねねを指名したかったが、万が一事故った際の安全面。というか、肉体的強度の面でエリーが選ばれた。市役所に向かう時とは反面、笑顔で「頑張るよ!」と息巻いている。尻尾がブンブンと揺れている。彼女のテンションがよく分からない。というか、何を頑張るんだ?
あきらさんの先導に付いていく。障害物もゾンビも無いので道中の問題は無い。進むときはアクセルを。止まるときはブレーキを踏めばいいだけの事だ。道路交通法を無視できるならこんな簡単な事は無い。
「ご主人様いい感じ! そのままGO!」
そ、そうかな? いやいや、安全運転第一。集中してるからあんまり話掛けないでね?
何とかマンション入り口に辿り着き、ガックンガックンと車体を揺らしながら何とか入り口付近に停車する。どうやらブレーキを強く踏み込み過ぎたようだがこちとら初心者だ! 無免許だ! しょうが無いよね!
青い顔をしているエリーには謝っておこう。
先にねねを家に帰す。彼女が居ては強面達の助力が得られないからだ。活躍の場が全く無かったヒロインもどきの彼女は自分の荷物を抱えてトボトボと階段を登っていく。
「ちくしょー! 次はあたしも活躍するからな! 覚えてろよー!」
何とも清々しい、負け犬の遠吠えだ。さすが俺の幼馴染みと言ったところか。
家族の件は、大きな影にはならなかったようだ。
ねねが家に入ったのを確認して、あきらさんに強面達を召喚してもらう。
待ってました! とばかりにワラワラと集まる彼等に未だ慣れない俺だが、整列にまごついている一人の強面にビンタを喰らわせているエリーに、かつての彼女の面影を見た。
そのビンタ、俺も喰らったよっ! 痛いよねっ!
強面達に対してあきらさんは声を発しない。ファミレスのヒャッハーもどき達を説得した時の事を考えればそれはあり得ないのだが、恐らく同じアンデッド同士、テレパシーのような何かで怒声を浴びせているのだろう。――あまり深く追求したくない。深く考えたくない。深く関わりたくない。
だがしかし、彼等も『サー! イエッサー!』とか『ガンホー!』とか声を上げずに叫んでいるのかと思うとどうしようも無く居たたまれない。俺の心を焦がすのは、彼等の声なき叫びなのだろうか? 果たしてゾンビは敵なのか。
――それとも別の……?
あきらさんの目線で、発言権が俺に移る。強面達の視線も俺に移る。
「こほん。これから当マンションに災害備蓄物資があるか調べる。持ち帰った食料は皆で二階の会議室に運んでくれ。あきらさんは強面達の指揮を。エリーは俺に付いてきてくれ」
――今の俺には分からない。
「了解しました」
「は、はい! 了解しました!」
エリーを伴って管理人室に行く。
戸棚に『非常時における備蓄物資について』というファイルを見付ける。分かりやすくて助かる。物資の保存場所と鍵の在処が明記されていて、何なら(別の場所だが)非常用の発電装置まであるようだ。
――ならば自分の心の赴くままに。
「わぁ! ご主人様! もう物資の在処を見付けたんだね。スゴイよ!」
今まで気付かなかった俺が愚かなんだ。
「いや、ファイルを見付けただけだから。大した事無いよ」
マンションの備蓄食料など、住人は知っていてしかるべきだ。それを知らない俺はどれだけ愚かか。……? 生存者の皆さんから備蓄食料の話って聞かなかったよね? なんで?
周知徹底されなかったから。
知ろうとしなかったから。
この二点に尽きるか。俺は後者に付いて己を恥じるが、今更な話だ。非常物資保管場所は二階会議室隣の倉庫らしい。ヒマを見付けて管理人室の他の資料にも目を通す必要があるな。
作業中の強面達の邪魔をしないように、エリーと共に倉庫に踏み入る。
「うわぁ、段ボールが一杯だね!」
棚に積まれた段ボールの山。手元のファイルによると、缶詰乾パン各種レトルト食品、カセットコンロに毛布に携帯式トイレ……等々。外部からの避難民も想定しているのか? とにかく食料と物資の山だ。助言をくれた大根さんに感謝しなければ。
「ああ。食料調達の手間が省けた。明日、各部屋の代表者を呼んで配るか」
「そうだね。あ、ご主人様。市役所に避難したいって人も居るかも知れないよ?」
「そうだった……! とにかく今日は疲れた。明日考えよう……」
「うん! わかった!」
ぱたぱたと尻尾を振り、キラキラとした瞳で俺を見る彼女にかつての面影はもう無い。無表情で俺にビンタをかまし、ゴミを見るような目でソバットを放ってきた彼女はもう、居ない。今の従順な彼女に俺は好意を抱いているのに、同じ顔で冷酷だった彼女が懐かしく感じる。あるいは当時の彼女は、俺の中の新しい扉を開きかけていたのかも知れない。
ふと寂しさを感じつつ、あきらさん達の進捗を伺うと作業は既に終わっていたようだ。強面達は通常業務(マンション警備)に戻したようだ。
「お疲れ様です。備蓄倉庫はいかがでしたか?」
「ああ。十分だったよ。今の人数だと……しばらくは保つんじゃないかな?」
「そうですか。それは良かったです」
「明日各家庭の代表者を呼び出して食料を配る。あと、今後についても話をするつもりです。市役所の件も含めて」
「分かりました」
濃厚な一日が終わる。後は飯食って風呂入って寝るだけだ。プレッパーとしては働き過ぎだろ。いや、なんちゃってプレッパーだからしょうがないか?
玄関のドアを開けると。
「トモッ!!」
「兄さんっ!!」
ねねとキスしたのは本当か!? と、家族に詰め寄られた。疲れてるんですけどー。噂の元凶を見るとそっぽを向いて『フー、フー』と唇を突き出し……あれは口笛を吹いているつもりなのか?
そのような事実は無いと言うのは簡単だが、ねねのプライドとか立場をないがしろにしてしまわないだろうか? いやいや、あえかの心証を考えると事実を正確に述べた方が……?
数瞬悩んで、発言したのはやはりこの人で。
「自分は現場に居合わせました! 簡潔に申し上げるのならば! ねねさんが接吻を要求したところ、朝春君が頭突きを以て応えました!! これが全てです! 二人は接吻をしていません!」
「あ、あきらさん! やだなー! あたしは朝春とちゅーしたじゃんかー!」
「いいえ! 自分は隣で全てを見ていました!」
どうやらこのカーミラは空気が読めないようだ。
「兄さん! 結局シたんですか!? シてないんですか!?」
「そうよー。ヤったんならちゃんと責任を取らないと」
母さんの言い回しがおかしい。多分からかっているな。
「朝春君は無実です! 自分が証人です!」
「ボ、ボクは外で見張っていたから……」
我が家の女性比率が増えてから、こういった話になると収集が付かなくなってきた。
「いや、自分は見たと確信しているはずですが、もしかして見間違いや勘違いだった……のでしょうか!?」
あきらさん……。俺は疲れているんだ。だから無自覚に引っかき回さないで欲しいんだよ。マジで。ぎゃあぎゃあと騒ぐ彼女達に辟易し、今日の晩飯どうなるの? と心配していると。
「けっ、けっ、けいちゅうぅー!」
エリーちゃんが声を張り上げる。段々ヒートアップしてきた彼女達がエリーちゃんに注目する。
「ご、ご、ごちゅじん様は疲れています! そ、早急にお、おちょくじをお願いしま、ちゅ!」
噛み噛みだ。女性陣の意識が彼女へと移る。――そりゃあそうだ。
「「「やーん! 可愛いー!!」」」
俺への被害は反らされたが、替わりにエリーが被害に遭っては意味が無いような? おれが望んでいるのは速やかな晩餐なのだから。
パンパンと手を叩き「はいはい、そこまでにしとけー!」と強めに言って、ようやく女性陣が静まった。エリーは俺の背後に隠れてプルプルと震えている。
今日の晩ご飯は豚肉(冷凍)とカット野菜(冷凍)とキクラゲ(乾燥)の玉子とじ。それと餃子(冷凍)、長ネギ(冷凍)の味噌汁だ。もちろん白米もあるぞ。オマケに期限の近い漬物を添える。
市役所やマンションの生存者達には悪いが、贅沢すぎるラインナップだろう。
卵ってまだあるの? まだたっぷりですか。そうですか。
明日皆に配らなければ。
まだしばらくは大丈夫だと、いい加減飽きてきたよと。俺達は考えるだろう。
やがて失って、ソレに恋い焦がれる事になると理解していても。
失って初めてソレの大切さに気付く。……なんて甘酸っぱい恋物語では無いのだ。
全てを理解した上で俺は言いたい。
玉子料理はもう、飽きたよ。
……と。




