二十 役所の様。入り口で叫べ。
八月二十九日。午後。
男達を煽りに煽ったあきらさんは我に返ったのか、運転席で赤面している。助手席に俺。後部座席にねねと坂本。
エリーはおっさんの仲間の男と共に、軽トラで後ろから付いて来る。
本来であればおっさんとその仲間を軽トラに乗せるべきなのだが……打ち解けたとは言え、最低限の監視はしなければならない。エリーは何でボクが!? と、驚愕していたがこちらのメンツで運転出来るのがあきらさんだけなので、非常時に即応できるエリーしか選択肢は無かったのだ。後で機嫌をとらなければ。
事の発端はファミレス前のバリケード代わりの車をあきらさんとエリーの二人で瞬く間に整え、さぁ出発という段階で、坂本のおっさんが「自分も付いていく」と言って駄々をこねたのだ。俺達の能力はやんわりぼかして伝えたが、自分の目で見て判断したいと言って聞かない。
あきらさんが煽った手前無下にも出来ず、同行を許すしかなかった。
「がはははは! まさかこの御時世に再びドライブが出来るなんて思ってなかったぜ!」
この男、とにかくやかましいのだ。よく今まで無事だったな。
「いや! 姐御や旦那やエリーちゃんの事は深く詮索しねぇ! ちょっと懐かしくなっただけだ! がはは!」
とにかく喋る。喋る。
「聞くところによると、そちらの嬢ちゃんは旦那の幼馴染みだとか! いやー、オレにも嬢ちゃんみたいに可愛い幼馴染みがいたら、とっくに結婚してたんだがなぁ!! がはははは!!」
やかましいっ!!
「あの、坂本さん。もう少し静かにして下さい……」
「何を言う! 姐御か旦那か知らねぇが、あんたらのお陰でこの辺のゾンビはどっかに行ってんだろ? 久しぶりに遠慮無く話せるんだ! こんなに嬉しい時に声を抑える必要が何処にある!?」
久しぶりにMAXで話せて気分が良いのだろう。あきらさんが居なかったら今頃ゾンビの大群に囲まれているところだ。
「坂本龍次。そろそろ市役所だ。静かにしろ」
俺の言葉に坂本は「わかった」と言って黙る。豪快な割にオンオフの切り替えが上手いようだ。
「旦那は年の割には随分落ち着いてるんだな」
髭が一般的な声量で言う。
「興味があるなら、あんたも夜の雨に隠れてコンビニに行ってみると良い。生と死の狭間を味わえる。……運が良ければ茶髪の巨乳美人に会えるしな」
「がはははは! そりゃあ良い!!」
だから黙れって。
運転席の茶髪は赤面してぷるぷるしてる。事故らないでね?
程なくして市役所に到着。これといったバリケードは無く、逃げ出す時に事故ったのであろう車が辺りに散見される。車一台分のスペースはあったので何とか本舎入口まで辿り着いた。
あきらさんが付近の安全を確認し、全員車から降りる。……エリーが疲れた顔をしている。
「道中質問攻めにあって、疲れた……」
頭を撫でて、帰りはこっちの車でいいから。と言うと機嫌を回復してくれた。険悪な雰囲気では無かったようだが、むしろ向こうがグイグイ来たので気疲れしてしまったのだろう。
俺はクロスボウを持ち、おっさん達は木製バットで武装する。……あのファミレス、少年野球団でも居たのかな?
あきらさんは俺の護衛、エリーをねねの護衛にしてエントランスに入ると奥から騒がしい声が聞こえた。
早くしろ!
バリケードの準備を急げ!
倉庫の確保を最優先にしろ!
お前等も手伝え!
うるせぇ! お前等は俺達の税金で食わせてもらってるんだろ! 俺達の為に働け!
ふざけんな! 今月の給料振り込まれてねぇんだよ! ボランティアでやってんだから被害者ヅラしてねぇで手伝え!!
煙草の自販機って何処ですかー?
食堂に酒ってありますかね?
中々の混乱ぶりだ。何なら俺達を見付けたおばさんが、「あんたら何突っ立ってんの! ボサっとしてないで手伝いな!!」と怒鳴られた。
あきらさん、お願いします。
頷き、彼女が大きく息を吸う。
「傾注ーーーーーーーー!!!!」
あまりの声の大きさに肌がビリビリと震える。彼女の後ろに立っていた俺達に被害は少なかったが、正面に立っていたおばさんは泡を吹いて倒れてしまった。
あきらさんが叫び終えると市役所の連中はその声の大きさに驚き、足を止め、俺達に注目する。
「どうぞ」
一言。優雅に会釈をして発言権を俺に引き継ぐ。
え? この空気で?
「あ? あー。ゾンビはしばらくやって来ないから落ち着いて聞いて欲しい! 俺達はここの状況を調査しに来た先遣隊だ! そこのアンタ! ここの代表に会いたいのだがどこに居る!?」
ちょっと離れた男性に声を掛ける。
「え!? 俺!? え、えーと……、代行は市長室に居るはずですけど……?」
市長ではなく代行か。何でもいいが市長室だな。
「では、俺達が勝手にそこに行っても良いか?」
「えぇ!? 俺、ただの避難民ですし、そんな事言われても分かんねぇよ!」
「そうか。なら勝手にさせて頂く。改めて言うが俺達は敵ではない! 邪魔をしてしまった事を謝罪する! 貴方たちは作業を進めてくれ!」
ハッとした顔で皆が作業を再開する。こちらを不信に思う素振りは少々見えたが、自身の仕事を優先したようだ。混乱が無くて何より。
「旦那、すげぇなぁ。姐御の号令もとんでもなかったが、旦那も堂々としてたし。やっぱり姐御からそういう訓練受けたのか?」
エリーが何故かキラキラした目で俺を見つめている。
「話は後だ。多分あいつが代行様だろ」
多分アラサー、眼鏡に黒髪オールバックの男がこちらに向かってくる。第一印象は胡散臭い事この上ない。
『あの日』からそろそろ一ヶ月が経とうとしているのに、こざっぱりとしたスーツ姿の男は糸目に笑顔を貼り付けて。
「ようこそいらっしゃいました。生き残りの市民の方……、でよろしいですか?」
「そうだ。あんたは?」
「ああ。失礼しました。私は田楽寺おおねと申します。今は市長代行を担当しています」
田楽寺!? あのOLさんが頭によぎる。いくら何でも血縁者だろう。田楽寺なんて名字、そうそうあってたまるか。
「あの、田楽寺、おおね……、さん。ですか」
「ああ、珍しい名字でしょう? ですが田楽というのはいわゆる食べ物の田楽では無く、田植えの豊作を祈る庶民風俗が由来の名字です。……決して、おでん由来では無いのです!!」
いきなり地雷を踏んだようだ。
「あなたに想像が付きますか!? 子供の頃からおでんと呼ばれ続けてきた私の苦悩を! 確かにおでんには必須ですが! おおねと名付けた両親にどれだけ恨みを抱いた事か! あなたに理解できますか!?」
とんでもなく闇が深い人だ。
「やっぱりおおねって……」
「ええ。大根です」
周囲が笑いを堪えているのがよく分かる。あきらさんとエリーもそっぽを向いて肩を震わせている。俺だって笑いたいよ!
「つ、つまり漢字で書くと田楽寺大根……と?」
「ああそうだよっ! 笑いたければ笑え! こっちは慣れっこなんだ!!」
「がははははははっはははっはは!! はーっ!! ははっはは!!!」
先程のあきらさんの「傾注ー!」に劣らない程の声量だ。喉、大丈夫?
「お前さん、良い名前を貰ったじゃないか!」
「だ、だいこんのどこが良い名前だ!」
「名前を気にせず良くしてくれた友人も居ただろ? 確かに変な名前だが、気にせずお前さんの人柄に惚れた友人は居なかったのか?」
「う……、た、確かに友人と呼べる連中は何人か居たが……」
「だったらおでんだのだいこんだの呼ばれても気にするな! そういう連中とは付き合わなければそれでいい!!」
そういう単純な話では無いと思うんだけど?
「ふん! 蔑みも慰めも言われ慣れている! そもそもお前等は何の用だ!?」
ようやく話が本線に復帰した。
「備蓄食料を分けて頂きたい。出来れば避難民の受け入れもお願いしたいのだが」
「ふん。いいだろう。立ち話もなんだ。会議室で話を聞こう」
田楽寺大根さんの案内で二階の会議室に入る。お茶は出ないようだ。
「そちらの代表は蘭堂朝春君と坂本龍次さんで良かったか?」
エリーをチラチラと見つつ、彼が訪ねる。やはりコスプレと思っているんだろうな……。
「はい」
「おお」
「まず、食料についてだが、市役所の備蓄は有り余っているというのが現状だ。好きに持って行って構わない」
「? ここの生存者は何人ですか?」
「『あの日』に、ここもゾンビの襲撃を受けてね。逃げる人間が結果的にゾンビを外に誘導してくれたお陰で何とか五十人程が生き残ったが、建物内にバリケードを張るのが精一杯だった。
職員用の非常食で食いつないできたが、避難民用の大倉庫にある物資までの道のりにゾンビは多数。
絶望の元に決死の突撃隊を編成しようと考えていたところ、今日になって急にゾンビ共が居なくなった。慌ててバリケードの範囲を広げていたところに現れたのが君達だ。当然説明してくれるんだろう?」
俺は笑顔で答えた。
「よく分かりません。たまたま、偶然です。俺達もゾンビが居なくなったので、市役所まで辿り着く事が出来たんです」
「だ、旦那ぁー……」
情け無い声を出すな。
「そうか。そうだな。警戒するのも当然か。ハハハ。俺は知っている。……恐らくは君。蘭堂朝春君といったか。君が」
大根さんが一呼吸置く。
「君が抗体者なんだね?」
「……?」
「いいんだ。抗体者の情報は国家機密扱いだが、それなりに漏洩している。数日前からは政府からの通信も途絶えているがね。私が君をどうこうする気は無いよ」
「……?」
「……?」
俺と大根さんの間に視線が飛び交う。
「ああっ!」
俺は手のひらをポンと叩く。そう言えばそうだった!
「はいはい! 抗体者ですね! そうそう! そうでした!
いやぁ、久しぶりにその単語を聞いたので、自分が抗体者だって、すっかり忘れてましたよ」
「そ、そうか。ならば君がゾンビを遠ざけてくれているんだろ? 何時までもちそうかね?」
おや? 『俺』がゾンビを遠ざけていると思っているのか?
上位種の存在は知らないの?
「あー、まだしばらくは大丈夫かと。それはそうと、避難民の受け入れは?」
「うむ。大倉庫の物資が手に入れば数百人規模で受け入れることが出来る。むしろ人手が足りない状況だ。可能であればドンドン人を寄越してくれ」
その言葉に坂本が。
「だ、だったら旦那! すぐにでもうちの連中をこっちに連れてきてぇんだが!」
はいはい。分かったよ。
「今日中に二十人をここに連れてくる。受け入れ準備は任せるよ。……あと、食料を四十……五十人分。頂きたいのだが」
「構わないが、避難所か?」
「……いや、マンションだけど」
「そうか。どの位の規模かは問わないが……。非常物資の備蓄は無いのか?」
「え?」
「ある程度の規模のマンションで自治会が組織されているなら、非常時に備えた備蓄があるはずだが……。いや、全てのマンションがそうだとは限らないか。
知らなかったのなら、調べる事を勧めるよ」
プレッパーとして自分が住んでいるマンションの基本情報を疎かにしていた自分が恥ずかしい!! もう、『自称プレッパー』から『なんちゃってプレッパー』でいいよ!
終末世界を生き延びる! なんて豪語していた自分が恥ずかしいぃ!!
「そ、そうですね。帰ったら確認してみます。……一応、念の為、食料を頂いても?」
「ああ。好きにしてくれ」
なんか上から目線で了承された。
ぐぬぬ。これで勝ったと思うなよ!
「それはともかく、代行というのは?」
「ああ、簡単な話だ。八月三日に起こった世界同時多発ゾンビ事件。正式名称は決まっていないが。――市長をはじめとしたお偉いさん達は職務を投げ出して何処かに逃げてしまったんだよ」
「では繰り上がりで貴方が市長……いや、代行に?」
「そんなものだね。元々は災害対策課の係長だったんだが、何だかんだで異例の大出世だ。もちろん、非公式だがね」
胡散臭い笑顔のこの男は今一信用できない。
生き残りによる大倉庫への突撃の傍らで、食料の入った段ボールを運ぶ。積めるだけ積み込んでファミレスへ帰還。これらの食料は俺達の分でいいと坂本のおっさんが言ってくれたので、後ほどマンションに運ぶ予定だ。だが、まずは生き残りの二十名を市役所に護送する役目がある。
マイクロバスとか無いですか? ありませんか。そうですか。
ワゴンタイプの大人数が乗れる車を数台ピックアップし、やや痩せた老人と子供達を車に乗せる。俺達の車で先導して市役所に辿り着くと拍手で出迎えてくれた。騒いでいいのは今だけだからねっ!
出迎えてくれた同胞に涙で感謝の意を表し、生き残ってくれていた同胞を涙で迎える。お互いの涙がその頬を濡らし、抱擁と笑い声でがその場を包む。
結局俺は大根さんに祭さんの存在を黙った。OLさんこと、田楽寺祭の存在をだ。何か得体の知れない雰囲気の彼に恐怖したのかも知れない。あるいは知らせるべきでは無いという自分の本能を信じた結果か。それとも身内がグーラーになってしまったという事実を告げるのをためらったのか。
ねねの手には数枚の紙があった。大根さんから貰った、市役所の生存者の一覧をコピーした紙だ。
そこに宮湖橋の文字は無かった。




