二 始まる世界。ベランダで並べ。
ねねと不毛な問答を続けていると、母さんと妹があわてた様子でやってきた。真剣な眼差しだ。俺達を茶化そうと茶菓子の差し入れに来たわけではないようだ。
「トモ! テレビを観て!」
母さんの言葉で、我が部屋が誇る四十インチテレビジョン様を起動。ポチっとな。
「――日本各地で同時多発的に発生した集団デモ、いえ、暴徒と言えるでしょう! 彼らが一般市民を襲っています!
こちら渋谷スクランブル交差点前ですが、ゆっくりとした足取りの暴徒達が車道を闊歩し、周囲に渋滞を巻き起こしています!」
「あ、サイレンを鳴らしてパトカーやその他の車両がやってきました! 警察や機動隊の方々でしょうか!? 続々と降りてきます! 交通規制と交差点への進入禁止、機動隊の投入はデモへの対処としてはちょっと大げさなのではないでしょうか!?」
デモだか暴徒だか知らんが、一般人を襲っているなら正常な対応だと思う。
言ってリポーターの女性は警官達が一般民を遠ざけている最中、我こそは真実を伝えるジャーナリストであると言わんばかりに(実際言ってた)警官達を押しのけ、荒っぽい言葉の警官にカメラを向け、警察如きが報道を邪魔するなと言わんばかりに(実際言ってた)暴徒達を映す。
「あっ! 暴徒が女性警官の首筋に噛み付いています! おびただしい血が――」
画面がスタジオに切り替わった。グロいー。
「……うわ、グロ」
お茶の間に流血事件のライブ映像はNGらしい。そりゃそうだ。
「――何だか大変な事態になっているようですね。警察、いえ、機動隊の出動はどうなっているのでしょうか?」
機動隊、ちゃんと出動してただろ。見てなかったの?
「これは普通のデモやテロじゃないような気がするんだけど……朝春はどう思う?」
ねねの問いに対する俺の答えはたった一つ。
「どうって言われても。同時多発って言ってたからしばらくは様子見で外出自粛、くらいかな?」
これはゾンビパンデミックだ!!
……なんて、現状では言えないな。暴徒が一般人や警官を噛みました。暴行罪? 傷害罪? 現行犯で逮捕に決まってる。
鎮圧されて実名報道されて、社会的に終了。リーダーなり、計画立案者が居るなら探して捕まえるのが警察の仕事。
「兄さんは元々自粛中だから良かったですね。私は塾があるから大変です。何処かのニートさんが送り迎えしてくれたら嬉しいんですけど」
あえか、兄をニート呼ばわりは止めなさい。反論できないから。
「あたしも午後から学校に行かなきゃいけないんだけどなー。何処かのニートが送り迎えしてくれたら嬉しいんだけどなー」
黙れねね。
「母さんも買い物行くの怖いわぁ。トモが行ってくれたら楽なんだけどなー。ていうか、たまには家事を手伝いなさい。ニート」
母さん、直球過ぎる。ニートは夏休み限定なんだってば!
九月からはちゃんとした高校二年生だよ!
この手の事件はしばらくニュース番組を賑やかして次第に風化。もしくは別の話題に上書きされる。いつも通りに。
で。俺たち蘭堂一家とオマケのねねは千葉県在住だ。渋谷で暴徒が騒ごうと関係ない……。ハズだ。母さんに従い、他のチャンネルを適当に観る。
どの番組も『テロが~』とか、『大規模デモが~』等々の緊急特番。予定を変更してお届けしています。
――とあるチャンネルだけは、ミステリー番組の再放送を流していた。相変わらずブレねぇな。この局は。
人間が人間を襲い、噛み付く。
噛み付かれた人間はテロ? に加わり、別の一般人に噛み付く。がぶり。
これってゾンビだよね? そのものだよね? あぁ! 遂にやって来たんだな、終末が!!!
プレッパーとしてはこの終末に祝福を。一般人としては警察&自衛隊の皆さん、助けて!!
――プレッパーというのは終末思想を持ち自然災害、ウイルスによるパンデミック等々、それらによる被害からの、人類滅亡に備える人々を指す言葉だ。平時から。
何も起こっていない、平時からあらゆる災害を想定して食料備蓄、自宅をシェルター化……。平和な時代に生きる人々の目にはさぞ奇異に映ることであろう。
というアタマのオカシ……防災意識の高い……高すぎる奴がプレッパー。基本的に引き籠もりだけどネットではプレッパー同士のコミュニティもある。複数形でプレッパーズだ。
僕たちみんなでプレッパーズ!
自称プレッパーでコミュニティにも所属していないが、そこは終末思想を持つキチガ……げふんげふんっ!
僕は防災意識の高い少年だヨ!!
ドンッ!!
いきなり外から衝撃音。交通事故かな?
「兄さん、ドヤ顔が気持ち悪いです。外を見て!」
焦っているんだよね? 焦っているように聞こえるんだ。それならば。なぜ。兄である俺の顔がキモイと!? 外ぉ?
ベランダにて俺、ねね、妹のあえか、母の巴が四人並んで身を乗り出す。
天気は快晴。日射しは暑い。空は青い。