十八 覚醒の祝福。うえに従え。
八月二十八日。午後。
昼食を終えて捜索を再開する。帰宅時に女性陣があきらさんのナイフにビビっていたが、すぐに慣れてくれるだろう。
三階の生存者は結局あの四名だけだった。他は空室だったので、残り二階と一階の十六部屋に向かう。絵璃鈴ちゃんと田楽寺さんに合流して階段を下ると強面達がのんびりくつろいでいる。
今日も良い天気だなー。
そうだな。こんな身体になってからは夏の日射しも心地良いくらいだし。
でもなー。姐さんが暑さで革ジャン脱いでくれないのがちょっとなー。
あ、それ俺も思う! 夏なんだし、もうちょっと露出増えても良いんじゃネ?
等という会話が為されていたか、俺には知る由もないが、カーミラとグーラー二名(+俺)が近づくと彼等は直立して出迎えてくれた。
あきらさんが強面達を一瞥する。
……何故だろう? 強面達の緊張が高まり、周囲の気温が下がったように感じた。
ゾンビ社会は徹底的に縦社会のようだ。上位種が絶対であり、グーラーは言わば中間管理職か? ゾンビに人権は無いようだ。……普通に考えてもゾンビに人権は無いな。哀れゾンビよ。死して尚、こき使われる運命か。
ここで抗体者である俺の立場はどうかというと。どうやら上位種様のお気に入りだから従え。――と、あきらさんから命令されているようだ。上位種の庇護に無い抗体者はゾンビに襲われない。……訳では無く。襲うも無視もゾンビ次第らしい。何だソレ。設定甘くない?
つまり俺の生殺与奪権はあきらさんが握っていて、あきらさんは血の契約で俺以外の血を飲むことが出来ない。俺の血は彼女の生きる糧だ。……そうやって共生関係が出来上がっているようだ。
――いつの間にか。俺のあずかり知らないところで。
二階の探索を始める。何だかゾンビと死体がやたらと目立つ。あきらさん曰く。
「二階はゾンビの跳躍で届きますから。生存者は皆無じゃないでしょうか」
奴らは五メートルを一瞬にして跳躍する文字通り化け物だ。ならば二階と一階の生存者は望めないか。
ある一室の中に居たゾンビ達は、
あ、玄関のドア開けてくれますか?
俺達外行きますんで。
という態度でペコペコと頭を下げる彼等に「ゾンビとは」とネットで検索したい気持ちが一杯の俺。そんな俺を放置して絵璃鈴ちゃんの死体処理が終わったようだ。
おや? とあきらさんが彼女に近づき、何やらチェックしている。俺は台所で食料のチェックだ。
「朝春君。ちょっとこっちに来て下さい」
はいはい。何ですか?
あきらさんは絵璃鈴ちゃんを「いーっ!」とさせて。
「川井に牙が生えているのが見えますか? 彼女は上位種に進化した……?
いや、まだ進化してませんね。でも牙が生えたと言うことは……?」
牙以外に絵璃鈴ちゃんに変化は無い。あきらさんの実体験を聞いた限りでは、食した死体の数が足りないのではなかろうか?
俺の意見を述べる。
「確かにそうなんですけど。でも自分の感覚では既に上位種に進化してもおかしくない程の力を感じているんです。……何か切っ掛けが必要なんでしょうか?」
切っ掛けですか。自分や仲間のピンチだったり伝説のアイテムを手に入れたりのアレですね?
「いえ。そういうのでは無く……」
伝説のアイテムはお気に召さないようだ。
「そうだ! 川井! 朝春君の血を飲んでみなさい!」
俺と絵璃鈴ちゃんの表情が固まった。出会って以来、俺達の気持ちがここまでシンクロしたことがあっただろうか?
いや、無い。
「抗体者の血を飲めば何らかの変化が起きるかも知れません。ついでに契約してしまえば我々の戦力も増えます。デメリットは思いつきませんし、早速試しましょう」
「異議あり!!」
あきらさんが怪訝な顔で、絵璃鈴ちゃんが嬉しそうな顔で。
「絵璃鈴ちゃんに歯磨きを要求する! ゾンビウイルスはともかく、状態のよろしくない死体の雑菌は許容出来ない!」
「川井。歯磨きを」
絶望した顔で絵璃鈴ちゃんが洗面所へと向かった。
「あ、待って待って。新しい歯ブラシを……」
俺とあきらさんで寄ってたかって、絵璃鈴ちゃんの歯磨きを終えた。他人の歯を磨くって難しいな!
「それじゃあ川井。朝春君の血を吸いなさい」
絵璃鈴ちゃんはイヤイヤと首を振るが、上位種には逆らえないようでしかめっ面で俺の腕に牙を立てる。……ここまで嫌がられると逆に楽しくなってきた。
俺に出来ることは何も無いが、彼女の表情を観察する。そんなに俺が嫌いか。確かに自分にセクハラかまそうとした男に好意を持つ女性などいない。同年代だと思われる彼女なら尚更だな!
結局あきらさんの命令には逆らえなかったようで、渋々俺の腕に噛み付き血を吸う彼女。見つめる俺とあきらさんの瞳に、――獣の耳が映った。
吸血を強要したあきらさんが固まる。ついでに俺も固まった。絵璃鈴ちゃんの頭には三角形で、黒い毛に覆われた獣の耳がぴょこんと、前触れも無く、現れたのだ。混乱する俺とあきらさんを尻目に、絵璃鈴ちゃんの瞳に光りが灯る。
「あ、あの……」
俺の腕から離れた彼女は、更なる混乱を俺に与えてくれた。
「あの、初めまして……だよね? ここは何処? ボクは何でここに?」
ボクっ娘&記憶喪失&ケモ耳キターーーー!!!!
「俺は蘭堂朝春。君の契約者でご主人様だよ!」
あきらさんにぶん殴られた。痛い。
俺が悶絶している間に、絵璃鈴ちゃんへと事情説明が行われた。よくよく見てみれば、彼女のスカートからふさふさとした黒い尻尾が垂れている。
あきらさんと同じようにカーミラが誕生するかと思っていたのだが、蓋を開けてみればケモ耳だ。何だソレ。オカシイよ? 百歩譲って吸血鬼は良いとしよう。だけどケモ耳は反則だろ!? 神様は地球をどんなゲームにしたいんですか!? そして家族に説明する俺の苦労を誰か労れ!
「あの、ご主人様……?」
かつての暴力系グーラーの面影は無い。優しい眼差しで俺を労ってくれているようだ。君が俺の天使か?
「あきらお姉様から事情を聞いたんだけど……、契約も成されたようだし、やっぱりボクはご主人様に仕えるべきだと思うんだ!」
「そ、そう? 今後ともヨロシクね?」
差し出した手に、絵璃鈴ちゃんがにこっと笑って両手を添える。グーラー時代には考えられない行動だ。
ふしぎそうに見つめる田楽寺さんは何を考えているのだろうか?
自分も進化したらケモ耳が生えるのだろうか? 或いは別の人外の姿に?
そして自分もこの男に忠誠を誓うことになるのか? 今の記憶を捨てて?
とでも考えているのか。表情がコロコロと変わる。
絵璃鈴ちゃんはいわゆる獣人、狼の獣人でワーウルフ……、という種族らしい。序列で言えばカーミラより下らしく、一言で上位種といっても色々あるようだ。
そしてゾンビ(というかアンデッド達)は完全縦社会。ワーウルフはカーミラの下で、自分の契約者であると同時にカーミラの契約者たる俺はワーウルフより立場が上……らしい。カーミラの命令に反しない限り、俺の命令に従う義務がゾンビやグーラー達に課せられているらしい。あきらさんによって。
さっきから『らしい』を連発しているのはあきらさんや絵璃鈴ちゃんから聞いた話を纏めたからだ。吸血鬼はまだ分かる。同じアンデッドだから進化するのは良しとしよう。だが、何でアンデッドから獣人に進化するんだよ! 生命活動再開したのか!?
「あの、ボク、アンデッドのままだよ」
これだよ。仕舞いにはアンデッドの天使とか出て来そうだな。
「ファンタジーはそれほど詳しく無いのですが、可能性は否定できませんね」
そこは否定して欲しいような。……でもアンデッドの天使か。やっぱり堕天使なのかな? 悪くない。
とにかく絵璃鈴ちゃんだ。骨チラしていた腕も何故か再生され、ぱっと見は夏服JKがケモ耳と尻尾を付けてコスプレしているように見える。
――俺と同じく高校二年生で十七歳だそうだ。
落ち着いた所で探索を開始。
特筆すべき事は無く、死体の処理は今回から田楽寺さんに任せた。
――彼女の胃袋もブラックホールだった。グーラーとはそういうものなのだろう。
全ての処理が終わっても、彼女が進化する事は無かった。
三階の夫婦と姉妹の様子を伺い、追加の食料を差し入れる。今のところ姉妹の容態は安定しているようで、田楽寺さんと強面を離し、夫婦の着替えやら日常品を三○六号室へ運ぶのを、俺とあきらさんと絵璃鈴ちゃんで手伝う。
夫婦と姉妹は絵璃鈴ちゃんのケモ耳と尻尾について聞きたそうにしていたが、無視した。何て説明すれば良いんだよ?
やがて夕方になり、複雑な表情の田楽寺さん(&強面)と別れて五○二号室でシャワーを浴び、自我が復活した絵璃鈴ちゃんにも身体を洗ってもらう。着替えはどうしよう?
言っては何だが、絵璃鈴ちゃんの制服は薄汚れている。が、服はともかく、他人の下着は洗濯済みとは言え着たくないよね……。むむむ……!
!!
あきらさんにチョップを喰らった。
「いきなり何を! まだ何も言って無いじゃん!?」
「言う前に止めました。君は川井に……その、し、下着を着けないで過ごせと、言うつもりだったのでしょ!?」
当たり前だ。だが、こんな事もあろうかと代替案は既に作成済みだ。
「そんなわけ無いでしょ……。俺のTシャツとトランクスの新品があるから、ひとまずそれで我慢してもらおうと思ったんだ」
「そ、そうだったんですか! も、申し訳ありません!! 自分の早とちりで朝春君を殴ってしまいました……」
チョップだったけど。
「朝春君は真面目に考えていたと言うのに、自分はまた、セクハラするつもりだろうと……!
君を信じて忠誠を誓った筈なのに! 自分はなんて愚かしい!! 本当に、こんな自分が契約者で申し訳ない!!」
涙を浮かべて土下座された。いやその、あきらさん? 早とちりでもないしそもそも重いっすよ?
「いや、分かってくれればいいんだ。俺は下着を取ってくるから、あきらさんはこの家で絵璃鈴ちゃんが着れそうな服を探しておいて」
「は、はい! 任せて下さい!」
五分もかからず五○二号室に戻る。どうやらここは男性が一人暮らしだったようで、あきらさんが項垂れていた。
「も、申し訳ありません……」
適当に宥めて、短パンとポロシャツを選ぶ。彼女に服を託してしばらく待つと、サイズの合わないブカブカな服を着た絵璃鈴ちゃんが恥ずかしそうに出て来た。
「あの……、ご主人様。ボク、変じゃないかな?」
大丈夫。今すぐ襲いたくなるくらいです。……噂には聞いていたが、ブカブカな服を着て赤面する同い年の少女。かなりヤバい。しかもケモ耳以下略だ。
俺の理性が働いている内に、自宅へと案内する。
「えー、彼女は……」
「「「キャー!! 可愛いー!!」」」
玄関に黄色い歓声が響く。近所迷惑だよ。君達。
女性陣は絵璃鈴ちゃんのケモ耳に大興奮だ。……ですよねー。
絵璃鈴ちゃんは俺の後ろに隠れてビクビク。俺とあきらさんで事情を説明。
「尻尾触らせてー!」
「だ、ダメ! ご主人様以外はダメだよ!」
「ちょっと兄さん! ご主人様って何ですか!?」
はいはい。さっき説明したでしょー。
「ああ……。尻尾がふさふさユラユラ……。トモ、この子母さんに頂戴!」
はいはい。絵璃鈴ちゃんはペットじゃないですからねー。
予想通りの騒ぎを抑え、夕食の準備が進む。本日の晩餐はパイ生地と冷凍野菜、鶏肉を使ったキッシュだ。
器にパイ生地を敷き詰め、具と溶き卵をたっぷりと入れてオーブンで焼き上げる。生地はサクサク、中はしっとり。野菜によって食感が変わるのも良い。好みで粉チーズやケチャップ、タバスコで味を変えるといくらでも食べられそうだ。
あきらさんはワインを。絵璃鈴ちゃんはロングライフ牛乳(殺菌処理した消費期限の長い牛乳)を飲みつつ、一切れを二人で分け合っている。食事の必要が無い彼女達にとっては嗜好品みたいな感覚なのだろうか。
母さんの料理を堪能しつつも、やがて来る保存食生活に恐怖を覚える。今のうちにアレンジメニューを検索しておかなければ。




