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九十一 朝日奈養鶏場における戦い。

 令和三年九月二十一日。午前零時零分。


 周囲を取り囲むゾンビは大人しい。彼等はそれぞれ楽な格好で――座ったりあぐらをかいたりして――くつろいでいるようにも見える。


 襲撃とは一体?


 何人かで固まってゆらゆらと蠢いている辺り、気の合った連中で暇を潰しているんだろう。ゾンビに自意識が無いなど、俺はもう信じない。


 戦士にして欲しいというひなたさんをなだめて、今日は仮眠をとる事にする。

 いくらなんでももう、眠い。


 わめく朝日奈ひなたに「明日、話を聞くから……」と告げて布団にくるまり、一時の睡眠を堪能しようとした矢先、招かれざる客が訪れたようだ。




「蘭堂朝春をここへ連れてきな! 山猫党の党首、犬飼(いぬかい)紅葉(もみじ)の要求だよ!」


  マンションに帰りたい。でなければ何処かをドライブしてゆっくりと……


「さっさと出てきな! 居るのは分かってるんだよ!」


 とてつもなく面倒だが、この後に及んで逃げるワケにもいかないか……しょうが無い。


 喚く彼女の声をBGMにして、着替えを済まして身支度を整える。……ついさっきまで着ていた服に着替えなおしただけだが。


「出て来てやったぞ。また、マタタビを喰らいたいのか?」


 あきらさんとエリーを伴って紅葉と対峙する。まゆさんと健治さんは別方面の警備だ。


「あぁ!? 前回はちょっと油断しただけだから! もう二度と同じ手は喰らわねぇよ! 絶対に喰らわねぇからな!」


 そもそも今はマタタビを持っていないのだが。まぁ、それは黙っているべきだろうな。


「で? 一応聞くけど、ここに何しに来たんだ?」


「あぁ? んなもん当然、皆殺しに決まってんだろ?」


「僕は止めたんだけどね。夜も遅いし迷惑だからって。でも姉さんがどうしてもって言うから。まぁ、正式に対立したわけだし、夜襲に文句を言われる筋合いは無いはずだから勘弁してね」


 コイツの自己申告による能力は死者蘇生、空間転移……太陽光収束による熱線攻撃。真偽はともかく、真夜中じゃあ熱線攻撃は使えないから、出てくる意味は無いよなぁ。


「戦う前にお互いの意見交換をするべきだと思うね。とにかく話し合いをしようと思うんだけど?」


「話し合い!? あたしが!? そんなんあり得ないって! アハハハハ!!」

「じゃあお前は敵なんだな?」


 一時間ほど前に完全変化を解除した、通常体のエリーが犬飼紅葉を睨み付ける。


 もしかしなくても詰んだ? いきなりやって来た殺る気満々の犬飼姉と大量のゾンビ。いや、最早ゾンビの有無は関係ないな。犬飼姉だけで俺達は全滅出来る。

 犬飼弟は何故かやる気が無いようだが、それが本心か演技か。判断する事は出来ない。


「この場での最上位格は私だ。まずは私を殺してみせてみろ」


 健治さんが俺達を押しのけて犬飼紅葉の前に立った。いやいや! アンタさっきまで完全変化してただろ!? 次に完全変化出来るのは半日~1日後のはずだよねぇ!? っていうかアンタの担当は裏口だっただろ!?


「裏口の守備はまゆが召喚した骸骨戦士達に任せている。数だけは多いから時間稼ぎにはなるだろう」


 確かにそうかも知れないけど。でもあの骸骨達ってあんまり強くないから心配なんだよな……

 具体的な戦力で言えばゾンビ一体に対して骸骨三体で互角かな? って程度。多数召喚出来るようだし、骸骨戦士もちょっと砕かれた程度だったらすぐに復活出来るようだから足止めには最適なんだろうけど……山猫党所属の新たな上位種が来ていたらと思うと胃に穴が空きそうだ。


 以上を踏まえた上で言わせて貰うが、経験が足りないアンタが出しゃばるタイミングじゃないから!


「蘭堂君、私は怒っているんだ」


 は?


「まゆを弄び、日常を取り戻そうと懸命に働く人達を訳の分からない理屈で邪魔する彼等に、私は怒っているんだ」


「何寝ぼけたこと言ってるんだい! あたしらは資本主義の犬に成り下がったジジイ共から日本を解放する為に立ち上がった……」

「ここに資本主義の犬は居ない! 貴様等がやっている事は大言壮語を吐いて、暴力を以て罪の無い一般市民を支配しようとしているだけだ!」


「愚鈍な市民が、あたしらの理想を受け入れられないってんなら……死んで貰うしか無いね」


 最初っから殺す気満々で来たくせに今更何を言ってるんだか。

 俺としては犬飼紅葉の後ろでにこにことしている犬飼信道を先に始末したいところだが……残念ながら手が足りない。


 一触即発の空気の中でどれ程の時間が経っただろうか。数秒か、数分か。


 両者が睨み合う緊張の中、開戦の合図となったのは意外にも、朝日奈ひなたさんの蹴りだった。




「……っ!!」


 奇襲と言っても良い、睨み合う両者の脇から繰り出された、ひなたさんの蹴りを紙一重でかわした紅葉はしかし、頬を薄く切られて僅かに血を流すに至る。


 着地したひなたさんが振り返るよりも早く、彼女に襲い掛かる紅葉と、その紅葉に襲い掛かる健治さん。


 わずかに早く、紅葉の爪がひなたさんに届くか否かのタイミングで、後ろを振り返る事無く、ひなたさんが直上に飛び上がり、紅葉の爪が空を切る。


 空振りによって僅かに体勢を崩した紅葉の背後から襲い掛かる健治さんの豪腕が、絶妙のタイミングで回避不可能と思われた彼の拳が、目標を破壊する事無く地面を砕いた。健治さんの力の全てを受け止めることになった哀れなアスファルトは直撃地点から半径一メートル程度が陥没して、まるでミサイルが着弾したかの如く、すり鉢状にえぐれた地面が露わになった。


「いやぁ、凄い威力だね。まともに喰らったら再起不能になっちゃうんじゃないかな」


 紅葉を小脇に抱えて、犬飼信道がにこやかに話す。恐らく、空間転移能力で姉を救ったんだろう。厄介な……本当にうっとうしい能力だな。


 それにしてもひなたさんが一番槍を買って出るとは思いもよらなかった。これも彼女の心境の変化が……


「もう無理だ。私の勇気は最初の一撃で枯れ果ててしまったぞ。あとは少年達に全てを任せる!」


 結局そこに落ち着くのかよ! 適当に言いくるめて再び戦わせたいところだが、残念ながらウサギに構っている暇が無い。

 健治さんが再び紅葉に襲い掛かり、まゆおばさんとエリーが信道と対峙する。あきらさんが俺の護衛として側に居るが、戦況は芳しくは無い。

 ゾンビ達が夜を理由にやる気が無いのがせめてもの救いだが……なんかあいつら、観戦モードに入ってねぇか?


 防衛の為に召喚された筈の骸骨戦士達がゾンビ達の観戦誘導案内をしているように見えるんですけど? 俺は明日にでも眼科に行かなければならないんでしょうか?


「朝春君、落ち着いて下さい。現在営業している眼科は存在しません」


「そうじゃねぇよ! 俺が言いたいのはゾンビと骸骨のやる気の無さとあいつらのフレンドリーさなんだよ! 自意識とかそんなの関係無く問題なんじゃねぇの!? だって敵対勢力の兵士だろ!?

 ユルいユルいとは思ってたけどここまでユルいとは思って無かったんだよ!」


「ですが、これが現実です。そして今後、朝春君が想像するようなハードな現実が訪れる可能性も有るのではないでしょうか?」


「……それもそうか。そうか? ……ちょっと弱気になってたのかもな。ごめん、あきらさん」


「謝罪には及びませんが戦闘中ですので、自分から離れないで下さい」


「了解」

 言ってあきらさんを抱き締める。上位種で年上といってもやっぱり女性だ。抱き心地は心地良く、服越しといえどその身体の柔らかさが感じられる。特に胸の存在感は柔らかくもあり、しかしてブラジャーが自身のワイヤーを持ってして、彼女のおっぱいの価値を貶めているとしか思えないのだが……


 頭突きをされた。


「は、破廉恥です! と、時と場所を考えて下さい!」


 痛む額をおさえて――血が出てねぇだろうな? ――次は時と場所を考えて事に至ろうと決意するのであった。まる。




「おらぁっ!!」


 ショットガンで紅葉の顔面を近距離射撃で撃った小林一佐が吠えた。


「この……!」


 すかさず迫り来る健治さんの破城槌のような豪腕をギリギリでかわしつつ、悪態を吐こうとする彼女の顔面に今度は拳銃からの弾丸がちくちくと撃ち込まれる。


「猫のクセに、生意気に銃が効かないんですね。マタタビの弾丸でも用意するべきだったでしょうか?」

「千鶴! 下らない事を言ってないで撃ち続けろ! 蘭堂様の敵を排除するのが私達の仕事だぞ!」


「私は蘭堂君に特別な思い入れは無いんですけど……あぁ、これはプレゼントです」


 言って最上さんが小さな袋を紅葉の鼻先に放って、十島さんが銃でその袋を撃ち放つ。弾丸が眉間に当たったが、さほども気にしない紅葉がくちゅん! とクシャミを連発し始めた。


 くちゅん! 目がぁ! ちゅん! 目、目が!! は……はぁっ……くちゅん!! んがあぁぁ!!


 犬飼紅葉の動きが制限された事で、ようやく健治さんの豪腕が獲物を仕留められる……山猫党というテロリストの党首を仕留める事が出来るのか……


 この期に及んで、生かして司法の判決を……なんて生ぬるい事は言わない。テロリストは即時断罪。即時命を奪うべし。


 最上さんが放った小袋の中身は胡椒とハバネロの粉末をブレンドした対上位種用の、いわゆる催涙スプレー的な代物だそうだ。


 ちなみにハバネロはタバスコの十倍の辛さを有していて、そのエキスが目に噴出されたなら……こればかりは実際に喰らったことが無いので何とも言えない。


 催涙スプレーは射程距離の問題で却下され、代わりに粉末を詰め込んだ小袋を相手の面前で打ち抜くという……拳銃をなめてかかっている上位種への、初見殺しの対応策が考案されたらしい。


 目と喉をやられ、くしゃみと咳と顔面の激痛に喘ぐ紅葉に、今度こそ健治さんの豪腕が振り下ろされて……またしても犬飼信道の空間転移によってトドメが阻止された。


 今回の防衛戦は突発的な事態であり、犬飼信道はおろか、姉の紅葉まで来てしまった。故に作戦らしい作戦を立てる事は叶わず、こちらの対応が後手に回ってしまっている感が否めない。


 『王階級』二人を相手にするのもしんどいのに、片方は空間転移……っていうか転移スキル(テレポート)持ちだ。紅葉を追い詰めてもさっきのように信道が邪魔をしてくる。


 あと一手が足りないな。犬飼信道のテレポートを邪魔できる何かがあれば……


「今回もこちらの負けっぽいね。ゾンビは役に立たないし、姉さんは油断しまくりだし、山猫党党首としてどうかと思うんだけどね?」


 試しに犬飼信道の額に向けて、念入りに照準を合わせてから一発撃ってみた。

 首をかしげて弾丸を回避した彼は俺に問う。


「なんで、この期に及んで発砲したんだい?」


 単なる憂さ晴らしとは言えるはずも無く黙っていると、ニヤリと笑う犬っころ。


「良く分からないけど、君はまだ何か企んでいるようだね? でも残念、僕にテレポートがある限り、君の下らない罠にはまる事は無いからね」


 ドヤ顔で語る犬っころに腹を立てつつも、犬っころの優位性がテレポートに頼っている事が判明したのが一歩前進か?


「でもまぁ、今日は姉さんがやられてしまったし、また後日仕切り直しかな。それじゃあ――」

「潰れろ!」


 背後から歩み寄った健治さんの渾身の一撃が予想通りかわされて、二メートル程離れた場所に出現した犬飼姉弟目掛けてエリーの爪とひなたさんの蹴りが炸裂する。


「ちぃ!!」


 舌打ちしながら再び転移した犬飼姉弟を、今度は骸骨戦士を伴ったまゆさんが襲い掛かり、三度転移した先は……ようやくやって来てくれた、俺の目の前。


「君を人質に……」

「出来ると思っているのか?」


 俺の護衛に徹していたあきらさんに顔面を殴られて犬飼信道は倒れた。

 作戦らしい作戦では無かったが、追い詰めていけば最終的に俺を人質にするんじゃないだろうか……という、僅かな可能性に賭けてみたが、上手く罠に嵌まってくれて何よりだ。

 何よりも、『蘭堂朝春は敵を罠に嵌めるのを得意としている』という風潮がある今、頭を使って相手を追い詰めた事を装わないと今後が怖い。


「拘束しても意味が無い! 即座に殺せ!」


 トドメを刺すべく健治さんが犬飼信道に近づくと、彼は単身で姿を消して……


「あたしを人質にするとか、馬鹿じゃ無いの!?」


 犬飼信道に首を掴まれた、ねねの罵声が辺りに響いた。

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