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一 始まりの手前。部屋で踊れ。

 令和三年八月三日。夏。

 日本は例年通りの猛暑に覆われていた。


 千葉県某市のマンションに住む俺は、高校二年生の夏休みを全力で謳歌(おうか)している。帰宅部の俺は登校義務も無く、クーラーの効いた部屋でゲーム&ネット三昧の自堕落な日々を力の限り満喫しているのだ。


 いささか満喫し過ぎたせいで昼夜逆転生活に突入しかけ、家族にこっぴどく叱られたのも記憶に新しいが……いや、有名動画サイトとか観てると同じジャンルだったり違うジャンルだったりのオススメ動画が表示されるだろ?

 その動画を再生→別のオススメ動画→また別の……といった具合だ。みんなも経験あるよネ!


 まあいい。全国の学生諸君も気を付けてくれたまえ。という話だ。……待て、友人は片手で数えられるくらいしかいないし、バイトはしていない。予備校にも行っていない。

 宿題なんてヒマな時にちまちまと。八月後半に入ってからが追い込み時期だ。


 そしてインドア趣味のオタク。父親はサラリーマンで母親は専業主婦。つまり家業・家事を手伝う必要も無し。時間は有り余っているのだよ。


 HAHAHA、どの口が気を付けろと。これではニート予備軍。夏休み限定で言えばニートそのものだな。せめて適当な大学に進学して、この自堕落ライフが一年でも長続きするように努力をせねば。


 などと親不孝な事を考えているとインターホンが鳴る。ぴんぽーん。


「あら、ねねちゃん? 

 暑かったでしょ。早く入りなさい、クーラー効いてるから」


ともえおばさん、こんにちは。これ、母の家庭菜園で採れた野菜です」


 母さんがねねを迎え入れる。やめてよー。オカン同士は仲が良いかもしれんが俺とねねはただの幼馴染み。友達以下の存在のハズなのだが?


 ――宮湖橋ねね(みやこばし ねね)17歳。俺と同じ高校の二年生。同じクラス。美人……。世間一般的にはそうなのだろう。


 スタイルは意識高い系のつけ麺屋で出てくるような、低温調理チャーシューの如く微妙な量の胸、自家製穂先メンマを想起させるわずかな腰のくびれ、味付き煮卵を体現したかのようなぷりっぷりの尻。ロングな黒髪は差し詰め細麺か。つけ麺は太麺が王道だろうが。


 女性の容姿を表現する言葉に文句があるなら受けて立つ。――特別仲が良いわけでもないが、母親同士の交流があり、たまにこうして我が家にやって来る。(どうせ宮湖橋のおばさんの使いパシリなのだろうが)それだけの関係だ。


 だがしかし、このつけ麺女が美少女であるという事実を否定は出来ない。残念ながら。その上性格も明るく、優しく、成績も良い。JKらしいギャルっぽさもなく純朴な感じ? 

 属性盛り過ぎじゃね?


 学年で、そこそこの人気を集めるねねに想いを寄せない男は性的倒錯者のレッテルを貼られるという都市伝説が有るとか無いとか。

 ……俺は想いを寄せていないし、性的倒錯者でもないぞ。


 ノックも無しに俺の部屋に入ってきたねねをジロジロと観察する。

 今日の彼女の格好は白い半袖のシャツにモスグリーンのベスト。深紅のネクタイ、プリーツスカートはひざが隠れる程度の長さでベストと同色。あまり色気が無いが……、て言うか何で制服なんだよ! 今、夏休みだよ!?


「ねぇ、朝春ともはる。あんた宿題ちゃんとやってるー?」


 いきなり何だ? 何でねねは俺みたいな小市民と交流するのか? ねねの誰に対しても平等に接する態度は尊敬できるが、そのおかげで勘違い野郎が大発生&幼馴染みというだけで俺への妬み・ひがみがヒートアップしているというのに。

 俺はねねに対して恋心も友情も持ち合わせていないというのに……。


 そのあたりの空気読んで疎遠になってくれていれば、俺も平穏な学校生活を送れていたんだがなぁ……。


「まだ八月になったばっかりなんだからやってるわけないだろ?」


 嘘だ。ちょっとは進んでいる。いる? 全くやっていないわけでは無い。


「あー、やっぱり! 去年と同じ台詞じゃん! 間際になってノート見せてくれって言われても今年は見せないんだからね!」


 散々な言われようだ。加えて言うなら、一度だってノートを見せてくれと頼んだ覚えはない。冤罪だ。弁護士はどこだ。お金が無いから国選弁護人をお願いします。


 八月末に慌てて……と、いった事はなく、暇を見つけてはちまちまと片付けているのだ。宿題を。ちゃんと新学期に間に合うように計算しているのだ。――八月末に追い込みをかけるのも計算の内だ。


 なので、去年も一昨年も。ねねにノートを見せてくれと、頼んだ事は無いはずなのだが……? 一体なぜ、誤った事実が事実として、ねねの海馬に記録されているのか? 

 問い詰めても本人に自覚が無いのならば仕方が無い。俺が悪となるだけだ。無駄な言い争いは事前に防ぐ。こちらが一歩引いて、相手を受け入れればすむ話だ。


「……わかったよ。今年は頑張るから」


「おー!! ついにやる気になってくれたんだね!? あたしは嬉しいよー!」



 ねねの事は嫌いではない。好きでも無い。かと言って無視出来る存在でも拒絶出来る相手でも無い。……厄介だな。

 なんなんだよ、どう対応すればいいんだよ!? 俺のパーソナルスペースにずかずかと踏み入ってくる幼馴染みの女。恋愛感情ナシ。性的欲求……アリ。手を出したら色んな意味で負け。俺にどうしろと!?


 母さん、あなたはねねを俺の嫁候補と思っているようですが、俺は全力で否定します。色々な方面の平穏を考慮して口には出しませんが。


 ねねの気持ちは知らないけれど、俺はねねとは無い。多分無い。絶対無い。いや、ないない。俺の好みはちょっと年上の姉さん女房で。スタイルもボン、キュッ、ボーンで。優しくて料理上手で家事もすすんで引き受けてくれて……。

 結婚相談所のスタッフが助走付けて殴ってくるレベルだな。そうだとしてもねねは遠慮します。


 ネットで得た情報によると、女性側も年収数百万以上。身長百八十以上。『あたしの話を聞いてくれて~』『あたしを楽しませてくれて~』『あたしを気遣ってくれて~』


 結婚相談所は匿名掲示板サイトにネタを提供する組織なのだろうか?


「なんで制服なの?」


「これから部活なんだよ。文化芸術部の」


 我が校の文化芸術部とは。早い話がオタクな紳士淑女がそれぞれの欲求を満たすマンガを自主制作しているらしい。

 間違っても学校のアイドル? であるねね様が所属するような部活では無い。無いハズなのだがコイツが入部したおかげでオタクな部活が、まともな『文化芸術』部として認識されたようである。――活動内容は変わっていないらしい。


 部員連中は気苦労が絶えないんだろうな。俺と同じで。そう思うと、彼等彼女達は俺と同じだ。同じ同じ同じ。同じがゲシュタルト崩壊。俺が彼女で彼等が俺。


 そうか。ねねはオタクだったんだな。見た目が美女なだけに残念な感じだ。残念美女。ちょっとだけ心の距離が縮まった気がするよ!


 そんな感じの視線を送ったら何故かにらまれてしまった。解せぬ。



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