第9話 エルフの里
エルフの里までは、体感30分で到着した。その途中で、例のバカでかい木を通過したが、木と呼ぶには大きすぎるものだった。幹からは水が滝のように流れ落ちており、いくつもの泉を形成していた。また、一本一本の太さが巨木のように太い枝には、これまた大きい鳥がとまっていたりもした。どうやら、とんでもない世界に紛れ込んでしまったようだ。
里は山の中腹に位置していた。白い石や木で造られた建造物、行き交うエルフ達、飛び回るドラゴン。平和で豊かな様子が感じ取れる。近くには湖や海もあり、商船と思しき船も見られた。交易も行っているのだろう。
停泊場に降り立った俺たちは、ルーナと未だ顔が赤いクルーデについていく。エルフ達はルーナとクルーデに挨拶を、客人の俺たちに好奇の視線を向けていた。たまに熱い視線も感じるのだが、なぜだろうか。広場に差し掛かったところで、焦り顔のエルフが、大声を上げながら走ってきた。
「ルナさまー!お待ちしておりました!」
「何事ですか?」
「──はぁっ、はぁっ……。不在の、間に、問題がっ……詳しくはこれを!」
相当急いで走ってきたのだろう。息切れでまともに話せていない。
ルナはため息を一つ吐いてから、渡された紙に目を通す。
「疲れているところ申し訳ないのですが、仕事を頼めますか?」
「はいっ、問題ありません!」
返事を聞いたルナは、虚空から緑色に光るペンを取り出し、紙に何やら書き込んでいく。
書き終わると、再び紙を渡して説明を始める。
「それぞれの問題についての指示が書いてあります。もし、うまくいかなければ私に報告してください」
「はい、分かりました!」
元気なエルフは、ぺこっと礼をして走り去っていった。やはり族長とだけあって、頼りにされているようだ。再び歩き始めたところで、彩葉が話しかけてくる。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
「ん?どうした?」
「さっきから女の人しかいないよね?なんでかな?」
「まあ、確かにな。でも日中だからな。仕事に行ってるとか、そんなんじゃないのか?」
「うーん、そうなのかなぁ」
納得がいかない様子の彩葉。確かに、彩葉の言う通りではあった。ここまで、女性しか見ていないのだ。鎧を身に着けた警備兵までもが女性ばかり、というのも些か奇妙ではある。何らかの理由はありそうだ。
5分ほど歩いただろうか。ルナたちは、街で一番大きな建物に入っていく。崖をくり抜いて建てたような姿だ。
中に入って驚く。広い。教会を思わせる天井の高いホールに、受付のようなものがいくつかある。やり取りの様子から、行政の役割を果たす場所かと思われた。
2階の一室に通され、テーブルをはさんで椅子に腰かける。クルーデはすぐにお茶を淹れ始めた。
「改めて、風の都アルベンティアへようこそ。」
「お招き感謝する、族長殿」
「そうかしこまらないで、楽にしてください。そして……できればあなたたちについて、詳しく話していただきたいのですが」
俺たちは顔を見合わせる。すべて話してもよいのだろうか。目の前のエルフが信用に足る人物か見極めるには、明らかに時間不足であった。
失礼は承知で、少し待ってくださいと告げ、後ろを向いて小会議を行うことにする。
「どこまで話すべきだろうか?」
「まだ信用はできないけどさ、味方にはしておきたいよな?」
「初めての実戦でドラゴンは嫌だなあ………」
「そうだな……」
「森でのエルフの伝承の話を覚えているか?」
「勇者の伝説みたいなやつか」
「ゲームみたいでかっこいいよね!」
「二人とも……真面目に頼む。私はルーナがあの伝承を信じているように見えた。少なくとも我々に期待を示している。つまり……」
「「つまり?」」
「真実を話しても、あまり不思議に思わないのではないか?」
「あー、数百年に一度現れるとか言ってたしな」
「じゃあ、全部話してもいいってこと?」
「そういうことだな。うん、わかった。俺が話すよ」
「うむ、頼んだ」
小会議が無事終了して前を向くと、優しく微笑んでいた。このタイミングでクルーデがお茶を出し、ルナの後ろへ控える。俺はお茶を一口飲んでから、これまでのことを語りだす。
血で開くリョウモンヒのこと。ジャンヌの仲間を探していること。自分の世界からジャンヌの世界へ向かおうとしたら、この世界に繋がってしまったこと。
ルナは驚きながらも、話に聞き入っていた。クルーデは無表情を保っていたが、冷や汗をかいている。
「状況はわかりました。ジャンヌさんとあなた方兄妹は別の世界出身。そして、ジャンヌさんの世界に行こうとしましたが、この世界に来てしまったということですね?」
「そうです。すぐに戻ることも考えました。でも、3つ目の世界があることが分かって、扉を開くことが賭けになったんです。これ以上に世界はたくさんあるかもしれない」
「私たちは、この世界を訪れる人間を稀人と呼んでいます。数百年と伝承にはありますが、直近は1000年以上現れていなかったのです。しかし、そのリョウモンヒとは……。見せてもらうことは可能でしょうか?」
「開き方の研究をしたいとは思ってたので、やってみますよ。下手すると、床に血をぶちまけますけどね」
ルナは構いませんよと言ってくれたので、脇差を抜き放つ。フレームなしで開けるのか試してみたかったところだ。これができるなら利便性が増す。
手のひらを切り付ける。滲み出した血は宙に浮かび上がって渦を巻き始める。やがて、例の扉は開かれた。しかし、フレームなしでも開けるのか。あとは繋がる先を指定できればな。異空間ど〇でもドアの完成だ。
目の前の光景に、驚愕の表情を浮かべるエルフ二人。
「これが…………」
「少々……不気味ですね」
やがて、制限時間を迎えた扉は閉じられる。
「手を出して」
不意にこちらを向いたクルーデに声を掛けられる。
「えっと、はい」
手を差し出すと、クルーデは自身の両手で俺の手をぎゅっと握った。
「えっ、なに?」
「いいから。じっとしてて。……《癒しを》」
クルーデが呪文らしきものを唱えると、かすかに緑色の光を放っては消える。次の瞬間には、手の痛みが消えている。掌を見るが、傷跡すらない。
「これで大丈夫だから」
「ああ、ありがとう」
彼女は俺と視線を合わせずに、元の位置に戻る。治癒魔法なのか?便利だな、それ。
実演が終わったところで、また先程の席に戻る。
「ありがとうございました。エルフはあなたたちを歓迎します。部屋も用意しましょう。ですが、働かざる者食うべからずです」
「働くって言っても何をやれば?怪物退治とかですか?」
「いいえ、でもあなた方にピッタリな仕事がありますよ」
ニッコリ笑ったルナから渡された仕事はそれぞれ
ジャンヌ 警備隊訓練の相手
彩葉 薪割り
縁 交渉人
である。ジャンヌと彩葉は妥当だと思う。だが俺は?交渉人ってなんだ。
「手合わせか。楽しそうだな」
「あー、薪割りかー。やったことないなあ」
「この交渉人って何ですか?」
と三者三様のリアクション。
「ジャンヌさんと彩葉さんには、早速ですが、仕事に取り掛かってもらいましょう。大丈夫、先輩がいますから。縁くんはここに残ってください。詳しく説明します」
ルナは、クルーデに2人を案内してから、戻ってくるように指示する。指示通り、クルーデは二人を連れて部屋を出て行った。部屋には俺とルナの2人が残る。
ルナは立ち上がって、自分の机らしき場所から丸めた紙を持ってくる。テーブルの上に広げられたそれは地図だった。地形は完全に地球のそれではない。地図には文字が記されているが、読むことはできなかった。話すことと、読み書きは違うと聞いたことはあるが、ジャンヌの魔法をもってしてもこれは無理か。ルナは地図の一部分を指さす。
「さて、交渉人の仕事ですが、今私たちがいる場所はここです」
外で見た地形となんとなく同じなのが理解できる。
「そして、ここ。飛んでる最中に見たかもしれませんが、ここは離れ島の火山です」
確かに見てはいた。あのバカでかい木(名前はアーボルデというらしい)を通過中のこと。反対側には海があり、ぽつぽつと小島がある中に1つだけ、大きい島があったのだ。
「ここは、ダークエルフの領地です」
「ダークエルフ?」
「ええ、私たちとの違いはおおよそ、肌の色くらいです。私たちエルフとダークエルフは、長い間争い続けてきました。ですが、私が族長になって休戦状態に持ち込み、今は膠着状態が続いている、という状況です」
「和平を結べばいいのでは?」
「何度も和平を結ぶために遣いを送っているのですが……どういうわけか、中に入れてくれさえしないのです」
「それを俺にやれっていうんですか!?」
「ええ、そうです」
いやいや、そんな無茶な。なんで俺?エルフの遣いで人間が来たら、ダークエルフさんたちも「はあ?」ってなるんじゃないんですかね?
「なんで俺なんですか!?意味がわかりませんって」
「縁くん、このアルベンティアに入ってから、エルフの男性を一人でも見ましたか?」
彩葉との会話を思い返す。そういや聞こうと思って忘れてた。
「いや……見てませんが」
「当たり前なのです。エルフには男性がいません。しかし、アーボルデより生まれし森の民である私たちにとって、それは正常なのです」
アーボルデから生まれる?人間のような生殖行動を必要としないということなのか。だから女性しか生まれないと?ジャンヌが目の前に現れてから1日、人間の常識は通用しないことを身をもって感じてきたが、摩訶不思議である。
「ですが……ここ1000年くらいでしょうか。新たなエルフは生まれてこなくなりました。どうやら、アーボルデの力は徐々に弱まっているようなのです」
触れてなかったけど、ここ1000年くらいってなに。人間の言うここ2、3年みたいなノリである。エルフの寿命は長そうだな。
「要するに、私たちエルフもダークエルフも男性に対して不慣れだということです。あなたには、ダークエルフの族長を、色仕掛けで落としてもらいます!」
あ、この人、実はアホかもしれない。クールでできる女性!みたいなイメージが、一瞬で瓦解したのですが。ジャンヌといい、ルナといい、普段クールで頼りになる女性は、どこか天然だという法則でもあるのだろうか。まあ、可愛いんだけどさ。
それはそうと色仕掛けか。俺は物心ついてから、剣術修行に明け暮れる生活をしていた。結果、女性とお付き合いをした経験などない。そんな自分に、色仕掛けなどという高度な技術があるだろうか。いや、ない。
「ごめんなさい、無理です」
「はい、それではおねが……えっ!どどど、どうしてですか!?」
「女性に不慣れだからですよ!」
「そうでしたか……では、仕方ありませんね…………」
「分かっていただけましたか。そしたら俺にも違う仕事を────っ!!」
突如、俺の首に手をまわし、急接近してくるルナ。なぜか柑橘系の甘酸っぱい香りが漂ってくる。それに胸が押し当てられて……。
「フフ……。女性に不慣れなら、私で練習、してみますか?」
「ルナさん!?ちょっ、冗談やめてください!」
「これが、冗談だと、思いますか?」
ルナさんの綺麗な顔が近づいてくる。これ以上は本当にヤバイ。人生最大のピンチかもしれない。
──バンッ!
勢いよく扉が開けられる。部屋に入ってきたのは、顔を真っ赤にして、ぶるぶる震えるクルーデだった。助かった!
「貴様っ……!ルナフレーナ様に、何たる狼藉っ!」
あれ、怒りの対象俺ですか?というか、ルナってニックネームみたいなものだったんだね。あれ、クルーデの手が光りだしたな。ブツブツ言ってるのは詠唱かな?噓でしょ?そんなのって……。理不尽、その言葉が頭に浮かんだとき、クルーデの魔法光波を食らい、俺は見事に失神した。




