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第8話 扉の先にて

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 白い部屋に座る二人の男女。両者とも、一枚のモニターを見ている。

 女はポップコーンをつまみながら、映画でも見ている気分なのだろう、楽しげな様子で鑑賞している。反対に男は仏頂面である。しかし、ここで初めて、男に笑みがこぼれる。顔の変化はごく小さいものだったが。女はその僅かな笑みを見逃さない。


「ね?面白いでしょ?」


「フン。確かにな。役に立つ可能性はある。これからに期待といったところか?ただ、遠回りが過ぎるような気もするがな」


 男の苦言に対して女は、近くにあったチェスのポーンを手にして弄びながら、反論した。


「ううん、好都合よ。彼らはまだポーン。でも、ポーンはなんにだってなれるのよ。そう、キング以外にはね」


 そうだなと笑った男は、すっかり温くなってしまった葡萄酒を、一気に飲み干して立ち上がる。


「動きを見てくるよ。プロモーションする前にとられたらかなわねえからな」


「へえ、珍しくやる気じゃない」


 ニヤニヤ顔でからかう女。お前には言われたくない、と嫌そうな顔で返す男だったが、次には真面目な顔に戻る。


「今回のこと、我々にとって都合のいい方向に進んだからいいものの、明らかにイレギュラーな事態だ。原因を探るんだ。我々が分からないことなど、なくていい」


「……わかってるわよ」


 不服そうな女は、さっさと行けと言わんばかりに、しっしっと手を振る。男も負けじと、わざとらしくため息をついてから、部屋を後にした。



────────────────────



 門を抜けると、そこは森だった。

 ひとまず安心したのは、ジャンヌと彩葉が出迎えてくれたこと。最悪、はぐれる可能性もあると思っていたのだ。開く条件が分かっているだけで、リョウモンヒは、未知の移動手段であることに変わりはない。

 見渡しても、巨木が立ち並ぶ森以外に見えるものはない。早速探索を始めたいところだが、先に確認しておくことがある。


「おーい、紫希、聞こえるか?繰り返す、紫希、聞こえるか?」


 3秒ほどの静寂の後、ザ……ザザ……、という雑音が聞こえ始め、やがてそれは聞き馴染んだ声に変わる。


「あれ、聞こえてるかな?はいは~い!縁くんの大好きな紫希ちゃんですよ~!」


「聞こえてるぞー、俺の大好きな紫希ちゃん」


 2人にも聞こえるか?と耳を指さしながら尋ねると、サムズアップで応えてくれた。感度良好。


「まさかの告白!?」


「本気にするな」


「わかってるよ~。とにかく通信はできるみたいだね~。やっぱり地球空洞説が本当だったりしちゃう!?」


「そうだったら、地球の重力ってどうなってるんだろうな?俺たちはサカサマに立ってることになる。しかも、空も普通にあるぞ」


「痛いとこ突くのやめてよ~。流石の紫希ちゃんでもまだそれはわかりませ~ん」


 俺と紫希がいつもの感じで話していると、彩葉が割って入ってくる。


「仲良しなのはいいけど、遊んでる場合じゃないよね!早く森から抜けようよ!」


 妹にズバッと指摘され、やや反省。通信手段を確保できたことの嬉しさと安心から、テンションが上がってしまった。


「ごめんて彩葉。えっと、ジャンヌ、ここがどこか分かるか?」


 俺たちの会話中、周辺を調べていたジャンヌは、今は木の実を拾って観察している。そして、手で「待て」と合図したのち、上へと飛び上がり、しばらくすると、元の場所に降り立った。


「結論としては、分からない。まず、周囲の木を見てみろ。」


 ジャンヌの言う通り、俺たち兄妹は周囲の木を観察する。最初から思っていた事だが、かなりの樹齢を感じる太い木ばかりだ。彩葉もやはり、同じことを思っているらしい。


「「でかいよね?」」


 兄妹特有のハモリを決めて、感想を述べる俺たち。


「うむ、そうだな。巨木ばかりだ。こんなに大きい木は見たことがない。さらに、私は先程、魔法が使えるかの確認も兼ねて、上空から周囲を見渡した。遠くまで森が広がっていたが、これらの木とは比にならない巨木があるのを見た。木なのかも怪しいと考えるくらいのな」


「つまり、ジャンヌが知らない土地っぽいってことか?」


「ああ、恐らく私が元いた場所ではないだろう」


 額に手を当てて、ショックを隠し切れない様子のジャンヌ。


 つまり俺たちが今いる場所は、全くの未知の場所である可能性が高いということ。リョウモンヒは2つの場所を繋いでいるわけではないのか。余計に謎は深まった。もっと気軽に試せればいいんだがな。

 仮に地球が3つの世界に分かれているなら、元の世界に帰れる確率は2分の1になる。血液10ml程度で一回の扉が開ける。なんとかなるか?

 なんでこんなことに、ガチャかよ。


「紫希、聞いてたか?」


「聞いてたよ~。正直混乱したね。じいも頭抱えてる。で、どうする?一回戻ってくる?まあ……戻れない可能性あるんだけどね……」


「それなんだよなー。2、3回で帰れるとは考えてるんだけど、次また謎の場所に飛んだらいよいよやばいぞ」


「その通りだ。次にどんな場所に繋がるか分からない。無闇に扉を開くのは危険だろう。それなら比較的安全そうなこの土地を────」


 突然、ジャンヌが言葉を止めて屈む。口の前に人差し指を立てていることから、静かにして欲しいのは伝わった。俺も屈むと、隣の彩葉もつられるように動いた。


 ザス、ザス。

 

 微かに聞こえる足音。4本足の生物。人間ではさそうだ。

 見えた!鹿……によく似た生物。結構な大きさで、図体の割には小さい音で歩いている。天敵に見つからないためか?脅威には見えないが、見つからないに越したことはない。通り過ぎるのを3人で見守っていた、その刹那。


 ──ッドォォォォォォン。


 上空から、巨大な塊が落ちてくる。見えなかった。速い。落ちてきた衝撃で突風が巻き起こり、砂埃が舞う。咄嗟に身を低くして顔を守る。

 下を向きながらも、落ちてきたのが捕食者だということは理解できた。ザシュッと何かを突き刺す音と、ギエエエとさっきの生物と思しき悲鳴が聞こえたからである。

 何秒か経ち、砂埃が晴れる。


 グチャッ、バキッ。


 嫌な音が周囲に響き渡っている。顔を上げると、そこには、緑色の身体をしたドラゴンがいた。トカゲに角と翼を足したような姿の、あのドラゴンである。一心不乱に獲物の腹を貪っている。

 ジャンヌと彩葉は、一様に驚愕の表情で固まっている。俺は一応鯉口を切る。正直、勝てる算段などなかった。流石に相手がバケモノすぎる。ゲームでなら戦ったことはあるが、実際主人公の立場になるとこんなにも恐ろしいのか。

 不意にドラゴンがこちらを向いた。気づかれたか!


 ガァァァァァァァァァァ!!


 気づかれたようだ。しかし、威嚇するだけで、すぐには近づいてこない。こちらの様子を窺っているのか。それとも、強者の余裕か。

 平静を取り戻していたジャンヌは、俺たちに指示を出す。


「あれと戦うのはまずい。私が囮になる。その間に縁は扉を開けろ」


「わかった。フレームなしで開けるか分からないけどやってみる!」


 ジャンヌを戦闘準備を、俺は脇差を抜いて掌を切りつけようとした、その時。


──ッドォォォン。


「────ッ!?」


 またもや降ってくる何か。今度はなんだ。先程よりは勢いはなく、砂埃も少ない。そのため、状況はよく見える。

 2頭目のドラゴンである。1頭目よりはやや小ぶりで……上には誰か乗っている。二人の女性だ。一人は金髪で長身、もう一人は小柄で弓を持っている。顔立ちは西洋風なのだが、特徴的なのは耳で、人間よりも長かった。彼女たちはドラゴンの背中から降りると、長身の方は怒号を上げ、小柄の方は弓に光輝く矢をつがえ、こちらに構えた。


「quid tu facis! Dicentes si tu non es ex tuo suis!」


 何を言っているか分からない。当たり前だった。知らない土地に来て相手が日本語を知っている可能性なんてほぼ0だ。ジャンヌなら何か手立てがあるか?

 意外だったのは、長身の女性が怒号を浴びせている先が、俺たちではなく、今まで対峙していたドラゴンだったことだ。予想外の展開に呆気にとられてしまうが、チャンスだ。脇差を納刀し、ジャンヌに小声で聞いてみた。


「ジャンヌ、なんてしゃべってるか分かるか?」


「ああ、あのドラゴンが勝手に出て行ったことを怒っている。」


「ジャンヌさん何でわかるの!?全然聞いたことない言葉だよ?」


「魔法で理解できるようにしているだけだ。君たちは私が日本語を話せることに疑問を持たなかったか?」


「「たしかに!」」


 クスリと笑ったジャンヌは、俺と彩葉の頭に手をかざす。その直後、女性の言葉がわかるようになった。日本語で聞こえているはずはないのだが、そう聞こえるのだ。彼女の言語を理解して、自然と頭で日本語に変換できているという感じ。不思議な感覚だ。彩葉もすごい!と喜んでいる。


「反省しているのですか!」


 ドラゴンがあの大きな体で女性に叱られる姿はシュールなのだが、結構可愛くて笑ってしまう。笑ったのを見られたのだろう、小柄な女性の眼光が鋭くなり、矢が3本になった。急いで俺は手を上げて降参アピールをした。


 ドラゴンがすっかりシュンとなってしまったところで、長身の女性は優しい顔になり、心配したのですよとドラゴンにキスをした。グォォォォ……と一鳴きするドラゴン。彼女のペットなのだろうか?ドラゴンを手懐けるとは、恐ろしい連中だ。ただ、あの女性たちに取り入れば、何か情報を引き出せるかもしれない。もしも好戦的なら、扉を開いて退散するとしよう。


「それで、あなたたちは何者ですか?見たところ、よそ者のようですが」


 ドラゴンを撫でていた女性だったが、満足したのだろう、こちらを向いて話しかけてくる。

 どのように説明しようか迷っていたところ、ジャンヌが口を開く。


「私たちは旅のものだ。そちらこそ、何者だ?」


「貴様ッ!無礼な口を……」


「クルーデ、落ち着きなさい」


 隣の小柄な女性、クルーデが声を荒げるのを制止し、ついでに弓も下げさせてくれた。弓を下ろしても、変わらず鋭い眼光のままではあったが。


「私たちはエルフ族。この近辺の森を領土として生活しています。私はその族長をしているルナと申します。この子はクルーデ」


 意外としっかりとした回答が返ってくる。少なくとも、危惧していたような好戦的な様子ではない。

 しかし、やはりエルフなのか。魔女にドラゴンにエルフ、役満である。完全にファンタジーの世界に迷い込んでしまったようだ。領土というからには、ここでも国家のような概念があったりするのだろうか。


「私はジャンヌ。こっちは縁に彩葉だ。私たちは人間だが、道に迷っていただけだ」


 ジャンヌが俺たちの紹介を済ませたところで、ルナの顔色が変わる。


「……ニンゲン?人間と言いましたか?」


 なにかしくじったか?確かに創作の中では、エルフは種族至上主義で、人間を嫌っている設定があったりするが。


「そうだが、何か問題があるのか?」


「この世界に人間はいないはずなのです。伝承では、数千年に一度現れ、里の危機を救うとされていますが」


 なにそれ、勇者じゃん。かっこいいじゃん。

 意外な方向へと向かったが、ありがたい。敵対する可能性はまずなくなっただろう。もし敵対した場合、エルフ2人とドラゴン2頭を相手にしなくてはならないという、絶望的な状況だったからな。


「道に迷っているのですよね?もしよろしければですが……。一度里に来ませんか?」


「ルナ様っ!なりません!」


「大丈夫ですよクルーデ。彼らは邪悪なものではありませんから」


 こちらとしてはありがたい提案だ。情報を集めるという面で、エルフを味方につけておくことは大きい。地形情報や天候、生息している生物など、どんな情報でありがたい状況だ。先程の領土という発言からも、エルフ以外の勢力があるのは間違いないだろう。このまま俺たちだけで移動する方が危険なのは明白だった。


「ありがたい申し出だと思う。縁、彩葉、行ってみないか?」


 ジャンヌが一存では決められないと思ったのか、俺たちに意見を請う。


「俺は賛成かな。少しでも多くの情報が欲しい状況だ。俺たちにはメリットの方が大きい」


「私もいいよ。直感だけど、あまり悪い人たちには見えないし」


「私もいいと思うよ~。エルフか~、私も会いたかったな~」


 そういえば紫希もいるんだった。忘れてたよ。

 とにかく、意見は一致した。


「ルナ、里へ案内を頼む」


「わかりました。クルーデ、あなたは彼とグラヴィへ。私は彼女たちとウィクトへ乗ります」


 クルーデは嫌そうな顔をしたが、ルナの命令には逆らえないのか、こちらへ、と彼女が乗ってきたドラゴンの方へ案内してくれた。首からグラヴィへ飛び乗ると、手を差し出してくれる。意外と優しいな。


 グラヴィからの景色は思ったよりも高く見える。彩葉たちの乗っているウィクトであれば、尚更だろう。背中部分には、馬でいう鞍のようなものが取り付けられており、クルーデはそれに座ると、後ろに座るように促してきた。そこに座るということは、クルーデに密着することになる。躊躇っていると、何をやっているんだ、早くしろ!と急かしてくる。仕方がないので、座ることにする。


「ひゃんっ!」


 やっぱり。案の定、と自分で言うのも悲しくなるが、不快に思ったのだろう。クルーデは変な声を上げた。


「あの、クルーデさん。ごめんなさい……」


「し、仕方がないことだ!気にするな。わ、わわ私の腰につかまれ。でないと落ちるぞ!」


 声がブルッブル震えていた。本当に申し訳ない気持ちになりながら、腰につかまると、また声を上げる。頼む、許してくれ。

 ウィクトの方を見ると、既に準備は終わっているようだ。彩葉を子供のように前へ乗せ、後ろにジャンヌが乗っている格好だ。ルナは、ニコニコしながらこちらを見ている。実はあの人、俺たちのやり取りを見て楽しんでるのではないだろうか。


 ルナの掛け声とともに、2頭のドラゴンは飛翔する。最初は怖かったが、ある程度の高さに達してしまえば揺れは収まり、思ったよりもずっと快適である。

 まだプルプル震えているクルーデに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、エルフの里に向かうのだった。

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