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第7話 これが本当の自分探しの旅

 向かった先は、道場の隣にある蔵だった。普段は竹刀や木刀、袴、鎧など修行で使う道具を入れている場所だ。親父は無言でやや重い扉を開け放つと、電気をつけ、最奥部にある箱の蓋を上げた。普段は触るなと言われているこの箱には、真剣が入っている。小さいころ、中身が気になって仕方なかった俺は、彩葉と一緒に開けて、こっぴどく叱られた記憶がある。


──ザッ、ザッ。


 後ろから音がしたため振り返ると、彩葉が立っている。また先程の企み顔である。無言のまま俺の隣に並び立つ。


「縁、知ってるとは思うが、この中には真剣が入ってる。武器が必要だろう?行くというなら、お前に一振りくれてやる。相棒だ、慎重に選べ」


 言い終わったところで振り返り、手招きをしてくる。ありがとう、と短く言ってから箱のところまで行き、中を覗き込んだ。独特な臭いが鼻をつく。無理もない。中には刀が入っているであろう、細長い箱が10~15本程度と除湿剤が入っていたからである。箱は長さがすべて違うところを見ると、一振りごとに専用で設えてあるのだろう。普段はがさつな、親父の丁寧さに驚く。


「ここだと狭いな。道場に持っていって見てもいいか?」


「そうだな、いいだろう。お前は箱を一つ持って、先に道場へ行け。彩葉は残りの箱を運ぶのを手伝ってくれ」


 わかった、と承諾すると、一番上にあった箱を持って道場へ向かう。後ろでは、彩葉のはーい、どれから運べばいい?という声が聞こえていた。



 畳の上で箱を開けると、さらに刀袋が顔を出す。袋から刀を取りだして眺めてみるが、よく手入れされているように見える。鯉口を切るとシャキッと微かな音がする。抜き放つと、やはり、錆は一つもなかった。2尺2寸程の刀身、刃文は濤乱刃(とうらんば)。自分には少し短いか。できれば2尺5寸5分から6寸は欲しい。

 しかし、美しい。刀の手入れはやったことは何回もあったが、親父ほど上手くはない。手順は単純なのだが、やはり上手い下手はある。

 親父が数か月に一度ほどか、道場に一日籠る時があるのは知っていたが、一振りずつ手入れをしていたんだろうな。


 一振り目を納刀した時には、他の刀も道場に運び終わっていた。彩葉と親父も一緒に刀を観賞しだす。全てにざっと目を通すと、2尺5寸より長いのは5振りある。

 刀身が短ければ当然、総重量は軽くなる。しかし、リーチが短くなるし、居合を使うことも考えている。そのため、身長に合わせることを重視していた。


 刀身から五振りを選んで見てみるが、一振りだけ奇妙な刀があった。刃が黒いのである。目抜きは三日月の形をしており、柄は革巻のようだ。新刀には見えないため、古刀だろうか。しかし、2尺6寸5分程と、古刀にしては珍しい長さである。相当の年季だが──美しい。すべての光を吸いこむかのような黒い刃。その一見冷たいような刃に刻まれた刃文は重花丁子(じゅうかちょうじ)で、それからは、燃えるような闘志を感じた。

 不思議そうに刀を眺めていると、親父が話しかけてくる。


「そいつか。“名も親もなき黒刀”。先代はそう呼んでいた」


「どういうことだ?」


「その刀の銘は削られている。最初から銘がない刀も多いが、それの場合は明らかに、意図的に削った痕がある。おそらく何らかの理由があったんだろうが、贋物の類には見えない。つまり、詳細が一切不明ってことだな」


「ふーん、無銘ね…………。おもしろいな。よし、こいつにする」


 俺の言葉に、顎に手を当てて考え込む親父。


「なんだよ、ダメなのか?」


「少々その刀は問題児でな。……まあ、振ってみろ。それでしっくりくるならいい」


 問題児というフレーズに引っかかりを感じつつも、やや距離を取ってから構えてみる。重さは大体1.3kg程かな。少し重い。オーソドックスに上段の構えで振り下ろしてみる。


──ヒュッ。


 違和感はない。体幹のブレもなかったように感じた。刀に振られていないのなら大丈夫だとは思うが。続けて数回振ってみても問題なし。親父の方を見ると、驚いたような顔をして見ていたが、次の瞬間にはニカッと笑ってうん、よさそうだな、とお墨付きをくれた。


「気に入ったよ。よく手入れもされてるし。鍔を切り返しても、蚊のなく程の音も聞こえない」


「言っておくが、これからはお前が手入れをするんだからな?」


 わかってるさ、と返事をしつつ納刀する。


「──あ、私はこれにするね!」


 唐突に、刀を並べていた方向から声が上がる。声の主は、身の丈ほどもある大太刀を、地面に突き立てるように持っていた。


「親父、彩葉にもあげるのか?しかも長すぎだろ」


「いや、彩葉はあれを扱えるだろう。でも、もう少し後でもいいんじゃないか?」


 親父の言葉に、彩葉は例の企み顔になって言い放つ。


「私も武器がないとお兄ちゃんについていけないでしょ?」


 げ。親父と二人でそんな声を上げて顔を見合わせる。企みはそれか。しかし、それを許すわけにはいかない。危険な旅に可愛い妹を巻き込みたくはない。この笑みを浮かべた妹に勝った試しがないが。

 それにあれを扱えるって単純におかしくないか。確かに彩葉は怪力だが、あれは相当な筋力がないと無理だぞ。あの細い体のどこに筋肉が詰まっているのか。

 親父とアイコンタクトを取ろうと目合わせると、とにかく彩葉の発言に反対であることは伝わってきた。これでもかという冷や汗をだらだらかき、焦っている様子である。親父の戦力の低さを感じた俺は、先に行くぞ、という意思を頷きで表現し、口を開いた。


「ほら、俺についてくるのは危ないからな?だから彩葉は……」


「危ないからこそ行くんだよ?変なこと言うのやめてね?」


 まだ発言の途中だというのに、言葉を遮るように攻撃を開始する妹君。怒ってる時の冷たい笑顔だ。やっぱりおっかねえ。助けを求めて親父の方を見るが、先ほどの姿勢のまま固まっていた。

 あんた彩葉相手だと子犬より無力じゃねえか!

 しかし、まだ負けるわけには……。


「ほら、母さんとジャンヌの許可も……」


「もう取ってあるから」


「……えっ、マジ?」


「うん!」


 うわー、いい笑顔だねこの子。そういえば、蔵に向かった時、若干遅れてから走ってきたのを思い出す。はえー、仕事早いっすね、彩葉さん。もうダメそう。お手上げのポーズをとって親父の方を見たが、悲しそうな顔で同様のポーズをとるのだった。



────────────────────



 蔵に刀を片づけ、リビングに戻ってきた俺たち3人。彩葉の手には大太刀『桜華』が、俺の手には謎の黒刀『無銘』が握られている。母さんとジャンヌはというと、すっかり打ち解けたようで、談笑しながら夕飯の準備をしていた。


「母さん!彩葉もついてくるって言ってるんだけど、いいのか!?」


 俺の声に、鍋の火を止めて振り返る。


「私は縁にも彩葉にも行って欲しくはありません。子供を危険に晒したい親などいませんからね。だけど、あなたたちの人生を邪魔したくもありません」


 でも、と母さんは言葉を続ける。


「でも、どうか生きて帰ってきて」


 涙を貯めながら俺と彩葉を抱きしめてくれた。

 生きて帰りたい、そう強く思う中で、声に出して「うん」とは答えられなかった。どんなことが待っているか想像すらできないのに、そう答えるのは無責任な気がしたからである。最悪、彩葉だけでも、帰してやる。そう考えていた。だから「ありがとう」とだけ返した。


「ジャンヌ、今日出発だとさすがに遅いから、今日はうちに泊まっていってくれ。それで明日出発しよう。」


「うむ、それはありがたい申し出だが……甘えてもよいのだろうか」


 両親の方をうかがうと、二人ともいいよーと二つ返事で了承してくれた。

 その後、ダイニングにもう一つイスを追加した親父は、ジャンヌに座るよう促した。

 時刻は既に18時半を回っている。このまま出発しても、向こう側が昼である場合もある。疲れた状態で向かうのはリスキーだろう。

 夕飯の前に紫希のやつに連絡をしておかねば。


『今日はもう遅いから、明日また行くわ』


 メッセージを送ってスマホをポケットに仕舞おうとする。

 ──ポンッ。

 スマホからである。画面を確認する。


『わかった』


 返信早すぎだろ。それにこいつ、文章だとクールな無口キャラみたいになるんだよな。来て、とかうん、とか。基本は2文字、多くて4文字である。

 まあ、用件は伝わったようなので、いいだろう。

 俺が席に着くと、すでに全員そろって俺を待っていたようで、いただきます、と挨拶して食べ始めた。ジャンヌはフォークを断って、箸を使いこなしており、家族一同驚いていた。



────────────────────



 夕食後、ジャンヌが俺と彩葉の刀を振るうところを見たいと言い、道場で簡単な型を披露した。実際、俺も彩葉が大太刀をどのように扱うのか気になっていた。刀身が3尺3寸程あり、彩葉の身長では、抜くのすら難しいのである。


 結果として、そんな心配は杞憂だった。


 鞘に紐をつけて背負い、いとも簡単に抜刀して見せる。しかも、基本は両手で振るっているものの、片手で振るうこともできていた。信じられない。大柄な男でさえ、簡単には片手で振える代物ではない。寧ろ俺より彩葉の方が人間離れしているぞ。


 ジャンヌは、拍手をしてから、「素晴らしいな、ありがとう」と言うと、準備があると言って客間に戻ってしまった。親父も刀を調整しておくと言って、自室に戻った。道場は俺と彩葉の二人きりになる。俺は縁側に座って話しかける。夜空に月が映えていて美しい。


「すごいな。まさか大太刀の扱いがあんなに上手いとは」


 隣に腰を下ろした彩葉は、得意げな顔で胸を張る。


「ふふ、びっくりしたでしょ?私もね、やればできるんですよ!」


「いや、どの武器の扱いもうまいと思うけど、大太刀とはな」


 東雲流は、対人の兵法を教えている道場である。実用的な技であるならば、流派も気にせず取り入れ、実戦での強さを追求する。強さを追求する以上、日本刀以外の武器にも精通しなくてはならないため、他の武器も触りはするのだ。その過程で得意な武器が出てくれば、そっちを主に据えるらしい。俺も実際、刀をメインにしてはいるが、槍と短刀は得意である。


「実は、お兄ちゃんに隠れてね?お父さんに教えてもらってたの。身長低いからさ、長い武器使えたらお兄ちゃんと互角に戦えるようになるかなって」


「彩葉…………。俺も頑張らないとだな!彩葉には笑っていて欲しい。守ってやれるようにもっと強くならないと」


 ごく真面目な発言だったのだが、彩葉はジト目になってこちらを見ていた。なんで。


「お兄ちゃん、そういうことみんなに言ってるの?」


「え、言ってないけど。今日が初めてかな」


「へえ、初めてなんだ?へえ、ふふ」


 嬉しそうに笑う妹。この笑顔を守って、両親のもとに帰す。月を眺めながら、改めてそう誓った。



────────────────────



 翌日の朝食後、ジャンヌがこれを、と言って渡してきたのは、防具と服だった。どこから調達したのか尋ねると、魔法で生成したという。やっぱり魔法すごいな。俺は袴でいいかと考えていたのだが。どうやら昨日俺たちの型を見たかったのは、これのためだったしい。


 着てみると、意外と軽い。防具は籠手と脇楯(わいだて)のみにされている。防御力には劣るだろうが、速さを保つためにはこれくらいの方がいい。足袋ではなくブーツなのに違和感を感じるが、じき慣れるだろう。

 彩葉は、現代風大正ロマンと表現するのがふさわしいような格好で、袴というより、もはやスカートを着用していた。戦闘用なので袖は短めに作られており、スカートの中にはスパッツを着用しているらしい。昨日の妹パンツ事件の償いなのだろうか。さらに、淡いピンク色の羽織が、彩葉の可愛さを引き立てている。俺の羽織は地味だから、ちょっと羨ましい。


「ジャンヌ、ありがとう。助かるよ。しかもセンスいいな」


「すごいねジャンヌさん!軽いしすごく可愛い!」


「気に入ってもらえたなら何よりだ。その布は魔力を編み込んでいるから強靭だ。もちろん普通の布よりは、だがね」


 満足そうに微笑むジャンヌ。

 それから、服の機能について話を聞いていると、奥から両親が現れる。親父の手には2本の武器が握られている。


「ほら、2人とも。完璧にしておいた」


 受け取ると、ある変化に気づく。柄が変えられている。握った瞬間分かったが、これはオーダーメイドだ。手に合わせて作られている。

 これを一晩で?親父やるじゃねえか。

 隣を見ると、同様に彩葉の大太刀の柄も変えられているようだ。背負うための紐も革製のベルトになっている。ベルトならば、腰に下げることもできるってわけか。彩葉の身長では難しいだろうがな。


「悪いな、親父」 「お父さん!これ握りやすい!すごい!」


「あとな、縁。お前にこれを貸してやる」


 腰から抜いて、中脇差を差し出す親父。これは、親父が大事にしているものだった。家宝のひとつと聞いていたが。


「おい!これって……!」


「あくまで貸すんだ。絶対返せよ」


 俺はわかったとだけ言葉で伝えて受け取る。これ以上の言葉は無粋だろう。目で伝えるのだ。

 ニカッと笑う親父。これで十分だ。息子と父親なんて。


「ではジャンヌさん、二人をよろしくお願いします。お前らも迷惑かけんなよ」


「いつでも帰ってきなさい。気を付けて行ってくるのですよ」


 親父の言葉に無言で頷くジャンヌ。

 俺たちは家族で抱き合った。母さんはどこから持ってきたのか、火打石を取り出して、切り火をしてくれる。そして出かけるときはやっぱり。


「「いってきます」」


 この挨拶に限る。文字通り、必ず帰ってくるという決意の表れにも相応しい挨拶だった。



────────────────────



 紫希には、妹が一緒に行くことになったと連絡済みであった。例の通り、勝手に開く門をくぐって研究室に至る。中では、白衣姿で目に隈を浮かべた紫希と真堂さんが、テーブルでエナジードリンクを飲んでいた。寝ていないのだろうか。3人で挨拶をすると、力なく微笑んで、おはよう~と返してくれる。


「どうしたんだ?寝てないのか?」


「あ~うん、君の血の解析に夢中になっちゃってね。いひひ……。んで、はいこれ、渡しておくね~」


 手渡してきたのは小さなイヤホンのようなもの。3つあるので、3人で分けろということなのだろう。2人に手渡しながら、耳につけてみた。2人も何も言わず俺に倣う。何も音は聞こえない。


「これ、なんなんだ?」


「それはね~、通信機だよ。ここにボタンあるでしょ。これを押すと通信オンオフね。しかも通信入ってないときは、外音取り込みモードに勝手に移ってくれるチョースゲー通信機だよ。しかも充電不要!動力源については企業秘密ね~」


 ほんと振森家謎だわ。なにこれ。売り出せよ。なにより充電不要はすげえわ。テストを行うと、何気に音質いいし。果物の大企業も真っ青だよ。


「紫希さんすごすぎるよ!普通にイヤホンとして欲しい!」


「彩葉ちゃんは可愛いね~。お姉さん後であげちゃう!」


 やったー!と喜ぶ妹と愛でる親友、という絵は微笑ましい光景だが、ひとつ気になることがある。


「これ、あっちに行っても通信できるんだろうな?」


「お!流石は縁くん!鋭いね~。ぶっちゃけわかんないんだよね~。もし通じれば地球空洞説マジっぽいし、ダメならめちゃ遠い別の惑星か流行りの異世界かもね~!いひひひ」


 あ、こいつ実験するつもりだ。俺がリョウモンヒを開けることをいいことに。

 でもこいつがいなければ何もできなかったわけだしな。ちょっとイラっとしたが。


「通じるといいな!ありがとな紫希。……俺たちはそろそろ行くぞ。二人とも、準備はいいか?」


「私は大丈夫だ」 「いつでもいいよ!」


 昨日同様、フレームに向かって血をぶちまける。例の如く、禍々しい赤いゲートが姿を現す。彩葉はその見た目に若干引いていたが、きゅっと口を結ぶとゲートに近づいていく。しかし、ジャンヌが彩葉を制止する。


「いや、私が先に行こう。彩葉、縁の順番で続け。いいな?」


 ジャンヌの意見を俺たちは了承する。

 成り行きを見守っていた紫希と真堂さんに、「世話になった、ありがとう」と別れを告げると、いつもの冷静な様子で、ゲートに吸い込まれた。彩葉も二人に礼をして続く。

 いよいよか。後ろを振り返って「いってきます」と告げると、「いってら~!」と手を振る紫希と会釈でクールに返す真堂さん。この二人はブレないな。

 これが本当の自分探しの旅っていうやつか?とくだらない冗談を考えつつ、故郷を後にした。


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