第6話 血か心か
「俺を一緒に連れてってくれ」
ジャンヌはなんとなく察していたのだろう。俺の方を向くと、ニコリと笑った。
「なんとなく君はそう言うのではないかと思っていた。だが、私についてくるのは危険だぞ?君は自分の身を君自身で守れるのか?」
彼女が俺の戦闘能力について指摘してくることは予想がついていた。だが俺は剣術修行を幼いころから一日たりとも怠ったことはない。少しは戦えるはずだ。
「それなら問題はない。実戦経験はないけど、迷惑はかけないよ。最悪見捨てても構わない。でも武器がない。だから一度家に戻る必要がある。その前に……」
紫希の方を見る。まだリョウモンヒを開くのに使ったフレームを調べているようだ。ゲートは30秒ほどで消えてしまい、今は血液の痕跡さえ見当たらない状況であった。こちらの視線に気づくと、ん、なに~?と言いながら近づいてくる。
「1つ聞きたいんだ。仮説でもいい。リョウモンヒとは何か、その先には何があるか、現段階でのお前の考えが聞きたい」
「あ~うん。縁くんはさ、地球空洞説って知ってるかな?」
「なにそれ?」
地球の地下にはマントルとかいうのがあると学校で習ったが、空洞説があるとは。足場崩れたら奈落に落ちていきそう。
「非科学的だから、オカルトの域を出てはいないんだけどね。文字通り地球は空洞で、地底世界があるって言う考え方なんだ。その入り口は北極と南極にあるって言われてるんだけどね。その入り口を無理やり作り出したのが、さっきのじゃないかって考えてるんだ。そこに実際に行った人の日記が出てきたことがあってね~、すごく盛り上がったことがあるんだよ」
ホワイトボードに図を書きながら、丁寧に説明してくれる。要するに、地球の裏側には、魔法が使えるファンタジー世界があって、リョウモンヒは、その世界と俺たちの世界を繋いでいる、ということか。確かにオカルトにしか聞こえない。しかし実際、左には魔女がいるわけで、超常現象も起こってしまっている。
今まで自分が信じてきた常識が、崩れ去っていく。それがもはや気持ち良いくらいであったが。
「つまりジャンヌは地底人ってことになるのか」
「むしろ地底人は私たちの方かもね~」
いひひ、といたずらっぽく笑って見せる紫希だったが、笑えないよ、それ。
「とりあえず紫希の考えは分かったよ、ありがとう。ジャンヌ、俺の家に行くけど、ついてきてくれないか?」
「ふむ、説明をする時に私がいた方が楽かな?よかろう、案内してくれ」
では行ってくるぞ、と紫希に挨拶をし、先に出口へと歩き出す。
考えはお見通しか。本当に人の思考を読んでたりしないだろうな。
俺も同様に行ってくると告げ、研究室を後にした。去り際に真堂さんの方をチラッと見ると、手を振っていた。地味に聞いてたのか。一応、彼にも会釈を返しておいた。
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紫希と俺の家はそう遠くない。10分とかからず、高校生と魔女という異色コンビの俺たちは、自宅の門前へと到着した。
ここまで、通行人に見られても怪訝な目は向けられなかった。ジャンヌ曰く、認識阻害をかけているから問題ないらしい。
ただいまーと奥へ告げつつ、玄関の扉を開けると、すぐにリビングの方から寝間着姿の彩葉がひょこっと顔を出す。修行後に風呂に入ったのだろう。髪がまだ湿っているようだった。
「お兄ちゃんおかえ……え、誰?」
やはりというか、ジャンヌに気づくと、目が点になって固まってしまった。確かに、兄が異国風の美人を急に連れてきたら驚くのも無理はない。こんにちは、と挨拶をして微笑んだジャンヌに対して、「こ、コンニチハ……」と困惑しならも挨拶を返していた。
「この人はジャンヌさんだ。さっき知り合ったんだ。みんなに話したいことがあるんだけど、父さんと母さんは?」
次第に状況に慣れてきたらしい妹は、呼んでくるね、と言って、ダイニングの方へ引っ込んだ。
「まあ、上がってくれ」
「ああ」
ジャンヌはTPOを気にしたのか、甲冑から綺麗なドレスへと着替える、というよりは魔法で変化させる?と、ブーツを脱ぎ、家に上がり込んだ。魔法すごいな。
リビングへ通し、ソファに座らせたところで、彩葉が両親を連れてくる。俺は2人にもただいまと言い、ジャンヌはお邪魔しています、と珍しく敬語を使い、立ち上がって挨拶をした。向かいに座るように促すと、まだ驚いている様子の両親だったが、俺の真剣な顔に何かを察したのか、腰を下ろしてくれた。彩葉も両親に続く。
家族全員が席に着いたのを確認し、大きく息を吐く。心の準備を整え、これまでのいきさつを話し始めるのだった。
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説明を終えて、少々疲れたので、ソファにもたれかかる。ジャンヌは、彼女が魔女だと説明したところで、指から火を出して援護をしてくれたが、それ以外は無言だった。隣にいること自体に意味があると思っていたため、援護がありがたいくらいだった。今は途中で母さんがキッチンに引っ込んで出してきたアイスティーを飲んでいる。いつも麦茶のところをアイスティーなのは、彼女がフランス人なのを気遣ったのだろうか。
「というわけなんだが。親父、俺に何か隠してるよな?」
苦い顔をする親父だったが、やがて渋々といった様子で口を開いた。
「……そこまで知ってしまったのなら話すしかあるまいな。これについては、お前が20歳になるまで秘密にしておこう、と母さんと話し合って決めていた。…………確かにそうだ。縁、お前はお俺たちの実の息子ではない」
やはりそうか。既に分かっていたことだったが、改めて言われるとショックだった。だがな、と親父は続ける。
「だがな、お前を実の息子ではないと思ったことはない。血は繋がっていなくとも、お前は俺たちの子供だ。これは分かって欲しい」
この言葉に偽りはないと思った。両親は彩葉と俺の扱いに差をつけたことはなかった。むしろ、本当の両親ではないと悟った時、すぐには信じることができなかった。それほど俺を大事にしてくれていた。
母さんはというと、普段の凛とした様子からは想像できないほど、うんうんと頷いて相槌を打っていた。その隣の彩葉は唖然といった様子で、無表情のまま座っている。聞かせるのはまずかったか。しかし、一人だけ除け者のように扱われるのも嫌がるだろう。あとで声をかけておこう。血は繋がっていないとしても、大事な妹には違いないのだ。
「親父、母さん、彩葉……分かってるよ。俺は分かってる」
改めて、親父の顔を見たら、様々な感情がこみあげてきて。こんな拙い言葉しか出てこなかった。でもそれでいいと思った。これでも伝わると確信した。
結果として伝わっているのだろう。両親は涙を流していた。反対に、なぜか彩葉はニコニコしている。これは何かを企んでいるときの顔だが、それが何かは全く分からない。何故、女の子は男の思考を読めるのに、その反対はできないのか。おかしいね。
さて、ここからが本題だ。
「ところで、俺はどういう経緯でうちに来たんだ?」
親父は肩を震わせながらうつむいており、話せないことを悟ったのか、これまで相槌を打つことに徹していた母さんが言葉を発する。
「ある日の朝、玄関先で縁を頼む、と書かれた紙と一緒に、赤ん坊のあなたが泣ているのを見つけました。お母さんとお父さんは、話し合った結果、あなたを養子にしようと決めたのです」
「つまりは俺を置いて行った人物と面識はないんだな?」
「そうです」
結局、本当の両親についての手がかりは得られそうにないか。もちろんどこにいるかもわからない。しかし、俺が人間ではないのなら、紫希の言う地底人である説が濃厚だ。なぜなら、地底からジャンヌをここに送り込んだ人物、その人物と同様に、俺はリョウモンヒを開くカギになることができたからだ。しかし、なぜわざわざ、地上、彼らから見ると地下か、の見知らぬ剣術道場に子供を預けるという選択を取ったのか、その意図については、全く理解することができなかった。
やはり、俺が出生について知るには、まず地底に向かうのがいいと思われた。そして、ジャンヌの仲間と合流しよう。この人たちに話を聞ければ、何か分かるかもしれない。
ここで問題が1つ。ジャンヌは“敵”に襲われ、こちらの世界に移動させられたと言っていた。つまり、ジャンヌの仲間のその後が分からないということだ。最悪なのは、既に死亡している場合。この場合は、そこで手がかりがなくなってしまう。
考えても仕方ないか。生きている可能性にひとまずは賭けてみよう。
「俺さ、ジャンヌについていきたいんだ。やっぱり自分が人間じゃない何かって言われたらさ。気になっちゃうよ」
この言葉にバッと顔をあげる親父。やめなさい!と隣の母さんが声を荒げたが、親父に手で制される。親父は真面目な顔をして見つめてくる。目を見て俺の思考を読もうとしているようだ。
「本気か?」
俺はゆっくりと頷いた。本気だぞ、と伝わるように。
10秒ほどだろうか、親子のにらみ合いが続いた。やがて、俺の真意が伝わったのか、ふぅ、と大きくため息を吐いてから立ち上がる。
「縁、ついてこい」
「お父さん!」
母さんは変わらず反対のようだったが、ごめん、でも行きたいんだ、とだけ言って後に続いた。




