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第5話 決心

「予想はしてたけど……でも、う~ん」


 俺とジャンヌは、椅子に座ってホワイトボードの前で悩んでいる紫希を見つめていた。いつもテンションが高いこいつの、こんなに歯切れの悪い様子を見るのは初めてだった。

 結果が出た後、紫希は素早く結果を印刷し、例の白髪の男性となにやら話していた。男性は今更こちらに気づいたようで、あ~、こんにちは、と挨拶をしてきた。彼、振森真堂は紫希の祖父で、発明家らしい。もともとこの部屋自体も祖父の研究室らしく、そこの一角を借りて、紫希も研究を始めたらしい。


「……そんなに俺の血は変なのか?」


「え~と、じぃと話し合った結果の、あくまでも仮説の範囲だけど……聞く?」


「教えてくれ」


 珍しい血液型とかそういう次元の話ではないのだろう。左側にいるジャンヌは、なにやら考え事をしているようだ。紫希はまだ少し唸っていたが、真面目な顔で頷くと、説明を始める。


「縁くんはね、おそらく純粋な人間じゃないんだよね。さっきの結果のほとんどはunknown、つまりは分からないってこと。でも、遺伝子構造を詳しく調べれば、もしかしたら何かわかるかも。時間はかかっちゃうけど」


「純粋な人間じゃない……えっ!?」 「ほう?驚いたな」


 ショックなのか驚きなのか悲しみなのか、はたまた焦燥なのか。自分でも理解できない感情が渦巻いていた。お前は人間ではない何かである。人生でこのセリフを聞く人間が他にいるのだろうか。まあ、自分は人間ではないらしいのだが。

 しばしの沈黙が3人の間を支配する中、その帳を破ったのは意外にもジャンヌであった。


「私も、お前は人間ではない、と言われたことがあるぞ?魔女裁判でな。縁は私と違うのか?」


「う~ん、ジャンヌさんとは違うと思うよ。確かにジャンヌさんは()()()かもしれないけど、今でも血液自体は普通なんだよね」


「私の血は調べてないだろう?」


 ジャンヌにとっては単純な疑問だったろう。実際に血を調べてないのなら分かるはずがない。


「あ~、それはね~。ジャジャーン、これだよ」


 そう言って取り出したのは、今かけているものとは違うメガネ。俺はそれに見覚えがあった。


「お前が1年の時たまにかけてたやつか」


 ご名答っ!と紫希はビシッと俺を指さして答える。指をさすな。

 次にジャンヌに例のメガネを手渡すと、かけて私と縁くんを見てみて~と促す。メガネをかけたジャンヌは紫希と俺を交互に見て、なるほどな、と一言発したかと思うと、メガネをはずし、俺に手渡した。


「なんなんだ?」


 俺もジャンヌからメガネを受け取り、かけてみる。最初は特に変化がないように思えたが、ひとつだけ変化があった。ジャンヌから延ばし棒が出ており、その先にはAと出ているのだ。すかさず紫希の方を見ると、今度はABと出ている。どうなってるんですかね、これ。仕組みは理解できなかあったが、そのアルファベットが示すものはなんとなくわかった。


「血液型が見えるのか?」


「ピンポ~ン!せいか~い!これをかければどんな希少な血液型でもすぐにわかっちゃう優れもの!その名も~、『血液型わかーるくん』!元々は医療用として、じぃが開発したんだけどね~」


 いや、ネーミングセンス。物自体はすごいけども。


「えーと、つまり、俺の血液型が分からないと」


「うん、その通りだよ!縁くんだけは棒線で表示されるのよね~」


「正確には、縁と私の鎧に付着していた血痕以外は、かな?」


 ジャンヌの発言に、そこなんだよ!と指をさす。だから人に指をさすな。


「そう、ジャンヌさんの鎧には“リョウモンヒ”を開いた人物の血痕がついてた。その血は乾いていたし、量も少なかったから、当然“例のゲート”を開くには不十分だったし、調べても詳しい結果は得られなかった。でも血液型が分からないのはおかしいんだよね~」


「でもさ、リョウモンヒ開けるのはあくまでその人だろ?俺の血で開くのか?」


「それを試すために~縁くんをここに呼んだんだよ?よし!じゃ、試してみよっか」


 そう言うと、実験の準備なのか、紫希が部屋の奥へ向かう。

 最初から何で俺?と思ってはいたが、やはり仮説段階だったらしい。対象が俺だったから、多少強引でも実験してみようと考えたんだろうがな。でもまあ、おかげで自分が人間じゃない疑惑を知れたわけだから、結果よかったか。よかったのか?


 ちなみに、俺の血が欲しいならジャンヌを挟まず、紫希が直々に俺に頼めばよかったじゃないか、と採血中に改めて聞いたのだが。


「ジャンヌさんがさ~、私が行く!って言って飛び出してっちゃったのよ~走って止めるのだるいよね~。それにさ!フィクサーみたいでかっこよくない!?」


 とか、ふざけたことを抜かしていた。

 急な名指しでの呼び出しにビビったってのに。まったく。友人の心臓少しはいたわろうな。


 部屋の奥からキャスター付きの台車に載せて運んできたのは、姿鏡より一回り大きいほどの、四角い金属フレームのようなもの。それを俺たちの前に設置する。実験用といっていた小瓶を冷蔵庫から取り出し、OKサインを俺たちに送ってくる。ジャンヌと俺は無言で顔を見合わせ頷きあうと、紫希にOKサインを返した。


「じゃあ、いっくよ~!」


 その雰囲気にそぐわない元気な掛け声で、フレームの方へ小瓶の中身をぶちまける。まさかの

直接投入である。そこは原始的なんだ。通常ならば、床が血だらけになるはずだが、そうはならなかった。血は空中で静止し、次の瞬間には、線状になってぐるぐると回り始めたのである。信じがたい光景に、息をのむ。ぐるぐる回っていた血はやがて広がり、赤色の膜のようなものになった。


「……これが、リョウモンヒ……?禍々しいな」


「おお!うまくいったか!やったな、2人とも!」


「仮説立てたのは自分だけどさ~。いや~、信じられないな~。科学ってなんだっけ?」


 三者三様の反応をする俺たち。


「はあ、これは忙しくなりそう」


 声の方向を見ると、真堂さんがこめかみに指をあてて立っていた。いつの間に。3秒くらいそのまま立っていたが、何かひらめいたようで、高速で自分の席に戻っていった。はや。



 ジャンヌの反応を見るに、あれが例のリョウモンヒとやらで間違いないのだろう。あの向こう側にジャンヌの元居た場所があって、そこには俺と同じくリョウモンヒを開くことができる人がいて────。


 この時には、俺はどうしても知りたくなっていた。自分が何者なのかを。剣術道場の長男で、普通の高校生。それが今まで信じて、疑うことすらしてこなかった自分で。しかし、目の前の事象は、それを真っ向から否定しているわけで。自分は人間ではないのか?


 では、俺は何者なのか。果たして、どこから来たのか。


 そして、その答えを探すには、何をすべきか。考えるまでもなく、ごく単純な回答が目の前にある。やるべきことが見つかったのだ。その決意は固く、深く考える前に言葉が出ていた。


「ジャンヌ、一つ頼みがある」


──俺は行く。あの赤く不気味な門の先に。ジャンヌと共に。


「俺を一緒に連れていってくれ」

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