第4話 魔女と協力者
「────縁。君には扉を開ける鍵になってもらいたい」
「鍵?まるで俺自身が鍵のような言い回しだな」
「そうだ。と言っても、少し血を分けてくれるだけでいいのだが」
「つまり、俺の血で開く扉があるってことか」
「そういうことだ」
妙な話だ。目の前に現れた魔女に血で開く扉。実は夢でも見てるのではないかとも思えてくる。
「簡単にでいい。説明してくれないか」
「ふむ、私も実のところ戸惑っているのでな……説明になるか分からないが、話そう。あれは…………」
そう言ってジャンヌは、今までの経緯を話してくれた。
要約すると、ジャンヌがこの場所に着いたのはここ数か月のうちで、元の場所から“リョウモンヒ”とかいう名前の門?を通った先が、学校から近くの山中だったという。元の場所で何者かに襲われ、仲間に逃がされたようだが、その仲間が心配で戻りたいのだそうだ。ちなみにこの門のことはよくわかっていないそうで、この世界の“協力者”曰く、何らかの転送装置としか言えないとのこと。しかし、なんとなくの目星はついたとのことで、現在進行形でその準備をしてもらっているらしい。そして、その準備の過程で俺の血液が必要になったらしい。正直全く訳が分からん。
出会って10分程度の魔女を信用できるほど、俺もバカじゃない。しかし、好奇心がないわけではない。リョウモンヒとかいうのが開くところを見てみたいし、その先にも興味があった。
「血液って死ぬくらい抜かれたりしないよな?」
「ふふ、流石にそれはないだろう」
「その“協力者”ってどんなやつなんだ?」
俺のこの質問に、ジャンヌは困惑とも呆れともとれない微妙な表情をした。うーんと唸っている。
いったいどんなやつなんだよ。こえーよ。会いたくねえよ。
正直嫌な予感しかしないのだが、この目の前にいる、リアル美魔女は、悪い人間という感じはしなかった。嘘をついている素振りは見せなかったしな。
剣術は相手との心理戦みたいなところがあり、表情や動きから狙いを見抜かなければならない。真剣勝負では一太刀大きく入れば、そこで勝負が決まってしまうからだ。そんな修行を子供のころから繰り返していたものだから、自然と大体の嘘は見抜ける観察眼を身に着けた。
本当に表情や仕草に癖が出ない人間もいるが、ジャンヌはそのタイプの人間には見えなかったのである。
自分の直感信じてみようかな。そう思った。
「分かった、手を貸そう。その“協力者”に会わせてくれるか?」
「おお!助かるぞ縁。どのみち、君に納得してもらえたら会わせるつもりだったんだ。行こう」
机から立ち上がったジャンヌは、化学準備室の出口へ歩いていく。
その場から動かない俺を不思議に思ったのか、彼女は怪訝な顔をしてこちらを向く。
「縁?行くぞ」
「えっと、ジャンヌ」
「ん?どうしたのだ」
「歩いていくの?」
「ああ、車はないぞ?」
「魔女って箒で飛ぶんじゃないの?」
俺の発言にジャンヌは堪らず吹き出してしまった。
「ぷっ、くく、ふふふ、ハハハハハハ!箒でか!ハハハハハハ!」
基本穏やかな表情の彼女が無邪気に笑う姿は、少し幼く見えた。
「そんなに笑わなくってもいいだろ!」
「いやー、すまない。魔女を知らなければ仕方あるまいな。箒で飛ぶのは新米か変わり者だけなんだ。大体の魔女は箒なしで飛ぶ」
「魔女すげえな」
「そうだぞ!魔女は偉大なのだ!」
もっと褒めろと言わんばかりに、どや顔のジャンヌ。キャラ崩壊始まってますよあなた。それになんとなくポンコツっぽい雰囲気を感じてしまった。
「むっ、縁、何か失礼なことを考えていないか」
エスパーか!
でた!俺的女の子七不思議のひとつ、なぜか男の心を読める。ジャンヌが“女の子”かは怪しいけどね。へへへ。
「縁、今何を考えた?」
──ピキッ。
今回もう音聞こえちゃったよね。あ~美人の冷たい笑顔おっかねえ。
しかし実際のところ、ジャンヌはどうやって見た目を保っているんだろう。外国の人だから、年齢を読みづらいというのはあるが、17,8から20代前半くらいにしか見えない。うん百歳のはずだけど。
「い、いやほら、魔女はすごいんだなって感動してただけだよ、うん」
「おー、そうかそうか、もっと褒めていいぞ」
「チョロ魔女」
「ん?何と言った」
「ナンデモナイデス」
「そうか?ほら、早くいくぞ」
かくして俺は、出会って15分の魔女と一緒に、協力者のもとへと向かうのだった。
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協力者宅は、学校からそう遠くないところにあった。ジャンヌの微妙な顔を見ていた俺は内心ドキドキしていたのだが、ごく普通の一戸建てであった。そして今、まさに俺とジャンヌは2人、その目の前に立っているのだが。
「振森……?」
「ああ、ここだ」
次の瞬間には、ジャンヌがインターホンを押していた。
──ピンポーン。
数秒の間があって、家の主が返答する。
「あーはい、振森です~」
この声を俺が間違えるはずがない。紫希だ。“協力者”ってこいつかよ!ちょっと安心したけども!
ただ、さっきのジャンヌの微妙な顔には納得した。
「私だ、連れてきたぞ」
「あ~ジャンヌさんお疲れ~!いひひ、縁くん?知らない人についてっちゃだめですよ~」
え、うざっ!なにこいつ。
「うるせえ、お前の差し金だろうが。そもそも紫希が俺をここに連れてくればよかったんじゃないのか?」
「うん、そうなんだけどね~。まあまあ入りなよ」
──ガチャン。キィー。
そう言うと、家の門とドアが同時に開く。しかもひとりでに。えっ、なにこれは。ジャンヌはというと、すいすいと先に行ってしまった。多分、少しくらい普通から外れてても突っ込んじゃいけないんだろうな。なんせあの紫希の家なんだから。
お邪魔します、と靴を脱いで入る。スリッパが用意されていたので履いてから、ジャンヌに続いて廊下を進んだ。廊下の一番奥の左側には、一般住宅にはあまり見ない重そうな鉄扉があり、近づくと、それもひとりでに開いた。先には下り階段が見える。まさかの地下である。振森宅はどうなってるんだ。
螺旋状になった階段を下ると、紫希ともう一人、白髪頭の男性がパソコンに向かって操作をしている。部屋は何畳あるだろうか。見た感じは相当広い印象だが、何に使うかわからない機械が所狭しと並んでおり、実際に使えるスペースは少なくなってしまっている。
紫希は俺たちが入ってきたことに気づくと、席を立ちあがる。っそして、ニッコリ顔で手をぶんぶん振りながらしゃべりかけてきた。テンション高いな。
「やあ、お二人さん!さっきぶり~!」
ちなみに男性はと言うと、完全無視。一瞥もくれず、依然としてパソコンを操作していた。
「進捗はどうかな?紫希」「おー、さっきぶり」
俺たちはそれぞれ挨拶をして、紫希が指さしたダイニングテーブルのほうへ向かい、腰かける。
「準備はできたよ!後は鍵だけだね~」
「そうか」
「ジャンヌの協力者がお前だったのには驚いたよ。というかここは何?いろいろ説明してほしいんだけど」
30分の間に頭に入ってきた知識。そのほとんどが常識では考えられないもので、混乱していた。
「説明は後でするからさ~。早く縁くんの血をみてみたいな~」
発言だけ聞くとヤンデレか狂人みたいだな。説明する気なさそうだし、早々と採血の準備を始めてるから、反論の余地はなさそうだ。仲間を求めてジャンヌのほうを向いてみたが、ワクワク顔でこちらを見ていた。どうやら味方はいないようである。
「あー、わかったわかった」
俺は手をあげながら、降参の意を伝える。
「よし!いいよ~。ここに横になって待っててね~。ちなみに血は400mlぐらいもらうよ!大体献血の時くらい!」
手際よく準備をしながら、説明を始める紫希。その様子からは、慣れてる感じが伝わってきて、少し安心した。採血することに慣れてる女子高生っておかしいとは思うけど。それにこいつ資格持ってるのか?
言われた通り、用意された簡易ベッドに横になる。くの字型になっており、やや体を起したような状態になる。
「縁くん、問診の時から変わりはないかな?体調が悪いとだめなんだけど」
血圧を測りながら尋ねてくる紫希。放課後の問診は、薬の副作用等の確認だけでなく、この採血の準備でもあったわけだ。用意がいいな。
「ああ、問題ないよ」
その言葉に彼女はうんうんと頷く。
少し経って、血圧測定は終わった。どうやら問題はなかったようで、ついに採血に移る。
「少しチクッとするよ~」
と、お決まりのセリフを言いながら、プスリと針を差し込んだ。痛みは思ったより少なく、逆に、その上手さにちょっとだけ引いた。
そのあとは30分ほどかかるとのことで、ジャンヌ、紫希と他愛のない話をして、採血の終了を待った。この間に説明を求めたのだが、血圧が上がるから、と拒否されてしまった。学校の話題やジャンヌの冒険譚は意外と楽しく、リラックスしたまま、時間は流れていくのだった。
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「これが~検査用~♪そして~これが~実験用~♪残りはぜ~んぶ~♪チッチッ、保存用!」
採血は無事に終了し、貧血などの症状もでなかった。紫希は、血液は鮮度が大事だよ!とか言い始め、即興の歌を披露しながら、ご機嫌で作業を始めた。検査用と実験用は小瓶にとりわけ、残りは大きめの瓶に入れて特殊そうな冷蔵庫にしまう。
「じゃあ!早速ですが~、縁くんの血を調べたいと思います!」
「おー!」
パチパチ。
ジャンヌが拍手をして喜び、興味津々に見入っている。お前ら何でそんなに楽しそうなんだ。
だが、次の瞬間には、紫希が珍しく真面目な顔になり、専用機器っぽい機械に小瓶をセットした。スイッチらしきボタンを押すと、ぐるぐると回り始める。それを確認すると、はじめに座っていた椅子に戻っていき、普段はしないメガネをかけた。やっぱりメガネ似合うね。
俺とジャンヌはそんな紫希についていき、彼女が眺めているパソコンモニターを、一緒になって眺め始めた。画面には様々なウインドウが立ち上がっており、そのどれもが理解不能だった。学校で紫希がいじってるノートパソコンを覗いても、全く理解できなかったのだから当たり前か。まあ、画面を覗かれる度、エッチ~と言ってくるため、数回しか見たことはないのだが。
しばらく画面を見ていると、3画面あるうちの左側のウインドウに、%表示のゲージがあるのをみつけた。70、71と増えていたため、これかなと思い、数字が増えるのを見守る。
100%を迎えると、ずらーっと検査結果らしきものが表示される。紫希は、とても字が細かく、目がチカチカしそうなそれにざっと目を通すと、楽しそうな顔をして後ろを向いた。
「いや~、これはすごいよ~!」
この言葉を聞いて改めて画面を見てみるものも、やはり理解はできない。ジャンヌの方を見たが、彼女も同じだったようで、よく分からないという顔をしていた。
顔を見合わせ、首をひねるばかりの俺たちであった。




