第2話 親友は変人
「おいてくぞー彩葉」
「ちょっと待ってよお兄ちゃん!」
ドタバタと廊下を走ってくる妹を待っていると、不意にリビングから母さんが、顔を出した。
「二人とも忘れ物はない?」
「うん、大丈夫。あの様子だと彩葉は怪しいかもしれないけどな」
「私も大丈夫だよ!この前お兄ちゃんだってお弁当忘れたくせに」
「鞄の中身を全部忘れたお前には負けるわ」
「ふっふー、置き勉してるから大丈夫なのだよ、お兄ちゃん!」
「置き勉すんな」
また些細なことで、言い合いを始める彩葉と俺。それを若干楽しそうに見ていた母さんだったが、やがてレフェリー役を買って出た。
「はいはい、そこまでになさい。遅刻してしまいますよ」
はーい、と二人で返事をしてから、いってきますと母に告げ、家を出た。
日差しは夏の始まりを告げていた。早くもじんわりと汗がにじむ感覚があった。明日から替えのシャツを持ち歩くようにしようと決心した。
「お兄ちゃん、さっきの約束覚えてる?」
「約束?なんかしたっけ」
「もう忘れたの!?お菓子好きなだけ買ってやるって言ったじゃん!」
うん、確かに言った。でもその後上機嫌になったから忘れたのだとばかり思っていた。
「あれは約束ってわけじゃ……」
「グミが食べたい」
どうやら拒否権はないらしい。俺が発言したことだし、別に嫌というわけでもない。
そもそも彩葉を怒らせてしまった原因も、自分で作り出したものだ。自分への戒めと妹への償いを兼ねて、承諾することにした。
「はいはい、何なりと、お姫様。帰りでもいいか?」
俺の言葉に満足したのか、うちの姫様はニッコリ笑ってうんいいよと答えた。グミはどれがいいのかと聞くと、名前をど忘れしたらしく、うーんあれあれと額に指を当てながらうなっていた。
最終的に名前は出てこなかったらしく、パッケージの特徴を教えてもらっていると、目的地はもう目の前だった。
県立東高校。家から近いという理由で選んだ高校であり、成績も中の上くらいの人が集まる。もとは女子高だったらしく、男子よりも女子のほうが多い。
中学当時の担任には、隣町にある北高校を勧められたが、夏休みが講習で潰れてしまうことを聞いていたので、それが嫌で受験しなかった。
校門前では、風紀委員が登校してくる生徒に挨拶をしている。いったい彼らは何時集合なのだろうと気の毒に思いながら、こちらも挨拶を返す。
靴を履き替え、階段で彩葉と別れると、2階にある自分の教室へと向かう。
ちらっと教室札を確認して中へ入ると、HR前ということで、皆思い思いの話に花を咲かせていた。自分の席である、窓際の一番後ろの席に腰掛ける。HRまで寝ようと思ったのだが、間髪入れずに前から話しかけられたことで、その計画は頓挫となった。
「やあやあ、縁くん!待ってたよ!」
高校生とは思えない童顔に藤色の髪。ポニーテールを犬のしっぽのようにフリフリさせている。彼女の目は、悪だくみを思いついた子供のように、輝いていた。
こいつは振森紫希。いいやつではあるのだが、かなりの変人で、クラスメイトからは敬遠されがちである。
変人である証拠と言ってはなんだが、俺が席に着くまで、忙しなくノートパソコンに向かってなにやら打ち込んでいた。ちなみに学校へのパソコンの持ち込みは禁止である。
「どうしたのかな縁くん?そんなに胸を見られると~ドキドキしちゃうぞ♡」
「はあ⁉見てない見てない」
本当に見てはいなかった。言われて初めて見た。あ、結局見てることになるのかこれ。ズルくないですかねそれ。
「そうか~、私のCカップには興味がないか~」
「え!Cカップなのっ⁉︎」
衝撃の事実!振森紫希はCカップ!近くの男子が聞き耳を立てているのが分かる。紫希よ、お前の辞書に恥じらいという言葉はないのか。
「実は最近Dになったんだよ!」
「育ってる⁉︎」
「うん!どう?どう?」
紫希は自分の胸を強調するように腕を組んだ。これは思春期男子には目に毒だ。聞き耳を立てていた男子たちが、ガタッと一斉に音を立てて前のめりになる。お前らもノリがいいのか純粋なのか……。それと、俺に恨めしい視線を向けるのやめろ。
ともかく落ち着くんだ。完全に紫希のペースに乗せられている。一度冷静になり、状況を打破しなくては。
「……ゴホン、とりあえずおはよう紫希。そして、いきなり冗談をフルスロットルで飛ばすのはやめてくれ。」
「う~ん、半分冗談じゃないんだけどな~」
なん……だと…………!?どこが冗談で、反対にどこが冗談ではなかったのだろうか。CカップなのかDカップなのか分からなくなってしまった。あるいは、胸を見ていたということが冗談で、CからDカップへの成長暴露は本当という可能性もある。そもそも、なぜ俺はこんな真剣に紫希のカップを知ろうとしているんだ。
俺が思案から戻ると、目の前には吹き出しそうになっている紫希の顔があった。男の純情を弄ぶとはなんと非道な。そもそもこいつは、クラスの男子全員の純情を弄んだことを分かっているのだろうか。
「……プッ、イヒヒヒヒヒ、やっぱり縁くん可愛いね~。あとおはよう~」
「くっ、悪女め」
「えへへ~、誉め言葉だよ~」
一通りの応酬を済ませた後、始めの悪だくみ顔を思い出した。
「おい、お前またろくでもないもの飲ませようとしてるだろ」
なんとか笑いを収めた彼女は、怪訝そうな顔をして口を開く。
「ん~?何言ってるの縁くん、私は君に良い効果をもたらすものしか作らないよ~」
「毎回何か分からないから怖いんだよ。いい加減教えてくれよ」
俺の発言を無視して、紫希はバッグから錠剤の入った瓶を取り出した。さらに、中から1錠出し、あーんの仕草をしてくる。
無言で彼女の手から錠剤を受け取ると、紫希はむっとした顔になりながら、説明をしだす。
「む~、改良を加えた新型なんだよ~?前回よりパワーアップ!もっと喜んでくれないかな!」
こいつは時々実験に協力してくれとか言って、よくわからん錠剤を飲ませようとしてくる。しかも自作。とんでもない天才なのは成績と行動を見ればなんとなくわかるし、俺に危害を加えてくるようなやつじゃないのも分かっている。というか信じている。
奇行が多いため、変人扱いされてしまうが、実は曲がったことが大嫌いで、1年の時には、女子のいじめを悉くつぶして回った張本人でもある。
ついたあだ名は“変雄<へんゆう>”。
変人と英雄を掛け合わせた造語なのだが、絶妙にダサい。本人はというと、呼び方なんてどうでもいいよ~、だそうだ。その姿勢はかっこいいと思う。
だから、彼女は人に危害を加えるようなマネはしないと、信じているのだ。
絶対本人には言わないけどな。
実際にここ1年ほど協力しているが、体に妙な変化はなかった。1週間に1錠飲む変わった薬で、運動した後に摂取するようにと言われるので、修行の後に飲むことになる。
こいつはなぜか朝夕に修行をしていることを知っているため、錠剤を手渡されるのは必然的に朝になるというわけだ。 飲んだ当日と、1週間後に紫希から問診のようなものを受けて、1回分の実験は終了となる。
体に異変がないのはありがたいのだが、なにも起こらないというのも、それはそれで不気味であるわけだ。これは何の薬なのか、さすがに知りたくもなる。
「紫希、飲むのはいいけどさ。ング。これは何の薬なんだ?被験者には教えてくれてもいいだろう」
錠剤を、昼飯用のお茶で流し込みながら尋ねる。
俺の言葉に、彼女はなにやら考え込むような動作をしばらく見せていたが、やがてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……ていん」
「なんだって?よく聞き取れなかった」
「しきていんだ」
なにやら聞きなれない言葉だった。シキテイン?ナニソレ。
「シキテインとは」
ふっと笑った紫希は得意げな顔になり、語り始めた。
「これはプロテインの上を征く、新時代のサプリメントなんだよ~っ!」
力が抜けてしまった。どんな薬なのかと思っていたら、サプリメントだったとは。
今までの心配を返してほしい。
「プロテインと……何が違うんだ」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれたね縁くん!このシキテインには通常よりも濃縮されたアミノ酸とタンパク質が含まれているんだよ~!それを1週間にわたり、効率よく体に摂取するプログラムが施されているのだ~!」
とりあえず、すごそうなものだということは分かった。でも、プログラムってなんだプログラムって。機械的なものが入っていたりするのだろうか。
というか本当ならすごい技術だぞ。特許を取ったりしなのだろうか。
まあ、体に害はないのならいいか。ないよな?多分。作成者である紫希も、めちゃくちゃどや顔だし、信じてやろう。
「えっと、やっぱり紫希って頭良いんだな」
「私を誰だと思ってるのかな~?」
興奮冷めやらぬ様子で顔を近づけてくる紫希。近いよ。近すぎて、女の子スメルが香ってくる。ドキドキしながらも、妙に冷静な自分がいて、虹彩の模様が綺麗だなとか変な感想が頭に浮かんでいた。
その瞬間チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。紫希は「へっ!?」と間抜けな声を出すと、急いでノートPCをバッグへと隠すのだった。
その動作が可笑しくて、クスリと笑ってしまう。
しかし、天才とバカは紙一重っていうけど、紫希はその境界線の紙をとっぱらったような人物だと思う。それと紫希、意外にネーミングセンスはなかったんだな。
彼女のふりふり揺れるポニーテールを眺めていた俺だったが、不意に彼女は振り返り、耳に顔を寄せてきた。
「私がDカップなのは本当だよ♡」
直後、真っ赤になった俺は、いたずらが成功した時の子供のような顔の紫希を見て、こいつには勝てないなと悟った。




