第12話 襲撃
「縁よ。────妾とつがいになる気はないかの?」
その一言で、一瞬時が止まる。
ポト。
俺はフォークから肉を落としてしまう。クルーデは目を丸くしたまま固まっている。
「──なっ!つがいって」
「なんじゃ、通じんか?妾と夫婦になってほしいと言っている」
やっぱりそういう意味ですよね。出会ってまだ1時間も経っていないのですが。
クルーデが俺をキッと睨んでいる。怖い。
「いくら何でも結婚は即決しすぎでは……」
「何を言っておる。男の子は貴重なのじゃ!早めに手を出さねば取られてしまうじゃろうに」
「でも、結婚は好きな人としたいですし……それにまだ結婚できる歳でもないですよ?」
「それは人間の話じゃろう?妾はダークエルフ、人の常識は通じないのじゃ!それか、縁は妾のこと……嫌いかの?」
そんな悲しそうな顔をしないでほしい。実際、この小さなダークエルフを嫌いになる要素は一つもない。だが結婚となると話は変わってくる。
だが、下手に断って、和平の話が白紙に戻ったりしてもまずい。さて、どうする。
「嫌いか好きかで言ったら、好き、ですが……」
答えた瞬間、クルーデが鬼の形相になる。だから怖いって。
「ですが、俺はあなたのことをよく知りません。生涯の伴侶はもう少し悩んで決めたいんです。俺は今16歳。あと2年は待っていただけませんか?」
「若いの~。ふむ、よかろう。じゃが、この“ルゼーナス・デ・レオーヌ”が最後にはそなたを手に入れて見せる。覚えておくが良いぞ」
──バッ。クルーデが突如、俺を睨むことをやめ、ルゼーナの方を向いて驚愕の表情になる。どうしたのだろう。
それにしてもまさかの展開だ。求婚されるとは思ってもみなかった。彩葉に教えたらびっくりするだろうなあ。
その後は、言いたいことを言って満足したのだろう。ルゼーナは上機嫌に戻って食事に戻った。
何とか切り抜けたか。安心して、先程落とした肉にフォークを突き刺そうとした。その時だった。
ドォォォォォォォォォォン……。
突然の爆発音。島内からではないと思われる。その場全員の間に緊張が流れた。
「む?何事じゃ」
ルゼーナの声で素早く立ち上がったクルーデは、窓から状況を確認する。振り返った彼女の顔は青ざめていた。
「アルベンティアか!」
コクコクと頷くクルーデ。まずい。ジャンヌは大丈夫そうだが、彩葉が危ない。一刻も早く向かわねば。
「彩葉!ジャンヌ!聞こえるか?おい、返事してくれ!くそっ!」
通信機に向かって話しかけてみるも、返答はない。紫希もいないようだ。あいつ寝たな?
「ルゼーナさん!俺の武器は!妹がいるんです!早く行かないと!」
「落ち着くのじゃ二人とも。お前の武器はじき届くじゃろう」
ルゼーナは口元を拭きながら発言する。余裕だ。
その言葉に続くように、部屋の扉が勢いよく開かれる。ミセーリさんだ。手には俺の武器が握られていた。
「族長、報告に上がりました。アルベンティアにて敵襲とのこと。おそらく奴らです」
「ご苦労、あいわかった。調停前とはいえ、エルフは同盟予定の種族。借りを作っておいて損はないのぅ。それにルーナには文句の一言でも言ってやりたい気分じゃ。ふむ、城兵はこの地を守れ。あの者たちがこちらにも来ないとは限らんからの。妾は護衛の二人と出る」
「分かりました!留守はお任せください」
ミセーリさんは俺に武器を渡すと、ものすごい速さで走って、行ってしまった。
ルゼーナは非常時だというのに落ち着いている。指示も迅速かつ的確だ。流石は族長といったところか。
「さて、行くぞ。助けに行くのじゃろう?」
「はい!」
停泊場へ急いで向かうと、既に護衛たちがドラゴンに騎乗して待っている。しかも先程よりも重装備になっている。クルーデのグラヴィも、既に飛ぶばかりの状態で準備されている。俺たちもグラヴィへ素早く乗り込む。しかし、どういうわけか、ルゼーナのドラゴンは見当たらない。と思えば、ルゼーナは停泊場の外れにある広場に歩いていく。どこにいくんだ?
ピューッ。
ルゼーナは口笛を吹いた。すると、上空に大きな黒い影。火山の方から向かってくる。大きな黒龍だ。ルーナのウィクトも相当な大きさだったが、それよりもさらに大きいと見える。
黒龍はルゼーナのもとに着陸すると、首を下げた。
ルゼーナの身長は低い。乗れるのか若干心配になったが、心配は無用だったようだ。腕からトンッ、トンッ、とリズムよく跳ね、背中へと乗り込んだ。
「ゆくぞ!妾に続け!」
主人の声とともに黒龍は翔ぶ。護衛は両脇に続き、俺たちは黒龍の後ろへついた。
遠くに見えるアルベンティアは燃えているのか、煙が上がっている。空に絶えず放たれる光の矢、ドラゴンと黒い人型のようなものが戦っている様子も確認できる。頼む彩葉、無事でいてくれ。
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『穿て!』
──ガシャァァン。ドスッ。
目の前で倒れる黒の人型。ジャンヌはこの人型に見覚えがあった。縁達の世界に行く前、自分は仲間とともに敵に見舞われた。その時の者達と同じ鎧を身に着けていたのだ。何者かは分からないが。しかし、今のところ、唯一の手掛かりとなる。
血を流していることから、生き物であることがわかる。判断に困るほど、それは機械的であったのだ。命が尽きるまで、声さえ上げなかった。不気味な連中だ。
「チッ、面倒な仕掛けを」
思わず顔をしかめ、悪態をつく。たった今、生け捕りにしなければならないことが、ほぼ確定したからだ。先程倒した敵の鎧は溶け出し、液体と化した。中の者は灰となっている。そのどちらもを検体として採取しておく。
しかし、ジャンヌは確信していた。これを調べたところで何もわかりはしないだろうと。
敵は見えただけで4体。先程、1体はエルフが既に落としていた。目の前の1体を合わせれば、残りは2体となる。その2体がエルフの攻撃をぬるりと躱しながら、空を飛び回っている。鎧のふくらはぎと背から、赤い粒子を吐き出して飛行している。それは魔法の類に見えた。だが、ジャンヌはそれを見たことがなかった。自分も攻撃に参加するが、奇妙だということに気づく。
相手は先程から、上空でこちらの攻撃を躱しつつ、たまに攻撃を繰り出しているだけだった。あの機動力なら、わざわざそんなことをする必要はない。市街戦に持ち込み、各個撃破した方が楽なはず。しかも、その攻撃は派手な割に効果が薄いようにも見える。
まさか、陽動なのか?
もし、空を飛んでいる者たちを陽動隊だとするなら、本隊がどこかにいるはずだ。狙いが何かわからないが、探してみる価値はあるか。
ジャンヌは攻撃をやめ、本隊の捜索にとりかかることにした。
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突然だった。本当に驚いた。崖の上から急に何かが降ってきたからだ。その直後、街の中心の方角からは、大きな爆発の音。何が起こっているのだろう。
降ってきたものは、4人の黒い鎧を着た人たち。明らかにエルフではなく、友好的にも見えない。私は背中の大太刀に右手をかける。しかし、次の瞬間には、私は逃げざるを得なくなった。4人の中の一人が、虚空から武器、それも銃らしきものを取り出したからである。
近くの家の壁に隠れる。
タンタンッ。ピチュチュン。
やはり銃だったのだろう。発射の音と着弾の音がすぐ後ろで聞こえた。まずい。
「銃は厳しいかな……。しかも何あれ!?手品?」
追ってくるならば、壁に隠れて不意を突こう。私は大太刀を抜きつつ、2軒ほど後退して隠れる。はあ、どうしてこうなったのだろう。
私は腕相撲大会での健闘でチヤホヤされた後、ご飯まで奢ってもらい、楽しい午後を過ごしていた。
その後に通りかかったのがここ、竜舎だった。牛舎のように閉じ込めている様子ではなく、いつでも外に行けるようになっている。ドラゴンたちはここを寝床としてしか使っていないように見えた。だって寝てるドラゴンしかいなかったから。ぼーっと寝ているドラゴンを眺めていたところ、今に至るというわけだ。
ザッ、ザッ。
追手が来ているようだ。足音からして一人。大太刀を構える。鎧が見えた瞬間飛び出し、技を繰り出す。『燕返し』。──ヒュッ。ガキンっ!
「────⁉︎」
斬り上げが相手に当たる。が、斬れていないのが感触から伝わる。なので、斬り下げは調整を行い、首元を狙った。────ビシュッ。
入った。一太刀目のように、金属音は上がらない。鎧に当たっていないのだ。
相手は首をおさえながら地面に伏す。まだ生きているようだが、致命傷は与えた。すぐに異常を察知した残りの3人が、こちらへ向かってくる。私は敵の銃を奪う。牽制として、敵の方へ向かって3発──ターンッ、タンタンッ。銃からは赤い光の弾が発射される。
結果として、牽制はうまくいかなかった。さすがにね。そんな簡単じゃないよね。
壁からチラッと覗くと、2人はなおもこちらに迫ってきている。待って、2人?あと1人はどこにいった?しまった、上⁉︎
気づいた時にはもう手遅れだった。残りの一人は、建物の上から銃口をこちらに向けている。
「……」
「やばいね」
状況は絶望的。迫る2人分の足音。チェックメイト、そう言いたげな相手。引き金に手をかける。
私は身構える。────タァンッ!
「────‼︎⁉︎」
驚いたのは相手の方だった。引き金を引いて弾が発射される直前に、私は動き出していたからだ。背にしていた壁を蹴って、射線から外れることに成功した。──ピチュンッ。弾は当たらない。対面の壁を蹴る際、持っていた銃を相手に投げつける。私が銃の扱いに長けていたなら、ここで勝っていたかもしれないけど。
投げた銃は、相手の意識を一瞬反らせればそれでいい。相手の意識が私に戻った時、私はもうそこにいないのだから。
「────⁉︎」
物言わぬ敵は焦っているようだ。が、もう遅い。
「上だよ」
声に反応して上を向く敵。私は重力に任せ、その首に大太刀を突き刺した。しかし、まだ終わっていない。
即座に残りの2人に対処すべく、下に向けて拾った銃を構える。いない。さっきまでそこにいたはずなのだが。
先程首を斬った者まで消えている。そういえば、騒がしかった戦いの音も、いつの間にやら止んでいた。終わったのだろうか。
──カララン。後ろからの音。パッと振り向くと、大太刀が倒れてしまっている。おそらく敵だったものは、氷のように溶け出していた。
「すまない。少し遅かったかな?」
上から聞き覚えのある声がする。
「ジャンヌさん!えへへ……確かにちょっと遅かったかな?お兄ちゃんは?」
「残念ながら見ていない。彩葉……それは君がやったのだな?」
屋上に着地し、液体となった残骸を見て、尋ねてくるジャンヌさん。
「うん、私がやった」
大太刀を拾い上げて、勢いよく薙ぎ払う。刀身は綺麗なものだったが、羽織で拭いてから納刀した。
「そうか。よく頑張ったな」
ジャンヌさんは頭を撫でながらそう言ってくれた。その時、私は安心したのだと思う。今までの恐怖や不安、敵だとしても人を斬った罪悪感、いろいろなものが一気に溢れてきて、堪えきれなくなった。
私はジャンヌさんに抱き着いて泣きだしてしまう。まるで迷子が母親に再会した時のように。
ジャンヌさんはそんなことにも動じなかった。ただ優しく、落ち着くまで私を抱きしめ返してくれた。




