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第1話 変わり映えのない1日の始まり

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「そういやこの前の…どうだったんだ?」


トポポポポポポポ────


 飲み物を注ぎながら、やや疲れた声で男が尋ねる。それに答えるのは、前方のモニターを凝視して、目を離さない女であった。


「ええ、ダメだったわ。でもいいのよ。もうそろそろ完成するんだから。それ、私にもちょうだい」


「はいよ。お前が楽しそうにしてるのは嬉しいんだが、お世辞にも趣味がいいとは言えないな」


 そう言いながら、彼女に注いだカップを渡し、やれやれのポーズを取って見せた。振り返った女はニッと笑って、乾杯の仕草で応じる。


「ところで、そっちはどうなのよ」


 女は飲み物の匂いを楽しみながら尋ねる。


「分かるだろ。一筋縄じゃいかないさ」


「まあ、そうよね。……でも、もうすぐ事態は好転するかもしれないわ」


「へえ?それは興味があるな。何番だ」


「7番を見てて。すぐに面白くなるから。一緒に見ましょ」


「ああ」


 女の隣に座った男は、あまり期待はしていない顔で、女の言う7番を見始めた。


────────────────────


「まだまだ太刀筋が甘いな息子よ。おら、もう1本行くぞ!」


「ったく、歳のくせに元気すぎるぞ親父……っ!!」


 まだ立ち上がりきっていないうちに、容赦ない斬撃が振り下ろされ、咄嗟にサイドステップで躱す。あと一瞬遅れていたら、頭部に直撃していただろう。


「おい、卑怯だぞ。いつも公平な勝負をしろってうるさいくせに」


「ははは!お前がおっさんを馬鹿にするのが悪い。それにあれくらい躱せんで、俺の息子だとは名乗らせんわ」


「そうかよ、じゃあ、気を取り直して」


 親父も頷いたので、古い赤樫の木刀を構えなおす。そこで、今まで静かに俺たちを眺めていた者から抗議の声が上がった。


「お父さん!今のは危なかったよ!お兄ちゃんもかっこつけて余裕そうにしない!」


彩葉(いろは)、お父さんはその……決して当てる気はなかったさ」


「ふりでも危ないの!」


 抗議の声に、親父は今まであった威厳を全部削ぎ落としたみたいな顔になって、釈明し始めた。親父を叱っているのは、我が愛しの妹だ。怒る姿も可愛いな。うん。

 勝気そうな整った顔立ちに、肩ほどまでの栗毛を編み込んでまとめている。背があまり高くないのを本人は気にしているようだが、別に女の子ならこのくらいの方が可愛いと思う。それに、女の子の特徴といえる場所はしっかり育っているようだしな。

 しゅんとなっている親父が可哀想なので、そろそろ助け舟を出してやることにした。


「彩葉、俺も怪我は無かったんだし、そろそろ許してやってくれ。それと別にかっこはつけてねえ」


「今回は怪我無かったけど、一つ間違えば大変なことになるんだからね!修行中にふざけるのやめてよね!」


 わかったわかったと手を振りながら、さりげなく距離をとった。俺に顔を近づけながらぷりぷり怒る姿は、思わず抱きしめたくなるくらい可愛かった。それに練習で汗をかいたためか、色っぽさが出てしまっている。

 そして、不思議かつ凶悪なのが、汗をかいてもいい匂いが漂ってくることだ。俺的女の子七不思議のひとつである。妹相手に意識してるのも変な話だろうが、日に日に大人っぽくなっていく彩春にドキドキしてしまうのは、思春期の健全な男子としては仕方がないことだろう。そういうことにしておこう。


 親父はと言うと、両手の人差し指を合わせてモジモジしていた。気持ち悪いからそれやめてくれ。

 立ち直るまでしばらく親父を放置することにした俺たちは、修業に戻る気にもなれなかったので、道場の壁にもたれて、雑談を始める。


「彩葉も強くなったよなー。実際、力だけなら勝てないしな」


「妹をゴリラみたいに言わないでくれる!?」


「いや、ごめんて」


 力だけなら勝てないのは本当だった。彩葉は、小柄な体に見合わずかなりの怪力なのである。


「俺もうかうかしてると追いつかれそうだよ」


「それはないって。お兄ちゃんやっぱ強いし。お父さんだってあんな感じだけど、この前酔った勢いでお兄ちゃんがいるからうちは安泰だーって言ってたよ?」


 髪をいじりながら、彩葉は嬉しそうに微笑みながら語る。


「ふん、らしくねえこと言いやがって」


「あ、照れてる照れてる」


 今度は悪戯っぽい笑みを浮かべてからかってきた。相変わらず表情が豊かなやつだ。


「照れてねえよ」


「お兄ちゃん分かりやすすぎ。照れると口調変わるよね」


 そう言われて初めて、自分の口調が若干変化していたことに気づいた。


「彩葉はよく見てるなあ」


「だってお兄ちゃんだもん。大体何考えてるか分かるよ」


 そう言う彩葉の顔が可愛すぎたので、恥ずかしくなり、言う気がなかったことを口に出してしまう。


「まあ、確かに。彩葉がダイエット中なのとか分かるな」


 最近、彩葉はあからさまにご飯の量を減らしたり、好きなお菓子を我慢したりしているようだった。ダイエットを頑張る妹も可愛かったし、個人の勝手だと考えたので、あまり過激な食事制限を始めたりしない限り、指摘するつもりはなかった。

 贔屓目に見なくても、剣術を学んでいるおかげもあってか、スタイルはいいと思うし、ダイエットする必要はないと思うのだが。


「それは分かってても言わないお約束だよ?お兄ちゃん」


 笑顔でこちらを向く彩葉。笑顔は笑顔でも、ピキッと音がしそうな冷たい笑顔だった。おっかねえ。


「す、すまんな。デリカシーなくて」


「分かればよろしい」


 なんとか怒りを買わずに済んだようだ。

 そんなやりとりを交わしつつ、もう大丈夫かと親父の方を向いたら、まだへこんでいた。そろそろ立ち直れよ。


 ────タンッ


 突如、道場の扉が開かれる。そこには現代ではあまり見ない、着物を着た女性が立っている。艶のある黒髪が日に照って眩しかった。


「みんな、修行はそこまでになさい。ご飯ができましたよ」


 彼女は俺と彩葉の母親であり、親父の妻である。母さんの登場で親父は即座に復活し、母さん今日も綺麗だねと口説きながら、ダイニングの方へそそくさと行ってしまった。

 2人も早く来なさいねーという母の言葉が遠くから聞こえる。取り残された俺と彩葉も、顔を見合わせて苦笑すると、道場を後にした。


────────────────────


「「いただきまーす」」


 一家全員ダイニングに集合したので、食事を始める。その前に、俺と彩葉は学校があるため、交代でシャワーを浴びており、今は制服になっている。

 今日のメニューは白米に味噌汁、焼き鮭、冷ややっこ、卵焼きという、一般的な日本食だった。母さんの料理は美味い上に、栄養バランスもしっかり考えられているので、よく毎日こなせるなと素直に感心する。


 味噌汁を一口飲んだ親父は母さんをべた褒めし始め、道場に引き続き、二人の世界に入ってしまった。ここまで毎日のことなので、特に気にせず食事を続けていると、彩葉が耳元に顔を寄せ、話しかけてきた。


「お兄ちゃん、ちょっと私の分のご飯食べて」


「お前まだそんなこと言ってんのか。ちゃんと食べないと大きくなれないぞ?」


 そう返すと、彩葉はむすっとした顔で俺を睨んだ。それから何も言わずに、ご飯を自分の茶碗からこちらの茶碗に移してきた。


 あ、まずい。地雷を踏んでしまった。仏の顔も三度までという言葉があるが、どうやら今日は一度しかなかったらしい。

 確かに身長を気にしている彩葉に対して、先程の言葉はまずかっただろう。修行の時に引き続き、またもや無神経な発言をした自分を悔いるが、後の祭りである。

 こうなると話しかけても「ふんっ」としか言わなくなり、最低3日間はほぼ無視される状態が続く。


 正直、可愛い妹に無視されるのは堪えるし、親父が無駄にイジってくるしでいいことがない。何とか機嫌を直してもらうために、どうするべきかと思案したものの、結局謝る以外の選択肢は思いつかなかった。


「ごめんな、彩葉。さっきの言葉は酷かったよな。俺が悪かったよ」


「ふんっ」


 どうやら謝るだけでは機嫌を直してはくれないようだ。こういう時は安直だが、もので釣る攻撃に限る。


「機嫌直してくれよ。好きなだけお菓子買ってやるから」


「…………ふんっ」


 今度は確かな手ごたえを感じた。今、絶対迷ったよね。あの間は迷ったよね。我が軍は勝利に近づいているぞ。

 これはもう一押しで行けると、サブウエポンの褒める攻撃で畳みかける。


「だいたい彩春はスタイルいいんだから、ダイエットの必要ないだろ」


 と、俺が言った途端、バッとこちらを振り返る。


「本当?」


「え?」


「さっきの言葉、本当かって聞いてるの!」


 彩春の勢いに気圧される俺だったが、確かに本心だったので、うんうんと頷く。


「そっか、ふふ」


 いきなり彩春は上機嫌になり、にやけ顔で鼻歌を歌いながら食事に戻った。

 褒める攻撃強い。侮っていたぞ。

 頭の中で、褒める攻撃をメインウエポンに格上げしつつ、自分も食事に戻った。



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