ヤンデレ王女は年下男子を囲い込む
初投稿です。
若干の下ネタ、鬱展開(R15)あります。
設定ユルユルなので、細かいところはサラッと流して下さいませ。
ヒロイン登場は中盤になります。
「私、シンシア・マクガーレンはルーファス・サラトガ辺境伯令息との婚約を破棄し、こちらにいるエルドアン・リンザール子爵令息と婚約する事を宣言しますわ」
グラウシア王立学院の卒業パーティー会場、壇上で高らかに婚約破棄を宣言するのはマクガーレン公爵の長女シンシアとその婚約者に指名されたリンザール子爵家の次男エルドアン。
このエルドアンという男、学院では騎士養成課程に在籍し、顔はイケメンでまぁまぁ剣の腕も立つから普通にしていれば女性人気は高そうなのだが、根っからの不真面目で授業に出てくることも少なく、街に繰り出しては女と一夜を共にし、悪い噂は数え切れない下半身バーサーカーと名高いクズ男で、シンシアのことも当初公爵家の後ろ盾や金蔓目当てで近づいていた。
シンシアは現王妃の実家でもある名門公爵家の出身、本来であればご令嬢たちの頂点に立ち周りの模範となるべき立場。こんなクズ男と関わることなど有り得ないのだが、困ったことに極度の男好きで面食いな彼女はエルドアンの甘い言葉にあっさり堕ち、扱いやすいものだから今では一晩中二人でイチャイチャし、シンシアもそれを喜んで受け入れているというのは学生の間では周知の事実だ。
外では学院の評判を下げ、学内では人目を憚らず乳繰り合って風紀を乱しているのだが、不幸にも学生の中で公爵家のシンシアが最上位なものだから忠告するにも勇気がいる。学友が意を決して忠告しても苛烈な罵倒が返ってくるし、公爵家に苦情を申し立てても相手にされないので手の打ちようがない。
さすがに婚約者のルーファスは何度も忠告していたが、シンシアは煩く言われるのを嫌い、益々男遊びに拍車がかかるという悪循環で今に至ったのだ。
◆
「シンシア嬢、婚約破棄の理由は?」
そう言って壇上のシンシアに応えるのはルーファス・サラトガ辺境伯令息。学院の文官養成課程に通い、今回卒業する生徒の一人である。
「理由?貴男が落ちこぼれの出来損ないであることが最大の理由よ」
「この婚約は国王陛下の命により結ばれた婚約でありますよ」
「そんなはずあるか。出来損ないの貴様が公爵家の後ろ盾が欲しくて婚約を頼み込んだのであろう」
「そうよ。国王陛下が貴男のような出来損ないの落ちこぼれを私の婚約者にするなんてありえないわ!」
シンシアとエルドアンが言う「落ちこぼれの出来損ない」という理由にルーファスは思い当たる節があった。
ルーファスは王国一の武門の名家サラトガ辺境伯家の男四兄弟の三男。兄と弟は若くして剣聖・剣豪と賞されるほど武人であったが、ルーファスには剣の才能が無く、兄二人にはおろか2歳下の弟にすら手も足も出ないほどの軟弱という噂が王都に伝わっており、学院入学当初は「サラトガ家の出来損ない」と陰で揶揄されていた。
ところが学業はテストで毎回トップを取る秀才、しかも誰に対しても紳士的な好青年であったため、噂は誇張されたデマだったのではと殆どの者が結論づけたが、一部の者は最初の噂を鵜呑みにしたままルーファスを出来損ないと蔑んでいた。その筆頭がシンシアやエルドアンである。
「出来損ないとはひどい言われようですね。具体的に私がどう出来損なっているのかご教示願いたい」
面倒なことに巻き込まれたなと思いつつ、婚約破棄を衆人環視の場で成された以上はこちらに非が無いことを証明しないといけないので、ルーファスはシンシア達に破棄の理由を尋ねる。
「よかろう。まず一つ目に、シンシア嬢を蔑ろにしていた点について。婚約して以来、一切の交流が無いのは男としての甲斐性にかけるというものであろう」
シンシアに尋ねたはずが、エルドアンが何故か自信満々に答える。
「交流が無いと言われても、初めて顔合わせしたときに『貴男の誘いは一切受けません!』と言われたのは他でもないシンシア嬢です。色々とお誘いはしましたがいつも答えは不要と。尤も返事があったのはこの3年で片手に足るほど、贈り物を贈っても手紙を送っても返事すら無い事がほとんどでしたね」
どこの馬の骨とも分からない(というより彼女が知らなかっただけだが)貴族の三男、しかも無能と囁かれる男が婚約者だと言うものだから、婚約当初からルーファスは良く思われておらず、婚約者としての二人の交流は一切無かったのだ。
「知らないとは言わせませんよ。毎回手紙を送っておりますので、配達記録を調べればすぐに分かります」
「直接会って話せばよいものを、手紙で記録を取るとは姑息な真似を」
「こちらが話をしようとしてもシンシア嬢がいつも避けてばかりなので手紙でお知らせしたまでてす」
「シンシアは貴様がいつも口煩くお説教するから話したくないのが分らんのか」
「手紙を出せば姑息と言われ、話しかければ煩いと言われてどう交流を深めろと?蔑ろにされているという言葉、婚約者がいる身でありながら他の男を侍らす公爵令嬢様とそれに乗っかっちゃう子爵令息様に利子を付けてお返しするよ」
「貴様、私やシンシアを侮辱する気か!」
エルドアンが顔を真っ赤にして怒鳴り返すので、言いたくは無かったが言わざるを得ないと諦めた表情でルーファスがある事を伝える。
「実はある日マクガーレン邸にお伺いした際、シンシア嬢は私に誘われたと言って出かけておられました。聞けばそれまでも私に誘われたと言って度々出かけていたそうで、時には朝帰りということもあったそうです。邸の使用人にいくら婚約者とはいえ節度を守ってほしいと言われ困惑しましたよ。で、その時に私と偽って会っていたのは誰なんでしょうね?」
蔑ろにされた事実は数多くあれど蔑ろにしたことは一切ない。と、煽るような口調で事実を暴露すると会場の参加者から失笑、嘲笑の声が漏れる。
「仮にそうだったとして婚約者以外の異性と遊んでいるのは貴様とて同様であろう。学院の内外で複数のご令嬢と一緒にいるところを目撃したと報告が上がっているぞ」
「共学なんだから異性と交流があって何の不思議がある?確かに勉強を教えたご令嬢とか孤児院でのボランティアに一緒に参加したご令嬢と一緒にいたことはあるが、常に複数人で行動していたから、私と二人きりになるようなことは一切ない。一緒に参加していた皆に聞けば分かる」
あ、異性と懇ろになるのは否定しないんだと思いつつルーファスが反論をすると、勉強会やボランティアに一緒に参加していた令息令嬢達がウンウン頷いている。
「馬鹿なことを。出来損ないの貴様がご令嬢達に何を教えると言うのだ?あれか、夜のお勉強か?」
そういうとエルドアンは下品な笑い声を上げる。
「下半身バーサーカーの君に言われたくはないな。私が何故出来損ないと言われているか知らないが、こう見えても文官課程の主席なんだが」
「貴様が主席だと?出任せを言うな!」
「騎士課程の君とはカリキュラムが全く違うから知らんのも無理はないが、どうせ授業もロクに出ないで遊び歩いているようでは同じ騎士課程の生徒の成績すら知らないのであろう。そもそも君は出席日数が足りなくて卒業も怪しいと聞いていたが、なんでこの場に参加しているんだ?先ほど確認した卒業名簿には名前が載っていなかったんだが」
「ああ、やっぱり卒業できてなかったんだ」
「だったらなんでアイツ卒業パーティーに参加してるの」
「もしかして、3年経ったら自動的に卒業できると思ってたのか?」
「実はこの学院、3年間遊び歩いていても成績が悪いと学生生活からは卒業できるシステムなんだよね」
「ご令嬢、それ卒業やない、強制退学や」
エルドアンが卒業できていないことをバラすと会場のあちこちから再び失笑が漏れる。
「うるさい、うるさーい!遊び歩いていたのは貴様も同様だ!確かに学院内や王都の中ではおとなしくしていたようだが、長期に渡り学院を休み王都の外に行くことが度々あったことは調べがついている。その時に誰と一緒におったのか、ここで説明してみよ!」
「あぁそれね。うん、女性と一緒にいましたよ。とあるやんごとなき御方とね」
「なっ!」
言い淀むかと思っていたルーファスがあっけらかんと答える様子に一瞬面食らったシンシア達であったが、すぐに気を取り直しルーファスを続けざまに責め始める。
「シンシアという婚約者がありながら他に女を囲い、バレぬよう王都の外でコソコソ浮気とは姑息な男だ」
「浮気よ浮気!こんな奴と結婚なんかできるものですか!」
「あのさぁ、度々王都を離れていたのも、女性が同行していたのも全部マクガーレン家の為に動いていたからですよ。そのことは婚約のときに話してあるのですが、シンシア嬢は知らぬと仰せか」
ルーファスが理由を説明するが、女を囲っていたというその一点のみで頭に血が上っていたシンシアは話を聞くことなく怒鳴りつけてきた。そもそも一緒にいたと言っただけで囲っているとは言ってないんだが。
「何が我が家のためよ!女を囲うことのどこが我が家のためなのよ!ふざけないで!」
「その女をここへ連れてこい!貴様共々断罪してくれよう!」
「私が『同行した女性がやんごとなき御方』だと申しておるのが分かりませんか。これ以上申し立てれば貴殿らの身の保証ができませんよ」
「ええい、ありもしない話を捏造してまで言い逃れをしようなど言語道断。この場で切り捨ててくれるわ」
罵詈雑言を浴びせる連中に最後通告ともとれる忠告を行ったが、エルドアンは話を聞くどころか帯びていた剣を抜き、ルーファスに切りかかる。
帯剣禁止の会場内で突然起こった凶行に多くの悲鳴が上がる。誰もが剣の錆になるルーファスの末路を予感したその時、ルーファスは振り下ろされる剣をヒラリと躱すとエルドアンの急所という急所を寸分違わず打ち抜いた後、腕をつかむとその体を投げ飛ばし、強かに床に叩きつけた。
「ぐっ、そんな馬鹿な、出来損ないのくせに…」
「その出来損ないに指一本触れられないくせに口だけは達者だな」
「貴様、ふざけおって…」
「誰がふざけているのかしら?」
◆
静まり返った会場内に現れた一人の女性。何事かとその女性を見た者はどうしてこの方がこの場にいるのだと驚きの表情になるが、女性は周囲の驚きを気にすることなくルーファスの脇に近づいた。
「ルーファス、何をしておられるの?」
「いやー、学友と拳で語り合っておりました」
「どう見ても語り合いじゃなくて、貴男の一人語りな気もするけど。で、何されたの?」
「婚約破棄です」
「解消じゃなくて?」
「破棄です」
「アー、ソウデスカソウデスカ…シンシアさん(ニッコリ)」
そう言うとその女性は微笑みながらシンシアに射殺さんばかりの視線を送る。
「マ、マルグレーテお姉様…」
射殺さんばかりの視線を送られたシンシアがしどろもどろにその名を呼ぶのは、マルグレーテ・グラウシア。このグラウシア王国の第二王女で、母は正妃。よってシンシアの従姉にあたる。
「マクガーレン公爵令嬢、公の場では公私を弁えるよう昔から言っているのに、貴女はいつになったら理解するのかしら?」
「も、申し訳ございません。マルグレーテ姫殿下」
シンシアは昔からマルグレーテに厳しく指導されており苦手としていたが、さすがに王族相手に声を荒げるマネもできないので、借りてきた猫のようにおとなしくなっている。
「で、貴女は一体何をしているの?」
「それは…サラトガ辺境伯令息との…!そんなことより何故姫殿下がこのような場においでになられたのですか!」
学院の卒業パーティーは基本的に卒業生が企画し卒業生のみが参加するイベントで、王族が来賓に来ることなど今までに無く、だからこそマルグレーテ王女が今日この場に現れていると言うことが皆の驚きを誘った理由なのだ。
「ここに来た理由?私の大事なルー君の卒業祝いに来たのよ」
「姫殿下、ルー君って呼び方やめてもらえますか」
「何で?ルー君って呼び方可愛いじゃない」
さっきまでキリっとした表情だったマルグレーテが優し気な笑みを浮かべている。本来、この王女は非常に気さくでフランクな性格なのだ。
「可愛いルー君…って、貴様の浮気相手は王女殿下だったのか!」
「黙れ、リンザール子爵令息。その発言姫殿下に対する不敬と看做すぞ」
さっきまで蹲っていたエルドアンが素っ頓狂な声を上げるが、ルーファスがそれを制する。学院生の誰もが初めて聞く、低く冷たい声で。
「うふふ、浮気相手だってよ」
「姫殿下、冗談でもやめてください。私の首が飛びます」
「じゃあ護衛騎士辞めて、私の愛人になる?」
「護衛騎士は止めますが、愛人は辞退します」
「つれないわね~」
「護衛騎士?」
なんだか甘い空気が流れてる中で飛び出した護衛騎士という単語にシンシアとエルドアンが反応した。
「そうよ、彼は私の専属護衛。シンシアには婚約の時にちゃんと話したはずよ」
シンシアのすっとぼけた問いにマルグレーテがあっけらかんと答える。
「なんで…姫殿下の護衛が…私の婚約者…?」
「完全に話を聞いてなかったのね。ルー君と貴女の婚約はアンタのバカ兄貴の愚行のせいでしょ!」
マルグレーテは混乱するシンシアを呆れ交じりに一喝する。
◆
時は遡る。
国王には4人の子供がおり、正妃との間に第一王子と第二王女のマルグレーテ、他の二人の側妃との間にそれぞれ第一王女と第二王子を設けていたが、第二王子の母は家格でかなり劣る家の出身であるため第一王子が次の国王となり、その後ろ盾には母の実家であるマクガーレン公爵家が就くというのが既定路線であった。
さらに公爵家は第一王子の後ろ盾として確固たる立場を築くことが王国の繁栄に繋がると主張し側妃の子である第一王女と自分の長男の婚約を提案。10年前その婚約が成立したのだが、4年前、公爵令息が通う学院に1人の平民の少女が入学してきたことで状況が一変した。
その少女は人を癒す力という特別な能力により特例で学院に入学してきた。儚い美少女という容姿で男子受けは良かったが、平民という立場のせいでご令嬢たちから度々嫌がらせを受けていた。だが、男にはこれがより一層庇護欲をそそる結果となり、公爵令息が嫌がらせから彼女を護るようになった。
令息は美しき平民の少女に興味を持つうちに、どんどん彼女にのめり込み、王女のことを顧みなくなった。高価な品を次々に贈り、少女の求めるままに公爵領の内情や王国の重要情報をペラペラと話すようになった。
王女は令息の変節に危機感を抱き何度も苦言を呈したが、令息は王女の嫉妬だと取り合わず、いつしか顔を合わせるのも避けるようになった。そう、理由と立場は違えども、今のシンシアとルーファスのように…
そして一年が経った頃、少女が忽然と姿を消した。
令息は王女が少女を何処かへ追いやったと思い、それを否定する王女との仲は最悪なものとなったのだが、それに合わせるかのように突如隣国が侵攻を開始した。
この時隣国との境に位置する公爵領は防衛の最前線となったのだが、隣国は防衛線の小さな穴、弱点が明確に分かっているという感じでいとも簡単にその防衛線を破った。
そう、少女は隣国のスパイだった。
少女は侵攻の際にまず戦場となる公爵領の内情を調べるために令息に近づいた。公爵領の内情が得られれば十分な成果だったところ、予想以上に御しやすい男で、王国内部の重要情報まで教えてしまったため、隣国は易々と侵攻してきたのだ。
王宮は騒然となった。侵攻を察知できず初動に遅れたうえ、防衛線はいとも簡単に突破されるという事態に、すでに後手後手に回っている王国軍は大苦戦。最終的にはサラトガ辺境伯の指揮する地方軍の助けもあって隣国軍を撃退したが、公爵領を中心に王国は甚大な被害を受けるに至った。
戦後、第一級の戦犯として公爵令息は処刑。公爵も処罰され、第一王子は大きな後ろ盾を失うことになるはずだったが、第二王子は元から王位を継承するつもりがなく、国全体が疲弊する中、公爵家を取り潰しにすることで余計な混乱を招きたくないとの申し出もあり、公爵家は存続することとなった。
ただし、公爵領は復興のため資源を全て内政に充て、軍事や領内の治安維持に関してはサラトガ辺境伯軍がその任を担うこと、代わりに次期公爵となる次子のシンシア公爵令嬢の婚約者としてサラトガ家のルーファスが補佐すること。そしてこれらの公爵領立て直しの責任者としてマルグレーテ王女がその任に就くこと、これらが取り決められたのだ。
◆
「国王陛下と公爵閣下からルーファスを婚約者に据えたいと相談されたときはどうしようかと考えたけど、護衛はルーファスが学院を卒業するまでの約束だったし、婚約してもその条件は変えないって事で了解したの。だから私が度々公爵領へ出向くときは一緒に行動していた。護衛なんだから一緒にいない方がおかしいでしょ」
「そんな…私、そんなこと聞いてない…」
マルグレーテは長口上で婚約の経緯を話すと、そのことを全く理解していないシンシアにさらに畳みかける。
「聞こうとしなかったの間違いよね。貴女も突然婚約者を当てがわれて困惑したんでしょうけど、それはルーファスも同じ。それでも王国の安定のためになるならと了解してくれたのよ」
「申し訳ありません姫殿下。このような事態に陥ったのは私の力不足です」
「いえ、悪いのは全部このバカ娘よ。この数年公爵領に出向くことが無かったにしろ、自分の家がどれだけ大変な立場に立っているのか知ろうともしなかったこの子の責任よ」
「ですが、なぜこの男なのです。サラトガ家との縁談であればほかのご子息でもよかったはず。何故に出来損ないの落ちこぼれと言われる方が婚約者なのです!」
「はぁ?ルーファスが出来損ない?馬鹿言ってんじゃないわ。仮にも王女の護衛が無能なわけないじゃない」
ここまで言ってもまだ理解しようとしない従妹の頭の悪さにため息をつきつつ、マルグレーテは勘違いを訂正する。
「ですがその男は剣も振れぬ軟弱者と…」
「リンザール子爵令息、貴男に発言を許した覚えはありません。ですが教えて差し上げましょう、確かにルーファスは剣の腕前は他の兄弟に劣りますが、剣の腕前が無いだけです。そうよね、ルーファス」
「はい。私の得物は体術と暗器です、剣とか鎗とかの長得物は得意じゃないんですよ」
「そうそれに毒物とか薬学にも長けているから護衛には最適なのよね」
そう、ルーファスは剣とか鎗などの長い武器の扱いが大の苦手で、剣術や鎗術では兄弟の後塵を拝しまくっていたのだが、体術と暗器に関しては天才的な才能があって、剣の達人である兄弟をして「ルーファスに勝てるのは得物の間合いにいるときだけ。体を密着させられるか、逆に遠目から狙われれば自分たちでも勝てるかどうかはよくて五分五分」と言われていたのだが、何をどうしたものか剣の才能がない話だけ辺境伯領から遠く離れた王都に噂が流れたのが真相である。
「主席卒業の学力、腕っぷしも文句なし、おまけに細身だけどお腹は6つに割れてるし胸筋もすごいんだから!面食いの貴女がなんで気に入らないのか不思議なイケメンの優良物件だったのに。勿体ないことしたわね」
「人を物件とか言わないの。あと私の腹とか胸なんていつ見たんですか!」
「ルー君の筋肉観察は私の楽しみよ」
「王女ともあろう御方がはしたない!」
「じゃあ、じゃあ婚約破棄は無し!ルーファス、今からでも遅くなないわやり直しましょう!」
ウキウキで語る王女と護衛が主人に向ける視線とは言えないジト目で見つめるルーファスをよそにシンシアが「いいこと思いついた!」みたいな満面の笑みでシンシアが語りかける。
「もう遅いわ」
「やり直すっていうか、そもそも始まってもいなかったよね」
「でも、マクガーレンの家が傾けば王国の安定が崩れるのでしょう。それならばルーファスを当家の婿に迎え入れますわ!」
「あの時はそういう判断でした。ですが状況は変わるもの、貴女のような痴れ者が跡を継ぐくらいならいない方がいい。幸い代わりになる人間の目処は付いています」
「そんな…」
マルグレーテがシンシアのお花畑発言をサクッとぶった切るが、マクガーレン家に代わる人物というのが誰なのか分からないルーファスは少し怪訝な表情で王女の発言を見守っている。
「公爵家は一度は破滅した身。陛下の温情、私の協力、ルーファスやサラトガ家の助力によって支えられていたの。それを貴女の身勝手で皆の顔に泥を塗ったのよ。全ては大事なことを見ようともせず、知ろうともせず、あんな顔だけの破落戸紛いの男に入れあげた結果ね。いずれ処分があるでしょうけど、それまでの間だけでも公爵令嬢らしく振舞いなさい。それが従姉妹としての最後の言葉よ。そしてリンザール子爵令息、貴男には公爵家を陥れた罪、辺境伯令息を害さんとした罪、私に対する不敬罪で厳罰が下るものと思いなさい」
「……」
「くそ、くそ、俺がなにをしたってんだ。あの女が勝手にすり寄ってきただけだ。俺は悪くない!」
マルグレーテが連れてきた衛兵が二人を会場から退出させるのを見届けると、ルーファスは会場の卒業生達の方へ向き直り、頭を下げた。
「婚約者として力及ばず皆に迷惑をかけてしまったことお詫びすると共に、在学中は皆に励まされ、助けられて来たこと深く感謝の意を表します。これから道は違えども王国の発展のために各々精進を重ねることを祈念して改めて乾杯をしたいと思うが、ご賛同いただけるか」
「異議なし!」
「それでは折角なのでマルグレーテ王女殿下にご発声をお願いしたい」
「卒業生の皆様、今日は晴れの舞台を汚してしまい王族を代表して深くお詫びします。こんなことがあって楽しむのも難しいかもしれませんが、残った時間存分に楽しんでください。そして卒業生の未来に大いなる希望があらんことを祈念して、乾杯!」
「乾杯!」
騒動が終わり最初は騒然としていたが、その後卒業パーティーはつつがなく和やかな雰囲気で終了した。
◆
卒業パーティーから1ヶ月後
「ルー君、新しい生活はどう?」
「どうと言われても、前と仕事は変わりませんからねぇ」
卒業パーティーの後、シンシアは国王の命による婚約を勝手に反故にした咎により、王国でも一番厳しいと言われる修道院に送られ、生涯修道女として暮らすことになった。
あれから憑き物が落ちたように自分の無知により犯した罪を悔いているようだが、今更だよな。
マクガーレン公爵は子爵に降格のうえ領地没収、家督は弟一家に継承、北の僻地を新たな領地として下賜された。
戦後すぐに処分を検討されたときは伯爵への降格だったのだが、それに加えて復興に手を差し伸べた王家や他の貴族の好意を無碍にしたことで、当時より厳しい処分となった。家名が残っただけまだ良かったのかな。
エルドアンはパーティー会場での行状に加え、捕縛後に訴えがあった過去の強姦や未成年との淫行容疑も加わり、犯罪労働者として王国の最果てにある鉱山送りとなった。
今後恩赦があってもその恩恵は受けられない扱いだそうで、二度と会うことも無いだろう。
そして、俺ルーファスは相変わらずマルグレーテ王女の護衛を務めている。
今は王女の私室。姫殿下は優雅にお茶を楽しんでいるが、俺は護衛なので入り口近くに立っている状態で姫殿下の問いに答えている。
「ルー君も立ってないで一緒にお茶しましょうよ」
「護衛対象と一緒にお茶してたら護衛にならないでしょう」
「ルー君なら座っていたって私を護るくらいどうってことないでしょ」
「ていうか、そもそも私は何でまだ姫殿下の護衛やらされてるんですかね?」
そう、元々護衛は学院を卒業するまでの約束だったはず。なのに姫から「私の護衛は継続ね」と有無を言わさず続ける事になったのだ。
「本当なら卒業してマクガーレン領で働く予定だったのに婚約破棄で見事に無職じゃない。拾ってあげたんだから感謝される覚えはあるけど文句を言われる覚えは無いわよ」
「誰のせいで婚約破棄になったか胸に手を当ててよーく考えてください」
「うーん、私の馬鹿従妹のせいね」
姫はちょっとだけ胸に手を当ててからとぼけたようにシンシア嬢のせいだと答えるので、イラッとした俺は確信を持って問いかける。
「シンシア嬢があんな事したの、姫殿下が謀ったんですよね」
「あらひどいわ。私がそんな事する女に見えて?」
「公爵が領地に籠もり王都の情報があまり入ってこないとしても、自分の娘の行状を聞かないはずがない。知っていればシンシア嬢のことをさすがに諫めるでしょ」
「そうかしらね~」
「それにシンシア嬢の行動もおかしい。確かに頭はあまりよろしくなかったが、それでもちょっと情報を集めればすぐに分かることすら知らなかった」
「あの下半身バーサーカーとやらに骨抜きにされたからじゃない?」
「あとは私が出来損ないの落ちこぼれという噂。確かに剣術は苦手ですが、それ以外の話を抜きにしてその一点のみで出来損ないという噂が立つのはあまりにも不自然です」
「つまり何がいいたいのかしら」
「私に関するネガティブな噂を流し、シンシア嬢にあたかもそれが事実と思うよう仕向け、シンシア嬢の行状が公爵領に伝わらないよう情報統制出来る人間は姫殿下しかいないでしょう」
俺の推論を聞き終わると、姫はニヤリと黒い笑みを浮かべて悪びれることなく「そうよ。さすがルー君、完璧に読み切ったわね」と返してきた。
「ルー君には悪いことをしたと思ってるわ。望まぬ婚約を強いられ、非もないのに破棄されてね」
「私を利用してまでマクガーレン家を貶めたかったのは、姉君のためですか」
俺がそう言うと姫はそこまで分かってるのねと呟くと姉君のことを話し始めた。
姉とあの男は政略による婚約ではあったが、仲睦まじい関係だった。あの悪魔のような女が現れるまでは。
心変わりしてゆく令息の姿を見る度に悲しげな顔をする姉、諫言をしては手厳しくあしらわれ人知れず涙に暮れていた姉、いつしか姉の心は少しずつ壊れていった。それを誰よりも見ていた私はあの男が許せなかった。
姉をあんな目に遭わせたマクガーレン家を許せない。と
「ですが公爵令息は戦後すぐに処刑され、復讐しようにもすでにこの世におりません。姉君も今は隣国の王妃として幸せにお暮らしと聞き及びます。姫殿下はそれでも復讐をしたかったと?」
王国は戦後、安全保障体制を見直し、今回の敵国とは反対側に位置する隣国と同盟関係を強化するべく、第一王女が隣国の王太子に嫁ぐ事となった。騒動のあと暫く心を病んでいた第一王女であったが、婚約者である王太子に大層大事にされ、今ではすっかり元気になり隣国で幸せに暮らしている。
「姉上が今は幸せなのは結果論よ。あの時は下手をしたら心を病んで自害されたかもしれなかったわ。それにね、あの男が変節したのを知りながら諫めることもしなかった公爵も、馬鹿兄貴と一緒になって姉上を貶めるような言動を繰り返したシンシアも同罪よ。そのくせアイツら、あの男が処刑されたら罪は全部アイツのせいだって、例え伯父とはいえ、そんな奴が国王の外戚として権力を持たせるわけにはいかないわ」
「そんな事があったんですか…」
俺はさすがにそこまでの内情は知らされていなかったので、姫の語る真実に人間の底意地の悪さ、身勝手さを見せつけられた気がする。
「そこまではルー君にも話してなかったからね。それで私から公爵領の立て直しプランを父上、国王陛下に提案したの」
「私が婚約者になるというのも?」
「それは想定外。まさか無能と噂される人間をわざわざ婚約者に選ぶとは思わなかった」
「むしろ、婿が無能な方が隠居しても影響力を行使できると思ったんじゃないですか」
「今考えたらそうなんだよね。噂流したのは逆効果だったわ」
やっぱり噂流したの姫殿下だったんですねと俺が言うと、姫は舌をペロッと出しながら「でも婚約破棄させるつもりだったからいいんだけどね」と言うもんだから思わず聞いてみた。
「もし、シンシア嬢が私を気に入ってそのまま結婚まで行っちゃったらどうするつもりだったんですか?」
「万が一シンシアが心を入れ替えて真摯に貴男に向き合っていたら、公爵が娘の動向をきっちりと監視する姿勢を見せていたら、それはそれでやむを得ないとは思ったけど、絶対にそうはならない確信はあったわね」
「そして、結果は姫殿下の予想通りに転がったと」
「そう、シンシアへの印象操作も公爵領への情報統制も何の苦も無く出来たわ。その時に感じたの、あぁコイツら何も分かってねぇ、自分の置かれた立場理解してねぇってね。あとはルー君も当事者として知ってる展開ね」
姫はマクガーレン家を助けるつもりはあった。ただ彼らがそれを理解せず破滅を迎えたという理屈のようだ。内情を知ってしまった俺には姫が破滅の方向へ進むよう少しずつ誘導したようにしか見えないけど。
「お陰様で私は目出度く婚約破棄された独り者になりましたがね」
「だからそれは悪かったって言ってるじゃない」
「別に姫を責めてはいません。さすがにシンシア嬢とは性格も考えも合わなさそうでしたし、独り身になったお陰でモテるようになりましたし、縁談もいくつか来てますから」
そう言うと姫の目からハイライトが消え、俺は言ってからしまったと思ったが後の祭りだった。
「へぇ、ルー君モテるんだぁ~、縁談が来てるんだぁ~。私聞いてませんけど(ニッコリ)」
「聞いた!今聞いたでしょ!」
「今聞いたのは聞いたうちに入りません!どう言うことか説明してもらいましょうか」
「姫がいけないんですよ、あんな衆人環視の場で人のこと優良物件とか言っちゃうもんだから。王女殿下のお墨付きですから、そりゃ婿に来てくれってあちこちから縁談が来ますよ」
姫は「アタシのせいか!」って言ってるけど、アタシの優良物件発言以外に理由がないでしょと駄目押しすると、姫は頭を抱えながらも意を決したように俺に話があるから座れと命令する。
「事情は分かりました。そう言うことなら私からも縁談を一つ紹介します」
「えぇ…婚約破棄されたばかりでハートブレイク中なんで縁談とか暫く不要でお願いしたいです」
「アンタ、ハートの一個くらいぶっ壊れても予備何個か持ってるでしょ」
ひどい、人を人外の化け物みたいな言い方してとシクシク嘘泣きすると姫は笑いながら話を続ける。
「嘘泣きすんな!私から貴男に侯爵家との縁談を紹介します」
「侯爵家?適齢のご令嬢がいる侯爵家なんてありましたっけ?」
「ご令嬢ではなく侯爵家当主との縁談です」
それは、やらないか?ってこと!
「すいません、私ソッチの気は全くありません」
「話を最後まで聞きなさい。実は没収した公爵領なんだけど、どういう処遇になったと思う?」
「普通なら王家の直轄領ですよね」
「一旦はね。だけど兄上も公爵という後ろ盾を失ったままではよろしくないから、新たに信頼できる人に爵位を与えて旧公爵領を治めさせるという案が出ているのよ」
「あぁ、それってあの時シンシア嬢に『代わりの人物はいる』って言ってた話ですよね。でもそんな人材国内にいましたっけ?」
「いるわよ。貴男の目の前に」
へ?と呆ける俺をよそ目に姫はマルグレーテ・グラウシア第二王女改めマルグレーテ・グラウス女侯爵として臣籍降下する予定だと伝えてきた。
「いやいやいや、普通王女って降嫁するか他国に輿入れでしょ。なんで女侯爵なんすか。第二王子殿下はどうしたんすか?」
「あの子はこれから学院に入る年齢だもん。まだ臣籍降下するには早いわよ」
「で、なんで俺が婿なんすか」
なんかもう話が滅茶苦茶なもんだから敬語で話す余裕もないわ。
「あのね、侯爵家を起こすと言うことは、家を継ぐ者が必要なの。分かる?」
「そりゃさすがに分かりますよ」
「でもね、後継ぎは女一人じゃ出来ないの。分かる?」
「この話の流れだと完全に種馬要員の話ですよね」
うん、完全にソッチの話だもんね
「そうじゃない!そういうの抜きにしても私はルー君をお婿さんに貰いたいの!」
「何で俺なんですか。臣籍降下するとはいえ元王女ですよ、辺境伯の三男坊よりもっと良い身分の人いるでしょう」
「…だよ」
「え?」
「だから!私がルー君のこと好きだからだよ。無能だって噂流したのもシンシアの婚約者にさせたのも貴男に変な虫が付かないように私が仕組んだの、ずっと護衛させてたのも私がずっと一緒にいたかったから!何か文句ある」
姫の目が据わってる。この目、野獣討伐の時に何度も見た飢えた野獣が覚悟を決めたときと同じ目だ!
「私、今まで結構アピールしてたつもりなんだけどなぁ。気づかなかったかなぁ…」
「いやまあ、いつも距離感近いなぁとは思いましたけど、腐っても王女殿下と辺境伯の三男が結婚するとか普通は考えませんよね」
「腐ってないわ。嫁の貰い手絶賛募集中、ピチピチ21歳のお姫様じゃ」
「でもその募集要項の要件は高位貴族の後継ぎか王族に限りますよね」
俺が茶化してそう言うと、姫は「それでね、私考えたの」と真剣な表情で話し出した。
「王女だから相手が限られるのなら、王女でなくなればいい。ルー君が結婚する可能性が一番高いのは男子の後継がいない貴族への婿入りなんだから、私が男子の後継がいない貴族家の人間になればいいと思ったのよ」
「随分ぶっ飛んだ発想ですね」
「普通はそんな家に王女が養子に入るなんてないわよね。だから今回、新たに侯爵家を興すことにしたのよ」
私にふさわしい身分が無ければ、新たに創れば良いじゃないってことですね。
「では、マクガーレン家を潰したのはご自身が跡を継ぐつもりで仕組んだのですか」
「元々はそのつもりは無かったわよ。さすがに最初から仕組んでいたら腹黒どころか極悪人でしょ」
「十分悪どいと思いますけど」
「そうでもしなきゃルー君がどこの誰かも分からない女に食べられちゃうでしょ、婚約者いなくなった途端にモテだすとか聞いた以上、手段を選ばす貴男を手込めにしてでも婿にもらう」
「俺、お婿に行けないカラダにされちゃうの?」
「だから!私が貰うって言ってんでしょ」
「ホントに俺でいいんですか」
「俺でいいんじゃない。私は貴男がいいの」
「俺3つも年下ですけどいいんですか?」
「私は年下だろうとルー君が好き。逆にルー君は年上の女性は対象外?」
「年上年下関係なく相手によります」
「じゃあ私は?」
「嫌いではありません。嫌いだったら護衛とはいえこんなに仲よくはしません」
「聞き方を変えましょう、私のこと好き?」
なんか姫様グイグイ来るよー、俺ってこんなに女性に対する免疫無かったのかって改めて実感してる。
「す、好き…恥ずかしい」
「うふふ、ルー君って意外とウブなんだね。でも恥ずかしがるってことはまんざらでもなさそうね。ちなみに私はルー君のこと初めて会ったときから大好きだからね」
「ああもう、そう言うこと言われると余計に恥ずかしいです!だいたい誰のせいでウブなんだと思ってるんですか、悪い虫とやらを寄りつかせなかった姫のせいですよ」
「マギー」
「はい?」
「二人きりの時はその姫って呼び方禁止。これからはマギーと呼びなさい」
「無理ですいきなりは無理です」
「じゃあ練習、私に続いて発音。マ・ギ・ー」
「マ、マ・ギ・ー…様」
「様は要らない。マギー」
「マ、マギー…」
「よろしい。これからは私がいっぱい可愛がって女性の免疫付けてあげるからね。あ、だからって下半身バーサーカーになって他の女の子に手を出したら…分かってるわよね(ニッコリ)」
「ハイ、精進します」
◆
それから一年後、マルグレーテ・グラウシア第二王女は臣籍降下し、マルグレーテ・グラウス侯爵として旧マクガーレン公爵領の大半を下賜され領地へと旅立っていった。
幼い頃から恋心を抱いていた夫と共に…
お読み頂きありがとうございました。
色々設定を盛り込んだら、思いがけず長くなってしまいました。ホントはマルグレーテとルーファスの初めての出会いも入れたかったのですが、これ以上は構成が難しいと思い割愛してしまいました。
改めて小説執筆の大変さを実感しました。
また気が向いたら投稿したいと思います。
ありがとうございました。
(2/10追記)
本作の続編「一生護ると誓った相手はヤンデレでした」アップしました。
ルーファスとマルグレーテの馴れ初めメインの話です。
良かったら合わせてお読み頂ければ幸いです!