11-8.それは求婚とは言えないのでは
クロエが慌ててルーカスにしがみつくと、ルーカスはクロエを抱きとめてベンジャミンに向いた。
「クロエが言うなら仕方ない。もう聞けないな。それじゃベンジー、そろそろ席を外してもらえるか?」
「あら、どうして?」
対策の話はまだ終わっていない。
クロエが首をかしげると、ルーカスはにっこりと笑った。
「練習するからさ」
「練習?」
「イチャイチャする練習」
「でもしないって……」
「そんなこと言ってない。無理はさせたくないって言っただけ」
「無理を」
「今、してないよね? 自分から抱きついてくれたし」
「抱きついてなんて」
「だからベンジー、席を外して? お前がいるとクロエが恥ずかしがるから」
「元々そのつもりだ。せいぜい練習成果を期待してるよ。おっと、俺には見せなくていい、俺のいない舞踏会かなんかで頼む」
ベンジャミンが言いながら席を立った。
「え、ちょっとベン、待って。私、練習なんてできないし!」
「内容はルーカスに聞いてくれよ。文字通り、手取り足取り教えてくれるさ。俺は当てられたくないから部屋に戻るね」
ベンジャミンが席をさっさと離れていく。
「ベン! ちょっと!」
イチャイチャの練習って? 何?
……逃げよう!
クロエは慌ててベンジャミンの後を追おうとした。だが、ルーカスはクロエの手を握って離してはくれなかった。
クロエはルーカスをキッと睨んだ。
「何、なんでなの? しなくてもいいようにしたいって、ルーカス、あなたが言ってくれたじゃないの!」
信じて損したわ……クロエが半泣きでいうと、ルーカスはしょんぼりと、クロエの眥に溜まった涙を指で拭った。
「僕は……考えなしかな?」
「そうね……私相手では、あなたはいっつもそうよ。立派な侯爵令息にならないから……やっぱり、よくないんじゃないかしら?」
クロエがふてくされて言うと、ルーカスはクロエの両手を握り直した。
「逆だ。僕は、クロエといると、それだけで元気が出るんだよ。気持ちだってとても落ち着くし、幸せな気持ちになれる。だから、ずっと一緒にいて欲しいって思っているんだ」
なんと。十歳の時と同じセリフだ。ベンジャミンの言葉を聞いてたのかというくらいに。
あれから変わってないのか、回り回ってその考えに落ち着いたのか。
近づいてきたルーカスの髪が頬に触れ、クロエは思わずルーカスの髪を指で梳いた。
クロエの憧れの植物、ツル科の植物ホルコスールより、柔らかで、ずっと触っていたくなる優しい髪の毛。
思えば、ホルコスールを見たときに、クロエはルーカスを思い出していたような気がする。カサカサと震える葉の様子が、ルーカスの揺れる髪のようで。
クロエはびくりと髪から手を離した。
やだ。そんなこと思ってたんだ。ひどい……ルーカス病だ。
「どうしたんだい?」
ルーカスが顔を上げ、クロエの髪をゆるりと引っ張った。
「な……なんでもないわ……」
ルーカスはどうして、こんなに近づいて動揺しないのかしら。クロエにはそれが疑問だった。でも、動揺しているのは隠しておこう。面白がって、慣れるためと言って距離を縮めてくるに決まってるし、その上、甘やかしてくるに決まってる。クロエはどちらにも慣れてないのだ。
「……花を贈ってもいいかい」
不意にルーカスが言い、クロエは思わず切り返した。
「言っておくけど私、切り花より咲いている花の方が好きよ」
「知ってるよ。でもプロポーズした時に受け取ってくれたのは、花束だったからね。最初からやり直したいんだ」
「何を?」
「プロポーズを」
クロエはルーカスをじっと見つめた。
「今度はなんて言うつもり?」
すると、ルーカスは少し考え、ふっと笑った。
「まずは……『僕をプラントハンター、クロエ・ソーンダイクの秘書にしてほしい』」
いや、それ、プロポーズじゃないからね。クロエは相変わらずの調子に呆れながら、話を促した。
「それで、どうするの?」
「もちろん、君に探偵してもらうんだ。植物採集に行く先々で、謎を解決してくれるような、ね」
それはずいぶん面白そうだ、それがクロエでなければ。クロエは肩をすくめて戯言に付き合うことにした。
「探偵にはならなくていいって言ったのに」
「うっかり探偵もしてしまうプラントハンターだよ。僕が君を守るから、危険なことはないよ。いいだろう?」
「それじゃ、秘書の報酬は何がいいかしら?」
すると、ルーカスはにっこりと微笑んで即答した。
「君との結婚」




