11-7.それも一つの打開案
「そんなことできるか」
「陛下の調印が必要なんだぞ」
矢継ぎ早に言う二人に、クロエは肩をすくめた。
「知ってるわ。でもきっとできるわよ」
「なんの根拠があって?」
「陛下との約束は、私が本当にルーと結婚したいのなら邪魔をしない、だったでしょ。それをどう示すかわからないのだったら、いいじゃない。帰る前に式を挙げてしまえば」
「はぁ?」
ベンジャミンが信じられないと言ったような顔をした。
確かに常識じゃ考えられないかもしれないけれど、常識的に考えていたって、始まらない。犯罪を犯すわけじゃないんだし、浮かれた婚約者たちがいろいろすっ飛ばして結婚してしまったところで、笑い話になるくらいだ。正式な結婚式は、もう一度挙げればいい。クロエはこだわらない主義だ。
「調印はあとでお願いするの。別に外国で結婚式をしたっておかしくないでしょう」
そういう例は聞いたことがある。
「だけど……突然?」
「それは適当にごまかせないかしら。それくらいあなたの手腕でできるでしょ、ベン」
「君たちはいいかもしれないけど、マリアンヌ様は」
「いいえ。マリアンヌ様だってできるわ。あなたが口説けばね?」
「無理だよ……」
ベンジャミンが頭を抱えた。大丈夫。まだ未来の官僚の席だって空いてるわ。そう、ちょっと工夫が必要だけど。
「いや。やろう。結婚式」
ルーカスが言った。
「正気か?」
「王太子殿下と結婚したくないという理由で結婚するなんて、非常に残念だけど、この際、仕方ない。僕はクロエを手放す気はないんだ。それなら、きっかけなんて、なんだっていい。結婚すれば、いつだって口説けるんだ。いくらだって。何年かかったって構わないよ」
そして、ルーカスはうっとりとクロエに微笑んだ。
クロエは不意に思い出した。
『クロエは……僕が好き?』
十歳のルーカスが言っていた。今のクロエに。
『……あなたは?』
『僕は好きだよ。ずっと好き。今でも、だよね?』
あのルーカスは最高に可愛かった。きっと、婚約していると聞いて、自分の全てが知られていると思い込んで、甘えていたんだろう。
でも、そう。ルーカスは、好きだなんて、一言も言ってくれてない。
プロポーズをしてくれたって、手放さないと言われたって、いくらだって口説くと言われたって、一番シンプルな言葉を言ってもらわなければ、クロエだって、素直になれるわけがないのだ。
「ルーは……ルーカスは、私のことが好きなの?」
ルーカスが目を見開いた。
『クロエは?』と聞かれたら、なんと答えればいいのだろう? 十歳のルーカスに答えたように、また答えるのだろうか? ルーカスは何て答えるだろう? クロエが答えたように、戸惑いながら言うだろうか?
『そんなの……わからない』
「そんなの、当たり前じゃないか!」
ルーカスがクロエの肩をがっしりとつかんだ。
「まさか、知らなかったの?!」
「だって……そんなこと言わなかったでしょう……」
クロエがかろうじて言うと、ルーカスが悲壮な顔をして呆然としている。そこで、こらえきれないようにベンジャミンが吹き出した。
「ルーカス……すまん……でも……なんでこの世の終わりみたいな顔をしてるんだ」
この世の終わり……
見ると、確かにそう見えた。そう思うと、クロエも思わず笑えてきてしまった。
「笑うなんて」
「だって、可笑しいんだもの」
「僕はクロエをずっと好きだったじゃないか。もちろん今でも好きだなんてこと、……そんなのわかってると思ってた。だって結婚したいのはクロエだけだし、抱きしめたいのもキスしたいのも、クロエだけだ」
ルーカスが真剣にクロエを見つめた。だんだんとクロエの頭に血が上ってきた。
「好きでもない相手に、あんなことしないよ」
クロエはどうしていいかわからなくなり、思わずベンジャミンを向いた。ベンジャミンは頬杖をついて庭を眺めていたが、クロエの視線に気づくと、ふと顔を上げた。
「聞きたいことは全部聞けた?」
「ベン……」
「それとも、一番聞きたかったことはまだ聞けてないかな? 『クロエじゃなきゃ嫌だ。クロエの一番は僕がいい』、えーと、クロエと『いられるならそれだけで元気が出る』? あと何だった? 『とても落ち着くし、幸せだ、だから一緒にいて欲しい』、だったっけ。今でもそうかどうか、聞かなくてもわかると思うけど、言ってもらう?」
「え? 何? 何だって?」
「聞かなくていいです!」
ルーカスが口を挟んだが、クロエが軽く睨むとベンジャミンは口を閉ざした。面白がってる。
「今の何?」
「ルーカスはいいの、気にしないで。ベンが勝手に言ってるだけだから」
「ベンジー、一体」
「ルーカス、聞かないでって言ったじゃない」




