11-1.彼女たちの名前
「レア・ベルタン伯爵令嬢、ティファニー・ロンド侯爵令嬢」
クロエが言った名前に、ルーカスとベンジャミンが飲んでいた紅茶を喉に詰まらせた。
「……え?」
「私とマリアンヌ様以外の、王太子妃候補は、このお二人でしょう?」
クロエが得意げに言うと、咳き込むルーカスが、ナプキンで口周りを拭きながら唸った。
ルーカスの記憶退行の騒動から数日が経った日だった。温室のティーテーブルで、三人はのんびりとティータイムを楽しんでいた。はずだった。
「何の話かな?」
クロエはツンを顔をそらして減らず口を叩いた。
「何も話してくれなかったから、聞いてみようと思ったの」
「だからって、なんで今? せっかくゆっくりできたのに」
「いいえ。気になることがたくさんあって、ゆっくりなんてできないわ。教えていただけるかしら?」
和やかなムードを壊した張本人、クロエは、意に介さず優雅に微笑んだ。
「だって、あれから結局、私、ずっとベッドで臥せっていたでしょう? だから、その間に考えたの。王太子妃候補って誰なのかしら? って。公爵家には、ちょうどいい方がいらっしゃらないのよね。年齢が離れすぎていたり、すでにお相手が決まっていたりしていて。それで、ウェントワース夫人に気に入られたという私とマリアンヌ様が候補だというなら、他にもそんな形の方がいらっしゃるんじゃないかと思って、思い出してみたの。そうしたら、とある公爵家には、不思議と妙齢のとっても可愛らしいお気に入りの方が二人、いらしたわ。考えてみれば、難しくなかったわよ」
「そう……」
そしてルーカスはベンジャミンと目配せをすると、ため息をついた。
「それで? 知りたいことは?」
「一部始終よ。ルーカスが私にプロポーズだの探偵だのって、無茶なことを言い出した理由はわかったわ。この周遊のこともね。でも、私が王太子の花嫁候補だということに、まだ納得がいかないから」
「そう? 至極納得いくけど?」
「他に候補がいらっしゃるのに、私だけが……というか、私とマリアンヌ様が冤罪の嫌がらせを受けたのは、それだけじゃ理由にならないわ」
「言ったろ、対立候補を推している貴族たちだって」
ベンジャミンは困ったように言った。
「それを気にしてるのはクロエだけ? マリアンヌ様は?」
「そうね、マリアンヌ様は気にしてないわ。あまりお知らせして、怖がらせてもいけないと思って、マリアンヌ様がお出かけしている間に聞きたいの」
「クロエもそうだったら楽なのに」
「何か言った? ベン」
「いいや。それで、他に?」
クロエは眉を上げてベンジャミンをちらりと見た。ベンジャミンがその迫力に言葉を詰まらせる。
あれから特に、ベンジャミンとマリアンヌの間に進展はないようだ。お互いに密かに思い合っているようだし、いい雰囲気になってもよさそうだけど……目下、二人の気持ちはクロエとルーカスとのことに向いているようで、それはなんだか申し訳ない。気にしないで、どんどん先を行ってくれて構わないんだけど。
「ルーカスの手紙よ」
「手紙?」
「私に届かなかった手紙」
すると、ベンジャミンはにっこりと微笑んだ。
「内容を知りたいのなら、ルーカスがいくらでも」
「違うのはわかってるわよね。その理由よ。ルーカスはね、書いたけど送ってないんですって。でもそんなの嘘だってわかってるわ。だから考えたの」
ルーカスはそっぽを向いているから、話題に入りたくないらしい。それとも、これも、陛下とのルールの一環なんだろうか。
「手紙を止められるのは、私の家族、手紙を受け取る使用人、あなたの家族、手紙を託された使用人、配達人に頼むなら、その配達人よね。うちの人はみんなルーカスが好きだし、ルーカスの家の人がルーカスの邪魔をするなんて考えられないし……それ以外となると、配達人よね。もし配達人なら、第三者が依頼したことになる。ルーだって心当たりがあるはずよ。違う?」
だがルーカスは返事をしなかった。クロエは諦めてそのまま話を進めた。
「はじめは、”ルーカスの”邪魔をしようとしてるんだと思ったわ。それなら、いろんな人が心当たりがあるけど、果たして、侯爵家を敵に回すほどかしら? 邪魔をしたら、逆に意固地になって諦めないかもしれないわ。ルーカスの邪魔をしたいのなら、ルーカスの手紙を止める意味がないのよ。私の気をそらすとか、他の人をあてがうとか、その方がよっぽど簡単でしょう?」




