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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case10.ねじれた結婚相手と目覚めの婚約者
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10-7.決意の表明、または心の叫び

 クロエはルーカスの部屋に向かう廊下を急いで歩いた。途中、ルーカスの部屋から出てきたベルビンとエマとすれ違ったが、二人はクロエの顔を見て逃げるように離れていった。


少しずつ緊張してきた……と思い始め、クロエは気がついた。


この屋敷に移ってから、初めて行く。ううん。今までだって、行ったことがない。お互い、行き来なんてしたことがないんだ。


婚約してるのに。婚約したけれど。


ルーカスの部屋の前で、一つ深呼吸をした。


夕食の後に別れてから、彼は一人で、いつも何を考えていたんだろう?


何も知ろうとしてなかった。でも、知るべきだ。


「ルー!」


ノックもせずにドアを開けてクロエが入っていくと、ルーカスはベッドの上で驚いた顔をしていた。


「私は諦めないわよ! 国に帰ったら、私は……私はプラントハンターにもう一度、挑戦するわ!」

「……へ?」

「欠点もたくさんあるし、今この年齢でどうにかなるかわからないけど、やっぱり諦めたくない。何でもいいから、いろんなところに行って、植物を見て歩きたいし、探して奔走したい。なんで探偵に変わったと思ったのか、理解しがたいけど……これだけは言えるわ。いつだって私がなりたいのは……プラントハンターなのよ!」


クロエは渾身の力を込めて叫んだ。


「小さい頃からなりたくて、狩猟に参加してたのも、庭園のお茶会に何でも参加してたのも、舞踏会はあまり行かなかったのも、全部そのためだったんだもの。急に変えられやしないわ。私を見ていたんなら、わかるでしょう?」


クロエがそこまで言い切る間に、ルーカスは起き上がっていた。半開きの口が、何か言いたそうにしているが、何も出てこなかった。


ルーカスは今、どの記憶の中にいるのだろう? まだ三年前の中にいる? クロエの言っていることが、通じているのだろうか? 


「でも……あなたが探偵になりたいのなら、そのために私が必要なら、そばにいてあげる。プラントハンターが探偵助手になったっていいでしょ? 医者だって探偵助手をやってるみたいだし。探偵にならないのなら、プラントハンターになった私の秘書にでもなればいいわ。優秀なあなただもの、仕事の傍らにできるはずよ。あなたの記憶が戻らなくたって、ううん、記憶がなくたって、充分にできるわ」


今回のことで笑い者になったとしても、そのまま家を出てしまえばいい話だ。プラントハンターに、貴族の名誉なんて関係ない。極端な話、記憶がなくたって、植物さえ採集できればいいのだ。


でも、本当にルーカスがしたいことは? 


クロエを助けたいとか、侯爵家嫡男らしく過ごしたいとか、与えられた仕事をこなしたいとか、それは、自分のためではなくて、人のためだ。仕事をしたくないのだって、翻せば同じこと。クロエが、ルーカスが父親のように立派な当主になりたいと、勉学に勤しんでいることは察せても、ルーカス本人がクロエに言ったことはない。


ルーカスはクロエに、いつだって一番大切なことは言ってくれない。いいえ、きっと、誰にだって言ったことなんてないんだろう。


「ねぇ、あなたはいったいどうしたいの? 陛下とのゲームで、あなたは何を得るの? ただのゲームじゃないのよ。責任取れるの? 途中退場なんて、許されないわ」


ルーカスの目がたじろいだように動いた。星が瞬くような榛色が、相変わらず美しい。クロエが最初に惹かれて、どうしても抗えない輝きは変わっていない。


「あなた、言ったわよね? 悪役令嬢なんて、上等だって。私に見合う男なんていないって。どんな男だって私より格下だというのなら、王太子殿下だって誰だって、私の相手にはならないんだわ。そうでしょう? だとしたら、私はあなたが助けてくれなくても、一人でどんな縁談だって跳ね除けられるわよ。ねぇ、だからルーカス、心配しないで、私についてくるといいんだわ」


言いたいことを言い終えたクロエは、ふらふらとよろけてソファに座り込んだ。


だめだ。もう言葉が浮かんでこない。体力も限界。


ルーカス、何か言って?


だが、ルーカスはクロエをじっと見つめたまま、しばらく言葉を発しなかった。


そして、静かな中、急に音がした。


「……ははっ」


それは、ルーカスの声だった。それも笑い声。


「ついてこいって……!」


クロエはホッとして憎まれ口を叩いた。


「笑うことないじゃない」

「だって……、何言ってるんだ、クロエ……熱出してたのに……聞こえてたんだ?」

「き……聞こえてたわ。あなた、五年を無駄にしたって」

「違う。『この五年、君と過ごす時間を削ったのは間違いだった』って言ったんだ」


ルーカスの言葉はじわりと響いた。そのセリフは、聞き覚えがある。


薬の効果が切れたのか、クロエの言ったことが記憶を呼び起こしたのかはわからない。


ただわかったのは、クロエが熱を出していたこと、そしてその時に話したことを覚えていること。つまり、記憶が元に戻ったということだ。


笑い転げているルーカスとクロエの目が合った。急にクロエの心臓の音がドキドキと耳に響いた。すると、ルーカスは微笑み、クロエに手を伸ばした。





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