10-5.魔法の言葉
マリアンヌがぽかんとした。
「魔法の言葉……? それが……?」
そう。クロエにだけ通用する、魔法の言葉だ。
「あれは……ベンが考えた言葉なの?」
「いいや。俺は提案しただけ。プラントハンターになりたかった君が、唯一、自分の評判も相手の立場も考えずに、うっかり動いてしまうのは、それに関われそうな時だけだろうって」
「ひどい」
「本当にそう思ってる?」
答えられず、クロエは力の限り自分の手を握りしめた。
それじゃ、クロエはルーカスの気まぐれに振り回されていたのではなくて、むしろ、助けてもらっていたということになる。それなのに、クロエはルーカスのわがままに付き合ってあげていると思っていたのだ。とんだお姫様だ。
「だって私、ルーカスにはふさわしくないんだと思って……悪役令嬢だし、皆に嫌われているし、誰も近寄らないし、ダンスも苦手だし……でも、ルーカスが愛想を尽かさないなら……あのわがままに付き合っていられるなら……こんな私でもいいんだったら、なんだかんだ結局、もしそうならって期待して、……ルーカスと結婚するんだと……」
ばかみたい。一生懸命考えたのに、全部違っていたなんて。よくある話だなんて、そんなこと信じない。普通に令嬢らしく生きてきたのに。こんなことなら。
「ベンジャミン様、今はどうなったのですか? もちろん、ルーカス様とクロエ様はご婚約なさったのですし、問題ありませんわよね?」
クロエも頷いたが、ベンジャミンは言葉を濁しただけだった。
「うーん……それがですねぇ……問題は……殿下がまだ誰とも婚約どころか、噂になってないって事です」
「歯切れが悪いわね。どういうこと?」
「なんで今かな……それとも、だから今なのか……?」
「何って?」
ベンジャミンはすごい勢いでため息をついた。
「絶対怒らないって約束してほしいんだけど」
「……できないわ」
「だよね。なら、今のルーカスには、ってことで。元気になったら怒っていい」
「それなら……わかったわ」
言いにくそうにベンジャミンは口を開いた。
「タイムリミットがあるんだ。この周遊の間に君がルーカスを愛してると認めなかったら、婚約破棄することになってる」
「……は?」
クロエはおもわず聞き返した。
「どうして」
「陛下は君を気に入ってたみたいなんだよね……で、ルーカスに先を越されて不機嫌だった。この婚約さ、君は渋ってただろ? だから約束させられたんだよ、ルーカスは。二人が思い合ってるなら仕方ないけど、そうでなければ、君を殿下と結婚させるってね」
「でも……配下の婚約者を奪うなんて、イメージが悪いわ」
クロエの言葉に、ベンジャミンは肩をすくめた。
「そんなことはない。よくある話だよ。名ばかりの婚約なんて山ほどあるだろう? 元婚約者が王妃なんて、家としては格上げなくらいだ」
「……推理が冴えてるわね」
クロエはため息をついた。
「酷いわ。私に何も言ってくれないなんて」
「言ってはならなかったんだ。それだと、君は素直になれないかもしれない。ルーカスを好きでも、好きじゃなくても」
「今はいいの?」
「ルーカスが君に言ったわけじゃない。だから、つまり、……ルールの抜け穴みたいなものだと思ってくれ。知らないふりをしててくれると嬉しい」
そして、ベンジャミンは慰めるように微笑んだ。
「ルーカスは君にちゃんと愛情を示してただろう? 慣れてないから突飛で困惑する場面もあったかもしれないが。今回だって、周遊はまだ終わりではないけど、ルーカスはクロエに嫌な思いをさせるわけにいかなかった。例え思い出作りになろうとも、楽しかったって思って欲しいじゃないか。それで焦った挙句、薬を飲んでしまったんだと思うよ」
「クロエ様……」
マリアンヌが心配そうにクロエに声をかけた。
でも、クロエはまだ頭がついていかなかった。
「私の気持ちは完全に無視?」
そんなこと知ってた。貴族の結婚に当人の意志が入らないことがあるくらい。でも。
「お父さまもお母さまも……」
「まさか。伯爵夫妻が権力主義に見えるかい? ルーカスとの婚約とこの周遊を一番に歓迎したのは、伯爵夫妻かもしれないよ。クロエとルーカスはお似合いだし、付き合いもある家だから安心だ。確かに王族に迎えられるなんて、家のことを考えれば是非とも成功させたい縁談だろう。でも、クロエが喜ぶとは思えないからね。伯爵夫妻は、逆に、いらない心労を抱えているかもしれない。この周遊が成功するのかしないのかって」
確かに。思えば、異例の速さで何もかもが決まった。あの時、不思議に思わなかったのは、ルーカスのせいだと思っていたからだ。気まぐれに付き合わされるのは大変だと。
それなのに。
「王妃なんて……」
興味もない。
でも、国王陛下にルーカスが逆らうなんて。ルーカスのためにならないし、クロエはルーカスから離れたほうがいいのでは? ルーカスに迷惑はかけられない。将来有望な、誰もが認める侯爵家の優秀な跡取りなんだもの。
そうよ……でも王妃になんてなりたくない。王妃になるくらいなら。
だったら、一人でプラントハンターの修行に出て、のたれ死んだほうがマシ。
自分で限界だと諦めて、家族のためだと諦めて、令嬢としての尊厳だと思って諦めて、それでも諦めきれなくて、未だに引きずって。
「私は……諦めないわよ」
クロエは改めて拳を握りなおした。
そうよ。諦めたくない。ルーカスのために考えたことも、将来のために悩んだことも。
「絶対に……プラントハンターになる!」
今度はベンジャミンが口をぽかんと開けた。
「……え?」
「まぁ、クロエ様! その心意気ですわ!」
マリアンヌの応援する声に、クロエは勇気が漲るのを感じた。
「そうよ! なるったらなる。どうせどうにもならないのなら、諦めないでプラントハンターになるわ!」
「そこなの?」




