10-4.有望な花嫁
全然わからない。
「でもおかしいわ。独身主義で、私が誰と結婚しようと関係なくて、もし結婚するならマリアンヌ様みたいな方がいいって……」
「本当にそう言ってた?」
ベンジャミンが念を押すように尋ねてきた。だが実際のところ、クロエはよく知らなかった。本人がそれを口にしたのを聞いたわけでもない。でもきっとそのはずだ。だってみんながそう思うんだから。
「言ってたわ」
「だとしたらそれは、ルーカスが自分をごまかしてた嘘だ。嘘を突き通して三年悩んで、ようやく勇気が出て、こうしてさらうことができたんだよ」
「クロエ様とルーカス様を離そうとして、クロエ様の評判を落とそうとした、悪い人たちからですね!」
マリアンヌが鼻息荒く宣言した。クロエはため息をついた。
「ルーカスったら、そんなに有望ってわけ?」
クロエの言葉に、ベンジャミンは首を振った。
「違うよ。君だ、クロエ」
「私?」
「伯爵令嬢で聡明で容姿も申し分ない。王族に嫁ぐことだってできる、君さ」
ベンジャミンはクロエを指差した。
「君は王太子殿下の花嫁候補なんだよ」
ハナヨメコウホ?
クロエはその言葉の意味を飲み込むのに、しばし時間がかかった。
花嫁? 候補? ……花嫁候補!
「そんな……いえいえ、ありえないわよ。だって私、だから、悪役令嬢なんだってば」
「それこそが彼らの思惑なんだ。君は誰からも嫌われて自信をなくし、社交界で居場所をなくして、王太子殿下にふさわしくなくなるのがね」
「信じられないわ」
「本当のことだよ。クロエ、君は対立候補を推している貴族たちから、嫌がらせを受けていたんだ。僕は留学でずっと知らなくて、知った時にはルーカスのせいだと思っていて……、見過ごしていた。ごめん」
謝らなくてもいいのに。クロエはなんといっていいかわからなかった。
「一度もそんな話、聞いたことがないわ」
「だろうね。王太子殿下は、そういうのがお嫌で、突っぱねてきたから。でもいつか誰かは選ばなきゃならない。それで、貴族たちは秘密裏に令嬢を支持するようになったんだ。五年前くらいから」
「なんで私を……」
「そりゃ、五年前の時点で、君はすでになんでも出来る令嬢だったからだよ。”なんのためか知らないけれど”、狩猟も得意で、庭の造形にも深く、絵画鑑賞や音楽にも詳しかったんだから」
クロエは目を瞬かせた。”なんのため”って。
「それは……狩猟は山に行くかもしれないからと思って……絵は、植物の静物画だけよ。それに……庭で過ごすには音楽やティータイムは大切ですもの」
「ああ、君の情熱は庭師やプラントハンターになるために注がれた。社交界デビューする前に形にしたかったんだから。でもそんなこと、他の貴族にはわかるはずもなかった」
「でも、五年の間に、私は悪役令嬢としてみんなに嫌われてたでしょ。私を見ると怯える人もいるし、避ける人もいる。とっくに落選してるはずなのに、気にしてるのはおかしいわよ」
クロエが首をかしげると、ベンジャミンも首を傾げた。ひどく残念そうに。
「うーん。それがね、おかしなことに、この五年の間に、実は王太子の花嫁候補としては、評判が上がってしまったみたいなんだよ。噂を鵜呑みにしていれば避けたり嫌ったりもするだろう。でも、ちょっと確認すればわかることだよ。君は侯爵夫人にも好かれ、マリアンヌ嬢とも仲が良く、いじめられてもそれを切り返し、冤罪をくぐり抜け、味方を増やしている。君は、王妃教育をされないまま、王妃になるための条件を身につけていたんだ。王妃は感じがいいだけの無能では困る。信じて味方してくれる相手がいないと」
なんてこと。
「令嬢にとって、王太子に見初められるのは夢のような出来事だ。当然、君だって目指すだろうさ」
「目指してないけど?」
クロエはすでに普通の令嬢らしさを諦めていたし、結婚どころか職探しをしていたのだ。冤罪はごめんだと必死だっただけで、王太子妃だなんて思ったこともない。
「私だって身の程くらい知ってるわ」
「まぁ、そんなことございませんわ、クロエ様! クロエ様なら当然の評価です!」
ベンジャミンは両手をあげた。
「目指してないことくらい、俺だって知ってる。だから、全然気がつかなかった。でも周りはそうじゃない。君がどれだけプラントハンターになりたくて、政治になんか興味がなくて、ましてや王妃になんて興味がないことを、誰も思いつかなかったんだ。まぁ、プラントハンター希望なんて、君の家族以外では、俺とルーカスくらいしか知らなかったけどね……」
するとマリアンヌが、ひどく心配そうにクロエとベンジャミンを見た。
「……私、知りませんでしたわ。ベンジャミン様もルーカス様とクロエ様のことを応援してらしたのに、まさかそんなことがあるなんて、さぞかし驚いたことでしょう」
「ルーカスのせいで気づかなかった、とも言いたいですね。ルーカスは意固地だから、認めようとしなかったから。自分が独身主義なのは、クロエが手に入らないからで、手に届くなら、きっと喜んで結婚するだろうって事を」
認めたくなかったが、クロエはルーカスがそんな事を言っていたのを思い出した。馬の上で。
「……それにしても、探偵なんて……本気にはできないでしょ」
「冗談だと思った? でもルーカスにとっては本気だったんだ。クロエに嫌われてると思ってたからね。それで、失敗したって落ち込んでたから、提案したんだよ。たった一言、魔法の言葉を君に囁けばいいって」
クロエはハッと気がついた。そしてベンジャミンより先に、次の言葉を言った。
「”外国の植生植物を、現地で見てみたくない?”」




