10-2.嘘つきな功労者
「ベン」
「あぁ、クロエ。マリアンヌ様」
ベンジャミンは少し疲れた顔をしていたが、表情は明るかった。
「どうだった?」
「混乱していたけど、今は落ち着いて、ベルビン殿とお話ししている」
「そう」
クロエがホッと息をつくと、人懐っこいマリアンヌがずいとベンジャミンの前に進み出た。
「ベンジャミン様、先ほどはどうも。ルーカス様は本当にお元気なの? 落ち着いてらっしゃるって、どのくらい? クロエ様がご一緒なさらないなんて、きっと不本意でしょうに」
「マリアンヌ様、」
クロエは慌ててマリアンヌに声をかけた。相手は気安く社交的であるが故、人付き合いに淡白なベンジャミンだ。いくら、いつだって好感度の高いマリアンヌでも、彼が引いてしまうんじゃないかと思ったのだ。
しかしマリアンヌは、今度は少し怒りながらクロエに向いた。
「いいえ、クロエ様、ルーカス様と同様、ベンジャミン様も、少しわかってらっしゃらないんじゃないかと思っておりますの。ルーカス様にはクロエ様がそばにいるのは一番良い治療ですわ。それが記憶の混乱なんて、一番大切です。ルーカス様にとって、クロエ様は唯一動かぬ星ですもの」
「……そう……?」
「そうですわ」
マリアンヌは再びベンジャミンに向いた。
「それなのに、ベンジャミン様! クロエ様をお部屋から追い出すなんて! まぁ、私はクロエ様のためにここにいる所存ですから、クロエ様とご一緒にいられるのは嬉しいですけど。ウェントワース夫人にもそう言われておりますし」
マリアンヌは懇々とベンジャミンに話しかけ、ベンジャミンは辟易しつつも体良くあしらっている。ベンジャミンらしい、と思いながら、クロエは首を傾げた。
なんでこんなにマリアンヌは親しげに話しているの? ベンジャミンは相手し慣れているようなの?
クロエは強い違和感を感じて、ぴたりと動きを止めた。
今回初めて会ったはずなのに……
クロエとルーカスとベンジャミンが幼馴染であることは、秘密ではない。だから知ろうと思えば、誰だって知ることができるし、話題にものぼる。
だが、さすがに初対面でこんなにいろいろ知っているはずがない。あのマリアンヌがこんなに心を許すはずがない。まるで親しい恋人に甘えているようにすら見えるくらいに。
もしかしてやっぱり。まさか本当は。
「……ベン?」
「はい!」
クロエの静かな呼びかけに、ベンジャミンはびくりと背筋を伸ばした。マリアンヌの表情はうかがい知ることができない。
「あなた……マリアンヌ様を知らないとおっしゃってたわね?」
「うん……?」
「なのになんでそんなに親しそうなの?」
「そんなことないよ? 全然知らないよ?」
ベンジャミンはにこりと微笑んだが、クロエは気づいた。
二人とも礼節を守る人だ。マリアンヌが初対面の殿方の腕をつかむようなことはないし、ベンジャミンが初対面の令嬢を慣れた手つきで支えてあげるなんてことはない。
ある意味は知らないのだろう。きっと連れ添った夫婦だって、”相手を知っているか”と言ったら、きっとわからないに違いない。だが……クロエの言いたいことはそうではない。
「いいえ。私にはわかります。だってマリアンヌ様のことは、この三年、よく観察して知っておりますもの。マリアンヌ様が心を許した方にどう接するかなんてわかっておりますわ。だからこそ、マリアンヌ様を裏切りそうな取り巻きのことも、陥れようとした輩のこともわかったのです。努力の賜物です。その直感が私に言っています。あなた、先日帰国して、私から話を聞いた時、知らないと言っていたけど……嘘ね?」
クロエはベンジャミンをじっと見つめた。睨まず、笑わず、無表情で。
ベンジャミンにはわかるはずだ。クロエの冷たく吹き荒れる心の内が。何しろ、彼は幼馴染なのだから。




