10-1.温室での気づき
クロエが温室へ足を踏み入れると、マリアンヌが鉢植えを愛でていた。
まぁ、なんて絵になるのかしら。
クロエは一瞬でその愛らしい姿に目を奪われた。明るい光を浴びて、後光がさすように見え、振り返ったマリアンヌの笑顔は一瞬、言葉を失うほど美しかった。
同じ令嬢の自分でさえ、こうなのだから、どんな男性だって虜になるはずだ。
クロエは胸の痛みを感じ、一瞬でまた冷静になった。
二十二歳のルーカスは確かにクロエ一色だったかもしれない。こうして離れていれば、クロエを大切にするかもしれない。でも再び会ったら違うんじゃないかしら? マリアンヌがそう言っているから、彼女とは友達だと、やせ我慢をしているんじゃないかしら。それとも、あまりに探偵に憧れすぎて、現実が見えていないのかもしれない。
まっすぐに誰かを思うなんて、それならきっと、”探偵”という”人”なのだ。そうとしか思えない。
「クロエ様! お会いできて嬉しいです」
マリアンヌが屈託のない笑顔を見せながら、クロエの元へやってきた。クロエは頬を崩し、つられて笑顔になった。朗らかで優しいマリアンヌには癒される。
「いらしていただいてありがとうございます、マリアンヌ様」
「お身体はもう大丈夫? この度は大変でしたわね。ルーカス様は今、どうなさってるの?」
「寝ています。さっき少し起きて、……ベンたちが状況説明をしておりますの」
マリアンヌが首を傾げた。
「クロエ様は同席なさらないの」
「私がいても邪魔だと思うから」
「まぁ、そんなこと……ルーカス様にとってはクロエ様が一番の癒しですわ、いつだって。ルーカス様も、記憶が後退してしまうなんて、恐ろしいことですわね。先ほどは十歳前後だと教えていただきましたけど、今はどうなんですの? あれから、えぇと、成長いたしまして?」
言葉を選ぶマリアンヌが可愛らしく、クロエは肩の力を抜いて、温室の花を見に歩き始めた。ケルベロスフラワーを始め、温室の花たちは元気だ。
「今は三年前みたい」
「そうですの……あの頃はルーカス様も落ち込まれていたから、その頃に戻ってしまうなんて、とってもかわいそうですわ」
「落ち込んでた? ルーカスが?」
「ええ。クロエ様とお話しできなかったから」
人に分かるほどだなんて、本当に? それはやっぱり、マリアンヌに心を許しているからでは? でもクロエと話せなかったことをマリアンヌに話してたというのは……どういうこと?
「……あの頃、クロエ様と接点があったのは私くらいでしたから、羨ましいとお話くださったんです。他のご令嬢は、クロエ様の悪口を言うから話すのが嫌だとおっしゃって。私だけだったようなんです、ルーカス様と同じようにクロエ様を好きなのは」
首をひねったクロエに、マリアンヌは慌てて言葉を重ねた。
「もちろん、今はクロエ様の良さもわかっていただけておりますけど、本当に噂って怖いですのね! みなさん、クロエ様がルーカス様とお似合いじゃないようなことをおっしゃって、ひどいんです。それまでは、ルーカス様に憧れながらも、本当にクロエ様は素敵だとおっしゃってたのに」
怒ったマリアンヌも可愛らしいことだ。クロエは思いながら微笑んだ。
「マリアンヌ様の方が素敵ですから」
「違います! きっと政党派閥ですわ。それか、ウェントワース侯爵家の後継に娘を嫁がせたい誰かがいらっしゃるのよ。クロエ様でなければ、誰だって同じだとルーカス様が思ってらっしゃるのを知ってるんです。そして、私が違うのはわかっておりますから、ご自分の思惑でどうにかしたいと」
身を乗り出して語るマリアンヌに、クロエは感心して息をついた。
「そんなこと、よく考えるわね」
「だって、貴族ってそういうものなのでしょう? 私、高位貴族の派閥争いには疎くって、よく知りませんでしたけど、相談していたら教えてもらいましたの」
「相談?」
クロエが首を傾げた時、ベンジャミンが温室に入ってきた。




