side story 彼は後継であって探偵助手ではない ールーカスの閃きー
ルーカス視点のサイドストーリーです。
お茶会に姿を表す直前のお話。
ちょっと長めです。
ルーカスの幼馴染、クロエ・ソーンダイクは、少し変わっている。
「いい? 今から馬車を飛ばして、マデイラ博士のところに行ってくれる? 多分博士は同じ薔薇の花を育てていたはず。まだ楽しんでいたら、同じくらい立派な木があるはずよ」
クロエがヒソヒソと自分の侍女のニーナに話していた。ニーナは神妙に頷いて、その場をパッと離れていった。
また、令嬢らしからぬ手配をしている。植物が好きだからって、何でもかんでもやらなくていいのに。そういうのは、執事や庭師がすることで、令嬢がすることじゃない。庭が好きだからって、そこまでするか。これは庭師を呼び出す布石かもしれない。
ルーカスはクロエの様子をそっと眺めた。
ちょっと勝気で強い印象のアイスブルーの瞳に、意志の強そうな眉。豊かな金色の巻き毛は腰まで長く、丁寧に手入れされている。
アプリコット色のドレスに、瞳と同じ色のアイスブルーのビーズが散りばめられたドレスは、とてもシンプルで、凛とした印象の彼女に似合っていた。おそらく、今日のメインの花、アプリコット色の薔薇に合わせて、色を決めたのだろう。
ルーカスは、そういうクロエの心遣いが、幼い頃から大好きだった。変わらずにいてくれたことが嬉しかった。
だが論点はそこじゃない。
なぜ薔薇の花が必要なんだ? それに、そのマデイラ博士とは何者か。男か。女か。老人か。若者か。……まぁいい。気にしたところでつまらない思いをするのはルーカスだけだ。
「ジェイコブ」
ルーカスが執事に声をかけると、彼はいそいそとルーカスの元へやってきた。そして真面目な顔で告げた。
「若旦那様。またご参加なさらないのですか」
「まだいい」
「ですが若旦那様、」
小言に発展しそうになったので、ルーカスは急いで命令を伝えた。
「クロエが庭師を呼びたいと言ったら、すぐに呼べるようにしておいてくれ」
「……かしこまりました」
「頼んだよ」
ルーカスは頷き、ジェイコブがその場を辞するのを見送った。執事は何かと忙しい。
そして、先ほどのクロエたちのは会話を思い出していた。
……薔薇の花だって?
ルーカスが、二人がやってきた先、庭園の向こうを見てみると、……そこは無残にも、ある品種の薔薇の花が一つもなかった。今朝、ルーカスの母が楽しんだばかりのはずで、切らないようにと言われていたはずの薔薇が。
「あーあー……」
こういうの、見つけるの早いんだよな。そして自分は、明らかに遅い。
ルーカスは庭に足を向けながら考えにふけった。
幼い頃から、クロエのことはずっと観察してきているけれど、最近はどうしてか、クロエはこういった場面に出くわすことが多い。そして、疑われることばかりだ。
前回はハンカチ汚染事件で、その前はブローチ喪失事件。潰れたケーキ事件に、迷子のオウム事件。その都度、クロエは当事者となり、犯人を見つけ、失われたものを取り返し、その場を収めた。
正義感が強いだけかもしれない。好奇心が旺盛だとか。
だが、その姿は、ルーカスが好んで読む探偵小説の主人公に似ていた。ルーカスからすれば羨ましくて仕方がない。
ルーカスには解決すべき事件はない。いつも、いつだって、ルーカスのために道は開かれ、快適に過ごせるように配慮され、ルーカスは自分で解決する必要がなかった。
おそらく、恋愛も退屈なものになるだろう。そう思っていたルーカスは、自分から恋愛をするつもりもなく、親が選ぶ相手以外と結婚するつもりもなかった。
その点、クロエはいつだって新鮮で興味深かった。いつの頃からか、楽しみは、クロエの活躍を見守ることになっていた。
だから今日は楽しみにしていたのだ。自分の家でのお茶会だ、今日くらいはクロエのために何か出来るならいいのだけど。
庭の外れに出たところで、ルーカスは足を止めた。
「ちょっと、君。何をしている?」
ルーカスの声に、少年がびくりとし、手にしていたものを落とした。美しい薔薇が、地面に無造作に散らばった。
「す、すみません……! 片付けます!」
「いや。いいよ。気にしないで。これは誰のもの?」
慌てて拾う少年を手伝いながら、ルーカスは薔薇の花の香りを嗅いだ。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。これこそが母が愛でている花だ。アプリコット色の幾重にも花びらが重なる重厚で美しい薔薇。咲き誇っていたこの素晴らしい薔薇を捨てるなんてありえない。花束にでもして贈れば、きっと女王陛下だって落とせそうな完璧さだ。
「さぁ? 俺は、いえ、えーっと、私は知らないです。うちのお嬢様に言われたことで」
「お嬢様? 誰?」
ルーカスは予想がつきながら、素知らぬ顔で質問をした。少年は居心地悪そうに薔薇を抱え、しどろもどろに答えた。
「クロエ・ソーンダイク伯爵令嬢です。お……私はソーンダイク家の庭師で……、今日は庭で用事があるかもしれないからと、呼ばれまして……」
ルーカスは首を傾げた。
「今日”は”?」
「最近、気になっていたそうで、何度か声をかけられました」
「なるほど?」
何それすごい。本格的に探偵みたいだ。
ルーカスはおもわず微笑んだ。
「この花をどうする予定なんだ?」
「執事に……預けるように言われて……」
なるほど、妥当な話だ。
「持って行くつもりはなかった?」
「まさか! お嬢様のお言いつけですから! あ、あの、……あなた様は? 誰にも知られないように言われているんです」
「大丈夫。僕はこの家の息子だから」
「息子……侯爵様の?」
「そうそう。僕はルーカス。よろしく。君は?」
「……ディゴリー、あ、えーと、……ディゴリーです」
言いながら、彼は頭を下げた。ふわりと風が動き、その流れに乗ってやってくる花の香りを、ルーカスは充分に吸い込んだ。
何度見ても豪華で美しい花束だ。甘く爽やかな香りも素晴らしい。きっと母も喜ぶだろう。これを部屋に置きたいと思っているのならば。
薔薇の花を好きなウェントワース侯爵夫人は、実は、薔薇の香りが好きではない。香りはミモザのようなノスタルジックで優しいものを好み、薔薇が持つ、強い香りは苦手としている。特にこの薔薇は相当に香りが強い。
それだけではなく、ルーカスの母は庭園が好きなのだ。庭園で花が咲いているのを見たい、それだけなのだ。だから、彼女の意志以外で花を切ってしまうのは言語道断、クビものだ。クロエは、切られてしまったことを知り、すぐに同じ花を手配したのだろう。
なんて用意周到なことだろう。彼女らしいと同時に、らしくない行動だ。クロエは一体、何になろうとしているんだ? しかも、こそこそと陰ながら。
ルーカスはいつも以上に興味深く感じた。
令嬢らしく、ルーカスの母に理由を告げて手配すれば簡単だし、巻き込まれることもないのに。良縁を望むなら、それこそ、裏から手配なんてするべきじゃない。
「それじゃディゴリー、困ってることはない? 正直に言ってくれて構わないよ」
するとディゴリーは少し考え、頷いた。
「……お嬢様がなかなかご結婚なされないことですかね……」
あまりに正直すぎて、ルーカスは一瞬言葉を失った。だがディゴリーはルーカスが何も言わなかったことで安心したのか、饒舌になった。
「こないだまで庭で植物研究ばかりしていたと思ったら、最近はずっと調べ物ばかりしているし、求婚されても撤回されてるし…でも、平気な顔してるんです。他家のお嬢様の話を聞いたら、焦るくらいの頃って言うのに、全然焦ってないんです。なんででしょう?」
「それは…困ったことだね?」
おかしいな、とルーカスは首をひねった。
もうとっくにプラントハンターは諦めたはずだ。だから、今は、結婚相手を探しているはず。ルーカスはすでにクロエの機嫌を損ねているから、無視されて当然だけど。
何は無くとも、それが令嬢として当然で、果ては国母になるくらいまで、野望は持っていい。
クロエも、そうではないのか? ”令嬢としての正しい道”を進んでいるのではなかったのか?
しかし、先ほどの侍女との様子と、ディゴリーの話からするに、違っているのかもしれない……
ルーカスは猛烈に考えを巡らせた。
結婚を求めているわけではない?
だが、このまま貴族令嬢らしくあるなら、クロエは誰かと結婚しないとならないだろう。
彼女はどうするつもりだ? ただの植物好きの令嬢として嫁ぐつもりだったはずなのに。
ルーカスは考え、ふとひらめいた。
……もしかしたら、今度は、クロエは探偵になりたいのでは?
毎回毎回、あれだけの推理力を披露しているのだ。なんだかおかしいと感じ、今日はあらかじめディゴリーを連れてきてくる周到さも、その手腕を物語っている。探偵には必須の要素だ。先を見る目。その場の処理。余計な混乱を招かない解決。
そうか。結婚相手を求めていたわけじゃない。探偵の腕を磨いていたのだ。
そして、プラントハンターとしてでなく、探偵として独り立ちするつもりなのだ!
ルーカスはすべてのことに合点がいった。
やっぱり、そうだ。クロエをただの令嬢として埋もれさせるわけにはいかない。夢を諦めるなんて、もってのほかだ。眼中になくても、夢を叶えるためなら、ルーカスの話を聞いてくれるだろう。
どんなに嫌いな相手でも、きっと目的のためなら手を組もうとしてくれるはずだ。
そう、例えどんなに嫌いな相手でも。もちろん、ルーカスは自覚している。幼い頃、ルーカスはクロエに側にいてほしくて、クロエの都合など考えていなかった。頼みごとから何から甘えてしまって、結果、嫌われて避けられていることを。
でも、クロエだから。頭のいい、しっかりしたクロエだから。ルーカスがクロエに何をされても嫌うことがないと知っていて、ルーカスがクロエを邪険に扱うことなどないとわかっているクロエなのだから。
だから、私情は捨てて、ルーカスと手を組んでくれるはずだ。恋人なんて大それたことは考えないし、それこそ、結婚相手としての愛情を求めるなんて、おこがましいことだ。だが、友情……そう、友情ならきっと、クロエだって嫌がらないはず。その延長線上の、結婚なら。それに基づいた求婚なら。
「それなら、僕が求婚しようか」
ディゴリーがきょとんとした。
「してくれるの?」
「うん、いいよ。もともと、母上もうるさかったし」
「ふーん……そういうものなの?」
「クロエは素晴らしい令嬢だ。君だってそう思うだろう?」
「そりゃ、もちろんさ!」
ディゴリーはテンションあげて言い張った。ルーカスは微笑んだ。
「それなら、クロエが結婚するのは、王子様と僕、どっちがいい?」
「王子……?! って、えぇっと、俺の知ってるのは、うちの国くらいしか知らないけど」
「うん。どう?」
「うーん……わかんないけど……ルーカス様でいいよ! 王子と結婚するのって王宮に行かないとならないんだろ? 警備とかも厳しいんだろ? そしたら、お嬢様は好き勝手に庭歩きできないじゃん? それはかわいそうだもん」
「俺でがっかりしないかな?」
「大丈夫だよ! 本で読んだんだけど、女の子にとって、特別な男はみんな王子様なんだって! 結婚相手って、特別でしょ? だから、ルーカス様だって、ある意味、王子様だから。大丈夫って! あー、なんか、ルーカス様なら、お嬢様を任せられる気がしてきたよ! だってお嬢様の気持ちを考えてくれてるもんな」
「それなら、僕がフラれないように、応援してくれ」
「がってんだよ!」
ディゴリーが嬉しそうにうなずいた。
不意に緊張が走った。手を見れば震えていて、指先が冷たい。
クロエに挨拶以外で話しかけるのは久しぶりだ。ルーカスはずっと気にかけていたし、仲が良かった時のことが昨日のように思い出されるけれど、クロエには、自分は過去のただの幼馴染でしかない。その上、大嫌いな。
ずっと見ていたのに。どんなドレスを着ていたか、どんなジュエリーが似合うのか、ルーカスはいつだって覚えていて、考えているのに。
そう思うと、改めて悔しくて、拒否されることを恐れていてはいけないと感じた。
「それじゃ、その花束をもらおう」
ルーカスが手を伸ばせば、庭師の息子らしく、ディゴリーはすでに棘を抜いてあった花束をルーカスに差し出した。
「どうするの? この家の執事に渡すように言われていたんだけど」
「僕が使うんだ」
「何に?」
「プロポーズさ」
ルーカスの言葉に、ディゴリーが目を丸くした。
「今から?」
そう。
今からだ。そうしなければ、手遅れになってしまいそうだから。
クロエは探偵になる。それならきっと、承諾してくれる。
口説くのはその後でいい……いや、違う、自分はクロエを助けるんだ。果てのない”結婚”という押し寄せる波を押しのけ、”探偵”ができるように。
そして、自分は助手に志願するんだ。
考えれば考えるほど、良い案な気がした。