9-7.話したことのないあなた
覚悟を決めて、クロエは息をついた。
「……あなたがくださったのでしょう」
「いつ?」
「……誕生日?」
「なんで疑問形なの」
ルーカスはクスクスと笑った。
「僕、買っただけで、あげた覚えないけどな」
「それなら、思い出してください」
「クロエが思い出させてよ」
「嫌です。恥ずかしい」
主にルーカスが。
「……”恥ずかしい”? 僕、クロエに何をしたんだ……知ってるか、ベンジー」
ルーカスが慌ててベンジャミンに顔を向けたが、ベンジャミンは平然と否定した。
「さぁ? 俺は知らない」
白々しい。
五年かけて五つ揃えたのに渡せなかったばかりか、母親に一つを抜き取られて渡され、それをクロエが知らずにつけて、挙句、全部あげるから結婚して探偵になれ、とクロエに言ったのを、ルーカスの母親レオナから聞かされていないとは思えないけど。
「ベルビンは知ってる?」
「知らないなぁ……」
その苦笑い、詳細も知ってるわね……ええ、知ってるでしょうとも。
「そうか……そのネックレスも……僕が?」
かしこまってる自分がなんだか滑稽に思えて、クロエは言葉を崩した。
「……そうよ。高価な宝石は普段つけづらくて、私がつけないからって、舞踏会に出席して、つけざるを得ない状況にしてくれたじゃない」
「なんだって? でも僕は……クロエとはほとんど会ってないじゃないか。クロエは……僕から離れた方が幸せなんだろう? 最近は全然楽しそうじゃなかったし、いつも周りに気を遣って、他の令嬢と僕が話すように仕向けてばかりいたんだから」
そう。三年前は、ルーカスと距離を置くのが加速した時期だ。なぜなら、マリアンヌが社交界デビューした年だったから。ルーカスの母が彼女を気に入り、お茶に呼ぶようになったから。
その頃から、クロエはマリアンヌとともに、周囲の令嬢から敵視されるようになった。と言っても、深刻な出来事はなかった。悪い評判は侯爵夫人に相談したり、逆に、侯爵夫人から情報を頂いたり、それはそれで、楽しく過ごしていた。
だって、話さなくなっても、ルーカスは楽しそうにしていたから。
「気にしてないと思ってたわ」
「何を?」
「私と話さなくたって、ルーカスはいつも楽しそうだったし、なんでもできたでしょう? 実際は怠け者で面倒くさがりだったのは私しか知らなかったから、私が言わなければ問題ないし……おまじないも必要なくなったし、社交界でも人気者で、私のことは昔の知り合い程度で、気にも留めていないと思ってた」
「まさか……そんなわけないよ。いつだってクロエは僕の特別だ」
そのあたりの記憶は、十歳の頃から成長していないのかしら? あぁ、でもこの年齢のルーカスとは話していないんだから、どう思っていたのかなんてわからないのだ。
クロエは首をひねってルーカスを見た。
「でも、最初に距離を置いたのはあなたよ? デビューする前だったわ、ドレスを見てもらったのに、無愛想で、感じ悪くて」
「そ……それは……だってクロエが」
「私が何よ?」
「すごく綺麗だったから! 話しかけづらかったんだよ! だって……き、緊張したんだよ!」
「はぁ……?」
ルーカスが耳まで真っ赤になって叫んだ。ベンジャミンとベルビンは気の毒そうに目を合わせていたが、クロエは眉をひそめただけだった。
今のルーカスに微塵もなさそうな感情を言われても、にわかに信じがたい。
どうでもいい話だが、あの時、みんなに優しくて自分だけ無愛想だったのは、地味に悔しかった。別になんとも思っていないけど。ええ、いませんとも。
「それに、その後だって、私に話しかけようなんてしなかったでしょう?」
「ち、違うよ! あれはその……いつも……み、……見とれて……話しかけられなくて……、そのうちにクロエは別の人と話してしまうから、……それがいつも楽しそうで、すごく遠くて」
ルーカスがまだ顔を真っ赤にして言い訳をしている。あまり見たことがなかったクロエは、少し可愛いとまで思ってしまった。
しかもその言い訳は必ずしも合っているわけではなく、どちらかというと、ルーカスが誰かに話しかけられていたのだと思うのだけど。




