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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case09.幼き日の婚約者と延長線上の幼馴染
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9-6.現在の君

程なくして、ルーカスは、クロエのベッドに寝かされることになった。病み上がりのはずのクロエは、寝ていなければならないのに、全く眠くないし、疲れてもいない。


これはルーカスのことが落ち着いたら、また寝込む予感……


だが目下、大切なのはルーカスが無事でいることだ。


「急激な疲れが、眠りを引き起こしたのでしょう。今はただゆっくり眠っています。おそらく、頭を……記憶領域を使いすぎたのでしょうね」


丁寧に診察した医師の言葉にホッと息を吐くと、ベンジャミンがクロエの肩を叩いた。


「大丈夫か?」

「あぁ、ベン、ベルビン様も。いらしていただいてありがとうございます」

「友達の危機だ、当然だよ。クロエと話していれば、落ち着いて記憶を取り戻す準備ができるんじゃないかと思ったけど……逆効果だったのかな」


すると、励ますようにベルビンがベンジャミンの肩を叩いた。


「まだわかりませんよ。記憶が戻った副作用かもしれませんし」

「そうかもしれないですね……」


二人の話を聞いていると、かすかにうめき声がした。三人が急いでベッドサイドに向かうと、果たして、ルーカスがうっすらと目を開けた。


「クロエ?」

「ルーカス! 目が覚めた? 良かっ……」

「何で君がここに? ここしばらく、会いにも来てくれなかったじゃないか」

「……?」


言葉遣いが微妙に違う。声も硬い。クロエを信用していない声だ。


「舞踏会でも挨拶したらすぐにどこかに行ってしまうし……どうして?」

「ルーカス? 今度はいつ……」

「三年前だ」


ベンジャミンがつぶやいた。クロエが固まっていると、ベンジャミンはクロエの背後で小さな声で補足した。


「三年前。……五年前からクロエがルーカスを避け始めて、二年経ってルーカスはようやく変だと思い始めたから。すごい。もう三年前に戻るなんて、クロエはすごい治療をしたな……なぁ、ルー? クロエと最後に踊ったのはいつだ?」


ベンジャミンの大きな呼びかけに、ルーカスが身じろぎした。


「クロエと? 一昨年……かな。僕の誕生日の舞踏会だった。去年は踊れなくて……あぁ、クロエ、覚えてる? 君はとても綺麗なグリーンのドレスを着ていて……」


クロエはほとんど話したことのない、この三年前のルーカスにどんな態度で話していいかわからなかった。だが、とにかく、話すしかない。


「えぇ? えぇと、あぁ……ヘデラをイメージしたドレスでしょうか」

「ヘデラだったんだ……」

「そうなんですの。部屋で育てていたヘデラが、ふんわりカーテンみたいに流れていた時に思いついたんですわ。このヘデラみたいに綺麗なグリーンカーテンのようなドレスがあったら喜んで着るのにな、って思って、仕立屋に伝えたんです。バラやガーベラみたいなドレスは可愛らしすぎて……」


すると、ルーカスはため息をついた。


「本当にクロエは……花の話ばかりだな」

「ヘデラは花ではありませんわ。観葉植物よ」

「……そうだろうね」


ルーカスのうすら笑いが少し怖い。だが、少し調子は戻ってきた。


「ルーカスったら、ドレスなんてよく覚えておいでなのね」

「何だって覚えてるよ。去年の誕生日に着て来てくれたのは、アイスブルーのドレスだった」

「そう! あれはアサガオでしたのよ。アサガオはすっきりしていて落ち着くし、色も豊富で、一発で気に入ってしまったわ。だから、アサガオをイメージして作ってもらったんですの。色はね、ルーカスの誕生日だったから、お母様と相談して、アイスブルーにしようって」

「何で?」

「え、だって、アイスブルーが好きなんでしたよね?」


クロエが首をかしげると、ルーカスは目をぱちぱちと瞬かせた。


「でも誰も……知らないことだよ」

「そうだったかしら? よく身につけていた気がして」

「うん……だって……クロエと同じだからさ」

「私?」

「瞳の色が……アイスブルーじゃないか。だから、気がつくと選んでた。行きたくないお茶会の時だって、アイスブルーを身につければ、頑張れた。それだけだ」


ルーカスがクロエの手を取り、自分の頬にすり寄せた。まるでついさっきの、十歳の時のように。


「クロエ……気づいてくれてたんだ……」


当たり前じゃない、とは、クロエは告げられなかった。ルーカスを見ていたなんて知られたくなかったし、それとは違う言葉が頭を駆け巡っていたから。


十歳? ねぇ、十歳なの? 現在の二十五歳のルーカスは、きっとこんなことしないわ。


現在より前で、クロエが知っている最新は二十歳のルーカスだ。なんでもそつなくこなして、みんなの人気者で、キラキラしていて、ひどく遠くなった、他人行儀なルーカスでしかない。


……そうよ。本当は、ルーカスのことなんて、何も知らない。二十二歳のルーカスが、アイスブルーのアイテムを身に付けるだけで頑張れたなんて、知らない。


クロエが固まっていると、一通りの片付けを終えた医師が笑顔で頭を下げた。


「大丈夫そうですね。では、私はこれで。しばらく向こうで待機しております」

「まぁ、ブラウン医師、ありがとうございます。お手数おかけしますわ」


クロエが振り返って医師を見送っていると、ルーカスが小声で言い出した。


「その髪留め」

「はい?」

「その……髪留め……誰から……?」


えぇ? 今それ?


クロエがちらりとベンジャミンを見ると、ベンジャミンはベルビンを見、ベルビンはクロエを見た。


ルーカスには、さっきの十歳の時に経験した記憶はないらしい。それなら、もし記憶が現在に戻っても、今の会話は忘れてしまうのだろう。ならもっと普通に話してもいい。




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