9-4.思い出に戸惑う私
しかし、ずっと……ずっとって?
クロエは心の中で頭をひねった。
ルーカスが十歳程度なら、まだ出会ってそれほど経ってない。けれど、”ずっと”というのは、もう何年も十何年も、という意味に思えてしまう。幼いながらの”ずっと”なのか、その辺りは混濁していて、今の時間の尺度なのか……
ちょっと待って、それが今の尺度なのだとしたら、ずっとって何? 婚約してからは、なんだか甘やかしてくるけれど、それまでは何もなかったけど?
「クロエ、困ってることはある?」
「いいえ、ないわ」
クロエは返事をしながら、ルーカスの髪をただ撫でていた。
ルーカスの髪は、見た目は新種のツル科の植物、ホルコスールに似ている。ルーカスの癖っ毛が、まさしくその葉の茂り方なのだ。だが、触り心地は随分違う。とても柔らかだ。そんなこと、すっかり忘れてた。もうずっと触ったりなんかしていなかったから。
「病気は僕のせい?」
「違うわ。森の泉に落ちたの。冷たい体でしばらくいたのに、何もしなくて……そのことを、話さなかったのよ」
「泉には一人で行ったの?」
「……えぇ、そうね」
「なんで? 僕は一緒じゃなかったの?」
「確か……用事があったんじゃないかしら?」
密猟者を探しに行っていたなんて、子供にはものすごく危険なことにしか思えないだろう。誰も伝えていないことは言わないほうがいい。
「僕はクロエに無理を言ってた?」
「なんでそんなこと思うの?」
「僕、いつもそうだから。知ってたと思うけど……クロエに甘えてたんだ。本当に人に会うのは嫌いだったけど、それでも、気にするほどじゃない。でも頼んだら、クロエが僕のために動いてくれたから……僕、クロエが離れていかないように、ずっと頼んでた。クロエがいなくなったらどうしようって、怖かったから……」
いや、それは知らなかった。でも夢で見た、昔の思い出を分析するに、今思うと、確かにルーカスは当時からクロエに甘えていたのだろう。
「どうして?」
「だって、それしか方法がなかったから。クロエは僕なんていなくても、楽しいことを見つけられる。でも僕は、クロエじゃなきゃ嫌だ。クロエの一番は僕がいい。うちの親は幼い頃からの相手決めは反対していたから、決められなかった……だから、まるで婚約者に見えるようになったらいいなって思ってた。クロエには僕しかいないんだって」
なるほど。なかなかな策士だ。そう思ってクロエに伝言を頼んでいたわけか。伝言を頼む相手がベンジャミンではなかったのもよくわかった。心理は理解できる。彼にとっては楽しい戯れだった。だが、クロエが周囲から常識はずれだと笑われたりしたのは、想像できなかったのだろう。
言ってくれれば良かったのに。クロエは口から出そうになった言葉を飲み込み、黙り込んでしまった。
『クロエがいなくなったらどうしようって、怖かった』
そんな気持ち、言われたところでからかわれていると思っただろう。まるで婚約者だと思われたいだなんて、誰が思うっていうの? 将来有望な侯爵家の跡取りが、平凡な伯爵令嬢なんか? クロエがそう思ってることを知っていて、ルーカスは言えなかったんだ。そして、クロエが陰口を叩かれてることなど、当時は知らなかったに違いない。
「でも、クロエはどうせ僕がいなくてもいいんでしょ? ベンジーの方がずっと好きなんだ。でもベンジーとは結婚できないから、僕にしたんだ」
「……は?」
何言ってるんだか。
クロエはため息をついた。
「何言ってるの。一言言わせてもらうなら、ベンとは結婚”できない”んじゃなくて、”しない”のよ。私もベンも、どっちもするつもりなんてないの。友達よ」
「友達……僕は?」
「あなたは……」
なんだったんだろう? どう思っていた? この時、ルーカスと仲良くしていた頃。
「自慢の幼馴染で……笑顔が一番好き」
夢の中で、自分が言っていたことをそのまま口にしていた。
しまった! なんてことを! ルーカスに弱みを……
慌てたクロエは両手を口に手を当てたが、目の前のルーカスが精神は十歳だと思い出した。ルーカスは案の定、目を輝かせて、クロエを見ていた。
「僕もだ!」
抱きついてきそうなルーカスに恐れをなし、クロエは思わずその唇に指を押し当てた。不意にルーカスがおとなしくなる。
「ルー、あの……そう、あなたにいただいたプレゼントがあるのよ」
「何?」
「パリュール。髪留めや耳飾りなどの、素敵な宝石のセットよ」
「僕が? どれ?」
よし、興味を引けたわ。クロエは微笑んだ。
「見たい?」




