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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case09.幼き日の婚約者と延長線上の幼馴染
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9-2.目が覚めたらわたしは

クロエはしょんぼりと部屋を出て行くルーカスを見送りながら、執事ジェイコブに向いた。ジェイコブは深々と頭を下げた。


「こちらの国へ同行した使用人の中では、幼い頃から坊っちゃまのそばにいるのは私だけでして……」


ジェイコブの声は震えていた。そして言葉を途切らせると、いきなり座り込んでカーペットに頭を押し付けた。


「申し訳ありません! このような事態になってしまったのは、私たち使用人のせいでございます! 事前に防ぐこともできず……」

「え、ちょっと待って。立ってちょうだい。何があったの?」


クロエの言葉に、ジェイコブはため息をついて、のろのろと立ち上がった。


「実は……クロエお嬢様が熱を出してお倒れになって、坊っちゃまは非常に動揺いたしまして、薬を間違えてしまったのです!」

「間違え……? ルーカスも具合が悪かったの?」

「いいえ。坊っちゃまはお元気です」

「それじゃ、どうして?」

「お嬢様がお薬を吐き出してしまわれたので、薬が苦いのか、量が多すぎるのではないか検討を重ねておりましたところ……坊っちゃまは、数時間かかりますが、少量ずつを飲ませると請け負ってくださり、対応に追われました私どもは、医師とともに、ありがたくお願いしたのですが」

「そんなことになってたの……」


クロエは言葉を濁した。だいぶ状態が悪かったらしい。


「……結局、薬は? 私は飲んだのよね?」


こうして元気に起き上がったのだから。ルーカスにお礼を言わなければ。だがジェイコブは申し訳なさそうに頭を下げた。


「はい、ですが、結局、ニーナが行いました。その前に、坊っちゃまは倒れられたので」

「倒れた?」

「はい。そうなのです。焦って、坊っちゃまは、忘却の薬を口に含んでしまわれて……」

「ちょっと待って。何、それは?」


先を急いで説明しようとするジェイコブの言葉を遮ると、ジェイコブは改めてクロエを見た。


「忘却の薬でございます。お嬢様が熱で錯乱した時のために、念のためにと医師が用意しておりました」

「聞いたことがあるわ。回復に専念するために、薬草を使って記憶を曖昧にするって……」


では、本当にすごく悪かったんだわ。クロエは薬草の知識を思い出していた。かなり特別な薬で、なかなか処方されることがないはずだ。


「はい。この国は植物栽培が盛んなこともあり、薬学も最先端なのです。心を失った方のための薬も多く出回っておりまして、その一種です。この屋敷には医師が常駐しておりますため、医師も管理を怠っていたわけではないのですが……責任を感じ、気が動転しておりました坊っちゃまは、その……、軽い気付薬をと思って飲まれたのです、その薬を」

「なんで勝手に?」

「医師の説明が、さほど重くなかったからでございましょう。坊っちゃまを心配させないように。それが仇になった形でございます」


クロエは頭がクラクラした。だからと言って、自己判断で勝手に飲むなんて。ルーカスは薬になど詳しくないのに。


クロエは頭を抱えた。


「えー、もう何なの? なんでそうなっちゃうの?」


いつも冷静なはずなのに、どうしてそんなヘマばかりするんだろう?


「坊っちゃまは……お嬢様が倒れられたことを、反省をなさっておりました。その独り言を、メイドが洩れ聞いております。『僕はなぜクロエと一緒に過ごさなかったんだ。ここに来てからは負担をかけてばかりだ……』と嘆いておられたそうで」


そういえば、馬の上でそんなようなことを言っていた。五年を無駄にした……? だったかしら。だからと言って、思っただけでは過去には戻れない。こうして間違いを犯す以外に。いいえ、そもそも、戻っていない。


「なんでそんなこと思ったのかしら? 私、この旅が負担だなんて一言も言ってないわ。そりゃ、慣れないこともたくさんあって大変だけど、植物をたくさん見られるんだし、ルーカスは約束を守ってくれてるし。だから、例え体に負担があったとしても、それは私が慣れてないからで、嫌なことなんて全然……」

「それが、お嬢様が苦しんでいる様子を見て、メイド達が同情を示したのが聞こえてしまったそうなのです。”若旦那様の勢いに押されて強引に婚約させられたと思ったら、落ち着く暇もなく外国の周遊。若旦那様のせいで嫌なことの連続。慣れない移動続きの生活が、ストレスとなり、お嬢様を弱らせ、病気にしてしまったのだ”と……」

「違うのに」


これは、森の奥で泉に落ちてしまったのを黙ってて、ずっと冷たい体でいたからだ。自分の家で過ごしていたとしても寝込んでいただろう。


っていうか、メイド達にそんな風に思われてたんだ……


クロエはそんなにかわいそうに思われていたのかと驚愕し、”大事な跡取り坊ちゃん”を誘惑した悪役令嬢だと言われてなかったことに少しホッとした。でもこの場合、どちらがいいのかわからない。どちらかといえば、自分が悪役令嬢の方がしっくりくるのだが。


「嫌なら、本人に言うわ。遠慮する間柄じゃないもの」

「メイド達の噂ですよ。それを坊っちゃまは気にされているのです。お嬢様はお心遣いが優しく、坊っちゃまに本当のことが言えないのではないかと……坊っちゃまは、ご自分がお嬢様のことをよくわかっていた時代があったのだと、懐かしく思ってらっしゃいました。どうしてそのままでいなかったのかと」


ルーカスがクロエをよくわかっていた頃なんてあっただろうか? そして、クロエだって、ルーカスを知っていただろうか? ……そんな頃があったとは思えない。


確かに夢で思い出した頃の、クロエたちは分かり合っているように過ごしてた。でも、みんな少しずつ本当のことを黙っていた。それに気づかないふりをして、気づかせないようにしていた。そんなこと、わかってる。今だって、それはきっと、変わらないのだ。





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