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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case08.国賓の令嬢と森を愛する少女
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8-7.あなたとの時間

ルーカスは唖然としているクロエに苦笑いをした。


「クロエには避けられていたし、好かれるための努力なんて、誰のためにもしたことがなかったから……君ともう一度仲良くなるにはどうしていいかわからなかった。でも、クロエじゃなきゃ嫌だったんだ。母上から言われてもベンジーから言われても、認められずに、僕は意地を張っていたくせに」


そういえば前にもそんなことを言っていた。ルーカスは、他人にどう振る舞えばいいかわかるらしい。つまり、これまで”好かれる努力”は必要なかった。クロエ以外には。


でも、どうして? クロエに敢えて好かれる必要なんてない。ルーカスにとってクロエはわがままを聞いてくれるただの幼馴染の友人だったはず。そうでないのなら、クロエはいったいどこで間違えたのだろう?


ダメ、考えられない。頭が朦朧としてくる。なんだか少し寒いわ。


馬は快適に走り、風が火照った頬を冷やしていく。心地よいはずなのに、とても腕が重い。ドレスがどんどん冷たくなっていく気がする。


「あの時、大義名分があることに飛びついたんだ。『僕は理解してるから、君は結婚してもやりたいことができる。僕は他の人みたいに、家にいろなんて言わない。君が僕をどう思おうと、君のためになるんだ』って。僕がクロエが良かっただけなのに」


ルーカスの声が遠く響き、クロエはハッとして会話に集中しなおした。気を抜くと寒さに意識が飛んでしまいそうだ。なんでもいいから会話をしないと。


「でも私、知ってるのよ……結婚したら妻のご機嫌伺いしたりしなきゃならないの、面倒だから絶対にしたくないって言ってたの、聞いたことがあるんだから」

「それ、昔の話だろう? 若気の至りさ。クロエは別だ。特別なんだ。僕はクロエになんだってしたい。もちろん、花だって贈りたい。花が好きな君に、花を見て笑顔になってほしいから」

「ルーカス……」


私、それほど切り花は好きじゃないのよ。言いたかったけれど、飲み込んだ。多分、焦点はそこじゃない。


「それで、ケルベロスフラワーよりずっと、君が気にいるものを贈るんだ」

「ケルベロスフラワー? なんで?」

「僕よりずっと気に入ってる」


クロエは思わず笑った。


「そうね! ルーカスよりずっと好きだわ」

「どうしてさ」

「だって、ルーカスより可愛いし、優しいし、喋らないもの」

「嘘だろう」

「ルーカスは可愛くないし意地悪だし強引だし、何考えてるかわからないし……」


クロエがずらずらと並べると、ルーカスは慌てたように言葉を挟んだ。


「ク……クロエ、だって君は……僕の全部が好きって言ってくれたよね? 全部いいところだって」

「そんなこと言ってないわ。いいところがたくさんあるから、一つ増えても減っても困らない、って言ったの」

「何が違うんだい?」

「違うでしょ。だいたい、その理論だったら、本当にあなた、”かわいそう”じゃない」

「なんで」

「あなたがこう言われてるの知ってるわよね。”かわいそうに、とうとう悪役令嬢に捕まった、いったいどんな弱みを握られたんだ”って」


するとルーカスはおかしそうに笑った。


「悪役令嬢なんて、上等じゃないか。男としての格が上がるね。きっとそのうち言われるよ。”悪役令嬢を手懐けるなんて、きっとすごくいい男なんだろう”って。笑っちゃうだろう? 噂なんて、そんなもんさ。でも、当然の事だ。クロエに見合う男なんて、他にいやしないよ。君ほど聡明で優しくて真面目な令嬢は、どんな男だって格下だ」


そんな口説き文句、聞いたことがない。愛想がなくて生意気だと言われてきたのに、ルーカスにかかれば、クロエは自分が誰より素敵な令嬢に思えてくる。


それがルーカスから見た自分なら、ずっと褒めてくれるのなら。


一瞬ほだされかけ、クロエは慌てて頭を振った。


でもそれは、自分ばかりが得をする。ルーカスには全くいいことがない。


「わ……私は屈しないわよ!」

「わかった。僕はもう、喋らないほうがいいね」


ルーカスはため息をついてクロエをぎゅっと抱きしめると、クロエの顔がでないほどに胸元へ押し付けた。


喋らないのはクロエでは? そして喋れないのでは?


クロエは息苦しく思いながらも、目を閉じた。相変わらず背筋が震えるほど冷たいが、ルーカスの腕の中は心地よく、なんだかすごく安心して、眠くなってきた。


流浪の民の少女は、クロエのお願いを簡単だと言った。全てが自由な彼女たちにとって、すごく難しいことなんじゃないかと思ったのに、違っていた。


もしかしたら、ルーカスにとってもそうだったのかも?


自分がルーカスには難しいと思うことも、伝えてみれば簡単なのかもしれない。


逆も……いや、”探偵”なんて難しいわ。でも、そんなことをなぜ思いついたのか、理由を勝手に決めつけないで、真面目に考えた方がいいのかもしれない。ルーカスは、それを”大義名分”だと言っていたのだから。何か、理由が……


その時、ルーカスがつぶやいたのがかすかに聞こえた。


「……君を守りたかったんだ」


守る? 守るって、なんだろう? 悪役令嬢という噂から? 冤罪を被せられる立場から? 


クロエは考えながら、背筋にさした寒気が、自分に重くのしかかるのを感じた。


☆☆☆☆☆☆☆


腕の中のクロエが、頭をがくりと落とした。


「クロエ? 寝ちゃった?」

「寒いわ」

「……寒い?」

「うん……すごく……寒い」


ルーカスは慌ててクロエの額に手を当てた。ひどく熱い。気がつくと、クロエは自分の腕の中で震えていた。


これは……まずい。


「クロエ! 大丈夫だ、しっかりつかまって。キルシュシュタイン博士のところに馬車があるから。すぐに帰ろう」


ルーカスは抱えていたのにも関わらず、全く気づかなかった自分に嫌気がさした。馬の動きで気づくのが遅れてしまったのかもしれない。


それにしたって。


いつもの軽口だと思って。


いったいいつから、クロエは具合が悪かったんだろう? そもそもルーカスと馬に乗りたいと言った時点で、もっと注意するべきだった。


この会話だって、記憶にないかもしれない。だがそんなことはどうでもいい。


いつから? 調子が悪いのすら気づかなかった。彼女は森の研究所に来るのが楽しみで、具合が悪いのを黙っていたのかもしれないんだ。


クロエが植物を好きなのはよく知っていた。それに嫉妬する自分もいたが、それよりもっと、クロエに植物を見せてあげればよかった。そうしたら、こんなになるまで無理することもなかったかもしれないのに。それなのに自分は、ただクロエをふりまわしてばかりで、クロエの体調すら見逃していた……


ルーカスは心配で胸がつぶれそうになりながら、なんとか道を外さずに研究所に戻ったのだった。



cese08 END


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