1-7.探偵の提案
「……ウェントワース夫人にお渡しになってくださればよろしいのに。花の回収は、ルーカス様には頼んでおりませんわ」
仕方なく、クロエは困惑した顔で花束を受け取った。
「いやいや。母は咲いているのが好きなのは君も承知だろう。それを知っている僕が贈っても、頭がおかしくなったと思われるだけさ」
ルーカスは冗談交じりの対応も感じがよく、非難しようがない。そう思ったのに。
「……クロエ、君は素晴らしい。誰よりも優しくて賢くて、アイスブルーの瞳も金色の髪も、何もかもが美しい」
……おかしい。
クロエは不安に顔を上げた。
ルーカスは自由人で空気を読まない。よって、お世辞を言ったりしない。
はずだ。
なのにルーカスは、いきなりクロエの手を取って跪いた。
「私にまだ権利があるのなら、君に正式に結婚を申し込んでいいだろうか? 君の未来を私と共に過ごしてほしいと」
結婚願望がおよそないはずだ。なのに……
クロエたちを囲んでいた人たちが、ワッと騒ぎ始める。もう薔薇の花とかポールの罪とかニックの悪意とかクロエの怒りとか、どうでもいい雰囲気になってしまった。
え、ちょっと待って、マリアンヌ様は?
クロエは慌ててマリアンヌを見た。しかし、マリアンヌは目を輝かせて何度も頷いていた。
何してるんだろう、彼女は。そこは”私のルーカスを取らないで”でしょう?
「ご冗談を」
そんなことを言うなんて、何しに来たの?
思わず言いそうになり、クロエはその言葉を飲み込んだ。もちろん、ルーカスはこのお茶会が開かれているウェントワースの人間だ。来るのは当たり前なのだ。なんでいるのと問われるとしたら自分だ。
ああ、庭の美しいこの家が憎い。
「ううん。本音だよ。もちろん、君にとってもいい話だと思うんだ」
「何がでしょうか?」
警戒してクロエが身構えると、ルーカスはクスリと笑って立ち上がり、クロエの耳元で囁いた。
「ねぇ、いい提案があるんだ。僕と一緒に、探偵の仕事をしない?」
……探偵?
クロエは首を傾げた。
そんなこと、初めて聞いた。
「探偵? ルー、あなた、探偵になりたいの?」
最近流行っている、冒険小説とやらの流れに、探偵小説というのがあった。貴族の次男坊や三男坊が道楽でしているような設定で、随分と人気があった。
クロエが驚いていると、ルーカスはくすくすと、クロエがくすぐったくなるほど優しく笑った。
クロエの硬かった口調が、うっかり解けたことに気づいたのは、ルーカスだけだった。むしろ、クロエの言葉が聞こえたのもルーカスだけだっただろう。事実、二人の会話は誰も聞いていなかった。
「違うよ、もちろん。わかってるだろう、君が探偵になりたいのなら、僕は協力を惜しまないということだよ!」
クロエはぽかんとした。
探偵になりたいなど、一度も思ったことがない。なりたいのはプラントハンターだった。市場の植物だけでは物足りない、世界に植物を取りに……でもできないと、諦めたばかりだ。
「その暁には、ぜひ、僕を助手にしてもらいたい」
「何言ってるの……」
そんなの、勝手に一人でやってほしい。
クロエは頭がクラクラした。
できるわけがない。悪役に加えて、探偵だなんて。
「無理よ。できないわ」
「楽しいと思うんだけどなぁ」
「あなたは家を継ぐんだから、探偵なんてできないでしょ」
「探偵じゃないよ」
「助手だって同じ。家の仕事から離れるつもり? そんなことは許されないわ。だって」
と、突然、ルーカスは言い募るクロエの唇に、そっと指を押し当てた。クロエは思わず驚いて黙り込み、ルーカスをまじまじと見つめた。
これは幼い頃に、クロエがルーカスにしていたおまじないだ。決して、逆をされたことはない。
意外と恥ずかしいものなのね……ルーカスはよく耐えていたわ。私は年下なのに。申し訳ないことをしたわ。でもそれを怒っているわけではないわよね? ……というか、もう長いことしていないくて、ルーカスはすっかり忘れていると思ってた。
だがとにかく、ときめいている場合ではない。
固まったクロエに、ルーカスは少し考える仕草をし、ニコリとした。
「それなら……パトリックに継いでもらおうかな?」
クロエはぞっとした。パトリックはルーカスの弟だが、ルーカスの代わりにはなれない。
「何言ってるの。パトリックがかわいそうよ」
「そうだなぁ、優しくていい子だからなぁ……でも、僕が強引に言えば、パトリックになると思うよ。僕はわがままだから。そういうことはしたくないんだけどなぁ、どうする?」
本当にやりそう。
不吉な言葉に、クロエはゾッとしてルーカスの顔を見た。すると、ルーカスはとんでもなく魅惑的に笑った。
「次代のウェントワース侯爵家の仕事は、探偵にしようね。表向きは外交の仕事をしながら、事件を解決するんだ」
探偵になんてなりたくない。クロエは今の悪役令嬢の肩書きは、割と気に入っている。
だって、庭で一人でいても見逃してくれるし、好きなだけ植物の成長を観察できるんだもの。
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