8-4.戦力についての問題
クロエが手を出すと、ルーカスとハンジはぎょっとした。
「……イヤイヤ。無理だろう、クロエには」
「そ……そうです、だって猟銃ですよ? 短銃ではありません。エマ様は勉強なさって、お使いになられますが、あなたのような令嬢にはさすがにお渡しできかねます」
「いいえ? 私、毎年、領地の狩猟会に出ておりましたので、イノシシくらいは狩れます。領地といえど密猟者もおりましたので、よく追いかけましたけど……戦力にならないかしら」
聞いていたハンジが唖然とした後、にっこりと微笑んだ。
「それは……充分に戦力になりますね。ぜひ参加していただきましょう。テンバリー卿の伴侶として、非常に良い技術を身につけられておられたんですね」
クロエはホッと息をついた。
「良かったですわ、使い道があって。実は私、幼い頃はプラントハンターを目指しておりましたの。未開の地やこうした森などの禁猟区に行くことがあれば、自分の身は自分で守らなければなりませんでしょう? ですから、本気で頑張っていたんです。社交界デビューする頃には、無理だとわかりましたけど……でも、鍛錬を怠らずにいて正解でしたわ。まさか、こんな時に役立つとは思いませんでした! ……どういたしました?」
なぜだろう。クロエが顔を上げると、ハンジの目が点になっていた。
「いえ……想像していなかったお返事でしたので、少々驚きました」
「クロエはいつもこうなんです。植物が最優先で、僕などそっちのけです」
「それは……テンバリー卿も心労が絶えませんね」
ハンジがクックッと笑った。なぜか二人は急に親しげに、分かり合うような顔をしている。
「笑っておられますが、キルシュシュタイン博士、あなたもそうなんでしょう」
「ええ、ですから、私はソーンダイク令嬢に味方しましょう。きっと、ほとんどのご友人が、あなたの味方をするのでしょうから」
「それが……そうとは限らないのですよ、博士……」
「おや。それは、テンバリー卿に人徳がないのか、ソーンダイク令嬢に人徳がありすぎるのか……」
「どちらもですね」
ルーカスの言葉に、ハンジがさらに笑い、確認した猟銃を、クロエに渡してきた。
「こちらはどうですか」
渡された猟銃は、少々古い型だったが、そんなに大きくはなく、重さも耐えられそうだった。
「これなら……大丈夫そうです」
「でしたら、こちらで。よく使っておりますので、しっかり機能しますよ。人用ではありませんので、脅しにのみお使いください。獣に襲われそうになったら、間違いなく使ってくださいね」
「ええ」
頷いたクロエが慣れた手つきで猟銃を使うのを、ルーカスは困惑した目で見つめていた。
「何?」
「慣れてるね」
「随分練習したのよ。技術的には一流だって褒められたわ」
「プラントハンターになるには、こんなこともできなきゃならないんだな……」
ルーカスの言葉に、クロエは肩をすくめた。
「でも、どれだけ技術を磨いても、結局、なれなかったんだから意味がないわ。経験者のマデイラ博士にも反対されたし、体力もなくて」
「反対されてたの? どうして?」
「博士には足りないものがあるって言われてたの。体力もなかったし……」
「教えてくれればよかったのに。そしたら、一緒に練習できた」
軽く言うルーカスに、クロエは思わず笑ってしまった。本当に、予想外なことを言う。
「そんなことを言うの、あなたくらいよ。銃の練習なんて、令嬢らしくなくて恥ずかしくて、言えなかったわ」
「恥ずかしくなんてないさ。とても素晴らしい心掛けだ。なりたいものを真剣に目指すなんて、僕はしたことがない」
クロエは首を傾げた。
「……探偵?」
「それは新しい目標だ」
「それなら、今まで通り、立派に侯爵のお仕事を継ぐことを目指せばいいでしょう」
「そう思う?」
「だって、ルーカスは一度だって手を抜いたことがないでしょう。社交も鍛錬も。ものすごーく怠け者で、面倒臭がってるだけで」
ルーカスの目が優しく緩んだ。
「……よく知ってるね」
「ほらね。だからやっぱり、探偵なんて目指すものじゃないのよ」
なってもらいたいと願うものでもないわ。
話しながら部屋を出て、自分たちが乗ってきた馬を確認した。感心したことに、ベルビンたちは万が一の事態を予想していたのか、馬は街歩き用の洒落た馬ではなく、山や森を駆けることのできるしっかりした馬を連れてきていた。
「行きましょうか」
ハンジが自分の馬に跨り、そろそろと進み始める。
「流浪の民ということはないのですか?」
「わかりません。でも季節ではありませんし、彼らは、森で銃を使うことはほぼありませんので……」
再び、猟銃の音が響いた。今度は、あちこちで聞こえる。
「もしかしたら、泉の方にも行っているかもしれません。あちらは水を飲みに、動物たちが行きますから。弱ったな、どちらを先に見に行こう……」
ハンジの言葉に、クロエは頷いた。
「それなら、私が一人でそちらへ向かいます。開けた場所なら、いるかどうか確認するだけでも大丈夫ですよね? 動物たちがいないようなら、戻ってまいります」
「……そうですね。それがいいでしょう。身軽な方が行った方が、危険が少ない。ですが、人がいたり、興奮した動物がたくさんいるようなら、すぐにでもこちらに合流してください。あなたは右へ、私たちは左へ行きましょう。テンバリー卿、それでよろしいですか?」
ルーカスはすぐには頷かなかったが、しばらくすると仕方なさそうに頷いた。
「……いいでしょう。ここではあなたが指揮官だ。我々はついていくのみ。確かに、人出はその方が良いと思います。ただ、ベルビンたちに合流したら、僕は泉へ向かいます。いいですね」
「もちろんです。ご協力感謝します」
そして、ルーカスはクロエに向いた。
「一人で大丈夫?」
「任せて。これでも銃の腕は確かなのよ。さっき言ったでしょう?」
「ソーンダイク令嬢、よろしくお願いいたします。彼らも泉までは行ってないと思いますが……トラップもありますから、それなりに行きづらいはずなので。ですが、充分にお気をつけて」
「ええ、わかりました。では後ほど!」
クロエは言って、馬の向きを変えると、すぐに泉の方へ向かったのだった。




