8-3.『私にも』
ハンジは嬉々として話を続けた。
「テンバリー卿、そしてそれは、森の植物たちも同じです。自由に見えて、実は規則に沿って生きている。非常に興味深く、たくさんのことを教えてくれます。この森を守っていきたいと、ここに住むようになった僕の気持ちもお分かりでしょうか!」
「まぁ。ご立派ですわ。私も博士のような生活に憧れておりますの」
するとルーカスはふと軽く笑顔を見せた。
「それなら僕も学ばなければなりませんね」
「それは嬉しいです。みなさんで一緒に行きましょう」
言いながら、ハンジは森の様子を気にかけた。
「少し、森の様子を見てきましょう。アッカーソン夫妻が道の確認を終えて、次の段階に入れるかもしれません。ソーンダイク令嬢はどうなさいますか」
「もちろん見に行きたいです! ルーカスはどうする?」
すると、ルーカスはしばし躊躇い、首を横に振った。
「今日は遠慮しておくよ。明日も予定が立て込んでいるから、休息を取っておきたいんだ」
「まぁ……そうなの……」
「残念がってくれるのかい?」
「それは……だって、あなた一人じゃ寂しいでしょう」
「大丈夫。行っておいで。僕は充分に見たから」
「でも……」
言い合う二人に、ハンジが提案した。
「では、テンバリー卿はこちらから如何ですか」
「見られるんですか?」
「はい。狭い範囲の調査ですので、見えると思いますよ」
ハンジが案内してくれたのは、庭の外れで、広大な森の一部が見渡せた。エマとベルビンが丁寧に木や草を確認し、何か楽しそうに話しているのが見えた。早く参加したい。でも一人だけ残してしまって大丈夫だろうか?
笑顔にはなったが、確かに断るくらい、ルーカスは元気そうではなかった。おそらくここ数日、社交が忙しかったのが響いているのだろう。
「ここはまた、気持ちが良い場所ですね。僕のわがままを聞いてくださり、ありがとうございます」
「いえいえ、これくらい。植物に興味があるなんてそれだけで有り難いです。声を掛けてまいりますので、ソーンダイク令嬢、準備をお願いいたします」
そう言うと、ハンジは小さな門を出て行った。気配がなくなる頃には、クロエはスカートの膨らみを抑えるように、リボンを引っ張って結んでいた。
「何してるんだい?」
「あぁ、スカートが木々に引っかからないように抑えてるの」
「へぇ……」
「あとで、小屋に入って荷物を取ってこないと」
クロエの言葉に頷きながら、ルーカスはクロエに尋ねてきた。
「マデイラ博士って、誰?」
「領地でお世話になっている博士よ」
「知らないけど」
不服そうなルーカスがおかしく、クロエは笑いながら説明した。
「あら。あなたのお母様の花が切られてしまった時、代替の花をお願いしたの。だから、あなたのお母様はきっと知ってらっしゃるわ」
「僕は知らない……」
「だってルーカスは聞かないじゃない」
すると、ルーカスは、少し不満そうな表情をしつつ、クロエがスカートを整え終えたのを見計らって、腕を優しく引いた。クロエはそのまま、つられるように歩いた。足は、小屋に向かっている。
「なら聞こう。男? 年齢は? どんな人?」
「……男性だけど……もう老境よ。いいおじいちゃんで、頑固者で、植物が好きなの。昔は、私も養子にとってくれなんて言ったこともあったわ。却下されたけど」
「マデイラ博士の好感が上がったよ」
そして、ルーカスは家のドアを開け、入っていった。荷物をどこに置いたかしら。クロエは考えながら、その後ろを追いかけて部屋に入った。
「……私、本当に植物が好きなのよ。育てるのも、見るのも」
「知ってるよ」
「だから……ルーカスにもわかってほしくて」
ルーカスが振り向き、ぶつかりそうになったクロエを抱きとめた。
「どうして?」
「え、だって……」
本当に、どうしてだろう?
大事な幼馴染だから? でも知らなくたって、構わないはず。
探偵になれと言ってくるから? でも、それはもうならなくていいと言われている。
婚約しているから? でも、国に戻ったら解消してくれて構わないと思っているのに?
婚約の解消? ……本当に? そう思ってる? 今でも?
生意気な悪役令嬢だったクロエを、それでいいと言ってくれた人なのに?
「私……」
その時、遠くで非日常な大きな破裂音が遠くでした。クロエとルーカスは、思わず顔を見合わせた。もう一度、遠くで響く。
「何の音?」
ルーカスが急に真面目な顔で耳を澄ませた。
「銃の音だ……」
「こんな森の奥で? ここは禁猟区でしょう?」
「いや……これは……」
ルーカスが考え込んだ時、バタバタとハンジが家へ戻ってきた。
「お取り込み中のところ、申し訳ありません。銃の音が聞こえまして……銃を取りに」
お取り込み? 何?
クロエがハッと自分を省みると、これでもかというくらいにルーカスは自分をぎゅっと抱きしめていて、ルーカスの顔が自身の顔の数センチ前。クロエは慌ててルーカスを突き飛ばした。
「いえ、いいえ! 何でもありませんの! 銃の音がして驚いて……」
「あぁ、えぇ、そうでしょう。おそらく密猟者だと思われます。私とアッカーソン夫妻はこの禁猟区を任されている関係で、捕まえるために見に行かねばなりません。アッカーソン夫妻はすでに音の方へ向かいました。お二人はどうしますか」
「僕も行きます」
すぐにルーカスが名乗りを上げた。これは一気に”仕事モード”だ。”なんでもできてしっかりしている、噂通りのご立派な侯爵令息”に戻った。……と言っていいのか、変化したと言っていいのか。ただ、今日、初めて会った時からオフモードだったルーカスしか知らないハンジは、少し驚いたようだった。
「テンバリー卿も?」
「はい。私も国では、国境付近の安全やまだ開墾されていない土地の開拓管理を任されている身です。何度か捕まえたこともあります。お手伝いできるなら、させていただきましょう」
「それは……ありがとうございます!」
ハンジは感激したようにルーカスの差し出した手に握手をし、猟銃を選んだ。そして、感心したように息をついた。
「さすがに、ただ婚約者と旅行に来たわけではないのですね」
「能ある鷹は爪を隠すというでしょう? 僕が婚約者にのぼせている方が、ずっと自然な友好関係を見られるというものです」
ルーカスはにっこりと笑い、ハンジから猟銃を手渡される。猟銃を確認している二人に、クロエは声をかけた。
「私にも」




