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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case08.国賓の令嬢と森を愛する少女
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8-2.友人への疑惑

「……参考になる意見はもらったけど、騙されてなんかいないよ。だいたい、留学してたベンジーと会ったのは、お茶会でクロエにプロポーズした後だし、僕がクロエがいいのは変わらないんだから」

「そうねぇ……」


何がいいと言うのかしら……クロエが様子を伺うと、ルーカスは穏やかに微笑んだ。


「わかってくれた?」

「私に探偵の素質があるから?」

「おや。自覚が出て来た?」

「ちょ……そうじゃないけど、あなたがそう言ってるんじゃない。私はなりたくないわよ」

「仕方ないな。探偵にならなくていいさ。僕と結婚してくれるならね」

「私が助手?」

「ダメ?」


そんな甘え顔したって……


「頼み事はしないでって言ったでしょ!」


クロエが勢い込んで立ち上がると、ルーカスも同じく立ち上がり、なにか言いかけた。


その時、背後から草を踏み分ける足音がした。


「あぁ、すみません。肥料に手間取りまして……ご質問は、ケルベロスフラワーの好きな昆虫だったでしょうか? ハエでも大丈夫だと聞いてはいるんですが、意外と蟻なんかも好きみたいです」

「まぁ、お忙しいところお手数をおかけして申し訳ありませんわ、キルシュシュタイン博士」


クロエは慌ててハンジ・キルシュシュタイン博士へ向かって小走りで近づいた。彼は鉢を抱えたまま話し続けた。


「無理に昆虫を与えなくても、水で充分ですよ、お嬢様。大きさも最大三十センチ程度ですし、多少の温度差も気にしません。おそらく、移動するのでしたら、やはり最適な植物なのではないかと思います」

「そうなんですか。それはありがたいです」


クロエとルーカスは、ベルビンとエマのアッカーソン夫妻と、森の研究所を訪ねてきていた。ハンジ・キルシュシュタインはこの国の博士で、エマの知り合いの研究者だった。紹介してくれると言っていたのを、ようやく実行できた形だ。はじめはクロエとルーカスだけで会いに行く予定だったのが、急遽、治安も気になるからと同行を申し出てくれたのだった。


「しかし、ソーンダイク令嬢がマデイラ博士のお弟子さんだったなんて、僕はとても幸運です」

「弟子ではありませんわ。私がただ、慕っているだけで」

「それでも、気に入らない人は、決して寄せ付けない人ですよ。何しろ、最高の賃金を提示したのに、この国を出て行ってしまったくらいですから」

「そうでしたの。本当に、とてもご高名な方だったのですね。プラントハンターとして、世界中を飛び回っていたと聞いていたものですから、この国出身だとは知りませんでした」

「当然でしょうね。マデイラ博士は、こちらの最先端の研究チームを断って、そちらの国で独自の研究をしておられますから。私どもとしては、近況くらいは知りたかったんですよ。きっとお元気なのでしょうが、あまりに静かで、どうしているか気になっておりました」

「マデイラ博士は、最先端にこだわっておられないそうです。自分の興味ができたものを研究したいそうで……最近は、バラの開発にこだわっておりました」

「バラですか」

「ええ、つるバラの長さをこちらでコントロールできるようなバラです」

「それはどうやって?」

「長さの限界をつるバラが根ではなく、つるの先で考えるようになれば、もっと多くの方が楽しめるとおっしゃって、」

「はぁ、なるほど! それはいいですね」

「クロエ、ちょっといいかい?」


ハンジと盛り上がっていると、ルーカスが難しい顔で会話に入ってきた。


「ごめんなさい、退屈よね、こんな話。森にベルビン様とエマ様がいらっしゃるわ。そちらの方でおしゃべりしてらして」

「退屈ではないと言ったら嘘になるけど、話の邪魔をしたかったわけじゃない。ちょっと聞こうと思って」

「何かしら?」

「長さの限界を根が決めるって、どういうこと?」

「これは嬉しいですね。テンバリー卿も植物に興味がでてらっしゃいましたか?」


ハンジが朗らかにいうと、ルーカスも同じように微笑んだ。クロエはハラハラしながら会話を見守った。ルーカスの外交力は信じているけれど、どうにも心臓に悪い。


「そうですね。今までは身の周り以外に興味はなかったのですが、クロエの話を聞いていたら、造園を本格的にするのも悪くないかなと」

「そうですか! そうですね! 嬉しいです。ご自宅は大きな庭園がおありでしょうから、造園に力を入れたら、さぞかし素晴らしいものになるでしょう」

「これでも、珍しい草花なんかは好きで、昔は庭に植えたものでしたが、忙しくなると、それもすっかり手薄になってしまって」

「あぁ、わかりますわかります。どのような花を?」

「記憶に新しいものといえば……母がハーブが好きなので、ハーブ園を作っていろいろ植えました。紫色のバジルはなかなか好評でしたよ。でも見た目はカレンデュラの方が好きでしたね。オレンジ色でかわいらしくて」


その会話で、クロエはふと思い出した。


「そういえば、生垣にローズマリーを使ってらしたわね」

「ほう! 生垣にですか。ハーブ園ではなく」

「そうなんです。庭師がとても上手で、要望があると、よく厨房へ持って行っていましたわ。フレッシュでとても美味しそうでした。……でも食べたことはないわね」

「ないのですか?」


不思議そうにハンジが首を傾げた。当時はお茶会をしたことはあっても、食事をしていったことはない。ローズマリーはお茶会にあまり出たことがなかった。クッキーに入っていたかしら……


「あ……いいえ! ハーブティーで飲んだことがありますわ! ルーカスのお母様は、ブレンドもとても上手なんです」


クロエがようやく思い出して言うと、ハンジはニコニコと話を続けた。


「素敵ですね。ご両親とも仲がよろしくて、素晴らしいことです」

「あ……ありがとうございます」


クロエはなんとか平常心を取り戻し、息をついた。ハンジは嬉しそうにルーカスに再び話しかけた。


「それにしても、ハーブにお詳しいなんて意外でした。テンバリー卿は、統率の取れたきっちりとした庭園がお好みかと思ったので」

「そうですね……実は、そういうのも目指したことはあったのですが、……クロエがあまり好きではないようだったので、やめにしました。そのうち、母もなるべく自然な生育が良いと言うようになって……あまり思い通りの形にしても、落ち着くものではないですね。それに、よく見ると、適当に見えて、それぞれがそれぞれの条件で規則正しく生きているように見えます。それを知るのも、また楽しいですね」

「素晴らしいです! お嬢様、テンバリー卿はよくわかっていらっしゃるんですね!」


ハンジが感激でルーカスの手を掴んでぶんぶんと振った。ルーカスは面食らいながらも、少し嬉しそうだ。憧れられることが多いルーカスは、心から評価されることが意外と少ないのかもしれない。






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