7-10.素直な謝り方
帰りの馬車で、ルーカスが急に頭を下げた。
「ごめん」
「何が?」
「もう、面白がったりなんかしないよ」
「事件のこと?」
「うん。本気じゃなかったんだ……クロエが喜ぶと思って」
「知ってたわ。それに、私は喜ばないわよ。解決だって、策を練るのだって、嫌いなんだから」
「そうだったね。円満に解決できるように、君は配慮してきたんだった。だから、みんな君に感謝してるんだ」
そしてルーカスはため息をついた。
「君が颯爽と解決するのがかっこいいと思ってた。でもそれは、君があらかじめ予測していて、危険じゃないことを知っていたから冷静だったのだし、僕も安心できたんだ。それを忘れて、事件が起きて欲しいなんて、冗談でも言っちゃいけなかった。反省してる」
クロエは思わず微笑んだ。こんな殊勝なルーカスも悪くない。
「そうね、私はあなたじゃないもの」
「?」
「あなたみたいに、なんでもスマートにできるわけじゃないの。あなただったら、推理もお手の物でしょう? あの場で私よりずっと、上手に解決できたじゃない。今度から、あなたが探偵になってね? 本当はずっと、そうしたかったんでしょう?」
今までは……めんどくさくてやりたくなかったんでしょう。なんだかんだ、調べたり断罪したりその場をまとめたりするのって面倒だもの。
でもこれで、できるようになったわけだし。クロエはお役御免だ。
だが、その考えは甘かった。
「クロエがいてくれるなら、できるかもしれない」
「まぁ。どうして?」
「謎を解いたのはクロエだからね。僕は解決してみせただけで、真相を追えたわけじゃない。だったら、クロエがいなければ、僕は事件を解決できないだろう? ……とすると、公務だって、クロエが見ててくれれば難なくできそうだな。今までは誰に期待されてもイヤでたまらなかったけど、今回はやる気が出た。他ならぬクロエが背中を押してくれたからだよ」
クロエはぎょっとした。なんですって? 公務まで?!
「公務はさておき……私は別にルーカスが事件を解決しなくても、気にしないわよ」
「それは……僕に愛想を尽かしているということ?」
「何よ、それ。ルーカスにはいいところがいっぱいあるじゃない。一つ増えようが一つ減ろうが、ルーカスが素敵なことには変わりないってことよ」
頭はいいし顔もいい。人当たりもいいし、なんなら、運動神経だっていい。実際のところ、クロエが調べ抜かなければ解決できないことでも、きっとルーカスはその才覚で一発で解決できてしまうのだろう。羨ましい限りだ。例え、事件を解決できなくても、ルーカスは誰にとっても、いつでも眩しい存在だ。クロエのように出会っただけで何となく嫌われるような、そんな存在ではない。
ルーカスがきょとんとしてクロエを見た。暗がりに、白目が少し浮き上がって見える。星みたいで面白い。
「何。私、変なことを言った?」
「何も。僕もそう思う」
言うと、ルーカスは微かに笑った。クロエは呆れて肩をすくめた。
「まぁ、うぬぼれ屋さんね」
「それも僕のいいところだ。君ならきっと、そう言ってくれるんだろう?」
「うーん……そうね……そうかもしれないわ……」
自分に自信があるのはいいことだし、確かに自惚れてもいいくらいに、できた人だ。性格が問題だけど、被害があるのはクロエだけだし。自信過剰になって探偵を自分で続けてくれるなら、褒めておいたほうが……
クロエが悩んでいると、ルーカスはクックッと笑い出した。
「いやだわ。冗談ね?」
「ごめん……それに、自分がおかしくて。もっと自制できる人間だと思ってた。でも、クロエには……甘えてしまうんだ、僕は。許してくれるし、褒めてくれるし」
そうだっけ?
クロエは首を傾げた。
面倒くさがりだし怠け者だし強引だし人の話は聞かないし変なところでヘタレだし……って、よく言ってるじゃない? それ、褒めてなんかないからね?
「君のためだと言って、結局は自分のためなんだろう。僕は、クロエに気持ちを押し付けているだけなんだろうか?」
自問するルーカスの言葉は、そのままクロエにも返ってきた。クロエだって、ルーカスが言うからと婚約したけれど、結局は植物に出会うためだ。断れないのはルーカスのせいだけではない。
沈黙の後、ルーカスは深くため息をついた。
「他人にはどう振る舞えばいいかわかるのに、クロエの事は……全然わからないな」
そうやって。殊勝に考え込んでるような顔をすれば、なんでも許すと思ってるんだわ。
……そうですとも。許しちゃうんでしょうね。
クロエはムッとしてルーカスの手をとって、ぐっと引っ張った。ルーカスがびくりと体をこわばらせる。
「わからなくて当然よ。他の人ならあなたが何をしたら嫌いになるか、あなたは知ってる。だから嫌われないように振る舞える。でも、私は、そうじゃないもの。何をしてもいいから、戸惑ってしまうんでしょう。私はあなたが何をしても許しちゃうんだわ」
「……どうして?」
ルーカスの問いに、クロエは言葉が詰まった。
だってルーカスは、クロエを否定しないから。今まで、一度だって。
クロエは否定されるのに慣れていた。
緊張すれば愛想がない、笑顔を作れば仮面のようでうすら寒い、相手より物知りだったら生意気だ、自分に降りかかった冤罪を晴らせば可愛げがない。面白がって見合いを申し込んできた人に、捨て台詞に『行かず後家になるだろう』と何度言われただろう。その通りだと頷いても、その姿すらバカにしてると憤慨されたこともある。クロエの態度はいつだって褒められたものじゃなかった。
でも初めて会った時から、ルーカスはクロエを否定したことがない。いつでも味方をしてくれた。疎遠になった間だって、クロエを悪くは言わなかった。それがさらにクロエの噂を助長したとしても、それは彼のせいではない。
そして、現在、生意気にも相手をやり込め、冤罪を晴らすような生意気な令嬢に、ルーカスは目を輝かせて喜んでくれている。
そんな人、他にいない。
探偵なんてできないし、時には理不尽にも思うけど、彼の強引さに引きずられて許してまうのは、そのせいだ。
でも、そんなこと言えない。弱みを見せて、同情されたくない。
「それは教えられないわ。女性の心はミステリアスなものなのよ。全てを明かしてしまってはならないの」
クロエが苦し紛れに言った言葉は、笑い飛ばされるはずだったが、ルーカスはなぜか納得したように頷いた。
「それじゃ、僕にとっての女性はクロエだけってことだね」
いや、なんかそれ、違う。
「そうじゃないわ」
「でも、僕にはクロエだけわからないんだから、そういうことだろう? クロエ自身が僕にとっての謎なんて、素敵だな。こればっかりは僕が解かないとならない謎だね……」
「違うったら」
おかしいわね。ベンジャミンには有効だったのに、ルーカスにはまったく効かないわ。
ルーカスは首をかしげて考え込んだ。
「それじゃ、探偵の心得? どこかの本に書いてあった? それとも、クロエのオリジナル?」
「ち……違うわ……」
どうしよう。困ったわ。この言葉、どこで知ったって言われたら。
クロエの覚えている限り、このセリフは、恋愛結婚をした、素晴らしく美しいルーカスの姉、アニエスから教わった言葉だった。そして、ルーカスはなんでもお見通しの姉を苦手としている。
言わないでおこう。知られたら、拗ねてしまうかもしれないわ。そうしたら、家までの道のりが台無し。でももし聞かれたら……
帰りの馬車の中、満足げにあれこれと語るルーカスを前に、クロエは言い訳を考えていたのだった。
case07 END




